還元焼成が必須と思っていたあなた、実は酸化焼成でも月白釉の美しい青白窯変は十分に出せます。
月白釉(げっぱくゆう)は、今から約1000年前、中国・宋時代に栄えた名窯「鈞窯(きんよう)」で生み出された釉薬です。鈞窯は宋代の「五大名窯」のひとつに数えられ、宮廷向けの格調高い器を焼き続けました。その代表的な釉調が、淡く乳白がかった青色——月白釉です。
月白釉の色は、単純な着色剤による発色ではありません。釉薬の中で起こる「分相(ぶんそう)」という現象が主役です。分相とは、ガラス質の釉が冷える過程で異なる組成の微小な相に分かれ、光が散乱することで乳濁した青白い色が生まれるしくみです。これはオパールが青白く輝くのと同じ光学的な効果であり、内藤匡氏の著書『古陶磁の科学』では「燐酸カルシウムによるオパール現象」と説明されています。
月白釉が青藍色を呈するのは、釉中の鉄分が還元されて酸化第一鉄(FeO)の状態になるためです。これは青磁と同じ発色原理です。つまり月白釉とは、「藁灰や木灰を主体とした高珪酸・高アルカリの乳濁釉に、微量の鉄分が溶け込んだもの」だということですね。
この発色の複雑さこそが、月白釉の魅力であり、調合や焼成の微妙な差が大きく仕上がりを左右する理由でもあります。知識として持っておくと、試験焼成の結果を読み解くときに非常に役立ちます。
鈞窯の月白釉を実物で解説した美術レポート(スルガ銀行 d-bankサイト)
月白釉の調合を理解するには、使う原料が「何のために入るか」を把握することが先決です。原料は大きく「ガラスの骨格をつくる珪酸質」「ガラスを溶かす媒溶剤」「乳濁をつくる添加剤」の3種類に分かれます。
まず珪酸質の代表が藁灰(わらばい)と珪石です。藁灰はシリカ(SiO₂)を豊富に含む天然原料で、月白釉の乳濁感と高珪酸質の骨格を担います。珪石との組み合わせにより、釉の分相が促進されやすくなります。藁灰は産地・処理方法によって成分にばらつきがあるため、仕入れ先が変わったら必ずテスト焼成が必要です。これは基本です。
次に媒溶剤として長石(福島長石・釜戸長石・平津長石など)と石灰石が使われます。長石はカリやソーダのアルカリ成分を供給し、石灰石はカルシウムを補います。大西政太郎氏の著書『陶芸の釉薬』に示された月白釉の標準調合では、福島長石30・石灰石20・亜鉛華3・炭酸バリウム5が媒溶部分の骨格となっています。炭酸バリウムは発色をより青味寄りにする効果があり、月白釉らしい清澄な色を出すうえで欠かせない原料です。
乳濁を促進するのが骨灰(ほねばい)と酸化錫(SnO₂)です。骨灰は燐酸カルシウムを主成分とし、前述のオパール現象を後押しします。酸化錫は白色の乳濁材として古くから使われており、骨灰と組み合わせることで月白釉特有の白濁感が強まります。大西氏の調合例では骨灰2.0・酸化錫1.5が外割りで加えられています。
着色源は酸化鉄(弁柄・Fe₂O₃)のごく少量です。外割りで0.8〜1.5%程度というのが標準的な数値で、これだけでは赤茶色にはならず、還元や乳濁効果と相まって青藍色に発色します。鉄の量が多すぎると黒ずんだ失透色になるため、量の見極めが重要です。
| 原料 | 役割 | 目安量(参考) |
|---|---|---|
| 福島長石 | アルカリ供給・基礎釉骨格 | 30% |
| 石灰石 | カルシウム補給・媒溶 | 20% |
| 藁灰 | 高珪酸・乳濁促進 | 20% |
| 珪石 | 珪酸骨格補強 | 24% |
| 炭酸バリウム | 発色の青味強化・溶融補助 | 5% |
| 亜鉛華 | 乳濁補助・分相促進 | 3% |
| 河東カオリン | 釉の付着性改善 | 6% |
| 骨灰(外割) | 燐酸カルシウムによる乳濁 | 2.0% |
| 酸化錫(外割) | 白色乳濁材 | 1.5% |
| 酸化鉄/弁柄(外割) | 青藍発色の着色源 | 0.8% |
上記は大西政太郎氏の調合例に基づいた参考値です。使用する長石の種類や藁灰のロットによって数値は変わるため、まずこのベースをそのまま試し、結果を見てから微調整するのが最も効率的です。
ゼーゲル式を活用した月白均窯釉の実践調合記録(三牧窯ブログ)
月白釉は「乳濁」と「青味」という相反しやすい要素を同時に狙う釉薬です。そのため、調合がわずかにずれると全く異なる結果になることがあります。厳しいところですね。
失敗①:釉が流れて窯底に溶け落ちる
月白釉は高珪酸・高アルカリの組成上、流れやすい性質を持ちます。施釉の厚さが0.8mmを超えると、焼成中に釉が流れ始め、作品が棚板に溶着するリスクがあります。0.8mm程度が適正の厚さです。釉薬に3〜5秒浸けて0.8mmを目安とし、釉の比重もボーメ計で58前後に管理しましょう。また、焼成温度の「ねらし(保持)」を必要以上に長くしないことも流れ防止に効果的です。1,200℃前後で適正なねらし時間に抑えるのが基本です。
失敗②:還元焼成で予想と異なる色になる
月白釉には銅成分が含まれる場合があります(均窯釉との境界を含む)。この場合、還元焼成をかけると銅が辰砂方向に発色し、紫〜赤の均窯調に変わってしまいます。月白釉らしい青白い窯変を出したい場合には、酸化焼成が正解です。「還元焼成しないと青が出ない」という思い込みは捨てましょう。造ハウ.comが扱う市販の月白釉も「酸化焼成で美しい発色が出るよう調合」と明記しています。
失敗③:白土(磁器系)に施釉して発色が弱い
月白釉は白土素地に使うと乳濁調や窯変が弱まりやすい傾向があります。大西政太郎氏も「鉄分を含んだやや陶器質の素地でなければ美しい釉調が得られない」と述べており、これは赤褐色の素地の鉄分が、乳白濁の釉ガラスを通して映えることで深みが出るためです。赤土素地を使うことが条件です。赤土の持つ鉄分が釉と調和し、月白釉本来の「月夜の海」のような青白い斑紋を引き出します。
月白釉・鈞窯釉の組成と発色機構の詳細解説(熱勝甲府店・釉薬口伝)
月白釉の発展形として、多くの陶芸家が挑戦するのが「均窯釉(きんようゆ)」の二重掛けです。均窯釉とは、月白釉をベース(下掛け)として、銅成分を加えた乳濁釉を上から重ね掛けした釉薬のこと。酸化の青白から還元の紫・赤が混在する華やかな発色が特徴です。これは使えそうです。
二重掛けの具体的な方法は次の通りです。
- 下掛け(月白釉):前章の標準調合をそのまま使う(酸化鉄0.8%外割)
- 上掛け:下掛けと同じ調合に酸化銅0.8%を追加したものを薄く重ねる
- 施釉順序:素焼きした素地に月白釉を先に浸け掛けし、乾燥後に上掛け釉を薄く掛け回す
- 焼成:還元焼成を行うと銅が赤〜紫に発色し、均窯釉の華やかな色斑が現れる
注意点は「上掛けを薄くすること」です。上掛けが厚すぎると下の月白釉の青白さが消え、均一な赤紫になってしまいます。上掛けは下掛けの半分以下の厚さを目安にしてください。
なお、鈞窯の本来の均窯釉に関する研究では、宮川愛太郎氏の著書『透磁器釉薬』に「名工試(現・産業技術総合研究所名古屋)で発表された近代的均窯釉」として同様の二重掛け手法が詳細に記録されています。
この手法を実践する前に、まず月白釉単独での焼成を3回以上繰り返し、自分の窯・素地・釉薬の組み合わせでの発色を掴むことをおすすめします。月白釉が安定してからでないと、二重掛けの変化を正しく読めません。月白釉が安定してからが条件です。
月白釉の調合記事の多くは「理想の発色=ガス窯での還元焼成」を前提としています。しかし現実には、日本の陶芸愛好家の7割以上が電気窯を使っているとされており、ガス窯を前提にした情報だけでは使い物になりません。ここでは窯の種類別に調合をどう調整すべきかを整理します。
電気窯(酸化焼成が基本)の場合
電気窯では酸化雰囲気が標準です。月白釉の青白窯変は、酸化焼成でも十分に出ます。乳濁感を強めたい場合は、骨灰を外割り2.0%から3.0%に増量してみてください。また酸化焼成での最高温度は1,200℃を超えないように注意が必要です。温度が高くなりすぎると釉が流れ落ちやすく、乳濁が弱まります。1,200℃・ねらし15〜20分がひとつの目安となります。
ガス窯(還元焼成が可能)の場合
還元焼成をかけると、釉中の鉄分が青藍方向に発色しやすくなります。ただし前述のとおり、銅成分が入った均窯釉との境界に注意が必要です。月白釉単独で還元をかける場合は弁柄を0.5〜0.8%と少なめにしておくと、狙った青が出やすくなります。還元の入れすぎは釉色を汚く見せることがあります。
薪窯では窯内の灰が自然に器に降り積もり、釉の成分と反応します。月白釉に灰のアルカリが加わると、釉が過度に溶けて流れるリスクが増す反面、自然な窯変が期待できます。薪窯での月白釉は珪石の割合を24%から28〜30%に増やして、流れにくい骨格を作ると安定します。
窯の種類によって最適な調合は変わる、ということですね。汎用的な「正解レシピ」はなく、自分の窯に合わせたデータを積み重ねることが、月白釉を使いこなす最短ルートです。
陶芸における窯の種類と焼成方法の違いをわかりやすく解説(KOTOブログ)