モース硬度は、1822年にドイツの鉱物学者フリードリッヒ・モースによって考案された、鉱物の硬さを表す尺度です。10種類の標準鉱物を基準として、1から10までの整数値で硬度を定めており、どの標準鉱物で引っかいた時に傷がつくかによって判定します。この方法は「引っかき硬度」を測定するもので、たたいて壊れるかどうかという靱性とは異なる性質です。
参考)モース硬度 - Wikipedia
モース硬度の測定は非常に簡便で安価に行えるため、野外で鉱物を同定する際に広く用いられています。ただし、数値間の硬度変化は比例しておらず、硬度1と2の間の差は小さく、9と10の間の硬度差は非常に大きいという特徴があります。また、同じモース硬度4.5の鉱物であっても、それらの引っかき硬度が完全に同一であるとは限らず、一方がもう一方より硬いことがありえます。
モース硬度の基準となる標準鉱物は、硬度1の滑石から硬度10のダイヤモンドまで、以下の10種類が定められています。
| モース硬度 | 標準鉱物 | 化学式 | 特徴 |
|---|---|---|---|
| 1 | 滑石 | Mg₃(Si₄O₁₀)(OH)₂ | 最も軟らかく、爪で容易に傷をつけられる |
| 2 | 石膏 | CaSO₄·H₂O | 指の爪で何とか傷をつけることができる |
| 3 | 方解石 | CaCO₃ | 硬貨でこするとなんとか傷をつけられる |
| 4 | 蛍石 | CaF₂ | ナイフの刃で簡単に傷をつけられる |
| 5 | 燐灰石 | Ca₅(PO₄)₃(F,OH) | ナイフでなんとか傷をつけられる |
| 6 | 正長石 | KAlSi₃O₈ | ナイフで傷をつけられず、刃が傷む |
| 7 | 石英 | SiO₂ | ガラスや鋼鉄に傷をつけられる |
| 8 | トパーズ | Al₂SiO₄(F,OH) | 石英に傷をつけられる |
| 9 | コランダム | Al₂O₃ | 石英にもトパーズにも傷つける |
| 10 | ダイヤモンド | C | 地球上で最も硬く、コランダムにも傷つける |
モース硬度10のダイヤモンドは、現実に存在する化学物質の中で最も硬い物質であり、地球上の鉱物の頂点に位置しています。一方、最も軟らかい硬度1の滑石は、つるつるとした手触りが特徴で、容易に加工できる性質を持っています。この標準鉱物と試料物質をこすり合わせ、ひっかき傷の有無で相対的な硬さを測定するのがモース硬度の基本原理です。
日常生活で使用する様々な物質のモース硬度を知ることで、食器や調理器具の選択に役立てることができます。
参考)【科学的考察】硬度の指標 モース硬度等 まとめ
| モース硬度 | 身近な物質 |
|---|---|
| 1 | シリコン、ゴム、革、布、木材 |
| 2 | プラスチック、テフロン |
| 2.5 | 人間の爪、象牙、琥珀 |
| 3 | 金、銀、銅、アルミ、大理石 |
| 3.5 | 硬貨 |
| 4 | チタン、鉄、ステンレス、メラミン、骨 |
| 4.5 | 釘(木工用) |
| 5 | ガラス、ホーロー、陶器 |
| 5.5 | ナイフの刃 |
| 6 | 永久歯のエナメル質 |
| 7 | 木材用紙やすり |
| 7.5 | 鋼鉄のやすり |
人間の爪はモース硬度2.5であり、象牙や琥珀と同程度の硬さです。これに対して、ガラスや陶器はモース硬度5となっており、爪よりもはるかに硬い性質を持っています。ステンレスはモース硬度4程度なので、ガラスや陶器の方がステンレスよりも硬く、ステンレス製の包丁やナイフで引っかいても傷がつきにくいという特徴があります。
参考)BLANCO - ダイワ建材株式会社
モース硬度は便利な指標ですが、いくつかの限界があることを理解しておく必要があります。まず、モース硬度は「引っかき硬度」のみを表しており、たたいて壊れるかどうかという靱性とは異なる性質です。実際、モース硬度が最高のダイヤモンドは衝撃には弱く、ハンマーなどである一定の方向からたたくことで容易に砕けてしまいます。
また、モース硬度は単に標準鉱物との相対的な関係を表す尺度であり、引っかき硬度の変化が数値に比例しているわけではありません。硬度1と2の間の差は小さいのに対し、硬度9と10の間の硬度差は極めて大きくなっています。このため、モース硬度は引っかき硬度の尺度としては非常に荒いものですが、簡便かつ安価に用いることができるため、現場での鉱物同定に適しています。
基本的にはモース硬度の大きいもので小さいものを擦った場合、小さいものだけに傷が付き、大きいものには傷がつきません。しかし、硬度と傷の関係は必ずしも単純ではなく、使用環境や接触条件によっても結果が変わる可能性があることを認識しておくべきです。
宝石の世界では、モース硬度7以上のものを貴石として、宝石の基準として定める考え方があります。これは、石英(クォーツ)がモース硬度7であることに由来しており、それ以上の硬度を持つ石は日常的な摩耗に強く、長期間美しさを保つことができるためです。身につけるアクセサリーなどに石を活用したい場合は、モース硬度7以上が基本的な目安となります。
参考)石図鑑ストーンリスト(硬度順、硬さ順) | ハッピーストーン…
ダイヤモンドはモース硬度10で最も硬く、宝石としての価値が非常に高いとされています。コランダム(ルビーやサファイアの主成分)はモース硬度9であり、ダイヤモンドに次ぐ硬度を持っています。トパーズ(黄玉)はモース硬度8で、これらは全て石英より硬い宝石として扱われます。一方、真珠はモース硬度2.5~4.5と比較的柔らかく、取り扱いには注意が必要です。
参考)【モース硬度】生活の中に活かされる硬さの世界|ひさ
陶器と磁器では、モース硬度に明確な差があります。一般的な陶器はモース硬度5程度とされており、ガラスと同程度の硬さです。これに対して磁器はモース硬度6~7とより高い硬度を持ち、非常に傷がつきにくい性質があります。この硬度の違いは、焼成温度と原料の違いに起因しています。
参考)素材のモース硬度一覧 傷つかない硬さの探し方
磁器は高温で焼成されるため、陶器よりも緻密な構造を持ち、吸水率が低く耐久性に優れています。2022年のNISTの研究によると、磁器は食洗機での使用を1,000回繰り返しても、硬度と耐熱衝撃性のバランスにより、日常使用に十分耐えることが確認されています。一方、陶器は磁器に比べて柔らかく、モース硬度3~4の大理石よりは硬いものの、磁器ほどの耐久性は期待できません。
食器として日常的に使われる磁器(硬度6~7)は、ラピスラズリ(硬度5~6)よりも高く、ナイフやフォークなどの金属製カトラリーとの接触で傷がつきにくい特性を持っています。このため、毎日の食事で使用する食器としては、磁器の方が陶器よりも長期的な耐久性において優れていると言えます。
参考)https://x.com/Wistarias1225/status/1977811570978849140
食器の傷つきやすさは、食器自体のモース硬度と、それと接触する物質の硬度の関係で決まります。基本的にはモース硬度の大きいもので小さいものを擦った場合、小さいものだけに傷が付き、大きいものには傷がつきません。
ステンレス製のカトラリー(ナイフ、フォーク、スプーン)はモース硬度4程度です。これに対して、一般的なガラスや陶器はモース硬度5、磁器は6~7であるため、通常のステンレス製カトラリーで食器を傷つけることは少ないと考えられます。しかし、ナイフの刃はモース硬度5.5程度まであるため、陶器(硬度5)を強く擦ると傷がつく可能性があります。
特殊なケースとして、セラミック製のナイフや食器があります。セラミックはモース硬度9と非常に高く、SILGRANIT(シルグラニット)というシンク素材(モース硬度7)よりも硬質です。そのため、セラミック製の食器底面などは、一般的な陶器や磁器のシンクやテーブルにキズを付ける恐れがあり、取り扱いには注意が必要です。
日常生活で陶器や磁器を守るためには、硬度の高い研磨剤や紙やすり(木材用紙やすりで硬度7、耐水紙やすりで硬度9)との接触を避けることが重要です。また、メラミンスポンジ(激落ちくん)はモース硬度4であるため、硬度4以下の物体を削ってしまう可能性があります。大理石(硬度3)や純金・銀(硬度3)などは削られてしまいますが、陶器や磁器(硬度5~7)には基本的に問題ありません。
参考)メラミンスポンジは使う場所に注意して
陶器や磁器の日常使用への適性は、モース硬度だけでなく、耐熱衝撃性や吸水率など複数の要素によって決まります。磁器はモース硬度7~8の硬度と耐熱衝撃性のバランスにより、日常使用に十分耐える素材です。
硬度5~7(モース硬度)という陶磁器の硬さは非常に高く、傷や摩耗にも強いため、長期にわたって美しさを保つことができます。磁器質タイルは吸水率も低く、水回りや床材としても優れた耐久性を発揮します。一方、陶器は磁器に比べて吸水率が高く、やや柔らかいため、使用頻度の高い食器としては磁器の方が適しています。
参考)デザイナーが教える「理想のタイルの選び方」|素材別・場所別に…
ガラス製の食器もモース硬度5程度で陶器と同等ですが、表面が滑らかで汚れを落としやすい特性があります。ガラスは酸性には強く、アルカリ性には弱いという化学的特性も持っています。陶器の表面のツルツルした部分(釉薬部分)は、ある意味ガラスと同じ性質を持った膜であり、同様の特性を示します。
参考)63|グラスの製造方法、成形方法、加工方法1 — KIMOT…
食器選びの際には、モース硬度が高いほど傷つきにくく長持ちするという基本原則を理解しつつ、使用目的や取り扱い方法に応じて適切な素材を選ぶことが大切です。磁器は日常使いに最適ですが、陶器は温かみのある風合いが魅力であり、用途に応じて使い分けることで、それぞれの良さを活かすことができます。
参考)長所と短所 大理石のダイニングテーブル vs 陶器のダイニン…
陶器や食器を長持ちさせるためには、モース硬度の知識を活用した適切な取り扱いが重要です。まず、食器同士を重ねて保管する際には、硬度の高い磁器が下、硬度の低い陶器が上になるように配慮すると、互いに傷つけ合うリスクを減らせます。また、食器と食器の間にキッチンペーパーや布を挟むことで、直接的な接触を避けることができます。
洗浄時には、硬度の関係を考慮することが大切です。メラミンスポンジ(モース硬度4)は陶器や磁器(硬度5~7)には使用できますが、大理石のテーブル(硬度3)や金属製の装飾品(硬度3)には傷をつける恐れがあります。鋼鉄のやすり(硬度7.5)や耐水紙やすり(硬度9)などは、陶器や磁器にも傷をつける可能性があるため、接触を避けるべきです。
食器棚やシンクの素材にも注意が必要です。SILGRANIT(シルグラニット)などの人工石シンクはモース硬度7と非常に硬く、ステンレス鋼(硬度5程度)よりも硬いため、包丁や鍋で引っかいても傷がつきにくい素材です。しかし、セラミック製の食器(硬度9)は、これらのシンクよりも硬質であるため、取り扱いには注意が必要です。
長期的な視点では、磁器の方が陶器よりも耐久性が高いため、日常使いには磁器を選ぶことで交換頻度を減らすことができます。食洗機の使用については、磁器は1,000回以上の使用に耐えることが研究で確認されていますが、陶器は素材によっては劣化しやすい場合があるため、製品の取扱説明書を確認することをお勧めします。
食器の耐久性を評価する際には、モース硬度だけでなく、靱性(じんせい)や耐熱衝撃性などの物性も重要です。靱性とは、たたいて壊れるかどうかという性質であり、モース硬度が表す「引っかき硬度」とは異なります。ダイヤモンドはモース硬度10で最も硬いですが、衝撃には弱く、ハンマーで一定の方向からたたくと容易に砕けます。この原理は陶磁器にも当てはまり、硬度が高くても落下などの衝撃には弱い場合があります。
参考)食器調理器具素材の選び方、使い分け目安【素材の物性比較表】
原則として、硬いものほど脆く、耐衝撃性能は硬度の高いものほどもろくなる傾向があります。そのため、磁器は陶器よりも硬度が高い一方で、衝撃に対してはやや脆い性質を持っています。食器を長く使うためには、硬度による傷つきにくさだけでなく、落下や強い衝撃を避けることが重要です。
耐熱衝撃性も食器選びの重要な要素です。磁器は耐熱衝撃性に優れており、急激な温度変化にも比較的強い素材です。一方、ガラスやセラミックスは急激な温度変化で割れやすい材料ですが、窒化ホウ素などの特殊な素材は例外的に耐熱衝撃性が高くなっています。
参考)https://www.top-seiko.co.jp/common/pdf/guide.pdf
吸水率も見逃せない特性です。磁器質タイルや食器は吸水率が非常に低く、水分を吸収しにくいため、衛生的で長期間使用できます。陶器は磁器に比べて吸水率が高く、水分を含みやすいため、カビや汚れが発生しやすい場合があります。食器の用途や使用環境に応じて、これらの物性を総合的に判断することが、最適な食器選びにつながります。