蕨灰を水洗いせずに使うと作品が失敗します。
蕨灰はワラビという植物を乾燥させて燃やし、その灰を採取したものです。ワラビは山野に自生するシダ植物で、春から初夏にかけて若芽が食用として採取されます。陶芸用の蕨灰を作る際は、成長した茎や葉を刈り取って天日で十分に乾燥させます。
乾燥後、野焼きや焼却炉で完全燃焼させると、元の重量の5~8%程度の灰が残ります。つまり10kgのワラビから取れる灰は500~800g程度です。この収率の低さが、蕨灰が貴重な材料とされる理由の一つです。
燃焼温度は500~700℃が理想的とされています。高温すぎると成分が変質し、低温では不完全燃焼により炭化物が残ります。均一な灰を得るには、温度管理と十分な酸素供給が重要です。
現在は自然採取が難しくなり、専門業者から購入するのが一般的です。1kgあたり3,000~5,000円程度で、品質や産地によって価格が変動します。
蕨灰の主成分はカリウム(K₂O)で、全体の15~25%を占めています。このカリウムが釉薬の融点を下げる役割を果たし、1,200℃前後で溶けやすい釉薬を作ります。陶芸では還元焼成・酸化焼成どちらにも対応できる汎用性があります。
鉄分(Fe₂O₃)は3~8%程度含まれ、この鉄が青磁釉の青緑色発色の源です。還元焼成では美しい青色に、酸化焼成では茶色や黄色に発色します。同じ釉薬でも焼成方法で表情が変わるのが面白いところですね。
カルシウム(CaO)も10~15%含まれ、釉薬の安定性と光沢に寄与します。これらのミネラル成分が複雑に絡み合い、化学合成では出せない自然な風合いを生み出すのです。
シリカ(SiO₂)は30~40%で、ガラス質の主成分として釉薬の骨格を形成します。この比率が蕨灰独特の質感を決定づけています。
最も代表的なのが青磁釉です。蕨灰に長石や石灰石を混ぜ、還元焼成すると透明感のある青緑色の釉薬になります。配合比率は蕨灰40%、長石40%、石灰石20%が基本レシピです。この青磁釉は中国の宋代から続く伝統的な技法で、日本でも鎌倉時代から作られてきました。
灰釉(かいゆう)も人気の釉薬です。蕨灰60~80%に粘土20~40%を混ぜるシンプルな配合で、素朴な風合いが出ます。焼成温度は1,230~1,280℃と高めです。
なまこ釉は蕨灰に銅や鉄を添加して作ります。青と茶色が混ざり合った独特の模様が特徴で、器の表面に海のような景色が現れます。
これは珍しいですね。
織部釉では蕨灰に酸化銅を5~10%加え、鮮やかな緑色を出します。桃山時代に古田織部が好んだことから名づけられました。
蕨灰を使う前には水簸(すいひ)という洗浄作業が必須です。これを省くと不純物が釉薬に混ざり、焼成後にピンホールや色ムラが発生します。
水簸の手順は次の通りです。
まず蕨灰を大きなバケツに入れ、灰の5倍量の水を加えてよく撹拌します。10kgの灰なら50リットルの水が必要です。棒でかき混ぜ、灰を完全に水に分散させてください。
30分から1時間静置すると、重い不純物が底に沈みます。上澄み液を別の容器に移し、さらに半日から1日置くと微細な灰が沈殿します。
上澄みの水を捨て、沈殿した灰を取り出して天日干しします。完全に乾燥するまで2~3日かかりますが、湿気が残ると保存中にカビが生えるので注意が必要です。
この作業を2~3回繰り返すと、より純度の高い蕨灰が得られます。手間がかかりますが、作品の仕上がりに直結する重要な工程です。
蕨灰を使った釉薬の焼成温度は、種類によって異なります。灰釉の場合は1,230~1,280℃と高温が必要です。この温度範囲で灰の成分が十分に溶け、ガラス質化します。温度が低いと釉薬が溶けきらず、マット(つや消し)な仕上がりになってしまいます。
青磁釉は1,250~1,280℃で還元焼成します。還元とは窯内の酸素を少なくする焼成方法で、これにより鉄分が還元され美しい青色が発色するのです。還元のタイミングは温度が1,000℃を超えたあたりから始めます。
酸化焼成では1,220~1,250℃で焼きます。酸素が十分にある状態で焼くと、同じ蕨灰釉でも茶色や黄色に発色します。窯の種類によって焼成雰囲気が変わるため、電気窯とガス窯では結果が異なります。
冷却速度も重要な要素です。1,000℃以下では毎時100℃程度のゆっくりした冷却が理想的で、急冷すると貫入(細かいひび)が入りやすくなります。
陶芸では蕨灰以外にも様々な植物灰が使われます。それぞれ成分が異なるため、発色や質感に違いが出ます。藁灰(わらばい)はイネ科の稲わらから作られ、カリウム含有量が高く融点が低いのが特徴です。黄色みがかった釉薬になりやすく、民芸陶器によく使われます。
木灰は広葉樹や針葉樹を燃やして作ります。樹種によって成分が大きく変わりますが、一般的にカルシウムが多く含まれ、白っぽい釉薬になります。楢灰(ならばい)や樫灰(かしばい)が代表的です。
竹灰はシリカ含有量が高く、硬くて光沢のある釉薬になります。透明度が高いため、下の土の色が美しく見える特性があります。ただし融点が高いので、他の灰と混ぜて使うことが多いです。
蕨灰は鉄分が豊富なため、青磁や青釉に最適です。他の灰では出せない独特の青緑色が魅力で、高級茶器や花器に好まれます。用途に応じて灰を使い分けるのが、陶芸家の腕の見せどころですね。
蕨灰の入手方法は大きく分けて3つあります。
まず陶芸材料専門店からの購入です。
東京や京都、瀬戸などの陶芸が盛んな地域には専門店があり、1kg単位で販売しています。
品質が安定しているのがメリットです。
オンラインショップでも購入可能で、検索すれば複数の業者が見つかります。送料を含めて1kgあたり4,000~6,000円程度が相場です。レビューを確認して信頼できる業者を選びましょう。
自作する方法もあります。山でワラビを採取し、自分で焼いて灰を作る伝統的な方法ですが、野焼きは自治体の条例で規制されている地域が多いので確認が必要です。
許可が必要な場合もあります。
保管は密閉容器で乾燥した場所に置きます。湿気を吸うとカビが生えたり固まったりするため、シリカゲルなどの乾燥剤と一緒に保管するのがおすすめです。ポリ袋に入れた後、フタ付きのプラスチック容器に入れれば完璧です。
直射日光は避けてください。
成分が変質する可能性があります。
冷暗所で保管すれば、2~3年は品質を保てます。
蕨灰釉薬の最大の魅力は、自然が生み出す偶然の美しさです。同じ配合、同じ焼成でも、窯の中での位置や炎の当たり方で一つ一つ異なる表情が生まれます。この一期一会の景色が、作り手にも使い手にも特別な価値を与えます。
青磁の透明感は人工的な顔料では再現できません。光を透過する薄い釉薬層が、柔らかな青緑色を醸し出します。中国の汝窯(じょよう)の青磁は世界的に有名で、オークションで数億円の値がつくこともあります。それほど青磁の美は普遍的に評価されているのです。
灰釉の素朴な風合いは、日本の侘び寂びの美意識にぴったり合います。均一すぎない色ムラや質感が、使い込むほどに味わいを増していきます。
茶道具として珍重されるのも納得ですね。
蕨灰釉薬は食器としても優秀です。鉛やカドミウムなどの有害物質を含まないため、安全性が高く、普段使いの器に最適です。手触りも滑らかで、使い心地が良いと評判です。
現代では電気窯の普及で誰でも蕨灰釉薬に挑戦できます。初心者向けの陶芸教室でも灰釉の講座が開かれ、自分だけの器を作る楽しみを味わえます。伝統と現代が融合した陶芸の世界は、今も進化を続けています。