流し掛け陶芸で釉薬の景色を自在に操る方法

流し掛けは陶芸の施釉技法の中でも独特の表情を生む手法です。柄杓の使い方から釉薬濃度の調整、失敗しやすいポイントまで、初心者から中級者が知っておきたい知識を徹底解説。あなたの作品はもっと美しくなりませんか?

流し掛け陶芸で釉薬の景色を自在に操る方法

流し掛けで「狙い通りの景色」を出そうとするほど、作品が窯から出たとき別物になっていた経験はありませんか?


🎯 この記事でわかること
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流し掛けの基本と歴史

柄杓を使う施釉の意味と、濱田庄司が益子焼に持ち込んだ背景を解説します。

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釉薬の濃度・厚みのコントロール

ボーメ度40〜50度という具体的な目安と、流れすぎ・ムラを防ぐ施釉テクニックを紹介します。

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二色重ね掛けと応用表現

流し掛けと重ね掛けを組み合わせてグラデーションや偶然の模様を引き出す方法を詳しく説明します。


流し掛け陶芸とは何か——柄杓でつくる「偶然の美」

流し掛け(ながしがけ)とは、柄杓やひしゃくなどの容器に釉薬を汲み取り、成形した陶芸作品の表面に流しながら掛けていく施釉技法です。浸し掛け(どぼ漬け)のように作品全体を釉薬の液に沈めるのではなく、液を「流す」ことで生まれる釉だまりや流れ跡、色のグラデーションが最大の魅力です。


流れる方向や速度はそのつど変化するため、二度と同じ模様は生まれません。これが陶芸ファンを惹きつける「一点物の景色」の正体です。


浸し掛けと比べたとき、流し掛けには使用する釉薬が少量で済むという実用的なメリットもあります。大きな桶に釉薬をたっぷり用意しなくても施釉できるので、植木鉢のような大物作品や、少量しか手元に残っていない特殊な釉薬を使うときに特に有効です。


釉薬の流れた跡は、焼成後に「景色(けしき)」と呼ばれます。つまり流し掛けは、景色を意図的に演出する技法です。


流し掛けを陶芸作品に活用した歴史として欠かせない名前が、人間国宝の陶芸家・濱田庄司(1894〜1978年)です。益子焼の歴史サイトによると、濱田庄司は大正13年(1924年)に栃木県益子に定住・開窯し、益子の土と釉薬を使いながら「流し掛け技法」「柿釉」「糠白釉」などを積極的に取り入れ、益子焼の造形的な基盤を築きました。今日、益子の陶器市で目にするひしゃくから釉薬をたっぷりと垂らした「流しかけ」の器は、まさに濱田庄司が根付かせた文化といえます。


この技法は益子焼の伝統として現代まで受け継がれ、国内外の陶芸家たちにも広く影響を与えています。


益子焼の歴史について詳しく知りたい方はこちら。
益子焼の歴史(陶芸.net)


流し掛けに必要な道具と釉薬の基本的な準備

流し掛けを始めるにあたって、まず揃えるべき道具と釉薬の準備について整理しておきましょう。道具自体はシンプルで、必要なものは多くありません。


必要な道具リスト:


- 柄杓(ひしゃく)または小型の取っ手付きカップ
- 釉薬を入れる容器(バケツやトレー)
- ターンテーブル(手ロクロ)または作品を回せる台
- 撥水剤高台など釉薬を付けたくない部分に塗る)
- ボーメ比重計(釉薬濃度の確認に使う)
- スポンジ(素地の清掃用)


釉薬の準備で最初に行うべきことが、攪拌と濃度の確認です。釉薬は比重の重い成分が底に沈殿しやすいため、使用前に必ずよく攪拌しておく必要があります。攪拌が不十分だと、成分にムラが生じて発色が安定しなくなります。


攪拌が原則です。


濃度の目安として、一般的にはボーメ比重計で40〜50度の範囲が適切とされています。ボーメ計がない場合は、素焼きのかけらを3秒ほど浸して1mm程度の厚みが付く状態を目安にしてください。これはポストカード(はがき)の厚みをわずかに超えるくらいのイメージです。


濃度が高すぎると釉薬が流れたとき棚板に付着する原因になります。一方、薄すぎると発色が弱くなりムラも出やすくなります。どちらも作品の完成度を下げる要因です。


釉薬を施す前には、素地の表面を湿らせたスポンジで軽く拭いておきましょう。ホコリや油分が残っていると、その部分に釉薬が付着しにくくなり、焼成後にピンホールや「釉とび」が発生しやすくなります。これは事前に防げるトラブルです。


施釉の具体的な参考情報は信頼性の高い専門サイトにまとまっています。
釉薬との上手な交際術(陶芸.com)——釉薬の濃度調整と失敗例の対策が詳細に掲載


流し掛けの具体的なやり方とコツ——柄杓の動かし方が仕上がりを決める

素地の準備ができたら、いよいよ流し掛けの実践です。手順そのものはシンプルですが、柄杓の動かし方と流す位置によって仕上がりが大きく変わります。


基本的な流し掛けの手順:


1. 高台(底面)に撥水剤を塗り、棚板への付着を防ぐ
2. 手ロクロや台に作品を置き、回転できる状態にする
3. 柄杓に釉薬を十分に汲む
4. 作品の口(肩〜部分)から円を描くように一気に流す
5. 作品を少し回転させながら掛け跡を整える


重要なのは「一気に流す」という点です。途中で手が止まったり、釉薬を継ぎ足したりすると、二重に乗った部分が流れやすくなったり、乾いた釉薬の上に新たな釉薬が乗ることで剥がれの原因にもなります。


これは使えそうです。


一般的に流し掛けは、内側の施釉が終わってから外側に行います。内側には釉薬を注ぎ入れて軽くゆすって排出し、外側には柄杓から流し掛けるという流れが基本です。製陶所などでは内外の「掛け分け」ができる熟練者が釉掛けを担当するほど、施釉は繊細な工程とされています。


また、流し掛け後は釉薬が乾燥するまでむやみに触らないことが大切です。乾燥前に触ると指跡が残り、焼成後そのまま模様として現れてしまいます。特に「ベタ底高台」や「碁笥底高台」の形状では、高台部分を持たざるを得ないため、その指跡を後から均しておく処理が必要です。


施釉の具体的な動画解説はこちらが参考になります。
ここは十分に注意して!釉薬をかける(施釉する)【初級・陶芸解説】——釉薬をかけるときの基本注意点を映像で確認できます


流し掛けで多用される二色重ね掛けとグラデーション表現

流し掛けの醍醐味をさらに広げてくれるのが、二色以上の釉薬を組み合わせた「重ね掛け」の技法です。一色の釉薬を全体に施釉してから、二色目を部分的に流し掛けることで、溶融時の化学反応によって予測を超えた色と模様が生まれます。


重ね掛けの代表的なパターンを整理すると、以下のようになります。


- 透明釉 × 色釉の組み合わせ:下層に色釉を置き、上から透明釉を流すと、色が柔らかく奥行きのある表情になる
- 艶釉 × マット釉の組み合わせ:質感の対比が生まれ、流れた境界線が景色として際立つ
- 同系色の重ね:濃淡のグラデーションが自然に生まれ、まとまりのある仕上がりになる


流し掛けを重ね掛けに応用するときは、釉薬の流動性に特に注意が必要です。流れやすいタイプの釉薬(特に灰釉窯変系)を二層重ねると、焼成時に大きく流れすぎて棚板に付着するリスクがあります。


厚みが出すぎると流れます。


そのため、二色目の流し掛けは薄めに行い、流れが溜まる高台付近は釉薬が届かないよう工夫することが重要です。1色目の施釉後はしっかり乾燥させてから2色目を掛けることで、釉薬の厚みが重なりすぎるのを防げます。


重ね掛けによるグラデーション表現は、陶芸教室でも人気の技法です。同じ釉薬の組み合わせでも、流し掛けの角度や速度を変えるだけで、仕上がりが毎回異なります。この「再現できない偶然性」こそが、流し掛けを続ける陶芸愛好家を惹きつけ続ける本質です。


釉薬の重ね掛けと組み合わせのテクニックについての解説記事。
釉薬の基本と応用|色の出方と重ね掛けのテクニック(亀井俊哉・陶芸家)——重ね掛けの化学反応と失敗対策を詳しく解説


流し掛け陶芸で起こる典型的な失敗と対処法

流し掛けは直感的で楽しい技法ですが、初心者や中級者がつまずきやすいポイントが明確に存在します。失敗のパターンを知っておくことが、完成度を上げる最短ルートです。


よくある失敗と原因・対策:


| 失敗の種類 | 主な原因 | 対策 |
|---|---|---|
| 棚板に流れてついた | 釉薬の厚掛け・高台への付着 | 薄掛けにする/撥水剤を確実に塗る |
| 発色がくすんだ | 焼成温度が高すぎる | 温度曲線を見直す |
| 釉ムラ・ダマリ | 攪拌不足・濃度の偏り | 施釉前に底からよくかき混ぜる |
| 貫入が入った | 急冷・素地と釉の相性 | 冷却をゆっくり行う |
| ピンホールが出た | 素地のホコリ・攪拌時の気泡 | スポンジで素地を拭く |


最も深刻なトラブルが「釉薬の棚板への付着」です。釉薬が流れすぎて棚板にくっついてしまうと、作品を剥がす際に底が欠けることがあります。棚板には必ずアルミナ粉を塗るか、アルミナペーパーを敷いてください。また「道具土でせんべいを作って作品の下に敷く」という方法もよく使われます。


痛いですね。


素焼きの温度にも注意が必要です。700℃以上で素焼きすると素地が焼き締まりすぎて釉薬の吸水性が落ち、流れやすくなります。600〜650℃で6時間程度が適切な素焼き温度とされており、これを守るだけで流れのリスクが大幅に下がります。


逆に素焼き温度が低すぎる場合は、釉薬の収縮より粘土の収縮が大きくなり、「釉メクレ(剥がれ)」が起こります。高すぎても低すぎてもダメというのが素焼きの難しいところで、600〜650℃というレンジを覚えておくだけで失敗が減ります。


陶芸.comの釉薬トラブルシューティングは原因と対策がわかりやすく整理されています。
釉薬との上手な交際術(陶芸.com)——釉薬が流れる・貫入が入る・ピンホールができるなど7種の失敗と対策を詳述


流し掛け作品の「景色」を読み解く——プロが着目する5つの見どころ

流し掛けで焼き上がった作品を手にしたとき、どこを見れば仕上がりの良し悪しがわかるのでしょうか。陶芸作家や工芸品のバイヤーが実際に作品を評価するとき、以下の5点に注目していることが多いです。


① 流れのライン(流跡)
釉薬が流れた跡のラインが、自然でしなやかな弧を描いているかどうかを見ます。カクカクした不自然な跡は、柄杓の動きが途中で止まったサインです。


② 釉だまり
胴部の下方や高台近くに釉薬が溜まった「釉だまり」は、流し掛けならではの表情です。溜まりすぎると棚板に付着しますが、適度な釉だまりは景色の深みを生み出します。


③ 二色の境界線
重ね掛けをした場合、境界線がぼんやりとグラデーションになっているか、クッキリした直線か、それぞれの意図が仕上がりに出ているかを見ます。


④ 素地の見え具合
流し掛けをあえて薄めにすることで、素地の土味が透けて見える部分を作ることができます。白土より赤土や鉄分の多い土の場合、透け感のある釉薬との組み合わせで土の素朴な表情が引き出されます。


⑤ 焼成雰囲気による発色
同じ釉薬・同じ流し方でも、電気窯酸化焼成)とガス窯薪窯還元焼成)では発色が大きく異なります。還元焼成では鉄分を含む釉薬が黒やグレーに変化し、銅釉が辰砂(しんしゃ)と呼ばれる深い赤に変わります。これが「同じ釉薬でも窯が違うと別物になる」理由です。


意外ですね。


特に流し掛けにおいては、還元焼成で鉄釉を使ったときの「釉調の変化」が最も劇的です。作品を窯に入れる前に色見本(テストピース)を焼いておくと、本番の仕上がりをある程度予測できるようになります。テストピースは名刺大(約9cm×5cm)の板状に作るのが一般的です。


焼成雰囲気と釉薬の関係については以下が詳しいです。
濱田庄司とは?民藝運動を牽引した益子焼の巨匠——流し掛けと柿釉・飴釉の組み合わせによる作品表現が解説されています