近茶流の器の選び方を誤ると、せっかくの盛り付けが台無しになり、1万円以上の陶器が「場違い」と言われることがあります。
近茶流(きんさりゅう)は、正式には「江戸懐石近茶流」と呼ばれ、江戸時代の文化文政期(1804〜1830年頃)に興ったとされる、柳原家家伝の料理道です。「近茶料理(きんさりょうり)」の名のもとに、江戸爛熟期の豊かな文化を背景として、さまざまな料理の技法としきたりが代々受け継がれてきました。
この流派が生まれた文化文政期は、葛飾北斎が「富嶽三十六景」を描き、滝沢馬琴が「南総里見八犬伝」を著した、江戸文化の爛熟期と重なります。庶民文化が花開いたこの時代に、料理道としての「近茶流」が形づくられた点は非常に興味深いです。
注目すべきは、近茶料理が長らく「女手に継承されてきた」という点です。代々、女性の手で守り続けられてきた料理の技と精神が、先々代宗家・柳原敏雄の代に至って初めて男性の手に移されました。柳原敏雄が家伝の懐石と包丁道を体系化し、「近茶流」という流派として整備したことで、現在に連なる形が確立されました。
近茶流は現在、柳原尚之が宗家として継承しています。東京・赤坂で70年以上続く「柳原料理教室」を主宰する柳原尚之氏は、東京農業大学大学院醸造学専攻で博士号(醸造学)を取得した研究者でもあります。博士論文のテーマは「江戸期の酢に関する研究」という、正真正銘の江戸食文化研究者です。
また、2015年には文化庁文化交流使、2018年には農林水産省「日本食普及の親善大使」にも任命されており、日本料理を世界へ広める活動も担っています。NHK大河ドラマ「龍馬伝」「青天を衝け」などの料理監修・時代考証も手がけた人物です。つまり、近茶流は単なる料理教室を超えた、日本の食文化の継承機関でもあります。
参考リンク:近茶流の起源・柳原家の歴史についての公式解説
近茶流について|柳原料理教室(公式)
近茶流を語るうえで、最も具体的な「特徴」として知られているのが魚のおろし方です。一般的な和食の現場では、魚を「腹から包丁を入れる」関西風の方法が広く普及しています。しかし近茶流では、これとは逆の「背から包丁を入れる」という独自の技法を守り続けています。
この理由は、江戸の魚河岸(魚市場)のしきたりに由来します。江戸時代の魚河岸では「表身尊重」、つまり魚の見た目の美しい表の身を傷つけないことを最優先にしていました。腹から包丁を入れると、魚の見栄えのよい表側の身が崩れやすくなるため、背から丁寧に包丁を入れることで、盛り付けたときの美しさが際立つのです。
背割りが原則です。
同様に興味深いのが、カレイ(鰈)の盛り付け作法です。一般的な日本料理では、白い腹側を上にして盛る場合もありますが、近茶流では「あるがままの自然の姿を尊ぶ」という思想のもと、カレイをそのままの姿で頭を右に向けて盛ります。この盛り方は今では全国的に一般化しつつあるとされており、近茶流の美意識が広く浸透した証ともいえます。
近茶流が「茶心のある料理道」と称される理由もここにあります。確かな包丁さばきはもちろん、季節感を踏まえた食材の吟味、盛り付けの風情、そして器の扱いや膳組の作法まで、すべてを一体として大切にしているからです。料理を「料理だけ」として切り離さず、器・季節・場の雰囲気までを含めた総合的な「食の文化」として捉える姿勢が、近茶流の核心にあります。
参考リンク:近茶流の包丁道・魚のおろし方について
江戸懐石近茶流 - MUUSEO SQUARE
陶器に興味がある方にとって、近茶流の「器の文化」は特別な魅力を持っています。近茶流では、料理と器は切り離せない関係にあります。これは江戸時代の名言「器は料理の着物」という考え方に通じるものです。
近茶流の稽古では、料理の技術だけでなく「器のあつかい」と「膳組作法」まで丁寧に指導されます。これは非常に重要な点です。他の多くの料理教室では、器の扱い方まで体系的に教えるところは少ないため、近茶流が陶器好きの方に特に支持される理由のひとつとなっています。
懐石料理の器は、大きく分けて陶器・磁器・漆器の3種類が用いられます。陶器は土の素朴な温かみが特徴で、煮物や秋冬の料理を盛るのに適しています。一方で磁器は表面が滑らかで光沢があり、刺身(向付)や夏の料理に映えます。漆器は祝いの席や特別な場に用いられ、椀ものでは欠かせない素材です。
季節ごとの器選びも、近茶流ならではの重要な作法です。春には薄桃色の陶器や軽やかなデザインの器、夏には涼を演出するガラス器や白磁、秋には土の温かみを感じる土物(陶器)、冬には漆器や木の椀が好まれます。
また、懐石料理における「向付(むこうづけ)」は、陶器愛好家にとって特にこだわりが深い器のひとつです。向付は飯と汁の向こう側(奥側)に置かれることからその名がついた小器で、刺身や和え物・酢の物を盛ります。形状は平鉢型・深鉢型・変形型などがあり、季節や茶会の趣旨に応じた選択が求められます。近茶流ではこの選択も「茶心」の表れとして重視されます。
| 器の素材 | 特徴 | 主な用途・季節 |
|---|---|---|
| 🏺 陶器 | 土の温かみ、素朴な質感 | 煮物・秋冬の盛り付け、向付 |
| 🍽 磁器 | 光沢があり洗練された印象 | 刺身・向付・夏の料理 |
| 🎋 漆器 | 艶やかで高級感あり | 椀もの・特別な席・祝いの場 |
| 🪵 木器 | 自然のぬくもり | 冬の料理・懐石の八寸(杉生地) |
| 🔮 ガラス器 | 透明感・涼しげな印象 | 夏の向付・冷製料理 |
参考リンク:懐石料理における器の選び方・季節ごとの使い分け
懐石料理を彩る器の選び方|美しさと機能性を両立させるポイント
近茶流を理解するには、「懐石料理」と「会席料理」の違いを知っておく必要があります。この2つは読み方が同じ「カイセキ」でも、まったく異なる料理の哲学を持ちます。
懐石料理は「茶を楽しむための料理」です。もとの意味は、禅僧が空腹をしのぐために温めた石を懐に入れた「懐石(ふところいし)」に由来します。身を温める程度の軽い食事、つまり茶の前の質素なもてなしの料理が原点です。一方、会席料理は「酒を楽しむための料理」として発展し、江戸時代以降は料理茶屋での宴席料理として広まりました。
これが原則です。
両者の最もわかりやすい違いは「ご飯と汁が出るタイミング」にあります。懐石料理では、最初に「飯・汁・向付」の3点が揃って出されます。対して会席料理では、お酒を存分に楽しむためにご飯と汁は献立の最後に出されます。まったく逆の順番です。
盛り付け作法の違いも際立ちます。懐石料理の刺身は「向付」と呼ばれ、飯と汁の向こう側に置かれます。会席料理の刺身は「お造り」と呼ばれ、平造りなどの豪華な盛り付けが好まれます。器も異なり、懐石では小ぶりの陶器の向付が多く用いられ、会席では磁器の大皿なども使われます。
近茶流はまさに「懐石料理の流派」ですが、柳原宗家自身が語るように「原点は家庭での料理にある」という言葉も印象的です。良い食材を選び、無駄なく丁寧に扱って素材の特性を生かせば、普段のお料理が「ご馳走」になる。これが近茶流の哲学です。
参考リンク:懐石料理と会席料理の違いを近茶流宗家が詳細解説
懐石料理と会席料理の違いとは?|婦人画報
陶器に親しむ人が近茶流を知る意義は、単に「料理の作り方」だけにとどまりません。近茶流の世界は、器を取り巻く文化・歴史・精神と深くつながっています。意外ですね。
現宗家・柳原尚之氏は2009年から2013年にかけての5年間、奈良・東大寺の「修二会(お水取り)」で練行衆に精進料理を作る「院士(いんじ)」を務めました。1200年以上続く東大寺の修行行事に深く関わった経験は、器と食の関係を「祈りや精神性」の次元で考える視点を柳原宗家に与えました。
これが条件です。
さらに、近茶流が運営する「近茶文庫(きんさぶんこ)」の存在も、陶器愛好家にとって非常に魅力的なリソースです。近茶文庫は、江戸時代の料理本をはじめとした日本料理・日本文化に関する資料と、歴代の宗家が集めてきた「器」の保存・管理を行う日本料理ライブラリーです。「日本の心と文化を残し伝える」をミッションに、情報発信も行っています。
日本料理における器の変遷を見ると、茶懐石の発展とともに陶器の文化も大きく広がったことがわかります。天正年間(1573〜1592年)の茶会席では食器がほとんど土器(素焼き)だったものが、慶長年間(1596〜1615年)になると楽焼などの陶器が使われるようになったという記録があります。江戸時代には美濃焼・瀬戸焼・有田焼が普及し、現代の和食器文化の土台が形成されました。
近茶流が大切にしている「器のあつかい」という概念は、このような陶器文化の変遷と一体になっています。使う器を季節・料理・場の空気に合わせて選び、丁寧に扱い、食後は傷つけないよう保管する。これは陶器コレクターとしての姿勢にも直結する美意識です。
柳原料理教室のお稽古では毎回4〜5品の季節料理を学びますが、それと同時に年中行事や料理の歴史、そして器の扱い方も丁寧に伝えられます。「料理が着る着物を知ること」が、陶器の見方をより豊かにしてくれます。これは使えそうです。
参考リンク:近茶流が運営する日本料理ライブラリー「近茶文庫」
近茶文庫 | 料理を通して文化を知る 日本料理ライブラリー
参考リンク:現宗家・柳原尚之氏の経歴と和食普及の取り組み
柳原尚之インタビュー|文化庁 和食の次の未来へ