あなたが今聴いているCDは、作曲家本人が「カットしてほしくなかった」8小節を削った短縮版かもしれません。
アーロン・コープランド(1900〜1990)は、ニューヨーク生まれの20世紀アメリカを代表する作曲家です。「アパラチアの春」「ビリー・ザ・キッド」「ロデオ」といったバレエ音楽で広く知られていますが、その集大成とも言えるのがこの「交響曲第3番」です。
第二次世界大戦末期の1944年に着手され、1946年に完成。1948年10月にボストン交響楽団によって初演されました。コープランド自身は「戦時期の作品、正確には当時のアメリカの華麗な精神を反映させたもの」と語っています。
この曲を一言で表すなら「アメリカの魂の総決算」です。アパラチアの春の牧歌的な抒情、ロデオやビリー・ザ・キッドの荒々しい活力、エル・サロン・メヒコのラテンアメリカ的な生命力——コープランドがそれまでの作品で培ってきたあらゆる要素が一つの巨大な交響曲に凝縮されています。
演奏時間は約45分。楽章構成は「緩−急−緩−急」の4楽章形式で、第1楽章が約11分、第2楽章が9分、第3楽章が11分、第4楽章が13分と、均整の取れた構成になっています。
| 楽章 | テンポ表示 | 特徴 |
|---|---|---|
| 第1楽章 | Molto moderato | 木管による素朴な主題、広大な抒情 |
| 第2楽章 | Allegro molto | 打楽器が活躍するプロコフィエフ的スケルツォ |
| 第3楽章 | Andantino quasi allegretto | 瞑想的〜ラテン風の舞曲 |
| 第4楽章 | Molto deliberato | 庶民のためのファンファーレが凱歌として登場 |
オーケストラの編成は3管編成の大編成で、ピアノ、チェレスタ、ハープ2台まで含む豪華な陣容です。マーラーやリヒャルト・シュトラウスを連想させるほどのスケールが、フィナーレの壮麗な祝祭感をさらに高めています。
参考:交響曲第3番(コープランド)の構成・楽器編成についての詳細
Wikipedia:交響曲第3番 (コープランド)
第4楽章に引用される「庶民のためのファンファーレ(Fanfare for the Common Man)」は、1942年、シンシナティ交響楽団の指揮者ユージン・グーセンスの依頼によって作曲されました。当時グーセンスは18人の作曲家に対して、「戦争遂行のための愛国的ファンファーレ」を依頼したのです。
多くの作曲家が軍部や同盟国を賛美する曲を作る中、コープランドだけが少し違う方向性を選びました。「戦争や軍隊で辛い仕事を担っているのは、結局、一般人だ。そんな一般人こそファンファーレを贈られるに値する」という考えから、「庶民(the Common Man)」を主役にしたのです。これは意外ですね。
このファンファーレは金管楽器と打楽器だけで演奏される約3分の小品ですが、一度聴けば忘れられない強烈な印象を残します。あの有名なトランペットの上昇音型から始まる旋律は、後にイギリスのロックバンド「エマーソン・レイク&パーマー(ELP)」がカバーしたことでロック界にも広まり、クラシックをまったく聴かない人にも親しまれています。
コープランドはこのファンファーレを交響曲に取り込んだ際、単なる引用にとどまらず、全楽章にわたって素材として展開させました。第1楽章からすでに金管楽器によってファンファーレの断片が「予告」されており、第4楽章になって初めて完全な姿で鳴り響く構成は、まるで映画のクライマックスのような感動をもたらします。
ただし、コープランド自身は「この曲に国粋的なオーラを漂わせたいとは思っていなかった」と述べています。愛国主義ではなく、普通の人々の中に根ざした「楽観主義(オプティミズム)」の表現こそが目的だったのです。つまり「アメリカの英雄主義」ではなく「一般市民への讃歌」が原点です。
参考:「市民のためのファンファーレ」の成立背景と意義
Wikipedia:市民のためのファンファーレ
コープランドの交響曲第3番の名盤といえば、まず挙がるのがレナード・バーンスタインによる録音です。バーンスタインはコープランドと18歳差の友人であり、二人は深い親交を持っていました。この関係が、演奏に特別な説得力をもたらしています。
バーンスタインには2種類の主要録音が存在します。
- 1966年録音(ソニー・クラシカル):ニューヨーク・フィルハーモニックとのステレオ録音。若き日のバーンスタインの輝かしいエネルギーが横溢しており、映画音楽のような躍動感があります。オーケストラのアンサンブルも引き締まっており、第4楽章のファンファーレでは「余裕すら感じられる」と評されるほどの堂々たる演奏です。1100円程度の廉価盤として入手しやすい点も魅力です。
- 1985年録音(ドイツ・グラモフォン):同じくニューヨーク・フィルとのライヴ録音。英国の権威ある音楽誌「グラモフォン」が「ファーストチョイス」と断言した決定版です。円熟したバーンスタインの深みある解釈と、1966年盤より豊かなオーケストラの響きが魅力。現在は廃盤となっているケースもあり、中古市場での入手が主な選択肢になることがあります。
グラモフォン誌の評では「バーンスタインの2度目の録音がトップチョイス、コープランド自演盤が必須ドキュメント、デジタル盤ではオウエ&ミネソタ響盤が選択肢」という結論を出しています。これが基本です。
1985年DG盤は現在入手が難しい場合があるため、まずは1966年のソニー盤を第一選択として手元に置くのが現実的でしょう。NMLなどのストリーミングサービスでは両盤とも聴ける場合があるので、まずネットで聴き比べてから購入を検討する方法もあります。
現在、入手しやすい名盤として最も推薦度が高いのが、レナード・スラットキン指揮デトロイト交響楽団盤(Naxos、録音:2015年)です。
スラットキンはN響への客演でもコープランドの交響曲第3番を取り上げ、日本でも2017年の来日公演で名演を披露しています。このデトロイト響との録音は、まさに「十八番のレパートリー」と呼ぶにふさわしい充実した内容です。
この録音がとりわけ重要な理由は一つあります。2015年に出版された「1946年原典版」を使用している点です。
バーンスタインは1947年、プラハでチェコ・フィルとこの曲を演奏した際、コープランドに手紙で「終わり方は罪深い、変えなければならない」と要求し、その後イスラエル公演では作曲者の合意なしに第4楽章を12小節カットしてしまいました。カット後、コープランドに送った手紙には「かなりのカットをしたが、これがとんでもない違いを生んでいる」と報告。なぜかコープランドもこれに同意し、1966年改訂版として出版された版は全世界に流布しました。
結果として、スラットキン盤以前のLPやCDは、コープランドの自演盤を含め、すべて短縮版での演奏だったのです。痛いですね。
2015年6月、ブージー&ホークス社がカット部分を復元した原典版を出版。スラットキンは翌年からいち早くこの原典版を使用し始めました。CDジャーナルも「スラットキンのドラマティックかつ緻密な音楽作りと、デトロイト響の充実ぶりが味わえる」と高く評価しています。
原典版か短縮版かの違いは第4楽章の一部にある約12小節分。「第16b主題」と呼ばれる部分が再現される場面で、コーダ直前に一段と充実した「まとめ」が加わります。実際に聴き比べると、原典版のほうが結末に向かう盛り上がりがより自然で納得感があります。
参考:スラットキン&デトロイト響盤の詳細・ユーザーレビュー
HMV:コープランド 交響曲第3番 スラットキン&デトロイト響
名盤の選択肢はバーンスタイン、スラットキンだけではありません。自作自演盤と他の注目録音も押さえておくと、聴き比べの幅がぐっと広がります。
コープランド自作自演盤(1976年/フィルハーモニア管弦楽団)
コープランド自身がフィルハーモニア管弦楽団を指揮した1976年のロンドン録音です。「グラモフォン」誌も「必須のドキュメント」と評したこの演奏は、作曲者本人だからこそ語れる音楽の本質が刻まれています。ただし前述のとおり短縮版での演奏であること、また指揮者としてのコープランドは技巧的な面ではバーンスタインやスラットキンに及ばないとされることも事実です。「作品の正確な意図を知りたい」という文献的な意味合いで聴くのが適切な位置づけでしょう。
コープランドがコロンビア・マスターワークスに残した全自作自演録音をCD20枚組にまとめた「コープランド・コンダクツ・コープランド」ボックスセット(2024年タワーレコード取り扱い)に収録されており、コレクターにとっては見逃せない一枚です。
マイケル・ティルソン・トーマス&サンフランシスコ響盤
MTTとしても知られるマイケル・ティルソン・トーマスとサンフランシスコ交響楽団によるコンビも高く評価されています。サンフランシスコ交響楽団の公式ネット配信でも聴けるこの演奏は、「驚くほど優秀な音質」と評されるほどの録音クオリティが魅力です。
ジャッド&ニュージャージー響盤(Naxos)
2000年録音のNaxos盤はコストパフォーマンスに優れています。廉価盤でありながら演奏の質も高く、入門盤として最適です。これは使えそうです。
ジョン・ウィルソン&BBCフィル盤(2018年)
2018年録音のジョン・ウィルソン指揮BBCフィルによる原典版録音は、原典版音源としては史上3番目の録音にあたります。イギリスのコンビによる「虚心坦懐な」アプローチが、かえってアメリカ音楽の新鮮な輝きを引き出しているという評価があります。アメリカのオケとは異なる視点でこの曲を捉えたい方に特に勧めたい一枚です。
以下に主要録音を簡単に整理します。
| 指揮者 | オーケストラ | 録音年 | 版 | 特徴 |
|---|---|---|---|---|
| バーンスタイン | ニューヨーク・フィル | 1966年 | 短縮版 | 若々しいエネルギー、廉価で入手しやすい |
| バーンスタイン | ニューヨーク・フィル | 1985年 | 短縮版 | グラモフォン誌ファーストチョイス、やや入手困難 |
| コープランド | フィルハーモニア管 | 1976年 | 短縮版 | 作曲者自演の歴史的ドキュメント |
| スラットキン | デトロイト響 | 2015年 | 原典版🌟 | 現在最推薦の名盤、緻密な音楽作り |
| ジョン・ウィルソン | BBCフィル | 2018年 | 原典版🌟 | 原典版録音3番目、英国視点の新鮮な解釈 |
🌟印は原典版(2015年復元版)を使用している録音です。結論は「初めてならバーンスタイン1966年盤、原典版も聴くならスラットキン盤を追加」が基本です。
参考:各名盤の聴き比べ情報と試聴(NMLナクソス・ミュージック・ライブラリー)
NML:コープランド 交響曲第3番 スラットキン盤の試聴ページ
参考:千葉フィルによる楽曲解説(全4ページの詳細な楽曲分析と版の問題を解説)
千葉フィルハーモニー管弦楽団:コープランド 交響曲第3番の楽曲解説
陶磁器に深い関心を持つ方は、素材の質感・釉薬の色彩・造形のシルエットといった複数の要素が統合されて初めて「名品」が生まれることを知っています。コープランドの交響曲第3番には、まさにそれと共鳴する「統合の美学」があります。
アメリカ陶芸の世界では、ニューヨークやロサンゼルスの工房を拠点に活躍するスタジオ・ポッターたちが「アメリカ的な大地の感覚」を作品に込めることを大切にしています。コープランドもまた、ジャズ・フォーク・賛美歌・ラテンリズムといった多様なアメリカの素材を一つの交響曲という器に統合することで、「アメリカ的な魂」を表現しました。
陶磁器の釉薬が焼成温度によって予測不能な表情を見せるように、コープランドの第4楽章でも「庶民のためのファンファーレ」が各楽章の熱量を受けて次第に変容し、最後に輝かしい金属的な輝きを帯びた姿で登場します。これは窯の中での変化に似た「音楽の錬金術」とも言えます。
また、コープランドの交響曲第3番のオーケストラ編成——ピアノ、チェレスタ、ハープ2台を含む大編成——は、磁器の白地に描かれた染付のような透明感と、陶器の土味を重ねたような重厚さを同時に持ち合わせています。第3楽章の瞑想的な冒頭は、まるで高台の施釉が薄く透き通る部分のように静けさと品格があり、第2楽章の打楽器の爆発は叩きの技法による力強い造形を思わせます。
もし陶芸や陶磁器鑑賞の合間にクラシックを聴くことがあれば、このコープランドの交響曲第3番は特別な体験をもたらしてくれるはずです。アメリカという「大きな器」に込められた多様な魂の声を、ぜひ静かな鑑賞の時間に重ねてみてください。「庶民のためのファンファーレ」が鳴り響く瞬間は、名品を手にしたときの「来た!」という感動に驚くほど似ています。
| 陶磁器の要素 | 交響曲第3番の対応する魅力 |
|---|---|
| 釉薬の多彩な表情 | ジャズ・フォーク・賛美歌・ラテンの融合 |
| 焼成による変容 | ファンファーレが楽章を経て輝きを増す構造 |
| 透明感と重厚さの共存 | 第3楽章の静謐さと第4楽章の壮麗な爆発 |
| 作家の「意図」と素材の「自然」の葛藤 | 原典版か短縮版かという版の問題 |