鼠志野茶碗の表面は灰色がかった銀鼠色に焼き上がります。
鼠志野茶碗は桃山時代末期の慶長年間(1596-1615年)に美濃地方で誕生しました。志野焼の一種として発展したこの技法は、当時の茶人たちが侘び寂びの美意識を追求する中で生まれたものです。
鼠志野という名前の由来は、焼成後の表面が鼠色(灰色)になることから付けられました。通常の志野焼が白い長石釉を特徴とするのに対し、鼠志野は鬼板という鉄分を含んだ化粧土を全面に塗ってから文様部分を掻き落とすという独特の技法を用いています。
これが基本です。
桃山時代の茶人・古田織部が好んだとされ、織部好みの大胆な造形と相まって茶道具として高い評価を受けました。しかし江戸時代に入ると一時途絶え、昭和初期に荒川豊蔵らによって復興されるまで「幻の焼き物」とされていました。
現代では美濃焼の代表的な技法として確立され、多くの陶芸家がこの伝統を継承しています。人間国宝の鈴木藏氏をはじめ、優れた作家たちが独自の解釈で鼠志野茶碗を制作し続けています。
美濃焼の歴史や特徴について詳しく知りたい方は、美濃市の公式サイトで確認できます
鼠志野茶碗の製作工程は、通常の志野焼とは大きく異なります。まず成形した素地に鬼板という鉄分を含む化粧土を全面に塗布します。この鬼板の塗り方が、最終的な色の濃淡を左右する重要なポイントとなります。
次に、文様となる部分を竹ベラや針などで掻き落とします。この掻き落とし技法が鼠志野の最大の特徴です。掻き落とした部分は白い素地が露出し、鬼板が残った部分との対比で文様が浮かび上がります。
掻き落としが決め手ですね。
その上から長石釉という白い釉薬を全体にかけて焼成します。焼成温度は約1230-1250度で、酸化焼成で行われます。この工程で鬼板の部分は灰色に発色し、掻き落とした部分は白く仕上がります。
鼠志野特有の銀鼠色は、鬼板に含まれる鉄分が酸化焼成によって発色したものです。焼成条件によって色の濃淡が変わり、同じ作家でも作品ごとに微妙な違いが生まれます。これが鼠志野茶碗の個性となり、一つとして同じものがない魅力につながっています。
掻き落としの線の太さや深さ、文様の構成によっても表情が大きく変わります。熟練した陶芸家は、掻き落としの一線一線に神経を集中させ、茶碗全体のバランスを考えながら文様を描いていきます。
鼠志野茶碗の価格は、作家の知名度や技術レベルによって大きく異なります。若手作家の作品であれば3万円から5万円程度で入手可能です。これは陶芸教室に通う費用の約3ヶ月分に相当します。
中堅作家の作品になると10万円から30万円が相場となります。茶道を続ける上で一生使える道具として考えれば、決して高くない投資と言えるでしょう。
人間国宝クラスになると話は別です。
人間国宝・鈴木藏氏の鼠志野茶碗は、100万円を超えることも珍しくありません。オークションでは過去に300万円以上で落札された例もあります。
これは軽自動車が新車で買える金額です。
入手方法としては、以下のルートがあります:
初めて購入する場合は、実物を手に取って確認できる百貨店やギャラリーがおすすめです。重さや手取り、口当たりなど、写真では分からない要素が多いためです。
贋作のリスクを避けるため、信頼できる販売店や画廊を選ぶことが重要です。作家の箱書きや共箱があるか、来歴が明確かを必ず確認しましょう。
高島屋の陶器特集ページでは、定期的に鼠志野茶碗の取り扱いがあります
本物の鼠志野茶碗を見分けるには、いくつかの重要なポイントがあります。まず掻き落としの線の鋭さと流れを確認してください。熟練した作家の作品は、一本一本の線に迷いがなく、文様全体に統一感があります。
灰色の発色も重要な判断材料です。鼠志野特有の銀鼠色は、単なる灰色ではなく深みのある色調を持っています。光の当たり方によって表情が変わり、見る角度で微妙な色の変化が感じられるのが本物の特徴です。
釉薬のかかり具合にも注目します。
長石釉が均一にかかりつつも、適度な釉溜まりや釉切れがあることで、茶碗に立体感と味わいが生まれます。機械的に均一すぎる釉薬は、かえって不自然に見えることがあります。
高台(茶碗の底部)の削り方も重要です。手びねりや轆轤の痕跡が自然に残り、削りすぎず削らなさすぎずのバランスが取れているかチェックしましょう。高台内の削りに作家の個性が表れることが多いです。
共箱の有無と箱書きの内容も確認ポイントです。作家本人が書いた箱書きには、作品名、制作年、署名、印が記されています。箱の経年変化と作品の風合いが一致しているかも見ておきましょう。
贋作を避けるには以下の対策が有効です:
初心者が一人で判断するのは難しいため、購入前に茶道の師匠や陶芸に詳しい知人に相談することをおすすめします。
鼠志野茶碗を自作したい場合、まず陶芸教室に通うか、自宅に窯を設置する必要があります。陶芸教室なら月謝1万円程度から始められ、設備を借りられるため初期投資を抑えられます。
必要な材料と道具は以下の通りです:
制作手順としては、まず粘土で茶碗の形を作ります。轆轤を使う場合は中心を取り、均一な厚さで挽き上げます。手びねりの場合は、紐作りや玉作りで成形します。
素焼きが終わったら鬼板を塗ります。
鬼板は水で適度に薄め、刷毛で全面に塗布します。塗りムラがあると焼き上がりに影響するため、丁寧な作業が求められます。乾燥後、竹ベラで文様を掻き落としていきます。
掻き落としは一発勝負のため、事前に文様の構図を考えておくことが大切です。線の太さや深さを変えることで、焼成後の表情に変化が生まれます。初心者は単純な直線や曲線から始め、徐々に複雑な文様に挑戦すると良いでしょう。
掻き落とし後、長石釉を全体にかけて本焼成します。焼成温度は1230-1250度が目安で、酸化焼成で行います。焼成時間は窯の大きさにもよりますが、通常10-12時間程度です。
自作の難しさは温度管理と釉薬の調合にあります。わずかな温度差や釉薬の濃度の違いで、色や質感が大きく変わってしまいます。何度も試作を重ねながら、自分なりの鼠志野を追求していく過程が、陶芸の醍醐味と言えるでしょう。
日本陶芸協会のウェブサイトでは、全国の陶芸教室情報が検索できます
鼠志野茶碗を茶道具として使う際は、使用前の準備が重要です。新しい茶碗は最初に「茶碗の目止め」を行います。これは茶碗を米のとぎ汁で煮て、土の気孔を埋める作業です。
目止めの手順は次の通りです:
この処理をすることで、茶渋や汚れが染み込みにくくなります。ただし、作家によっては目止め不要としている場合もあるため、購入時に確認しましょう。
使用後の手入れは丁寧に行います。
お茶を点てた後は、ぬるま湯で優しく洗います。洗剤は基本的に使わず、柔らかいスポンジで表面を撫でるように洗ってください。掻き落とし部分は特に繊細なため、強くこすらないよう注意が必要です。
洗った後は柔らかい布で水気を拭き取り、逆さにして風通しの良い場所で完全に乾燥させます。湿気が残ったまま収納すると、カビの原因になります。乾燥には最低でも1日、できれば2-3日かけるのが理想的です。
保管する際は、桐箱に入れて湿気の少ない場所に置きます。他の茶碗と重ねて保管する場合は、間に和紙や布を挟んで傷つきを防ぎます。
長期間使わない場合でも、年に数回は箱から出して風を通しましょう。これにより湿気がこもらず、茶碗の状態を良好に保てます。定期的に手に取ることで、細かな変化にも気づきやすくなります。
使い込むほどに茶渋が馴染み、独特の景色が生まれるのも鼠志野茶碗の魅力です。適切な手入れを続けることで、何十年も使い続けられる一生物の茶道具となります。
現代の陶芸家たちは、伝統的な鼠志野技法を守りながらも、独自の解釈で新しい表現を追求しています。人間国宝の鈴木藏氏は、鬼板の濃淡を極限まで追求し、深い灰色の中に繊細な階調を表現することで知られています。
若手作家の中には、掻き落としの文様に現代的なデザインを取り入れる人もいます。伝統的な植物文様だけでなく、抽象的な幾何学模様や、より自由な線描を試みる作家が増えています。
形状の工夫も新たな試みです。
従来の茶碗型だけでなく、ぐい呑みや花器、皿など、様々な器種に鼠志野技法を応用する作家が出てきました。これにより、茶道をしない人でも鼠志野の美しさを日常で楽しめるようになっています。
釉薬の研究も進んでいます。長石釉の調合を変えることで、より透明感のある仕上がりや、逆にマットな質感を実現する作家もいます。焼成方法を工夫し、還元焼成を取り入れることで、従来とは異なる色合いを生み出す試みもあります。
伝統と革新のバランスが重要です。あまりに独創的すぎると鼠志野の本質が失われ、保守的すぎると新鮮味がありません。優れた現代作家は、この境界線を見極めながら制作しています。
海外でも鼠志野技法への関心が高まっています。欧米の陶芸家が日本に学びに来たり、国際展で鼠志野作品が評価されたりするケースが増えています。日本の伝統技法が世界に広がることで、新たな視点からの解釈も生まれつつあります。
これからの鼠志野茶碗は、伝統を基盤としながらも、時代に合わせて進化していくでしょう。古いものを大切にしつつ新しい表現を追求する、そんな作家たちの挑戦が続いています。