鬼板(おにいた)は、瀬戸や美濃をはじめとする各地で採掘される褐鉄鉱(かってっこう)の一種です。天然のサビ成分として広く知られており、岩石に含まれる鉄化合物が長い年月をかけて風化し、雨水に溶けて地中に堆積したものが固まって形成されます。鬼板の名前の由来は、褐鉄鉱の層が「板」状になり、見た目が「鬼」の金棒や鬼瓦のように隆起していることからきています。
参考)鬼板:鉄絵・鉄釉の原料
天然の鬼板が含む鉄分は10%~15%程度で、酸化鉄いわゆる鉄錆(てつさび)の状態で採取されます。特徴的なのは、鉄以外の不純物をかなり多く含んでいる点です。この不純物の存在が、焼成後に味わいのあるムラや深みのある発色を生み出す要因となっています。鬼板は陶磁器の装飾をする材料として頻出し、志野焼や唐津焼などの伝統的な焼き物の鉄絵に使用されてきました。
参考)鬼板を使って描く♪
鬼板単体で使うこともあれば、黄土やベンガラと混ぜ合わせて使用することもあります。鬼板に黄土・ベンガラを混ぜると滑らかになり、素焼きした素地に絵が描きやすくなるという実用的なメリットがあります。
参考)鉄絵(黒花)と田村耕一
ベンガラは、酸化鉄(Fe₂O₃)を主成分とする人工的に精製された赤色顔料です。弁柄や紅殻とも書き、名前の由来はインドのベンガル地方で良質のものが採取されたことに由来します。ラスコーやアルタミラの洞窟壁画にも見られる最古の顔料であり古代色として知られています。
参考)ベンガラのこと href="https://kosyokunobi.com/bengaranokoto/" target="_blank">https://kosyokunobi.com/bengaranokoto/amp;#8211; べんがら塗りとべんがら染め …
ベンガラの大きな特徴は、精製されており綺麗で均一な発色をする点です。鬼板が不純物を含むのに対し、ベンガラは純度が高く、着色力、耐熱性、耐水性、耐光性、耐酸性、耐アルカリ性のいずれにも優れています。さらに経年変化に強く、日光による褪色がない特性を持ち、安価かつ無毒で人体にも安全なため、昔から幅広い用途で使用されてきました。
参考)ベンガラとは?
陶芸の分野では、焼きものの釉薬として天目釉や柿釉、飴釉などの茶褐色から黒色の釉に多く使われています。また柿右衛門などの上絵付けの美しい赤は、このベンガラを細かく擦ることで得られます。神社仏閣の彩色、化粧品、常滑の急須の土の色付けなど、暮らしの中で身近に使われている素材です。
陶芸での使い分けは、求める表現や作風によって決まります。鬼板は天然素材ならではの不均一な発色や味わい深いムラが生まれるため、伝統的な和の雰囲気や自然な風合いを求める作品に適しています。織部や志野、唐津といった日本の伝統的な焼き物の鉄絵には鬼板が使われることが多く、筆の跡がそのまま表現される自由闊達な絵付けが可能です。
参考)鬼板で描く多肉植物 - はんなりマンゴー
一方、ベンガラは精製されているため均一で綺麗な発色を得られます。濃さによって絵付けの色合いに変化を出すことができ、一定に塗りたい場合にも適しています。上絵付けのような精密な装飾や、鮮やかな赤色を表現したい場合にはベンガラが選ばれます。
参考)【下絵付け】陶芸のプロが教える絵付けの調合!絵の具の作り方 …
🎨 実際の制作現場では、鬼板とベンガラを混ぜ合わせて使用することもあります。鬼板に黄土やベンガラを混ぜると滑らかになり、素焼きした素地に絵が描きやすくなるという利点があります。このように、単独で使うだけでなく調合によって新たな表現を生み出すことも可能です。
参考)https://ameblo.jp/teshigotoya12/entry-12783798712.html
薄くすると発色が異なるという点も重要な違いです。鬼板は薄くし過ぎると色が出ませんが、呉須(藍色の絵の具)の場合には薄くても発色します。そのため、鬼板を使う際には適切な濃度を保つ必要があります。
参考)https://blog.goo.ne.jp/meisogama-ita/e/9c6ae303349b196e398666f945b1d5e0
鬼板は鉄絵(てつえ)と呼ばれる陶芸の基本的な技法に使われる代表的な材料です。鉄絵とは、酸化鉄(さびた鉄)を含む絵の具で模様を描き、焼くと透明になる釉薬をかけて本焼きをする技法です。焼成によって絵の具に含まれている鉄分の色が変わることを利用しており、窯の温度や絵の具の成分の調節によって赤黒いさびの色から黄褐色、黒色まで変化させることができます。
参考)https://arterrace.jp/jp/columns/detail?id=1017
🖌️ 具体的な制作工程は以下の通りです。まず素焼きした器を用意し、鬼板を水で溶いて絵の具状にしたもので模様を描きます。その後、焼くと透明になる釉薬をかけて本焼をすると完成します。筆で描いた模様がそのまま表現されるため、作家の個性や技量が直接反映される技法といえます。
参考)鉄絵(てつえ)|ギャラリージャパン
鬼板は絵付けだけでなく、化粧土や釉薬としても幅広く使用されています。鼠志野(ねずみしの)では、粘土と鬼板を混ぜた化粧土を使い、その上に長石釉をかけることであの独特な鼠色を実現しています。また黒く発色する瀬戸黒などの黒釉のほか、灰釉に10%ほど鬼板を足して黒色を得るなど、呈色剤としても使われます。
鬼板を他の材料と混ぜ合わせることで、さらに多様な表現が可能になります。鬼板に黄土・ベンガラを混ぜると滑らかになり描きやすくなるほか、発色や釉の溶け方に変化が生まれます。例えば絵唐津、志野、織部などの黒系の絵付けには鬼板が欠かせない材料となっています。
陶器や食器を制作する際、素材選びは作品の完成度を大きく左右します。鬼板とベンガラの選択においては、まず自分が目指す表現を明確にすることが重要です。伝統的な和の雰囲気や侘び寂びを表現したい場合は鬼板が適しており、精密で均一な装飾や鮮やかな赤色を求める場合はベンガラが向いています。
📌 初心者が知っておくべき意外なポイントとして、鬼板は産地によって特性が異なるという点があります。例えば京都では「錆土(さびつち)」と呼ばれる鬼板よりやわらかい土が産出されており、京錆土と言い茶室の壁土として利用されています。この錆土の鉄分が多い部分は鬼板と発色においては見分けがつかない位同じように見えますが、そこに釉薬が重なると輝度や色合いが異なる発色をする場合があります。
参考)天然の鉄サビ!鬼板という鉄絵の原料のお話です。 - 楽茶碗は…
実際に作品を制作する際には、素焼きした器に絵付けをする場合、筆が吸い付きやすいので少しCMC(増粘剤)を加えたりすることがあります。その場合、濃さに注意する必要があります。また、丸い物に描く際は筆を動かすと同時に物を持った手を廻すと描きやすいというテクニックもあります。
参考)http://www.tougeishop.com/video/p405.php
素材の保管についても注意が必要です。一般的な陶芸材料は湿気を避け、風通しの良い場所で保管することが推奨されています。ビニール袋などに密閉しての保管はカビの原因となるため避けるべきです。素材の特性を理解し、適切に管理することで、より良い作品作りが可能になります。
参考)竹製品のお手入れ方法について
鬼板は日本の陶芸史において重要な役割を果たしてきました。特に美濃焼の志野や織部といった桃山時代に花開いた茶陶は、鬼板による鉄絵が特徴的な装飾技法として確立されています。志野織部は登窯で作られた長石釉に鉄絵の焼物のことを指し、釉薬は薄目で絵の筆致は自由闊達という特徴があります。鉄絵技法の人間国宝である田村耕一は、鬼板を用いた鉄絵で優れた作品を数多く残しています。
参考)志野織部柳瓜文徳利 文化遺産オンライン
🏛️ ベンガラの歴史はさらに古く、旧石器時代から使われた最古の顔料です。日本では古くから防腐剤や顔料として使用され、陶器や漆器の赤色を出すためだけでなく、防虫、防腐、防錆効果もあるため建築分野でも重宝されてきました。岡山県の吹屋地区は、かつて日本のベンガラの巨大産地として繁栄し、今でもベンガラ漆喰壁の集落が残っています。
参考)ベンガラ(弁柄)色はどんな色か知っていますか。
ベンガラは近年、無害であることから天然素材として見直されており、繊維製品への染色やオーガニック製品にも使用されるようになりました。エコテックスの認証を取得したベンガラ染めは、安心・安全性からベビー用品や肌着といった製品にも使用されています。古代から現代まで、ベンガラは人類の暮らしを彩る重要な顔料として受け継がれてきたのです。
陶芸の世界では、鬼板とベンガラのどちらも欠かせない素材として位置づけられています。天然の鬼板が持つ風合いと、精製されたベンガラの美しさ、それぞれの特性を理解し使い分けることで、作品の表現の幅が大きく広がります。