弁柄を多く入れるほど赤くなると思っていませんか?実は弁柄15%超えで発色は頭打ちになります。
鉄赤釉は、「近代になって生み出された釉薬」という位置づけであり、伝統的な天目釉や青磁釉に比べると歴史は浅いものの、その深みのある朱赤の発色から多くの陶芸家を魅了してきました。仕組みを一言で言うと、「酸化成分をそれほど多くしない基礎釉に、鉄分(弁柄)とリン酸分(骨灰)を多量に配合したもの」です。つまり単純な鉄釉とは根本的に構成が異なります。
鉄分を多く入れれば黒くなる、というのが通常の鉄釉の挙動です。ところが鉄赤釉では、マグネシア(酸化マグネシウム)とリン酸分が共存することで、鉄が赤く発色するという特殊な反応が起きます。この点が最も重要な原理です。
基本的な原料構成を整理すると、以下のようになります。
| 原料 | 役割 |
|------|------|
| 長石(福島長石など) | ガラス質のベースとなる主原料 |
| 珪石 | 釉の骨格となる珪酸分を補給 |
| カオリン | 釉の粘性・懸濁性を高め施釉性を改善 |
| 石灰石 | 媒溶剤(釉を溶かす助け) |
| タルク or マグネサイト | マグネシア(MgO)の供給源。発色に不可欠 |
| 骨灰 | リン酸カルシウムの供給源。赤発色の核 |
| 弁柄(ベンガラ) | 酸化第二鉄(Fe₂O₃)の供給源。着色剤 |
マグネサイトはOKです。タルクでも同様の効果が得られますが、タルクはマグネシアと珪酸を同時に含む鉱石なので、使う場合は珪石量の調整が必要になります。これが基本です。
参考になるのが、名古屋工業技術試験所の研究データを踏まえた調合例です。百分率ベースで「長石(約)50%・石灰石10%以下・タルク10%以下・カオリン10%以下・珪石(約)25%、外割りで骨灰15%以下・弁柄(約)15%」という構成が、鉄赤釉の発色が出やすい基準値として知られています。この数値は実際に試験された結果に基づいており、信頼性の高い出発点となります。
ゼーゲル式で表すと、塩基性成分の比率は「KNaO 0.40・CaO 0.35・MgO 0.25」程度、酸性成分はAl₂O₃が0.5〜0.6、SiO₂が5〜6程度が一般的な目安です。MgO(酸化マグネシウム)を0.25程度確保することが赤発色のポイントで、これが低すぎると黒系の発色に落ち着いてしまいます。
Yahoo!知恵袋:やきものの釉薬づくりで鉄赤結晶釉を作りたい(名古屋工業技術試験所のデータも含む詳細な調合例あり)
実際に陶芸家たちが試みてきた調合例をいくつか比較してみると、共通するパターンが浮かび上がってきます。基礎釉の構成はそれほど大きく変わらず、最終的な発色は「弁柄・骨灰・マグネサイトの三者の比率」で決まる傾向があります。
✅ 調合例A(神戸の茶碗屋による最良結果レシピ)
| 原料 | 重量部 |
|------|--------|
| 福島長石 | 40 |
| 石灰石 | 10 |
| マグネサイト | 10 |
| カオリン | 5 |
| 福島珪石 | 15 |
| 骨灰 | 10 |
| 弁柄 | 10 |
このレシピは多数のテストの中から「No.6」として選ばれたもので、マグネサイトが加わることで急に赤くなったことが報告されています。マグネサイトが0〜5の範囲では発色の変化がほとんどないのに、10まで増やすと劇的に変化するという点は非常に示唆的です。
✅ 調合例B(FC2ブログ・三牧窯による事例)
| 原料 | 重量部 |
|------|--------|
| 長石 | 240 |
| タルク | 31 |
| 石灰石 | 36 |
| カオリン | 45 |
| 珪石 | 110 |
| 弁柄 | 12%(外割) |
| 骨灰 | 12%(外割) |
この事例では、石灰マグネシウム釉に酸化鉄10%に加えて骨灰3%を添加した際に「黒の地に朱色の斑紋が現れた」ことが鉄赤釉発見のきっかけだったと記されています。つまり骨灰の存在が偶然の発見から生まれたという経緯は、非常に興味深いです。
✅ 調合例C(つぐみ製陶所による2005年テスト版)
| 原料 | 重量部 |
|------|--------|
| 福島長石 | 55 |
| 石灰石 | 10 |
| 福島珪石 | 20 |
| AAカオリン | 5 |
| 骨灰 | 10 |
| ベンガラ | 15 |
| マグネシア | 10 |
この調合では「凹部と凸部で色の差が大きい」という特性が報告されています。鉄赤釉はやや流れやすい性質を持ちやすく、施釉の厚みムラが景色として出やすい釉薬でもあります。
研究結果として明らかになっているのは、弁柄11〜15%・骨灰10〜18%の範囲が赤発色に最適な帯域だという点です。弁柄が15%を超えても発色の向上は見られないという報告もあります。骨灰については、増やしすぎると逆に発色が不安定になることがあるため、15〜18%を上限の目安にするのが無難です。
自前の窯場でこだわり作陶(FC2):鉄赤釉の調合事例・弁柄・骨灰・マグネサイトの比率解説
調合が正しくても、施釉が薄すぎると鉄赤釉は赤くなりません。これは重要なポイントです。
鉄赤釉は釉薬がしっかり溶け切らないと発色しない、という性質があります。溶け不足の場合は茶色や濁った黒にとどまり、求める朱赤にはなりません。そのため「通常より厚めに施釉する」ことが基本中の基本とされています。具体的には一般的な施釉よりも1〜2割ほど厚く掛けるイメージで、指で触れると少し重みを感じる程度の釉層が目安です。
焼成温度については、標準的な陶芸釉の焼成範囲(1230〜1260℃程度)でも問題ありませんが、高めの温度でしっかり焼き切ることが推奨されています。温度が低すぎると「釉が溶け切らない→発色しない」という典型的な失敗に直結します。
酸化焼成と還元焼成、どちらでも鉄赤釉は発色しますが、それぞれ異なる表情を見せます。
- 🔴 酸化焼成:明るく鮮やかな朱赤に出やすい。電気窯でも可能
- 🟣 還元焼成:冷却段階で還元をかけると紫がかった深みのある赤になることがある。還元が強すぎると結晶化してキラキラした黒になる場合も
還元で焼くと変化が出やすいのですが、コントロールが難しい面もあります。電気窯(酸化)でも美しい鉄赤が出るため、初めての調合テストには酸化焼成のほうが結果を再現しやすいです。
冷却段階の還元は特殊で、還元冷却を意図的に行うと発色が大きく変わります。鉄赤釉を冷ます際に還元をかけると渋みのある紫色に近い表情になることが知られており、これはあえて意図して使われる技法でもあります。
一つだけ注意点があります。ZnO(酸化亜鉛)を添加した釉薬では鉄赤の発色が著しく悪くなるという報告があります。他の釉薬の調合例を流用する際に亜鉛系の原料が含まれている場合は注意が必要です。
陶芸の技法とレシピ第3章(エキサイトブログ):鉄赤釉テスト・マグネサイト量の変化による発色比較レポート
鉄赤釉の調合テストを行う際、経験者でも陥りやすいミスがいくつかあります。これを知っているだけで、無駄なテスト焼成を何回も省けます。
① マグネサイトの量が足りない
最も多い失敗パターンがこれです。マグネサイト(またはタルク)を少量しか加えない調合では、発色が黒系に流れてしまいます。「少し加えればいい」というレベルではなく、前述のとおりMgOが全塩基の20〜25%程度を占めるボリュームが必要です。
② 弁柄を「多ければ多いほど赤い」と誤解している
弁柄を多く入れれば赤くなるという常識は間違いです。15%を超えても発色の変化はほぼなく、むしろ釉が流れやすくなったり、表面が荒れたりするリスクが高まります。弁柄の適正量は11〜15%の範囲内で収めるのが原則です。
③ 素地選びを軽視している
素地の違いは発色に直接影響します。白土・磁器土は鉄分が少なく、釉薬本来の朱赤が出やすい傾向があります。一方、赤土や陶器土は鉄分が多く、釉薬との化学反応が起き、色が渋く沈みやすくなります。明るい鉄赤を出したい場合は白土か磁器土がベターです。なお、素地のカリ長石よりもソーダ長石系の素地のほうが明るい発色が出やすいという知見も報告されています。
④ テスト片を小さく作りすぎる
テスト用の試験片を小さくしすぎると、釉の流れ具合・厚み・発色の確認が難しくなります。最低でもはがきサイズ(約10cm×14.8cm)ほどの面積を持つ板状のテスト片を作ることが推奨されます。また、釉を薄く掛けた部分・標準的な厚さの部分・厚く掛けた部分を同一のテスト片の中で表現しておくと、一度の焼成で厚みによる発色の差を一気に確認できます。
⑤ 調合後の釉薬を長期間放置する
鉄赤釉に使う骨灰は沈殿しやすい原料です。調合後に放置すると原料が分離・沈殿して均一な施釉ができなくなります。使用直前に十分に攪拌することは必須です。CMC(カルボキシメチルセルロース)などの沈殿防止剤を少量加えると、釉薬の懸濁性が高まり扱いやすくなります。
これらのポイントを踏まえた上でテストを繰り返すことが、鉄赤釉の習得への近道です。
基本の調合で発色が安定してきたら、次のステップとして微量の添加物によるアレンジが楽しくなってきます。鉄赤釉はそのまま使っても十分に美しいですが、わずかな変化で全く異なる表情を引き出せる点も魅力のひとつです。
🔷 マンガン(二酸化マンガン)を微量添加する
弁柄とマグネサイトを含む基本の調合に対し、二酸化マンガンを2.5%程度外割りで加えると「結晶釉的な景色」を狙うことができます。完全に均一な発色より、斑状や結晶状の変化を楽しみたい場合に有効です。ただし、加えすぎると発色が濁ることがあるので少量からテストするのが原則です。
🔷 骨灰の代わりにリン酸カルシウム(化学原料)を使う
骨灰は天然原料のため、ロットによって成分にばらつきが出ることがあります。成分を安定させたい場合は化学原料のリン酸カルシウムを利用するのも一つの手段です。ただし、ピュアな化学原料は天然骨灰のもつ微妙な不純物成分を持たないため、表情がやや単調になることも覚悟しておくと良いでしょう。
🔷 弁柄+リン酸カルシウムの二層焼成テクニック
変わったアプローチとして、弁柄50・リン酸カルシウム50の鉄化粧を素焼き作品に施し、一度1000℃で焼成した後、その上に赤松灰釉を掛けて再焼成するという方法があります。これは通常の単層施釉とは全く異なる手順で、窯変的な景色が出やすいのが特徴です。二度手間にはなりますが、一般的な調合法では出せない独特の深みが得られることがあります。
🔷 冷却還元を意図的に活用する
前述のとおり、冷却段階での還元処理は発色を紫方向に動かします。これは「鉄赤釉の発色を偶然に任せない」という観点で見ると、意図的な表現手段として使えます。
基本調合を身につけたら、これらのアレンジを一つずつ試して記録していくと、自分だけのオリジナルレシピへと発展させていけます。釉薬の調合は、数字と感覚の両方を積み重ねていくプロセスです。焦らず一つひとつテストを重ねることが大切です。
熱勝陶芸トリヴィア:鉄赤釉の定義・鉄分の多様な発色(黄・飴・黒・赤・青など)についての用語解説
熱勝甲府店・釉薬の調合例:黒天目・黒織部・青磁など多数の釉薬調合例。ゼーゲル式からの調合計算参考に