陶器や食器の美しい色彩を生み出す重要な要素が、釉薬に含まれる鉄分です。鉄には酸化第二鉄(Fe₂O₃)と酸化第一鉄(FeO)という2つの主要な酸化状態があり、それぞれが異なる発色をもたらします。酸化第二鉄は3価の鉄イオン(Fe³⁺)を持ち、通常は赤褐色や紫色を呈しますが、陶器の原料である弁柄(べんがら)の主成分として知られています。一方、酸化第一鉄は2価の鉄イオン(Fe²⁺)を持ち、黒色や灰色を基調とします。この2つの鉄の酸化状態は、焼成時の窯の中の環境によって互いに変化し、最終的な器の色を決定する重要な役割を果たしています。
陶芸の世界では、釉薬に含まれる鉄分の量と焼成方法の組み合わせによって、黄色、茶色、黒色、青緑色など実に多彩な色彩表現が可能になります。特に1200℃程度の高温になると、酸化第二鉄は徐々に分解し始め、酸化第一鉄へと変化します。この化学変化は単なる色の変化だけでなく、釉薬の性質そのものにも影響を与えます。酸化第一鉄は媒熔剤として働き、釉薬の粘性を下げて流れやすくする性質を持っているため、釉薬の仕上がりや質感にも大きく関わっています。
鉄分の含有量によっても発色は大きく変わります。釉薬中に1~3%程度の微量の鉄分が含まれる場合、酸化焼成では薄い黄色に発色し、還元焼成では青色から緑色の美しい青磁の色になります。一方、12%以上の多量の鉄分が添加されると、冷却中に結晶として析出し、鉄砂釉、鉄赤釉、金彩釉などの鉄結晶釉と呼ばれる独特の表情を持つ釉薬になります。2.5%程度以上になると、焦茶色から茶色、灰色、黒色など多様な色を発色し、陶芸家はこれらの性質を巧みに利用して作品を制作しています。
酸化第二鉄は陶器や食器の釉薬、絵付けに最も広く使用される鉄化合物です。粉末状の酸化第二鉄は紫色系の色をしており、弁柄(べんがら)として市販されています。生の状態の鉄系釉薬がほとんど赤茶色系の色をしているのは、この酸化第二鉄を原料として使用しているためです。釉薬の着色剤として酸化第二鉄を透明釉などに1%~十数%添加することで、さまざまな色彩を発色させることができます。
酸化第二鉄は鉄絵の下絵具としても使用されます。鉄絵とは、酸化第二鉄や鬼板、黒浜などの鉄分を多く含んだ絵の具で素焼きした素地に絵付けをし、その上に釉薬をかけて焼成する技法です。焼成後は茶色や黒色に発色し、力強い筆遣いや民窯ならではのユーモアのある図柄が特徴的です。鉄絵は青花(染付)に似た釉下彩の技法ですが、呉須やコバルトの代わりに酸化鉄を用いる点が異なります。
酸化焼成においては、酸化第二鉄は十分に酸化された状態を保ち、黄色から赤褐色の発色をもたらします。黄瀬戸釉の淡黄色の発色は、木灰に含まれる1~3%程度の微量な酸化第二鉄によるものです。鉄分の含有量が増えるほど色は濃くなり、焦茶色、茶色へと変化していきます。特に金茶系統の釉薬は酸化第二鉄を多く使用するため、中温で手早く焼成しないと緑がかった色になってしまう不安定な性質を持っています。
酸化第一鉄は還元焼成によって生成される鉄の化合物で、陶器の美しい青緑色や灰色の発色に不可欠です。還元焼成とは、窯の中に空気が入らないようにして不完全燃焼させる焼成方法で、窯内に木などの燃料をたくさん入れて窯の口を閉めることで実現します。この酸素が乏しい環境下では、釉薬や胎土に含まれる酸化第二鉄から酸素が奪われ、酸化第一鉄へと還元されます。
青磁の美しい青緑色は、まさにこの酸化第一鉄によって生み出されます。釉薬中に1~3%程度含まれる微量の鉄分が、1200℃以上の高温で還元焼成されることで酸化第一鉄に変化し、透明ガラス状の釉薬の中で青色から緑色に発色します。この色は「碧玉」や「翡翠」の色に例えられ、その美しさは真珠や宝石に勝るとも言われてきました。還元の完全さや釉薬中の鉄分の量によって、黄色がかった緑から空の青色まで発色が大きく変化します。
還元焼成での発色は鉄分だけでなく、釉薬の厚みや他の成分にも影響を受けます。釉薬が厚いものは澄んだ釉調で色が濃い発色をしますが、薄いものは淡くくすんだ色になります。また、長石釉に珪酸などの酸性成分が多いと青みが強くなり、石灰などの塩基性成分が多いとオリーブのような深緑になります。酸化第一鉄は媒熔剤としても働くため、釉薬の粘性を下げて流れやすくする性質があり、釉薬の質感にも影響を与えています。
陶器の素地色も酸化第一鉄の影響を受けます。酸化焼成では素地は赤茶色になりますが、還元焼成では灰色に焼き締まります。須恵器が青灰色をしているのも、還元焼成によって胎土中の酸化第二鉄が酸化第一鉄に還元されたためです。このように焼成雰囲気を自在に操ることが陶芸の醍醐味であり、同じ釉薬や土でも全く異なる表情の作品を生み出すことができます。
釉薬における第二鉄と第一鉄の化学的変化は、陶器の色彩表現の幅を大きく広げています。同じ鉄を含む釉薬でも、酸化焼成か還元焼成かによって全く異なる色に仕上がります。例えば、透明釉に微量の鉄分(1~3%)を添加した場合、酸化焼成では酸化第二鉄の影響で薄い黄色に発色しますが、還元焼成では酸化第一鉄に変化して青色から緑色の青磁になります。
鉄釉は酸化鉄の含有量が多い釉薬で、2.5%程度以上になると焦茶色から茶色、灰色、黒色など多様な色を発色します。酸化焼成では黄色から赤褐色の温かみのある発色を見せ、飴釉やオリーブ系の色調が生まれます。一方、還元焼成では黒色や深い茶色に発色し、天目釉や黒釉として知られる力強い表情の釉薬になります。12%以上の高い鉄分含有量では、冷却中に鉄が結晶として析出し、金属光沢を持つ鉄砂釉や鉄赤釉などの結晶釉が生まれます。
銅釉との組み合わせでも、第二鉄と第一鉄の性質が活かされます。銅釉は酸化焼成では緑色に発色しますが、還元焼成では赤い辰砂釉になります。不純物として酸化鉄が入ると青紫色の辰砂に変化するため、意図的に0.5%程度の酸化第二鉄を加えることがあります。還元焼成中に酸化第一鉄に変化することで、独特の青紫色が生まれ、より複雑で深みのある色彩表現が可能になります。
青磁の歴史と買取 - 釉の中の濃度の違いによる鉄の発色について詳しく解説
焼成温度は第二鉄から第一鉄への変化に大きく影響します。酸化第二鉄は1200℃程度で少しずつ分解し始め、酸化第一鉄へと変化していきます。この温度帯は釉薬が溶け始める温度と重なるため、釉薬の発色と流動性に同時に影響を与えます。還元焼成は通常900℃~950℃の釉薬が融け始める頃から開始され、この段階から窯内を酸素不足の状態に保つことで、酸化第二鉄から酸化第一鉄への還元反応を引き起こします。
還元焼成では温度管理が特に重要です。還元状態は酸欠によって温度が上がりにくい傾向があるため、薪を投入するタイミングや窯のダンパーの調整が繊細に行われます。薪を投入すると酸素が欠乏してさらに温度が上がりにくくなるため、薪がほぼ燃え切ってから次の薪を投入するなどの工夫が必要です。強く還元がかかると煙突からは黒煙が、のぞき穴からは炎が噴き出してくるため、陶芸家はこれらの兆候を見ながら焼成を進めます。
冷却過程でも化学変化は続きます。高温で酸化第一鉄に還元された鉄分も、冷却時の酸素との接触によって再び酸化される可能性があります。そのため、冷却時も窯を密閉して還元雰囲気を保つことが、美しい青磁の色を出すためには重要です。辰砂釉の場合は700℃近辺で一定時間温度を保つことで結晶を成長させる必要があり、釉薬の粘性を低くすることで良い発色が得られます。このように、第二鉄と第一鉄の化学変化は焼成全体を通じて管理される必要があります。
現代の陶芸では、第二鉄と第一鉄の性質を科学的に理解した上で、伝統技法と新しい表現を組み合わせた作品作りが行われています。例えば、一つの作品の中で部分的に酸化と還元の雰囲気を作り分けることで、黄色と青緑色が混在する独特の表情を持つ器を作ることができます。窯の中での置き場所によって酸化・還元の度合いが異なることを利用し、意図的にグラデーションを作り出す技法も研究されています。
鉄分の溶出という観点からも、第二鉄と第一鉄の違いは興味深い特性を持っています。南部鉄器などのホーロー加工されていない鉄製の調理器具から溶出する鉄分は、体内吸収率の良い2価鉄(Fe²⁺)であり、貧血予防に効果があることが知られています。陶器の釉薬中の鉄分は通常溶出しませんが、この鉄分補給の考え方を陶器の世界に応用し、健康面を考慮した器作りの研究も一部で行われています。ただし、食品と接触する釉薬の安全性は厳格に管理される必要があります。
歴史的には、第二鉄と第一鉄の違いを経験的に理解していた陶工たちの知恵が、各地の窯の特色を生み出しました。中国の龍泉窯の透き通るような青磁、日本の瀬戸黒の漆黒、黄瀬戸の温かみのある黄色など、それぞれの窯で独自の焼成技術が発展しました。現代の作家たちは、科学的分析によってこれらの伝統技法のメカニズムを解明しながら、新しい色彩表現に挑戦し続けています。鉄という身近な元素が、焼成という化学変化を経て、これほど多彩な美しさを生み出すことは、陶芸の大きな魅力の一つです。
窯の発展の歴史 02 - 酸化第二鉄から酸化第一鉄への還元について詳しい解説
陶器や食器に使われる鉄分の化学的性質を理解することで、器を選ぶ楽しみや、作品を鑑賞する際の視点が深まります。第二鉄と第一鉄という2つの酸化状態が、焼成方法によって変化し、美しい色彩を生み出す仕組みは、科学と芸術が融合した陶芸の醍醐味といえるでしょう。