日本周辺海域における海底熱水鉱床の分布は、主に沖縄トラフと伊豆・小笠原海域の2つの海域に集中しています。沖縄トラフは東シナ海に位置する海溝で、ユーラシア大陸と琉球弧の間に広がっており、この海域では20か所以上の熱水活動の徴候が確認されています。特に伊平屋北海丘、伊是名海穴、Hakureiサイト、ごんどうサイト、田名サイトなど、多数の鉱床が発見されており、資源量評価が進められています。
参考)https://royalsocietypublishing.org/doi/pdf/10.1098/rsos.171570
沖縄トラフの海底熱水鉱床は、水深700~1600メートルという比較的浅い場所に分布しているため、技術的・経済的に開発に有利であると期待されています。この海域の熱水鉱床は、東北日本の黒鉱鉱床に非常に似た形成メカニズムや構成鉱物を持っており、約1500万年前の日本海形成時に生成された黒鉱鉱床と同様のプロセスで形成されたと考えられています。
参考)第12章 海洋鉱物資源 12.2 海底熱水鉱床
独立行政法人エネルギー・金属鉱物資源機構(JOGMEC)による調査では、令和4年度までに沖縄海域で天美サイト、豊見サイト、梯梧サイト、吾妻サイト、令宝サイトなど、合計7つの新規海底熱水鉱床を発見しました。これらの発見により、日本の排他的経済水域(EEZ)内における鉱物資源の賦存量が大幅に増加し、資源小国である日本にとって重要な戦略的資源となっています。
参考)https://www.meti.go.jp/press/2023/11/20231108001/20231108001-2r.pdf
伊豆・小笠原海域は、太平洋プレートがフィリピン海プレートの下に沈み込む場所に位置し、活発な火山・熱水活動が見られる海域です。この海域では白嶺鉱床、東青ヶ島鉱床、須美寿リフト中央鉱床などが発見されており、資源量評価の対象となっています。
参考)https://www.meti.go.jp/press/2023/11/20231108001/20231108001-1.pdf
平成20年度から令和4年度までの調査により、伊豆・小笠原海域を含む日本周辺海域全体で、合計5,180.5万トンの概略資源量が把握されました。この資源量は、採掘量5,000トン/日で合計18年間操業できる規模に相当します。伊豆・小笠原海域の熱水鉱床も沖縄トラフと同様に、比較的浅い水深に分布しており、金・銀の品位が高いことが特徴です。
日本は世界第6位の広さの排他的経済水域(EEZ)を有しており、その海域内に豊富な海底熱水鉱床が存在することが確認されています。ベヨネーズ海丘などの伊豆・小笠原海域の調査地点では、JOGMECが1997年以降、継続的に資源量評価を実施してきました。
参考)【プレスリリース】有用金属元素を高濃度で含む硫化物チムニーが…
海底熱水鉱床には、銅、鉛、亜鉛などのベースメタルに加えて、金、銀などの貴金属が豊富に含まれています。さらに重要なのは、ゲルマニウム、ガリウム、インジウム、カドミウムなどのレアメタルが含有されている点です。これらのレアメタルは、家電製品や携帯電話、ハイテク機器に不可欠な素材であり、現代社会の産業を支える重要な資源となっています。
参考)海底熱水鉱床の開発|日鉄エンジニアリング株式会社
沖縄海域の熱水鉱床から採取された鉱石を分析した結果、金・銀に富む亜鉛・鉛主体の鉱石であることが確認され、実際に国内製錬所の実操業炉に投入して処理できることが実証されました。一部の鉱床では、金の含有量が通常の陸上鉱山よりも高く、16.4トンの鉱石から採取される金の価値だけでも数百万円に達すると試算されています。
参考)レアメタルが海底から!海底熱水鉱床とは
レアメタルの含有量は鉱床によって異なりますが、日本周辺の海底熱水鉱床は世界的に見ても品位が高いことが知られています。特に沖縄トラフの熱水鉱床は、流紋岩質の海底火山活動に伴って形成されたため、鉛やバリウムに富む傾向があり、一方で玄武岩質の環境で形成された鉱床は銅に富む特徴があります。
参考)海洋鉱物資源の概要/海底熱水鉱床 : 金属資源開発
海底熱水鉱床の形成は、地球内部のマグマ活動と深く関係しています。約1,200℃の高温マグマと低温の海水が接触することにより、マグマ中の有用な金属元素が熱水中に抽出されます。この高温熱水(250~300℃)が海底から噴出すると、周囲の冷たい海水(約2~4℃)と接触し、急速に冷却されます。
参考)海底熱水鉱床 |ソリューション|株式会社マリン・ワーク・ジャ…
冷却過程で熱水に溶け込んでいた金属成分が溶解度を失い、海底面に沈殿・堆積することで鉱床が形成されます。この沈殿物は「チムニー」と呼ばれる煙突状の構造物を形成することがあり、特に硫化鉱物に富むチムニーは急速に成長することが確認されています。日本周辺海域では、人工的に掘削した孔から熱水が噴出し、有用金属元素を高濃度で含む硫化物チムニーが形成される現象も観察されています。
鉱床生成の初期段階では、海底面から噴出した熱水と海水の混合によって海底面上に鉱石の集合体(鉱体)が形成されます。その後、鉱床生成の成熟期に入ると、水を通しにくい「キャップ層」が形成され、熱水の流れが制御されることで、より大規模な鉱床へと成長していきます。沖縄トラフの熱水鉱床は、日本海形成に伴う約1500万年前の海底火山活動と類似したメカニズムで形成されており、東北日本の黒鉱鉱床との共通点が多く見られます。
参考)http://www.j-hss.org/journal/back_number/vol66_pdf/vol66no3_198_202.pdf
日本は鉱物資源に乏しく、レアメタルなどの大部分を海外からの輸入に依存してきました。このため、国際情勢の変化や資源価格の高騰により、安定供給が脅かされるリスクを常に抱えています。海底熱水鉱床の開発が実現すれば、資源の安定供給という観点から日本経済に大きな影響を与える可能性があります。
参考)資源大国ニッポンをめざして—「海底熱水鉱床」を解説!
経済産業省とJOGMECが実施した経済性評価では、確認されている2つの鉱床を対象とし、採掘量5,000トン/日で合計18年間操業したケースを想定して試算が行われました。現時点での経済条件(2022年平均金属価格)では、初期投資の回収に課題があるものの、生産効率の向上や金属価格の上昇により収入が増加すれば、十分な内部収益率(IRR)が確保され、経済性を見出しうると評価されています。
海底熱水鉱床の商業化には、採掘技術の効率化や作業コストの削減が不可欠です。2017年には世界初となる海底熱水鉱床の採掘実験が成功し、2020年代半ば以降の商業化を目標に技術開発が進められています。実際に商業化が実現すれば、日本は資源輸入国から資源産出国へと転換する可能性を秘めており、経済安全保障の面でも大きな意義があります。
参考)海底熱水鉱床、採掘実験に成功 世界初 - 日本経済新聞
海底熱水鉱床の開発には、環境への影響を最小限に抑えることが重要な課題となっています。これまでに海底熱水鉱床の商業開発事例がないため、環境へ配慮した開発方法を段階的・計画的に推進する必要があります。特に懸念される環境影響として、採掘による懸濁粒子の拡散・再堆積、揚鉱排水の拡散、熱水域及び非熱水域を含む生態系への影響が挙げられています。
参考)https://mric.jogmec.go.jp/wp-content/old_uploads/reports/resources-report/2009-09/MRv39n3-02.pdf
JOGMECは、沖縄海域及び伊豆・小笠原海域において環境ベースライン調査を実施し、開発前の環境状態を詳細に記録しています。海底熱水活動域には、地球生命誕生の場とも言われる地下生物圏や、それに依存する稀少な生態系、多様な遺伝子資源が存在しており、これらを破壊することなく開発を進める方法についてはまだ合意が得られていません。
参考)https://assess.env.go.jp/files/0_db/seika/0135_09/h23_08i.pdf
実際に、沖縄トラフの伊平屋北海域で実施された科学掘削調査(IODP Expedition 331)では、掘削後3年以上にわたって海底景観と大型底生生物の変化が観察され、人為的な海底攪乱が生態系に与える影響が記録されました。採鉱時の機械稼働に伴う水中音の発生、揚鉱処理時の濁水漏洩や排水微粒子の拡散による水質への影響、懸濁粒子の再堆積など、多岐にわたる環境影響項目が検討されています。
参考)https://pmc.ncbi.nlm.nih.gov/articles/PMC4406493/
開発に伴う環境問題として、採鉱残渣(尾鉱)の処理方法も重要な課題です。選鉱・製錬後に発生する鉱滓をどこで、どのように処理するかは技術的・社会的な大きな問題となっており、環境影響を極小化するための方策が求められています。国際社会からの受容を得るため、特に生物多様性条約などの国際的枠組みへの対応も必要とされています。
参考)https://www.jstage.jst.go.jp/article/journalofmmij/131/12/131_610/_pdf
海底熱水鉱床の開発技術は、平成20年度(2008年)から本格的に進められてきました。JOGMECを中心とした産学官連携により、採鉱・揚鉱技術、選鉱・製錬技術、資源量評価技術、環境影響評価技術など、各分野で技術開発が推進されています。
採鉱技術では、海底熱水鉱床のマウンド頂部などの掘削を目的とした立型採鉱機が開発され、陸上での模擬岩盤に対する掘削性能が確認されました。三菱重工業を代表とする共同企業体が建造した採掘要素技術試験機は、平成24年(2012年)に完工し、同年11月に沖縄海域の海底熱水鉱床において洋上試験を実施、海底での掘削やサンプル採取に成功しました。
参考)海底熱水鉱床 採掘要素技術試験機の開発
揚鉱技術では、採掘した鉱石を海底から海上まで効率的に運搬するシステムの開発が進められています。揚鉱水を循環利用することで環境への影響を低減する技術も検討されています。2017年には世界初となる海底熱水鉱床の採掘実験が成功し、実用化に向けた大きな一歩となりました。
選鉱・製錬技術では、金・銀に富む亜鉛・鉛主体の鉱石を処理するプロセスが構築され、実際に国内製錬所の実操業炉で処理可能であることが実証されました。令和5年(2023年)にまとめられた総合評価報告書では、経済的価値の高い鉱床の発見や生産システムの改良を図りながら、商業化に向けた取り組みを継続する方針が示されています。
世界では約350か所の海底熱水鉱床と考えられる場所が発見されており、各国が資源開発に向けた取り組みを進めています。特に注目されているのが、パプアニューギニア領海内でカナダのNautilus Minerals社が進めていた商業的な採鉱準備です。また、イギリスのNeptune Minerals社は、日本のEEZ内のほとんどの熱水鉱床を鉱区として申請中であることを公表しており、日本は対応を急ぐ必要に迫られています。
参考)海底熱水鉱床開発のリスクとベネフィット
日本周辺海域の海底熱水鉱床は、世界的にも比較的浅い水深(700~1600m)に分布しているため、技術的・経済的に開発に有利な条件を持っています。この地理的優位性は、日本が世界の海底鉱物資源開発競争において重要な位置を占める可能性を示しています。
21世紀に入って最初の20年間は、海底熱水鉱床が商業開発の最初のターゲットとして注目されました。日本は世界最先端の海洋調査技術と開発技術を有しており、深海探査機器の開発、自律型無人潜水機(AUV)の複数基運用による海底下構造調査など、独自の技術力を活かした開発を進めています。
参考)海底鉱物資源利用の現状と将来展望
国際的な法的枠組みも整備が進められており、国際海底機構(ISA)は公海上の海底熱水鉱床開発に関する規則を検討しています。日本は国家管轄圏内(領海・EEZ内)での開発を前提としていますが、国際法上国家に課される義務についても検討を進めており、環境保全と資源開発の両立を目指した国際的なモデルケースとなることが期待されています。
JOGMECの海底熱水鉱床開発への取り組み状況 - 資源量評価から採掘技術開発まで、総合的な開発計画の詳細情報
経済産業省の海底熱水鉱床開発計画総合評価結果要旨 - 令和4年度までの成果と今後の展望に関する公式報告書
笹川平和財団による海底熱水鉱床開発のリスクとベネフィット分析 - 環境影響と経済性の客床開発のリスクとベネフィット分析 - 環境影響と経済性の客観的評価