「従来タイプの上絵具は食器の内側に使うと健康リスクがあります。」
上絵付けとは、一度本焼きが完了した陶磁器の釉薬の上に、絵や模様を施す技法のことを言います。釉薬をかける前に素焼きの地に描く「下絵付け」とは根本的に異なり、完成した作品の表面に直接描くため、作品に傷をつけず後から加飾できるという大きな特長があります。
上絵付けに使う絵の具のことを「上絵具(うわえのぐ)」と呼びます。上絵具の本質を理解するうえで重要なのが、その成分構成です。陶磁器用上絵具は大きく分けて「ガラス粉(フリット)」と「発色剤(金属酸化物や顔料)」の2つから成り立っています。焼成することでフリットが溶けてガラス状になり、発色剤の色が釉薬の表面に定着する仕組みです。
つまり上絵具とは、色の素材というよりも「低火度で溶ける一種の特殊な釉薬」という理解が正確です。
焼成温度は通常700〜850℃という比較的低い温度です。陶器の本焼きが1,200〜1,300℃前後であることと比べると、約半分以下の温度で焼きます。この低温焼成だからこそ、赤・黄・緑・紫など、高温では消えてしまうような鮮やかな発色が得られます。
上絵付けの歴史は古く、中国の宋・明時代に発展した「五彩」と呼ばれる技法が日本に伝わりました。石川県の九谷焼、有田焼の柿右衛門様式、京都の仁清など、日本を代表する名陶器はすべてこの上絵付けによって彩られています。陶芸に上絵具は欠かせません。
参考:上絵付けの種類と基本については白金陶芸教室の解説ページが詳しい。
上絵具は大きく「和絵具(わえのぐ)」「洋絵具(ようえのぐ)」の2種類に分類され、さらに近年は「無鉛上絵具」という新しいカテゴリが加わっています。それぞれの特徴を理解して選ぶことが、作品の仕上がりを大きく左右します。
和絵具は、酸化金属類(鉄・銅・コバルトなど)をガラス粉末の中に混ぜ込み発色させるタイプです。焼き上がった後に透明感のある色ガラス層を作るのが最大の特徴です。葉脈など細かい模様の上に緑の和絵具を乗せると、下の線が透けて見えます。九谷焼や有田焼、京焼・清水焼に多く使われる伝統的な絵具です。基本となる色は赤・黄・緑・紫・紺青の5色(九谷五彩)で、混色することで50色以上を表現できます。
和絵具の難点は、焼成前と焼成後で色が大きく変わることです。瓶の中ではグレーがかった地味な色に見えても、焼き上がると鮮やかな緑になるという例もあります。焼いてみるまで仕上がりが読みにくいのは、陶芸の醍醐味でもあり、難しさでもあります。
洋絵具は、合成顔料を使い、発色剤の比率がガラスよりも多いタイプです。焼成前の粉末状の色と、焼成後の色がほぼ同じという点が和絵具との決定的な違いです。不透明な仕上がりになるため、暗い色の器にも鮮やかに発色します。マイセン(ドイツ)などのヨーロッパ磁器でよく使われ、現代の陶芸教室でも使いやすい絵具として普及しています。これは使えそうです。
無鉛上絵具は、従来の有鉛フリットを使わずに開発された安全性の高い絵具です。佐賀県窯業技術センターが1988年頃から10年以上かけて開発し、1990年代に実用化されました。食器に安心して使える点が最大のメリットですが、筆さばきが悪くなりやすく、焼成温度も820〜900℃と従来より高くなる点は注意が必要です。
| 種類 | 透明感 | 焼成前後の色変化 | 主な産地・用途 |
|---|---|---|---|
| 和絵具 | 高い(透明性) | 大きく変わる | 九谷焼・有田焼・京焼 |
| 洋絵具 | 低い(不透明) | ほぼ変わらない | 洋食器・現代陶芸全般 |
| 無鉛上絵具 | 中程度 | やや変わる | 食器向け・安全重視 |
参考:和絵具と洋絵具の違いについて、有田町の辻絵具店・辻昇楽氏への取材記事が詳しい。
人間国宝の愛した「花赤」という絵具 | 中川政七商店の読みもの
陶芸で上絵具を使う際に見落とされがちなのが、鉛(Pb)に関する問題です。従来タイプの上絵具の多くには、フリット(ガラス粉)の溶融温度を下げるために鉛化合物が含まれています。絵具の筆なれや光沢の良さの背景には、この鉛化合物が使われてきた歴史があります。
食器として使用する器の場合、食品衛生法によって陶磁器製品からの「鉛の溶出量」が厳しく規制されています。食酢や果汁のような酸性の食品が釉薬や上絵に長時間触れると、鉛が微量ながら溶け出す危険性があります。石川県工業試験場の資料によれば、上絵を施した食器に酸性の食品が長時間接触した場合に微量の鉛が溶出する恐れがあると明記されています。
上絵具には主に3タイプあり、安全性は次のように異なります。
2009年の食品衛生法改定以降、国内生産の食器については鉛溶出規制が一層強化されました。食器に上絵具で絵付けをする場合は、無鉛上絵具か耐酸上絵具を選ぶのが原則です。
食器として使う作品を作るなら、絵具のパッケージに「無鉛」または「食器対応」の表記があるかを必ず確認する、という行動を1つ徹底するだけで、健康リスクを回避できます。陶芸ショップ各社の無鉛上絵具(例:陶芸ショップ.com、伊勢久)はチューブ入りで扱いやすいタイプも市販されています。
参考:無鉛上絵具の開発経緯と安全性の詳細。
001 無鉛上絵具 誕生ストーリー | 佐賀県窯業技術センター
上絵具を使いこなすには、正しい道具の選び方と溶き方の手順を理解することが重要です。焼成前の準備段階で手を抜くと、焼き上がり後に剥離や色ムラが生じてしまいます。
上絵付けに必要な主な道具は次のとおりです。
上絵具を溶く際の基本手順を確認しておきましょう。まず乳鉢で粉末をよくほぐしてから、にかわ液(50倍水溶液)またはアラビアガム液(濃度1%)を少量ずつ加えながら団子状にしていきます。その後、さらに液を足しながら描きやすいペースト状に摺り上げます。一気に液を入れると粘度の調整が難しくなるため、少しずつ加えるのが基本です。
作品への絵付けを始める前には、必ず表面を湯または水に浸した布で拭いて汚れや油分を除去します。手の油が残っていると焼成後に釉薬表面が荒れる原因になります。素手での接触を避けるため、以降は手袋着用が推奨されます。
色伏せ(色を塗る工程)では、絵具の厚みが仕上がりの発色に直接影響します。絵具の表面が凹凸なく平らになるように塗ることが理想です。また、マンガン(骨描きの黒線)を使った場合は、マンガンが十分乾燥するまで(一晩置く)待ってから色伏せに入ります。上絵窯の温度ではマンガンは溶けないため、色伏せで完全に覆いきることが条件です。
これが基本の流れです。
上絵付けにおいて最も失敗が起きやすいポイントが、焼成温度の管理です。使用する上絵具の種類によって適切な焼成温度は異なり、これを間違えると色の飛び・剥離・焦げなどのトラブルが生じます。
上絵具の種類別の目安焼成温度をまとめると次のようになります。
電気窯での上絵焼成は、8時間程度を目安に850℃まで上げる設定が標準的なスタートラインになります。ただし、窯の種類や容量、作品の大きさ・詰め方によっても結果が変わります。同じ設定値でも窯によって「癖」があるため、初めて使う窯では必ず小さなテスト焼成で確認することを強くおすすめします。
また、和絵具の重要な特性として「焼成前と焼成後で色が大きく変わる」という点があります。焼く前はグレーに見える絵具が、焼成後に鮮やかな緑色になるケースも珍しくありません。洋絵具は焼成前の色と焼成後の色がほぼ同じですが、和絵具はそうではありません。
失敗を減らすための具体的なポイントを3点まとめます。
焼成温度の注意に慣れれば大丈夫です。
参考:上絵具の成分・溶き方・種類の詳細は梶田絵具店の専門資料が参考になる。
上絵付けには、筆で直接描く方法のほかに、「転写紙(デカール)」を使う方法があります。転写紙とは、陶磁器用の上絵具でデザインが印刷されたシート状の素材で、水に浸して台紙から剥がし、本焼き済みの器に貼り付けて焼成することで絵柄を定着させます。
転写紙の最大のメリットは、絵の技術がなくても一定品質の絵柄を器に施せることです。複雑な花柄・文字・幾何学模様なども精密に再現でき、初心者や体験授業での活用も広がっています。東京・練馬の江古田陶房など、転写シートを取り入れた上絵付けを実施している陶芸教室も増えています。
転写紙を使う際の基本的な手順は次のとおりです。
シワを入れずに貼るのが最大のコツで、湾曲した部分や凹凸のある面に貼るときは特に注意が必要です。細かい部分はゴムへらや柔らかい布を使って空気を抜きながら密着させます。
一方で転写紙の注意点もあります。転写紙もあくまで上絵具を使った製品なので、食器の内側に使う場合は「食品対応」と明記された無鉛仕様の転写紙を選ぶ必要があります。また、焼成温度が合わないと色が発色しなかったり、はじいてしまうことがあるため、転写紙のメーカー指定温度を必ず確認してから焼成することが大切です。
転写紙は陶芸ショップや通販でも入手でき、価格は内容によって異なりますが、小さめのシートデザインで数百円〜数千円程度から入手できます。自分でプリンターとセラミックインクを使って転写紙を自作する方法もあり、オリジナル性を高めたい中上級者にも注目されています。自由度が高いですね。