ワラ灰釉を「厚めにかければかけるほど白くなる」と信じて窯を開けたら、棚板に釉薬がビッシリ固まっていた経験、あなたにはありませんか。
乳白釉を自分で調合したいと思ったとき、まず壁になるのが「どうして白く濁るのか」という根本的な疑問です。この仕組みを理解しないまま配合比率だけをマネしても、思い通りの結果には結びつきにくいのが現実です。
釉薬が白濁して見える現象には、大きく分けて2つのメカニズムがあります。ひとつは「結晶性の不透明」、もうひとつは「非晶質性の不透明」です。
まず結晶性タイプ(失透釉・マット釉)の白濁は、釉薬のガラス層の中に微細な結晶が析出し、その結晶が光を散乱させることで白く見えます。亜鉛釉のブリストル釉などがこの代表例です。一方、乳白釉の白濁は「分相(ぶんそう)」と呼ばれる現象によるもので、非晶質のガラス層が性質の異なる2つのガラス相に分かれ、その界面で光が乱反射することで乳白色になります。つまり乳白釉は結晶ではなく、ガラスの相分離が白さを生んでいるのです。
電子顕微鏡で乳白釉の断面を見ると、球形の粒子状のガラス(分離相)が液状のガラス(マトリクス相)の中に浮かんでいる様子が観察されます。この構造が、牛乳に似た柔らかくにじむような白さを生み出しています。これが原則です。
失透釉やマット釉と乳白釉の外観が似ているため混同されがちですが、根本的な成り立ちは別物です。調合でその違いを意図的に操れるようになると、釉薬の自由度が格段に上がります。
| 釉薬の種類 | 不透明になる原因 | 表面の質感 |
|---|---|---|
| 失透釉 | 微細結晶の析出 | なめらか・やや硬い白 |
| マット釉 | 表面への結晶析出 | 艶消し・ざらつき感 |
| 乳白釉 | 非晶質の分相 | 柔らか・乳がかった白 |
| 透明釉 | 均一非晶質(分相なし) | 透明・光沢あり |
乳白釉の「温かみ」「にじみ」は、まさにこの分相という現象が表情を生んでいるからこそです。ここを理解しておけば、原料選びの判断がぶれにくくなります。
参考:乳濁釉の仕組みと分相について詳しく解説されています。
乳白釉の調合でもっとも伝統的なアプローチが、ワラ灰(藁灰)を使った「灰立ての乳白釉」です。ワラ灰に含まれる非晶質のシリカ(SiO₂)成分がおよそ75%を占め、この非晶質珪酸分が分相を引き起こす原動力になります。天然素材ならではの「不均一さ」こそが、柔らかい乳白の表情を生む理由です。
代表的なワラ灰立て乳白釉の基本調合は次の通りです。
| 原料 | 配合比率 | 役割 |
|---|---|---|
| 長石(福島長石等) | 30% | 媒熔剤・糊材・骨材を兼ねる主原料 |
| 土灰(合成土灰) | 30% | 媒熔剤、フラックスとして溶融を助ける |
| ワラ灰(天然) | 40% | 非晶質珪酸分として分相・乳濁を促進 |
この長石3:土灰3:ワラ灰4の比率が「基本です」と言ってよいでしょう。一部の工房では長石2:合成土灰4:天然ワラ灰4のように長石比率を下げた例もあり、その場合は釉薬が流れやすくなる傾向があります。
各原料の働きを整理しておくと、長石はカリ(K₂O)・アルミナ・ケイ酸を同時に供給する万能原料です。アルミナ成分は釉薬の粘性を高め、作品からの流れ落ちを防いでくれます。土灰はカルシウム(CaO)などを補う媒熔剤で、ガラス化を助けます。そしてワラ灰の非晶質シリカが、他の成分と混ざり合いながら分相を起こし、乳白色を生むのです。
天然ワラ灰は成分が一定でないという特性があります。これは一見デメリットに見えますが、むしろ作品ごとに微妙な表情の差が生まれる要因でもあります。焼成のたびに少し違う顔を見せる乳白釉の魅力は、まさにこの「不均一さ」に由来しています。
ワラ灰釉は流れやすい釉薬です。これは必須の認識です。厚掛けすると焼成中に棚板まで釉薬が流れ落ちてしまうケースが多発します。施釉厚の目安は1〜1.5mm程度を意識し、作品の底から1cm以上は釉を避けるようにしましょう。
参考:ワラ灰釉の配合例と施釉の注意点について実践的に解説されています。
ワラ灰は天然素材ゆえに成分が安定しにくいため、再現性を重視する場合は人工原料を組み合わせた乳白釉の調合が有効です。乳濁効果を得るための添加原料には大きく3種類あり、それぞれ異なるキャラクターの乳白を生み出します。
骨灰(こつばい)を使う乳白釉
骨灰はリン酸カルシウムを豊富に含む原料で、透明釉に1割ほど添加するだけで乳濁効果が得られます。たとえば「長石5:石灰石1:カオリン1:珪石3」の透明釉(合計100)に対して骨灰を外割10%加えると、柔らかな白濁が生まれます。骨灰由来の乳白はワラ灰と同様に非晶質の分相によるものです。ボーンチャイナにも使われる原料で、温かくやわらかい乳白を出したい場合に向いています。
亜鉛華(酸化亜鉛)を使う乳白釉
透明釉に亜鉛華を2割加え、珪石を1〜2割増やすことでも乳濁釉が得られます。調合例は「長石5:石灰石1:亜鉛華2:カオリン1:珪石4〜5」です。亜鉛乳白釉は分相ではなく微細な亜鉛系結晶(ガーナイト等)が生成する失透タイプに近い乳白で、やや硬くシャープな白になる傾向があります。意外ですね。同じ「白く濁る」でも原料によって全く異なる質感になるわけです。
珪酸ジルコニウム(ジルコン)を使う乳白釉
珪酸ジルコニウムは現代的な乳濁剤として広く使われます。透明釉に対して3〜9%外割で添加するのが一般的です。ただしジルコンは釉薬の中に溶けずに光を乱反射して乳濁させる、第三のメカニズムです。乳濁力は強い反面、多量に添加するとベタっとしたつまらない白になりがちという指摘があります。添加量は6%前後が安定したスタート地点です。
| 添加原料 | 乳白のメカニズム | 仕上がりの質感 | 再現性 |
|---|---|---|---|
| ワラ灰(天然) | 非晶質分相 | 柔らか・温かみあり | やや低い |
| 骨灰 | 非晶質分相 | 柔らか・半透明感 | 中程度 |
| 亜鉛華 | 微細結晶析出 | やや硬め・シャープ | 高い |
| 珪酸ジルコニウム | 光の乱反射 | 強い不透明白 | 高い |
ワラ灰の「味わい」を求めるか、均一な白を求めるかによって選ぶ添加原料が変わります。これが条件です。まずはテストピースで焼成試験を1〜2枚ずつ行い、自分の窯と粘土との相性を確かめることが近道になります。
参考:乳濁剤の種類と透明釉から乳白釉へのアレンジ方法が詳しく書かれています。
乳白釉の仕上がりは調合だけで決まりません。焼成温度と焼成雰囲気(酸化か還元か)が釉調を大きく左右します。
酸化焼成とは窯内に十分な酸素を供給しながら焼く方法で、電気窯が代表的です。還元焼成は酸素不足の状態(不完全燃焼)で焼く方法で、ガス窯や薪窯で行います。同じ調合の乳白釉でも、この雰囲気の違いで仕上がりが大きく変化します。
ワラ灰系の乳白釉は酸化・還元のどちらにも対応できる釉薬が多いですが、還元焼成にかけると乳濁の「にじみ」「よどみ」がより豊かに出やすい傾向があります。それに対して電気窯の酸化焼成では、より均質でクリアな乳白になります。どちらが良い悪いではなく、求める表情によって使い分けるのが基本です。
焼成温度については、一般的な乳白釉の目安温度は1230〜1260℃程度です。市販の乳白釉の多くもこの温度帯に合わせて設計されています。温度が高すぎると分相が壊れて透明化し、白濁が消えてしまうことがあります。痛いですね。逆に温度が低すぎると釉薬が十分に溶けず、ザラついた仕上がりや気泡(ピンホール)の原因になります。
実は乳白釉の「乳白が出ない」という失敗の半数以上は、焼成温度のズレが原因です。自分の窯の実際の温度をテストピースで確認することが、調合に次いで重要な作業です。
また、乳白釉は同じ電気窯で焼いても、窯内の位置(上段・下段)によって温度差があります。段の位置によって同じ釉でも乳白の出方が変わることを覚えておくと、原因の切り分けがしやすくなります。
参考:酸化焼成・還元焼成の違いと釉薬への影響が公式資料として解説されています。
乳白釉の調合で陶芸書や動画に書かれていない盲点が、天然灰の前処理とテスト戦略です。ここが習得の速さに直結します。
天然ワラ灰をそのまま使うと、灰汁(あく、可溶性塩類)が多く含まれているため、調合が不安定になりやすいという問題があります。灰汁を取らずに調合した釉薬は、乾燥段階で可溶性塩類が濃集し、焼成時にピンホールや釉薬の剥離の原因になることがあります。これは知ってると得します。
天然ワラ灰の下処理は次の手順が基本です。
市販の精製ワラ灰や合成ワラ灰(合成藁灰)を使うと、この前処理が不要になり安定した調合が可能です。成分の再現性を最優先するなら市販の精製原料の使用も選択肢に入ります。
次に試験焼成の戦略です。乳白釉の調合をゼロから設計する場合、1回の焼成で複数の配合比率を試す「テストピース法」が効率的です。基本の長石3:土灰3:ワラ灰4を起点として、以下のように変数を1つずつ変えたテストピースを用意します。
| テスト番号 | 長石 | 土灰 | ワラ灰 | 特記 |
|---|---|---|---|---|
| Test A | 30% | 30% | 40% | 基本調合(基準) |
| Test B | 30% | 20% | 50% | ワラ灰増:よりミルキーを狙う |
| Test C | 40% | 30% | 30% | 長石増:流れにくさを優先 |
| Test D | 30% | 30% | 30%+骨灰10% | 骨灰添加:柔らかい乳白を探る |
1回の窯で4〜5種類のテストピースを焼けば、比較が一度にできてコスト面でも無駄がありません。テストピース1枚の大きさは名刺ほど(約9cm×5cm)あれば十分です。
また、同じ調合でも使う粘土(白土・赤土・半磁土など)によって乳白の出方が変わります。赤土の鉄分が乳白釉と反応して釉調が変化するため、使う素地土との「相性テスト」も忘れずに行いましょう。つまり調合と素地土の組み合わせが、乳白釉の最終的な仕上がりを決めます。
テストピースには鉛筆または耐熱インクで調合番号・焼成日・窯の温度・素地土の種類を書いておくのが原則です。後から見返せるデータを蓄積すると、自分専用の釉薬データベースが生まれます。これは使えそうです。
参考:釉薬調合の実践的な考え方と原料の役割について詳しく解説されています。
第二章 釉薬の科学|釉薬成分とゼーゲル式・釉調分類の解説 Ig. Loss FC2