向付の器は、食後には取り皿に早変わりし、亭主のセンスを丸ごとさらけ出す。
「向付(むこうづけ)」という言葉を初めて聞いたとき、多くの人は料理の名前だろうと思うかもしれません。しかし実際は、器と料理のどちらも同時に指す、茶懐石ならではの二重の意味を持つ言葉です。つまり「向付」は料理の品目名でもあり、その料理を盛る器そのものの呼称でもあります。
語源をたどると、その意味はシンプルで明快です。茶懐石では最初に折敷(おしき)と呼ばれるお膳に、飯碗・汁椀・向付の三点が並べられます。客の手前左側に飯碗、右側に汁椀が置かれ、その向こう側(奥)に付けるところからの名称が「向付」です。つまり、置かれる位置がそのまま名前になっています。
現在の懐石料理では向付に刺身(お造り)が多く盛られますが、これは時代を経て変化した姿です。もともとの正式な向付の中身は、大根やにんじんの千切りを酢漬けにした「なます」でした。なますとは「膾」とも書き、古くは生の魚介や獣肉を細切りにして酢で調味したもので、刺身とは別物です。醤油を使うお造りが普及したのは、室町時代中期に絞り醤油が登場して以降のことです。
「向付」が器の名称として定着したのは江戸時代頃とされ、「向こう」「お向こう」とも呼ばれます。一汁三菜の「一菜目」にあたるこの存在は、茶事の冒頭を飾る顔とも言えます。
向付の歴史は、室町時代の本膳料理にまでさかのぼります。ただし、今日の茶懐石における向付の形式は、茶人・千利休(1522〜1591年)が確立した一汁三菜の様式を出発点として、長い時間をかけて洗練されました。
千利休が茶の湯を大成した安土桃山時代、茶懐石は「飯・汁・向付(なます)」を基本とし、わびの精神を体現する質素なつくりでした。その後、茶人・古田織部(1544〜1615年)の時代になると、大胆な幾何学模様と緑釉を特徴とする「織部焼」の向付が登場し、型破りな存在感で茶席を彩りました。織部焼の向付はかつてのシンプルなスタイルから一線を画す前衛的なデザインで、茶道具としての向付に「美意識のぶつかり合い」をもたらしました。
17世紀前半、茶人・小堀遠州(1579〜1647年)が「綺麗さび」と呼ばれるスタイルを確立すると、向付も華やかで洗練されたものへとシフトしていきます。古伊万里・九谷焼など磁器の向付が茶席に取り入れられたのもこの流れの中です。そして江戸時代の寛政期から天保期(19世紀前半)にかけて、懐石料理はほぼ現在の形に完成したとされており、献立の約8割が標準化したと記録に残っています。
向付の歴史は、単なる食器の歴史ではなく、茶道の美意識が時代ごとにどう変化してきたかを映す鏡です。これが原則です。
向付の器は、形・素材・産地の組み合わせが非常に多彩です。茶懐石で用いられる陶磁器の中で、「用途が限られているのは向付のみ」とも言われるほど、向付には器選びの自由度が高い側面があります。裏を返せば、選ぶ人の感性がそのまま出てしまうということでもあります。
形状による分類を見ると、口が広く浅い「平向付」は刺身を美しく見せるための定番です。深さのある「深向付」は汁気のある料理に向き、足のついた「高台向付」は格調を演出します。葉形・貝形・扇形・舟形といった「変形向付」は季節感の表現に使われ、茶事の趣向を伝える重要な役割を持ちます。これは使えそうです。
素材については、大きく次のように分けられます。
季節による器選びの目安も確立されています。春には桜形や貝形の陶器で芽吹きの季節感を表現し、夏はガラスや白磁の平向付で涼を演出、秋は黄瀬戸や志野の温かみある陶器、冬は蓋付きの漆器や備前焼の重厚な器で保温と格式を演出するというのが一般的な流れです。
なお、汁椀が漆器でめし碗が陶器であれば、向付は磁器にするなど、素材を揃えずあえて異なる質感を組み合わせるのが和食の美意識の基本とされています。統一させるのではなく、意図的にバラバラにする点は、洋食のコーディネートとは真逆の考え方です。意外ですね。
北岡技芳堂「向付とは:形状・素材・産地別の詳細解説」:茶道具としての向付の全貌(参考)
茶懐石で向付が運ばれてきたとき、すぐに手をつけるのは正式作法ではありません。まず飯碗と汁椀に先に口をつけ、汁を飲み干してから向付に手をつけるのが本来のマナーとされています。汁椀を飲み終えたタイミングで酒が出される場合は、酒が出されてから向付に手をつけるのが正式な作法です。
向付の器を持ち上げてよいかという点については、器のサイズと重さが判断基準になります。手のひらより小さい器は持ち上げてよいとされますが、大ぶりな平向付などは持ち上げずに置いたまま食べます。慌てずに器をよく見てから動作することが大切です。
最も重要かつ見落とされがちなのが、向付の器の「取り皿兼用」という役割です。茶懐石では向付の料理を食べ終えた後も、その器は取り皿として最後まで使い続けます。これは茶席の精神に基づいた合理的な習慣です。亭主がこの器を選ぶ際には、「最初に料理を受け、後に取り皿として活躍する」という二段構えの用途まで考慮して選んでいます。つまり、向付の器選びは懐石全体の食体験を設計する行為です。
食べ方については淡白なものから食べていくのが原則です。刺身を例にすると、手前の白身魚から奥の脂ののった赤身へと食べ進めていくのが一般的なマナーとされています。
CookDoor「向付は器選びのセンスが大事」:向付の食べ方・マナーの詳細(参考)
陶器に興味のある人にとって、向付は特別な世界への入口になり得ます。なぜなら向付は、茶道具の中でも器そのものへの表現の自由度が最も高いジャンルの一つであり、桃山時代から江戸時代にかけての名品から現代作家の作品まで、幅広いコレクションの対象になるからです。
骨董市場において特に注目される向付の産地として、織部焼・志野焼・古伊万里・九谷焼が挙げられます。たとえばYahoo!オークションの過去データを見ると、「古織部向付」は過去180日間の落札価格が最安550円から最高283,798円と幅広く、平均は約18,813円という数字が出ています。状態・時代・銘の有無によって価格が大きく変わるのが骨董品の特性です。
また、名品の古向付(古伊万里・古九谷など)は茶人によって道具扱いされ、床の間に飾られることもあります。茶碗や棗と同じように「銘」が与えられた向付も存在し、単なる食器を超えた芸術品として流通しています。初期伊万里の向付は平均取引価格が10,000〜15,000円程度ですが、希少性の高いものは160,000円を超える事例もあります。
陶器好きが向付を楽しむ際には、以下の視点が参考になります。
現代では向付の器を茶懐石の文脈を超えて、日常の食卓に取り入れることも増えています。刺身を盛る皿、酢の物の小鉢、前菜の器として使うことで、普段の食卓に茶道の美意識が自然と宿ります。
Yahoo!オークション「古織部向付」落札相場:古向付のリアルな市場価格の参考に(参考)
茶懐石において向付の器は、懐石全体の印象を左右する「顔」と呼べる存在です。茶席で最初に目に入り、最後まで食卓に残り続けるのが向付の器だからです。ほかの料理は順番に下げられていきますが、向付の器だけは取り皿として最後まで手元に置かれます。
これが原則であることを理解すると、なぜ茶人たちが向付の選択に最も力を入れるのかが見えてきます。亭主が茶会の趣向・季節・客の好みを考慮して選ぶ向付の器は、その日の茶事を象徴する一品です。床の間の掛け軸と同じように、「今日のテーマ」が器によって伝えられます。
また、向付は懐石の中で唯一、器の用途が厳格に定まっていない茶道具です。「懐石に用いられる陶磁器の中で、用途が限られているものは向付のみ」という言い方もありますが、これは「向付以外は用途が決まっているのに対し、向付だけは形・素材・デザインに制限がない」という意味です。つまり向付が懐石の中で最も自由な器なのです。
陶器好きにとって向付が興味深いのは、まさにこの「自由さ」にあります。制約のないところに個性が生まれ、桃山から江戸、そして現代へと続く向付の器の多様性は、日本の陶芸史そのものを映しています。向付が条件です——それは、亭主の感性と客人への思いを一点に凝縮させる器であること。
東京・神奈川の茶道具買取「懐石道具の基礎知識〜陶磁器」:向付の自由度と茶道具としての位置づけ(参考)