縄文土器を収集していると全部壊れます
日本の土器は大きく縄文土器、弥生土器、古墳時代の土師器・須恵器に分類されます。縄文土器は約1万年前から紀元前4世紀まで使われ、600〜800度という比較的低温で焼かれたため黒褐色で厚みがあり、割れやすいのが特徴です。
弥生土器は高温で焼かれ赤褐色で薄手の土器で、文様は無いか簡素なものが多く、縄文土器より実用性を重視した作りになっています。古墳時代になると土師器と須恵器の2種類が登場し、土師器は弥生土器の流れをくみ野焼きで焼かれた茶褐色でやや軟質なもの、須恵器は窯で高温焼成された硬質なものという違いがあります。
参考)3分で分かる!縄文土器と弥生土器の違い【暗記のための一問一答…
時代が進むにつれて焼成技術が向上し、土器の質が変化していったということですね。
土器は形状や用途によって甕(かめ)・壺(つぼ)・鉢(はち)・高坏(たかつき)・椀(わん)・器台(きだい)・坏(つき)・皿などの名前で呼ばれます。
参考)https://www.rekihaku.city.yokohama.jp/maibun/knowledge/detail.php?seq=14
甕形土器は口縁部と胴部の差が少なく、最大径が高さの半分より上側にある形で、火のまわりが良いため煮炊きに利用されました。壺形土器は口縁部と胴部の差が大きく、最大径が高さの半分より下側にあり、胴部が球形に近い形状で、表面が丁寧に磨かれ赤色顔料が塗られているものが多く、液体や種もみなどの貯蔵に使われました。
鉢形土器は最大径が口縁部にあるもので、縄文土器では深鉢形土器と浅鉢形土器に分けられ、深鉢は煮炊きと貯蔵、浅鉢は固形物を盛るために用いられました。高坏形土器は坏形土器に高い台が付いた形状で、食べ物などを盛るために使われ、表面が磨かれ赤い色が塗られている場合が多く、大切なものを盛っていたと考えられます。
形状が用途を決定していたということですね。
縄文時代は土器の種類によって草創期・早期・前期・中期・後期・晩期の6つの時期に区分されます。
草創期(今から1万3000年前)は底が丸い丸底深鉢土器が主流で、無文(模様がない)、隆起線文(細く盛り上がった線の模様)、爪形文(爪で付けた模様)などがありました。早期(紀元前8000年〜)には尖底土器が出現し、底が尖っているため自力で立てず、炉の近くの柔らかい土にさして煮炊き用として使用されました。
前期(紀元前4000年〜)は平底深鉢土器が使用され、底が平らなので竪穴住居内の炉の近くで使用されました。中期(紀元前3000年〜)になると装飾が増え大型の土器が使用されるようになり、火炎土器のような装飾が豪華なものが登場します。
後期(紀元前2000年〜)は小型の土器が主流となり、実用性を重視した作りになり、注口土器という急須のような形で酒を入れるために作られたものもあります。晩期(紀元前1000年〜)になると芸術性が含まれた土器が作られるようになり、亀ヶ岡式土器のような精度が高いものが多く現れました。
時代が進むと薄く精巧になったということですね。
縄文土器は地域や時期によって細かく型式分類され、それぞれに固有の名前が付けられています。全国を約10の地域に分け、早・前・中・後・晩期の五期に区分し、さらにそれぞれの時期の中を4〜5の土器型式で細分する方法が確立されました。
参考)https://umdb.um.u-tokyo.ac.jp/DPastExh/Publish_db/2000dm2k/japanese/02/02-04.html
代表的な型式としては、晩期の亀ヶ岡式土器、中期の勝坂式土器、火炎土器などがあり、これらは出土地域や特徴的な文様から命名されています。勝坂式土器は躍動的で力強い装飾を特徴とする大型深鉢で、中期の代表的な型式の一つです。
参考)深鉢|名古屋市博物館
火炎土器は新潟県で多く出土し、炎のような装飾が特徴的な中期の土器で、縄文土器の中でも最も装飾が豪華なものの一つとされています。注口土器は後期に登場した急須のような形状の土器で、液体を注ぐための注ぎ口が付いているのが特徴です。
型式名を覚えると土器の時代や地域が分かります。
弥生土器になると甕・壺・鉢の3つが基本的な器種として明確に区別されるようになります。甕は煮炊き用、壺は貯蔵用、鉢や坏は食物を盛るために使われ、用途によって形状が分化しました。
弥生時代後半からは台付きの甕形土器も現れ、熱を効率よく伝えるための工夫がなされました。古墳時代の土師器は弥生土器の流れをくみ、甕・壺・高坏などの器種が引き継がれましたが、須恵器という新しい種類が朝鮮半島から伝わり、窯を使った高温焼成により硬質で灰色の土器が作られるようになりました。
須恵器には坏身・坏蓋・高坏・甕・壺などの器種があり、土師器と同時に使用されましたが、用途や格式によって使い分けられていたと考えられます。土師器と須恵器は製法が全く異なるため、色や硬さで簡単に見分けることができます。
焼成技術の違いが器種名にも影響しました。
陶芸に興味がある人が土器を実際に収集しようとする場合、重要な注意点があります。縄文土器は600〜800度という現代の陶器より低い温度で焼かれているため、非常に割れやすい性質を持っています。
現代の陶器は800〜1200度で焼かれているのに対し、縄文土器はその半分程度の温度で焼成されているため、強度が大幅に劣ります。このため、発掘された土器の多くは破片の状態で出土し、完全な形で残っているものは極めて稀です。
参考)【原始・古代】土器の移り変わり −世田谷の縄文から平安時代ま…
海岸でビーチコーミングをしていると古い時代の土器片が拾えることがありますが、これらは波に洗われて角が取れた状態になっています。土器片を収集する場合は、取り扱いに細心の注意を払い、保存環境にも気を配る必要があります。
参考)Q.海岸で土器が拾えるってほんとですか?(096号QandA…
破片でも歴史的価値は十分にあります。
また、遺跡からの土器の無断採取は文化財保護法で禁止されており、発見した場合は自治体の教育委員会に届け出る必要があります。個人が趣味で土器を収集する場合は、博物館の複製品や合法的に流通しているものを選ぶことが重要です。
土器の知識を深めることで、陶芸作品を作る際にも歴史的な形状や用途を参考にでき、より深みのある作品作りにつながるでしょう。
法律を守って楽しむのが基本です。