釉薬の重ね掛けは、上から薄い色を乗せるだけでなく、掛ける「順番」を逆にするだけで作品の表情が全く別物に変わります。
釉薬の重ね掛けに難しいイメージを持っている方は少なくありません。しかし実際には、市販の釉薬のほとんどは「基礎釉(透明釉)」をベースに金属酸化物で着色したものです。そのため、異なる釉薬どうしでも成分が近く、意外なほど自由に組み合わせができます。
基本の考え方はシンプルです。「濃い色の釉薬を下(素地側)、薄い色の釉薬を上」に重ねるのが王道の組み合わせです。この順番で焼成すると、下の濃い色が上の薄い釉薬を透過して浮かび上がり、単色では出せない奥行きが生まれます。つまり「下が主役・上が演出役」と覚えればOKです。
反対に、下が薄色・上が濃色の順にすると、上の釉薬の色が前面に出やすくなります。同じ2色の組み合わせでも、順番を変えるだけで仕上がりが全く別の景色になるのが重ね掛けの醍醐味です。
代表的な人気の組み合わせを挙げると、ソバ釉×白萩釉(渋みのある落ち着いた風合い)、黒マット釉×白萩釉(コントラストが映える和の表情)、鉄釉×灰釉(鉄分と灰が反応して金属光沢が出ることも)などがあります。陶芸教室では、この3パターンだけでも多彩な作品が生まれます。
また、釉薬に含まれる着色成分(鉄・銅・コバルト・マンガンなど)が焼成中に化学反応を起こすため、塗った段階の色と焼成後の色は大きく異なります。焼く前は地味でも、焼き上がりで鮮やかな発色が出ることがある一方、予期せず濁ったり、くすんだりするケースも起こります。これが重ね掛けの予測しにくさであり、同時に面白さでもあります。
参考:陶芸家・亀井俊哉氏による釉薬の基本成分・発色メカニズムの専門的解説
釉薬の基本と応用|色の出方と重ね掛けのテクニック|亀井俊哉(note)
重ね掛けで意外と見落とされがちなのが「乾燥タイミング」です。乾燥が足りないまま2層目を掛けると、作品が崩れたり、剥離の原因になったりします。
乾燥のタイミングには、大きく分けて2通りのアプローチがあります。
- 「水が引いた直後」に2層目を掛ける:1層目の表面が乾き始め、内部がまだ湿っている段階で続けて掛ける方法。境界線がなじんで、ぼかしやにじみのある表情になりやすいです。
- 「完全に乾かしてから」2層目を掛ける:1層目が素地にしっかり密着し乾燥した後に重ねる方法。層の境界がはっきりして、メリハリのある表情を作りやすいです。
どちらが正解ということはありません。表現したい「景色」によって使い分けるのが大切です。
実際に32パターンものテストを行った陶芸主婦のブログ実験では、「きれいな色釉の上にマグネシアマット釉(白系)を乗せる組み合わせ」のほうが、にじみの出方が美しかったという結果が出ています。同じ2色を使っても、上下が逆になるだけで印象が全く変わることを示す実例です。
また、重ね掛けに使う素焼き作品は、表面に手の脂や埃が付くだけで釉薬の乗りが変わります。釉薬を掛ける前に、素焼き表面を乾いた布で軽く拭いておく習慣をつけるだけで、発色の安定性が上がります。これは小さな一手間ですが、仕上がりに差が出ます。
乾燥が条件です。次の一手に進む前に、必ず触ってみて確認しましょう。
参考:二重掛けのタイミング・乾燥の2通りのアプローチを動画で解説
釉掛け 中級編 重ね掛け|堀井陶芸教室(YouTube)
重ね掛けで最も多い失敗が、釉薬の「流れ」による棚板への付着です。釉薬は1層でも扱いに注意が必要ですが、2層・3層と重なると厚みが増し、本焼き時に流れ落ちるリスクが大幅に上がります。
釉薬コンサルタントの岸本晃氏によると、釉薬が流れやすくなる原因のひとつは「焼成時の温度上昇が速すぎること」です。特に家庭用の小型電気炉は昇温が早いため、業務用の大型窯と同じ調合・濃度で掛けると表層だけが先に溶け、「表層雪崩」のように釉薬が流れ落ちる現象が起きやすいとされています。
流れを防ぐための基本は以下の3点です。
- 高台・底面から3cm以上は釉薬を付けない(高台に釉薬が残ると棚板に確実に付く)
- 釉薬の濃度を少し薄めにして掛ける(重ね掛けの場合は1層あたりを通常より薄めに調整する)
- 縦長の花瓶・壷は特に注意(高さがある分、重力で流れが加速しやすい)
棚板に作品が付いてしまった場合、釉薬と棚板を剥がすためにのみと金槌で格闘することになります。最悪の場合、作品だけでなく棚板自体が割れることもあります。これは時間・コスト・精神的ダメージのいずれも大きいです。
厚みに注意すれば大丈夫です。とくに重ね掛けでは「総厚みを単色1層と同等になるよう、各層を薄めに意識する」という感覚が身につくと、失敗率が大幅に下がります。釉薬を素焼きに浸す場合は「3秒ルール」を守り、2層目は特に速攻で引き上げることが実践的なコツです。
参考:釉薬コンサルタント岸本晃氏による焼成失敗例と流れ対策の詳細解説
よくある失敗例:焼成編|釉薬コンサルタント 岸本晃
重ね掛けを始めると、多くの人が「早く作品に使いたい」という気持ちから、いきなり本番の器に試してしまいます。しかしこれが、仕上がりに大きなギャップを生む最大の原因です。
テストピースとは、縦5〜7cm程度の小さなタイル状の素焼き片で、実際に使う粘土と同じ素地を使って作ります(はがきの半分以下のサイズで十分)。このテストピースに同じ釉薬の組み合わせ・同じ順番で掛けて先に焼くことで、本番の作品でどんな発色・表情が出るかをほぼ再現できます。
プロの陶芸家でも、新しい釉薬の組み合わせを試す際はテストピースを欠かしません。京都市産業技術研究所の事例では、「桜オーロラ釉」という釉薬シリーズの完成に至るまで、研修生が自ら200〜300個ものテストピースを作成し実験を繰り返したと報告されています。プロでも200個以上のテストが必要なのですから、趣味の陶芸でも5〜10枚のテストピースを惜しまないことが合理的です。
また、テストピースを作る際は以下のことを記録しておくと次回に活きます。
| 記録項目 | 記録内容の例 |
|---|---|
| 使用釉薬 | 下:黒マット釉、上:白萩釉 |
| 掛け方 | 下:浸し掛け3秒、上:筆塗り2往復 |
| 乾燥方法 | 下を完全乾燥後に上を施釉 |
| 焼成条件 | 電気窯・酸化焼成・1230℃ |
| 仕上がり | 白が浮き上がり、境界がシャープ |
この記録ノートが積み重なるほど、釉薬選びの精度が上がります。つまり記録が財産です。最初は面倒に感じても、10回分の記録が揃ったころには「自分の釉薬図鑑」として機能し始めます。
参考:産総研による30数万点の釉薬テストピースのデータベース化事例(専門資料)
30数万点の釉薬テストピースのデータベース化と活用|産業技術総合研究所(PDF)
「白土でうまくいった組み合わせが、赤土では全然違う色になった」という経験をした人は多いはずです。これは釉薬の特性上、避けられない現象です。
白土(白陶土・磁器土など)は釉薬本来の発色を素直に引き出します。透明釉を掛ければクリアに発色し、色釉の発色も鮮やかになりやすいです。一方、赤土や信楽土のように鉄分を多く含む土は、釉薬の色に鉄分の影響が加わります。同じ白萩釉でも、白土では乳白色に、赤土では温かみのある乳褐色に仕上がることがあります。
これを知った上で組み合わせを考えると、選択肢が広がります。
- 白土×透明釉(下)×薄い色釉(上):釉薬の色がそのまま出る、クリアな仕上がり
- 赤土×白萩釉(下)×灰釉(上):鉄分と釉薬が反応してアンティーク感のある景色になる
- 黒陶土×白マット釉(単層):土の黒と釉薬の白のコントラストが出やすく、重ね掛けしなくても力強い表情になる
やまざ器の陶芸教室サンプルでは、赤土に黄鉄釉(下)+白萩釉(上)の組み合わせを施釉しただけで、特別な技術なしに深みのある景色が生まれたと紹介されています。複雑なテクニックよりも、「土の色と釉薬の相性を読む力」のほうが重要な場面も少なくありません。
独自の視点として見落とされがちなのが「釉の掻き落とし」との組み合わせです。重ね掛け後に釉薬の一部を竹串や金属ヘラで軽く掻き落とすと、下の釉薬層・さらにその下の素地の色が部分的に顔を出します。この3層の色が1つの器の上に混在することで、自然界の岩や土のような複雑な表情を作ることができます。重ね掛けと掻き落としを組み合わせる技法は、市販の釉薬を使いながらでも充分に試せる、コストゼロの表現拡張法です。これは使えそうです。
参考:赤土+二重掛けの実践例と「釉の掻き落とし」技法の解説
釉の重ね合わせのコツ|さいたま市の陶芸やまざ器
初めて重ね掛けに挑戦するとき、「どの組み合わせから試せばいい?」という迷いは当然です。そこで実用的なのが「釉薬色見本」の活用です。
陶芸.comをはじめとする専門通販サイトでは、粘土の種類×釉薬の組み合わせを実際に焼成した色見本をウェブ上で公開しています。白陶土×石灰白萩釉、黒陶土×土灰透明釉など、組み合わせごとの焼き上がり写真が確認できるため、「イメージと全く違う色だった」というギャップを事前に防ぐことができます。
参考:粘土×釉薬の組み合わせ見本を一覧で確認できる専門サイト
粘土×釉薬 組み合わせ見本|陶芸.com
参考:重ね掛け専用の色見本一覧(釉薬ごとの焼き上がりを確認できる)
釉薬重ね掛け見本|陶芸.com
初心者に特におすすめの組み合わせを挙げると、以下の3パターンです。
| 組み合わせ | 仕上がりの特徴 | 難易度 |
|---|---|---|
| 白萩釉(下)+黒マット釉(上・部分) | 白地に黒のアクセント、渋い和の雰囲気 | ★☆☆ |
| 鉄釉(下)+灰釉(上) | 茶系の地に青みがかった釉薬が流れ、景色が生まれる | ★★☆ |
| 織部釉(下)+黄瀬戸釉(上) | 緑と黄の混色、伝統的な茶陶の表情 | ★★☆ |
釉薬の種類によっては「上掛けに適した釉薬」と「下釉に適した釉薬」が明確に分かれているものもあります。例えば、陶芸ショップ.comの「絞り釉(Nシリーズ)」は、下地に特定の釉薬を使うことを前提に設計されており、指定の組み合わせ以外では色見本通りの発色が出ないとされています。これは購入前に必ず確認が必要な情報です。釉薬の商品説明に「上掛け専用」「下釉との組み合わせが必要」などの表記がある場合は、それが条件です。
重ね掛けに慣れてきたら、3色重ねにも挑戦できます。3色の場合は、焼成後の「景色」をあらかじめイメージし、一番前に出したい色を上に、奥行きを作る色を下に配置するという考え方が役立ちます。堀井陶芸教室(愛知県西尾市)の動画では、3種の釉薬の濃淡を生かして施釉する実践的なアプローチが紹介されており、色の強弱のコントロールが仕上がりを大きく左右することが分かります。
重ね掛けの組み合わせを選ぶ際は「色見本で確認→テストピースで焼成→記録を残す」という3ステップが基本です。この流れを1サイクル回すごとに、自分だけの釉薬レシピが蓄積されていきます。

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