菱鉄鉱(りょうてっこう、Siderite)は、鉄の炭酸塩鉱物の一種で、化学組成はFeCO₃(炭酸鉄(II))です。三方晶系(六方晶系)に属し、方解石グループの鉱物として分類されています。
参考)菱鉄鉱 - Wikipedia
鉱物名の由来は、鉄を意味するラテン語に基づいており、英名はSideriteと呼ばれます。モース硬度は3.5~4程度で比較的軟らかく、比重は3.93~3.96と密度が高い鉱物です。ガラス光沢を持ち、三方向に完全な劈開性を示すのが特徴です。
参考)菱鉄鉱(リョウテッコウ)とは? 意味や使い方 - コトバンク
菱鉄鉱は方解石グループに属し、菱マンガン鉱(ロドクロサイト)や菱苦土鉱(マグネサイト)と連続固溶体を形成します。つまり、鉄(Fe)がマンガン(Mn)やマグネシウム(Mg)と連続的に置換され、中間的な組成の鉱物を作ることができるのです。
参考)http://dp18017030.lolipop.jp/Siderite.html
菱鉄鉱の最も特徴的な結晶形態は菱面体です。方解石と同様に菱面体の結晶を形成しますが、菱鉄鉱の大きな特徴は結晶面が湾曲することです。
参考)菱鉄鉱とは何? わかりやすく解説 Weblio辞書
湾曲した結晶面を持つ鉱物は非常に珍しく、菱鉄鉱の他にはドロマイト、レピドライト、ジプサムの4種類しか知られていません。この湾曲した菱面体の結晶は、菱鉄鉱を他の鉱物から見分ける際の重要な手がかりとなります。
参考)https://trekgeo.net/m/s/sideriteHIKIDA.htm
結晶以外にも、球状集合、皮膜状、繊維状、魚卵状など、多様な形態で産出することが知られています。特に球状の集合体は「球状菱鉄鉱(spherosiderite)」と呼ばれ、初期の研究ではこの名称が使用されていました。
参考)http://www.jiban-fluorite.com/mineral/siderite.html
菱鉄鉱の色は非常に多彩で、白色、灰色、黄色、黄褐色から赤褐色まで幅広い色調を示します。褐色や黃褐色の色合いが最も一般的で、時には緑色や黒色を呈することもあります。
参考)鉄鉱石シデライト|特徴、原石の形、宝石として出回ることはある…
表面の光沢はガラス光沢が基本ですが、真珠光沢や絹糸光沢を示すこともあります。透明度は半透明が一般的で、条痕色(鉱物を白い陶板にこすりつけた時の粉末の色)は白色から淡黄色を示します。
参考)菱鉄鉱 - Wikiwand
特に炭層に付随して産出する菱鉄鉱は、表面が赤紫色を帯びることがあり、これは酸化により赤鉄鉱や褐鉄鉱化したためです。地表条件で還元環境が破壊されると、菱鉄鉱は分解していわゆる褐鉄鉱となる性質があります。
参考)https://hokkyodai.repo.nii.ac.jp/record/954/files/13-2-2B-05.pdf
菱鉄鉱の化学的性質として最も重要なのは、塩酸に対する反応です。冷たい希塩酸には少しずつ溶け、温めた塩酸には容易に溶解します。この反応は菱鉄鉱を他の鉱物から識別する際の重要な判定方法となっています。
参考)菱鉄鉱
菱鉄鉱は比較的還元環境、中性ないしアルカリ性条件下で生成される鉱物です。そのため、地表で酸化環境にさらされると安定性を失い、褐鉄鉱などの酸化鉄鉱物に変化していきます。
主成分は炭酸鉄(FeCO₃)ですが、少量成分としてマグネシウム(Mg)、マンガン(Mn)、亜鉛(Zn)、カルシウム(Ca)などを含むことがあります。特にマンガンを多量に含む菱鉄鉱は、ジーゲルランド地方で産出し、優れた鉄(鋼)の原料とされていました。
参考)https://lapisps.sakura.ne.jp/gallery3/199sider.html
菱鉄鉱は多様な地質環境で生成されます。主な産出環境としては、金属鉱床の酸化帯、火山岩の隙間、堆積性鉄鉱床などが挙げられます。
熱水鉱脈での続成作用により形成されやすく、中低温の熱水鉱床で頻繁に見られます。また、海洋や湖沼などの還元的な堆積環境で、有機物分解によって生成されることも多くあります。この環境では水中の鉄イオンと炭酸イオンが反応して菱鉄鉱の沈殿が起こります。
参考)https://gemhall.sakura.ne.jp/gemus-siderite.html
泥鉄鉱は、石炭層と共に産する菱鉄鉱を主成分として団塊などの形で産出します。日本の炭田地域では、黄灰色粘土質の部分と黒灰色砂質の部分が相混合した菱鉄鉱質岩石が確認されています。
熱水鉱床で生成された菱鉄鉱は露天掘りには不向きな形成のされ方となり、縞状鉄鉱床や赤鉄鉱と比べて連続的に形成されないため採算が良くありません。ただし、石炭と一緒に産する場合は、コークス高炉の技術が確立されると、石炭と一緒に原料として投入できるため使用されるようになりました。
菱鉄鉱は世界各地で産出しますが、主な産地としてはアメリカ合衆国、イギリス、ドイツ、フランス、ペルーなどが挙げられます。
参考)菱鉄鉱 40 ペルー - 鉱物標本・隕石標本販売のWeb専門…
日本国内でも多数の産地が報告されており、特に北海道、東北地方、関東地方の炭田地域や金属鉱山で産出が確認されています。具体的な産地としては、北海道の石炭層、秋田県の小坂鉱山、兵庫県の生野鉱山(閉山)、栃木県鹿沼市の引田岩花鉱山(閉山)、埼玉県の秩父鉱山(閉山)などが知られています。
参考)https://trekgeo.net/m/e/siderite1.htm
日本では307ヶ所もの菱鉄鉱産地が文献に記載されており、広範囲にわたって分布していることがわかります。これらの産地では、菱鉄鉱が熱水鉱脈鉱床、接触交代鉱床(スカルン型鉱床)、堆積岩の団塊、花崗岩中の脈、粘土鉱物とともに堆積岩の熱水交代産物として、様々な産状で出現しています。
ドイツのジーゲルランド(ジーゲン)地方は歴史的に重要な菱鉄鉱産地で、ここで産出する菱鉄鉱は多量のマンガンを含み、優れた鉄(鋼)の原料とされていました。この地域では14~15世紀に高炉製鉄法が確立され、製鉄技術の発展に大きく貢献しました。
菱鉄鉱の主な用途は鉄鉱石としての利用です。鉄含有量は約50%程度で、リンや硫黄を含まないため鉄の調達が比較的容易です。菱鉄鉱は酸化鉄である赤鉄鉱や磁鉄鉱と比べると精錬が容易であり、おそらく人類が最初に利用した鉄鉱石だったと考えられています。
参考)シデライト宝石:特性、意味、価値など
歴史的には、特に鉄鉱石が乏しい地域で副次的な鉄源として利用されてきました。ドイツのジーゲルランド地方では、菱鉄鉱を原料とした高炉製鉄が14~15世紀に確立され、ヨーロッパで初めて溶けた鉄(銑鉄)の生産に成功しました。
現代では、他の主要な鉄鉱石(赤鉄鉱や磁鉄鉱など)と比較すると、鉄の含有率や採掘・精錬の容易さで劣るため、大規模な鉄鉱石としての利用は限定的です。ただし、焙焼により磁性を付与して磁力選鉱する技術も開発されており、非磁性の鉄鉱石を利用可能にする試みが行われています。
参考)https://tetsutohagane.net/articles/search/files/51/6/KJ00002707581.pdf
工業的には、茶色の塗料顔料や鋼鉄(鉄と炭素の合金)の製造にも使用されます。科学分野では、合成菱鉄鉱が水からヒ素やフッ化物を除去したり、農業管理の研究、リチウムイオン電池の製造などに利用されています。
一部の標本は、その美しい色合いや結晶形から鉱物標本として収集されています。特に鮮やかな色を持つものや良好な結晶形を示すものは、コレクターの間で人気があります。宝石品質のものが少ないため、宝飾品としてより原石のまま出回ることの方が多い傾向にあります。
菱鉄鉱は地質学において古環境を復元するための指標鉱物として重要な役割を果たしています。特に海底や湖底などの堆積環境における酸素濃度や硫化水素の有無を推定する手がかりとなります。
石炭層中での菱鉄鉱の存在は、石炭化の過程や当時の堆積環境を知る上で役立ちます。比較的還元環境、中性ないしアルカリ性条件下での産物であるため、その存在が当時の環境条件を示す証拠となるのです。
北海道の炭田地域では、菱鉄鉱質岩石の研究が進められており、鉄資源としてだけでなく、その鉱床の成因が地質学的な問題として注目されています。これらの研究により、古代の海洋環境や地質学的プロセスの理解が深まっています。
参考)https://www.gsj.jp/data/rep-gsj/No220.pdf
また、菱鉄鉱は熱水鉱床の形成過程を研究する上でも重要です。他の鉱物との共生関係や生成順序を調べることで、鉱床形成時の温度、圧力、化学組成などの条件を推定することができます。
参考)https://www.mdpi.com/2075-163X/11/7/765/pdf
鉄鉱石には菱鉄鉱の他に、赤鉄鉱、磁鉄鉱、褐鉄鉱など複数の種類が存在します。これらは化学組成と生成環境が異なり、それぞれ独自の特性を持っています。
参考)https://fukuoka-asia-culture.com/wp-content/uploads/2024/07/f588a7fec70b65af153ab6096b4fd306.pdf
赤鉄鉱(ヘマタイト)は酸化第二鉄(Fe₂O₃)からなり、赤色を呈する鉄鉱石です。磁鉄鉱(マグネタイト)は四三酸化鉄(Fe₃O₄)で磁性を持つのが特徴です。褐鉄鉱(リモナイト)は酸化第二鉄の水和物で、黄褐色から褐色を呈します。
菱鉄鉱は炭酸第一鉄(FeCO₃)という炭酸塩鉱物であり、酸化鉄である他の鉄鉱石とは化学的性質が大きく異なります。この違いにより、精錬方法や適した利用方法も変わってきます。
鉄含有量を比較すると、赤鉄鉱や磁鉄鉱の方が菱鉄鉱よりも高い鉄含有率を持っています。そのため、現代の大規模製鉄では主に赤鉄鉱と磁鉄鉱が使用されています。
しかし、菱鉄鉱は精錬が容易であるという利点があります。また、リンや硫黄を含まないため、純度の高い鉄を得やすいという特性もあります。歴史的には、この精錬の容易さから人類が最初に利用した鉄鉱石として重要な役割を果たしました。
菱鉄鉱は地表で酸化されると褐鉄鉱に変化するという性質があり、同じ鉱床内で菱鉄鉱から褐鉄鉱への移行が観察されることもあります。この変化は鉱床の形成史や風化過程を理解する上で重要な情報を提供します。
菱鉄鉱は多様な形状と色彩を持つため、鉱物コレクターにとって魅力的な標本となっています。特に湾曲した菱面体結晶は非常に珍しく、コレクションとして高い価値を持ちます。
良好な結晶形を示す菱鉄鉱標本は、照りと透明感を有し、稜が鋭く尖った菱面体をなすものが好まれます。ペルーのJulcani鉱山などからは結晶群として産出し、標本として市場に出回っています。
参考)黄銅鉱と菱鉄鉱 Chalcopyrite, Siderite
兵庫県産の菱鉄鉱標本では、黄鉄鉱・黄銅鉱・閃亜鉛鉱などの硫化鉱物との共生が見られ、硫化混合母岩の空隙に無数の結晶を伴う見栄えの良い標本が存在します。このような複数の鉱物が共生した標本は、地質学的にも教育的にも価値が高いとされています。
参考)https://www.thebellcon.com/goods/concl11542432.htm
鉱物標本セットにおいても、菱鉄鉱は金属原料となる鉱石の代表例として含まれることが多く、教材としても研究用としても利用されています。標本は通常6×9cm程度のサイズで、木製標本箱に収納されて販売されることが一般的です。
参考)株式会社ニチカ 地質科学の専門商社
コレクターの間では、産地、結晶の完全性、色彩、共生鉱物の種類などが標本の価値を左右する要素となっています。特に希少な産地や閉山した鉱山からの標本は、入手困難なため高い価値を持つことがあります。
何種類かの形状の菱鉄鉱を集めてみるのも面白いとされており、菱面体結晶、球状集合体、皮膜状など多様な産状を比較することで、鉱物形成の多様性を学ぶことができます。

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