二酸化マンガンにオキシドール(過酸化水素水)を加えると、激しく泡立ちながら酸素が発生します。この反応の化学反応式は次のように表されます。
参考)過酸化水素水に二酸化マンガンを加えた時の化学式がわかりません…
2H₂O₂ → 2H₂O + O₂
この反応式が示すように、過酸化水素(H₂O₂)が分解されて水(H₂O)と酸素(O₂)が生成されます。注目すべき点は、二酸化マンガン(MnO₂)は化学反応式の中に記載されていないことです。これは二酸化マンガンが「触媒」として働いているためで、自身は反応の前後で化学的に変化しません。
参考)二酸化マンガンに過酸化水素を入れた時の化学反応式がなぜあのよ…
オキシドールとは、2.5~3.5%の過酸化水素水に安定剤を加えたもので、医療用消毒剤として広く使用されています。この濃度のオキシドールは比較的安全に取り扱えるため、中学校や高校の理科実験でも酸素発生実験に利用されています。
参考)【気体の性質まとめ】
過酸化水素は本来、時間とともにゆっくりと分解して酸素と水になりますが、二酸化マンガンを加えることで分解速度が劇的に速くなり、一気に酸素が発生します。この反応は発熱反応であり、1モルあたり98.05 kJの熱を放出します。
参考)http://kinki.chemistry.or.jp/pre/esa-66.html
二酸化マンガンが触媒として機能する仕組みは、分子レベルで見ると非常に興味深いプロセスです。触媒とは、自分自身は反応しないが周りの反応を助ける物質を指します。
参考)リアルタイムでみる触媒反応
二酸化マンガンによる過酸化水素の分解メカニズムでは、水和二酸化マンガン(MnO₂・nH₂O)の表面で特殊なイオン交換反応が起こります。過酸化水素中のマンガンイオン(Mn²⁺)が二酸化マンガン表面のH⁺イオンとイオン交換し、その後、酸化再生反応によって接触面が元のMnO₂・H₂Oに戻る自触媒反応が進行します。
参考)除マンガンのメカニズム href="https://www.tohkemy.co.jp/technology/jyo_mangan/" target="_blank">https://www.tohkemy.co.jp/technology/jyo_mangan/amp;laquo; 株式会社トーケミ
この反応において、二酸化マンガンは反応に必要な活性化エネルギーを下げる作用があります。通常の化学反応では、物質が反応を起こすために必要な一定のエネルギー(活性化エネルギー)が存在しますが、触媒はこのエネルギー障壁を低くすることで反応速度を大幅に向上させます。
参考)過酸化水素水から二酸化マンガンを触媒に酸素を発生させる実験で…
実験データによると、二酸化マンガンを使用した場合、数分で試験管4本分以上の酸素を確保できるほど反応は激しく進行します。一方、二酸化マンガンを加えない場合、過酸化水素はゆっくりとしか分解せず、ごく少量の酸素の泡が出るだけです。
参考)https://wakayama-u.repo.nii.ac.jp/record/2003326/files/AN00257977.72.113.pdf
オキシドールと過酸化水素水の違いを理解することは、この化学反応を深く知る上で重要です。オキシドールは過酸化水素H₂O₂の2.5~3.5%(重量対容量百分率)水溶液に適当な安定剤を加えたものです。
参考)オキシドール
過酸化水素そのものは不安定な物質で、常温でも徐々に分解していきます。そのため、市販されているオキシドールには安定剤が添加されており、保存中の自然分解を抑制しています。この安定剤により、通常の保管状態であれば長期間品質を保つことができます。
参考)https://www.n-analytech.co.jp/archives/001/202202/022_%E3%82%AA%E3%82%AD%E3%82%B7%E3%83%89%E3%83%BC%E3%83%AB%E4%B8%AD%E3%81%AE%E9%81%8E%E9%85%B8%E5%8C%96%E6%B0%B4%E7%B4%A0%E5%88%86%E6%9E%90(%E6%97%A5%E6%9C%AC%E8%96%AC%E5%B1%80%E6%96%B9)%20final02%E5%BE%AE%E4%BF%AE%E6%AD%A3.pdf
過酸化水素の濃度と反応性には密接な関係があります。試薬用としては30%程度の過酸化水素水が市販されていますが、これは医療用のオキシドールよりも約10倍濃い溶液です。高濃度の過酸化水素は取り扱いに注意が必要で、6%を超える濃度のものは劇物に指定されています。
興味深いことに、過酸化水素の分解反応はpH(水素イオン濃度)の影響を受けます。過酸化水素水は酸性に調整して安定化させているため、アルカリ性にすると激しく泡立って分解します。これは過炭酸ナトリウムが水に溶けて塩基性になると酸素が発生する理由でもあります。
参考)https://www.jstage.jst.go.jp/article/kakyoshi/58/2/58_KJ00007515750/_pdf
濃度 | 用途 | 取り扱い |
---|---|---|
2.5~3.5% | オキシドール(医療用消毒剤) | 一般的な取り扱いが可能 |
約30% | 試薬用、工業用 | 注意を要する |
6%超 | 漂白剤、工業原料 | 劇物指定、厳重管理が必要 |
過酸化水素の分解を促進する触媒には、無機触媒である二酸化マンガンのほかに、生体内に存在する酵素カタラーゼがあります。両者の働きには興味深い共通点と相違点があります。
参考)Q36 火が強くなるのはどれかな? | バーチャル実験室
カタラーゼは、生物の細胞内にあるタンパク質でできた酵素で、過酸化水素を水と酸素に分解する触媒作用を持ちます。このカタラーゼは動物では肝臓や腎臓、赤血球に多く含まれ、植物ではジャガイモ、レタス、ホウレンソウなどにも存在します。
参考)植物と過酸化水素水から発生する気体の発生量に関する研究~植物…
二酸化マンガンとカタラーゼの大きな違いは、環境条件への耐性です。二酸化マンガンは無機物質であるため、加熱しても、酸やアルカリに触れても、触媒としての機能を失いません。実験によると、二酸化マンガンはpH11でもpH2でも触媒活性を示し、pH11で最も活性が高くなります。
参考)ポストドクターコース(中学1~3年生)「触媒」 - 栄光サイ…
一方、カタラーゼはタンパク質でできているため、熱や酸、アルカリによって変性(失活)してしまいます。ジャガイモを茹でたり酢に漬けたりすると、カタラーゼは変性して触媒活性を失い、過酸化水素を加えても酸素がほとんど発生しなくなります。
傷口にオキシドールを塗布すると白い泡が立つのは、血液や細胞内のカタラーゼが過酸化水素を分解し、発生した酸素が泡となって現れるためです。この発生期の酸素は強い酸化力を持ち、殺菌作用や創傷の清浄作用を発揮します。
実験室で二酸化マンガンとオキシドールを用いて酸素を発生させる方法は、中学校や高校の理科実験で広く行われています。基本的な実験手順と注意点を理解することで、安全かつ効果的に酸素を得ることができます。
実験手順としては、まず試験管やビーカーに二酸化マンガンを少量(約0.5~1グラム)入れます。次に、その容器にオキシドールを注ぐと、激しく泡立ちながら酸素が発生します。発生した気体は水上置換法で集めるのが一般的です。
参考)理科の実験・・・酸素発生に驚いた!|西田親生
酸素が発生したことを確認するには、火のついた線香を近づける方法が用いられます。酸素には物が燃えるのを助ける働き(助燃性)があるため、線香の火が激しく燃え上がります。注意点として、この確認には必ず線香を使い、マッチは使わないようにします。
参考)消毒液から酸素が生まれる!?オキシドールを使った酸素発生実験…
二酸化マンガンの代わりに、ジャガイモやダイコンおろしなどの生の野菜を触媒として使用することもできます。これらの野菜に含まれるカタラーゼ酵素が触媒として働き、同様に酸素が発生します。ただし、野菜を加熱すると酵素が失活するため、必ず生の状態で使用する必要があります。
実験後の処理では、二酸化マンガンは触媒なので実験後もそのまま残ります。流しに直接捨てると詰まりの原因になるため、一度ザルなどにあけてから試験管を洗うようにします。二酸化マンガンは変化していないので、乾燥させれば繰り返し使用できます。
反応速度を調整したい場合は、二酸化マンガンの量やオキシドールの濃度を変えることで対応できます。二酸化マンガンの量が多すぎると反応が急激に起こり、事故につながる可能性があるため注意が必要です。
参考)https://www.digirika.tym.ed.jp/wp-content/uploads/sansonohassei.pdf
二酸化マンガンとオキシドールの反応は発熱反応であり、化学エネルギーが熱エネルギーとして放出されます。この発熱の仕組みを理解することで、反応のエネルギー変化をより深く把握できます。
過酸化水素が分解して水と酸素になる反応では、1モルあたり98.05 kJ(キロジュール)の熱が発生します。これは過酸化水素分子の化学結合が切れて、より安定な水と酸素の結合が形成される際に、余剰のエネルギーが熱として放出されるためです。
実験中に試験管やビーカーが温かくなることがありますが、これはこの発熱反応によるものです。特に高濃度の過酸化水素や大量の二酸化マンガンを使用した場合、反応熱によって容器がかなり熱くなることがあります。
発熱反応であることは、反応速度にも影響を与えます。温度が高くなると分子の運動が活発になり、反応速度がさらに増加するという正のフィードバックが働きます。これが二酸化マンガンを加えたときに激しく泡立つ理由の一つです。
過酸化水素の分解反応においては、反応中間体としてヒドロキシラジカル(OH・)が生成される可能性も指摘されています。このヒドロキシラジカルは非常に強力な酸化力を持ち、有機物の分解などに寄与します。
参考)https://www.jstage.jst.go.jp/article/jswmepac/18/0/18_0_293/_pdf/-char/ja
二酸化マンガンとオキシドールの反応原理は、実験室だけでなく工業分野でも幅広く応用されています。特に水処理や環境浄化の分野では、過酸化水素の酸化力を活用した技術が発展しています。
参考)二酸化マンガンについて
水処理分野では、マンガン砂やフェロライトなどの除マンガン濾材が使用されています。これらは水和二酸化マンガン(MnO₂・nH₂O)を被覆させたもので、原水中のマンガンイオンを酸化除去する際の触媒として機能します。自触媒反応により、次亜塩素酸ナトリウムなどの酸化剤を加えることで連続的に除マンガン能力が保たれます。
過酸化水素は製紙工場でのパルプ漂白、廃水処理、半導体の洗浄など、工業的な利用が全体の使用量の大部分を占めています。塩素系漂白剤が多量の廃棄物を生じるのに対し、過酸化水素は最終的に無害な水と酸素に分解するため、環境にやさしい物質として利用が拡大しています。
2016年度の日本国内における過酸化水素(100%相当)の生産量は約17万5673トンにも達しており、工業消費量は約1万5747トンでした。これだけ大量に使用される背景には、過酸化水素の強力な酸化力と最終的に無害な物質に分解される特性があります。
食品業界では、飲料充填前の紙パック内を低濃度過酸化水素水で殺菌する充填機が存在します。噴霧された過酸化水素水は送風によって分解・乾燥し、酸素と水になって無害化されます。この技術は二酸化マンガンとオキシドールの反応原理を応用したものです。
東ケミカル株式会社 - 除マンガンのメカニズム
水和二酸化マンガンによる自触媒反応を利用した除マンガン技術の詳細が解説されています。工業的な水処理における触媒作用の応用例として参考になります。
Wikipedia - 過酸化水素
過酸化水素の性質、工業的製造法、安全性、生体内での役割まで包括的な情報が掲載されています。化学反応式の理解を深めるための基礎資料として有用です。
日本化学会誌 - 二酸化マンガンによる過酸化水素の分解能
二酸化マンガンによる過酸化水素分解反応の詳細な研究論文です。イオン交換反応のメカニズムや触媒性能の評価について学術的な知見が得られます。