藁灰釉の調合を一度でも自分でやろうとすると、釉薬の比率さえ決めれば焼けば思い通りになると思いがちですが、実は蛙目粘土をたった1割加えるだけで白濁釉が完全に透明に変わってしまいます。
藁灰釉を構成するのは、大きく分けて「長石」「土灰」「藁灰」の3種類です。それぞれが担う化学的な役割を理解しておくと、調合のバランス感覚がつかみやすくなります。
まず長石は、釉薬の中で最もオールラウンドな素材です。成分の内訳はおよそシリカ(ガラス化)72%、アルミナ(接着)16%、酸化カリウムなど(溶融)11%という構成で、「溶かす・接着・ガラス化」の3機能を一手に担っています。釘戸長石・福島長石・群馬長石などの種類があり、産地によって釉調がかなり変わります。
次に土灰(どばい)は、ナラ・クヌギ・サクラなどの雑木を燃やした灰です。主成分は酸化カルシウムで約30%含まれており、これが「釉を溶かす」強力な媒溶剤として機能します。重要な点として、土灰は使う前に必ず水簸(すいひ)によるアク抜きが必要です。
藁灰はイネ科の稲藁を燃やした灰で、成分の約70〜80%がシリカ(珪酸)です。シリカが多いということは、釉薬のガラス化を担う素材ということになります。注目すべきは、藁灰にはリン酸などの不純物が含まれており、この成分が乳濁効果を生み出すという点です。つまり藁灰釉の「白く濁ったやわらかい色味」は、単なるシリカの量ではなくリン酸が引き起こす非晶質な分散構造が原因です。
3原料の役割をまとめると次のようになります。
| 原料 | 主な役割 | 主成分 |
|------|----------|--------|
| 長石 | 溶かす・接着・ガラス化 | シリカ72%・アルミナ16% |
| 土灰 | 溶かす(媒溶剤) | 酸化カルシウム約30% |
| 藁灰 | ガラス化・乳濁効果 | シリカ70〜80%・リン酸 |
藁灰は「溶かす」役割を持っていないのが特徴です。これが原則です。
釉薬の3大要素(熔かす・接着・ガラス)について詳しく解説しているページ
実際に藁灰釉を調合するとき、どの比率から始めればよいか迷う方が多いです。基本から応用まで、複数の実践例をもとに紹介します。
スタンダードな藁灰釉(長石2:土灰4:藁灰4)
最も広く使われるベーシックな比率です。陶磁器工房・器楽の配合例にも「福島長石20%・合成土灰40%・天然藁灰40%」として記載されており、唐津粘土に1240℃・16時間の酸化焼成で厚めに施釉すると良好な結果が得られるとされています。特徴は乳白色〜クリーム色の白濁釉調で、厚めに塗布するほど白さが際立ちます。ただし流れやすい釉薬でもあるため、高台付近への釉の付着に注意が必要です。
やや長石多めのバランス型(長石3:土灰3:藁灰3 → 等分)
「ん窯やきもの山房」の実験記録によると、長石に釜戸長石、土灰にならの灰(なら灰)を使い、比率を3:3:4から3:3:3へ変えると「釉の流れがはっきり出て好ましい」という結果が報告されています。これはシンプルに等分にすることで各素材の個性が均等に出るパターンです。
やや稀ですがより透明感を求めた長石多め型(長石4:藁灰3:土灰3)
「釉薬作り(新芽窯)」の配合例では「長石40・藁灰30・合成土灰30」という比率も公開されています。長石比率が高くなると釉の透明感が増し、乳白色というよりも半透明に近い色味になります。どちらが優れているということはなく、仕上がりのイメージで選ぶのがよいでしょう。
一つ重要な落とし穴があります。「ん窯」の実験では、基本の藁灰釉に蛙目粘土(かいらぎつち)をたった1割(10%)加えただけで、白濁した釉が完全な透明釉に変化したという報告があります。添加量はわずか1割です。「少し加えるくらいなら大丈夫」という感覚でいると、予想外の結果を招く可能性があるということですね。調合に加えるものは必ずテストピースで確認してから本番に臨みましょう。
釜戸長石・なら灰・藁灰の組み合わせによる各比率テスト結果の記録(ん窯やきもの山房)
自前で藁灰を用意する場合、精製をしっかり行うことが非常に重要です。釉薬の成功と失敗の分かれ目になります。
アク抜きが不十分だと、発色の悪化・粘土強度の低下・ブク(泡)の発生・釉縮れ・釉剥がれなど、あらゆる問題が重なって起こります。精製前の灰のpH値はおよそ10.5に達します。これはアルカリ洗剤と同等レベルの強アルカリです。水簸を十分に行うとpH9程度まで下がります。
精製の全工程は次のように進めます。
- ①フルイにかける:まず60〜50目のフルイで粗い異物や未燃焼のカスを除去します。目が細かいほど粒が均一になります。
- ②水簸によるアク抜き:大きなバケツに水を張り、灰を入れて攪拌します。数時間〜1日おくと灰が沈殿し、水面に灰汁が白い結晶状に浮かびます。上澄みを捨て、新しい水を加えて再び攪拌する工程を繰り返します。この工程に2〜4週間かかるのが標準的で、工房によっては1ヶ月以上かけることもあります。
- ③布袋・石膏鉢での水分除去:細かいフルイを通した後、布袋に入れて吊るして水を切ります。さらに石膏鉢に移し替えて水分を吸収させます。
- ④天日干し:晴天でも完全乾燥には数日〜2週間ほどかかります。サラサラになるまで乾かしてはじめて調合に使える状態になります。
注意すべき点として、アクは取り過ぎると釉薬の表情が失われる場合もあります。アク自体が釉調のニュアンスを作る要素にもなるため、水簸をどこで止めるかの「さじ加減」が陶芸家の経験値に依存するわけです。また、作業中は必ずゴム手袋とマスクを着用してください。強アルカリで手荒れが起きます。
自然素材から釉薬を仕立てるプロセスを詳細に解説した記録(工房 草來舎)
調合が完成したからといって、いきなり本番作品に使うのはリスクがあります。テストピースを必ず作ること、これが基本です。
テストピースは最終的に作りたい作品に近い形状で用意するのが理想です。一般的なT字型の立ちピースでもよいですが、ぐい呑みや茶碗を目指すならぐい呑み型が発色や流れ方の確認に向いています。テスト時に確認すべきポイントは「溶けるか」「発色は意図通りか」「釉の流れ方は適切か」「ブク・ピンホール・縮れなどが出ないか」の4つです。
実際の失敗例として、1,200℃で焼成したところ「溶けない・釉剥がれが全面に発生」した例があります(touroji.comの記録)。この場合の対策は2方向から行います。まず融点を下げるために鉛白(えんぱく)を外割20%加え、次に素地との密着を高めるためにフノリ溶液を外割30%添加しました。再試験の結果、溶けはしたものの、鉛白が多すぎると今度は透明釉になりすぎてしまうという別の課題が出てきたとのことです。
調合の微調整方向についてまとめると次のようになります。
| トラブル | 対策の方向 |
|----------|------------|
| 溶けない(不溶) | 土灰比率を増やす、または鉛白を外割添加 |
| 釉剥がれ・縮れ | フノリ・CMCなど糊剤を添加 |
| 白濁が出ない(透明化) | 藁灰比率を増やす、焼成温度を少し下げる |
| ブク(泡)が出る | アク抜き不足の確認、焼成温度の再調整 |
「溶けない」と「溶けすぎ」は同じ方向の調整では解決できません。対症療法的に一か所だけ変えて次のテストピースを焼く、という地道な繰り返しが王道です。
テスト焼成の手順・失敗事例・再試験による改善過程の詳細記録(touroji.com)
同じ調合であっても、焼き方次第で仕上がりはまるで別物になります。これが藁灰釉の奥深さです。
まず酸化焼成と還元焼成の違いについてです。「藁灰(乳白)釉」として販売されている市販品の説明には「酸化で薄クリーム乳濁、還元で多少青味色に発色」と明記されています(陶芸再利ショップ)。酸化焼成は炉内に十分な酸素がある状態で焼く方法で、電気窯が代表的です。一方、還元焼成はガス窯で酸素を絞って不完全燃焼させる焼き方です。同じ藁灰釉でも電気窯と薪窯では全く違う顔を見せてくれます。
焼成温度についても注意が必要です。藁灰釉の推奨焼成温度は1250〜1320℃とされており、灰の中でも比較的融点が高い釉薬です。1200℃では溶けないことも十分にあります。電気窯の場合はねらし(最高温度をキープする時間)の設定が重要で、ねらしゼロで電源をカットしてしまうと溶け不足になるケースがあります。
一歩踏み込んだ話として、土灰の種類を変えると発色が大きく変わります。ならの灰・白山灰・備長炭灰などそれぞれで異なる釉調が得られます。「ん窯」の実験では、ならの灰でも十分に青みが出ることが確認されています。備長炭灰を加えると味わいが増すとの報告もあります。使う灰は「一期一会」のものです。
また、市販の合成土灰・合成藁灰であれば成分が安定しているため再現性が高く、初心者にとっては天然灰よりも結果を管理しやすいという実用的なメリットがあります。自前調達へのこだわりが強くなければ、まずは合成品でレシピを確定させてから天然素材へステップアップする方法が無駄な失敗を減らします。