昭和5年まで志野や織部は瀬戸焼だと思われていました。
瀬戸焼の産地は愛知県瀬戸市です。一方、美濃焼の産地は岐阜県の土岐市、多治見市、瑞浪市、可児市を中心とした美濃地方です。
参考)#02 瀬戸焼って何と問われると意外と困ったりします|瀬戸の…
実は両者の産地は県境を挟んで背中合わせの位置にあります。つまり東京ドーム数十個分程度の距離しか離れていません。
この地理的な近さが、両者の焼き物が非常に似通った特徴を持つ理由の一つです。陶器と磁器の両方を生産し、使用する土も同じものを使っているため、明確な違いを見出すことは困難とされています。
参考)美濃焼(瀬戸焼・織部焼)の特徴|食洗機・電子レンジOK?なぜ…
産地が隣接しているということですね。
歴史的に見ると、美濃焼は長らく「瀬戸焼」として扱われてきました。1638年に書かれた『毛吹草』では、美濃国の名物として「瀬戸焼物」と記載されているほどです。
参考)https://item.rakuten.co.jp/minorutouki/abyss_90rimplate/
江戸時代後期まで、美濃で生産された焼物は尾張藩の産物として販売されており、「美濃焼」という名前が表に出ることはありませんでした。1803年からは尾張藩の蔵元制度に組み込まれ、瀬戸焼と美濃焼が混同される大きな原因となりました。
明治2年(1869年)になってようやく、美濃の窯元は新政府に対して尾張藩からの独立を求め、約70年に渡る蔵元制度から離脱しました。これにより美濃焼は独自の道を歩めるようになったのです。
つまり歴史的には同一視されていたということです。
結論から言うと、瀬戸焼と美濃焼を見分けることは専門家でも難しいとされています。同じ土を使い、同じ技法で焼かれているためです。
実は昭和5年(1930年)まで、志野や織部などの桃山茶陶は瀬戸で焼かれたと考えられていました。しかし荒川豊蔵が可児市の古窯跡から志野筍絵筒茶碗の陶片を発掘したことで、これらが美濃産であることが証明されました。
参考)https://maru-kin.com/pages/about-yakimono
この発見は陶芸界に衝撃を与え、美濃焼に対する関心が高まるきっかけとなりました。それまで長年にわたって専門家たちが瀬戸焼だと信じていたものが、実は美濃焼だったのです。
見分けるのは困難が基本です。
瀬戸焼は日本六古窯の一つで、陶磁器を総じて「せともの」と呼ばれるほど有名な存在です。千年を超える歴史を持ち、鉄分の多い土で焼かれるため赤みを帯び、実用的で丈夫な特徴があります。
参考)知ってる?日本の“やきもの”の違い〜九谷、瀬戸、備前、有田、…
代表的な様式には、志野、織部、瀬戸黒、黄瀬戸などがありますが、実はこれらの多くは現在では美濃焼の様式として認識されています。瀬戸焼独自の様式としては、瀬戸染付焼が挙げられます。
参考)【瀬戸焼入門】「やきものの町」瀬戸の魅力とは?〜瀬戸染付焼と…
瀬戸焼は陶器と磁器の両方を生産しており、茶道具から日常食器まで幅広い製品を作り続けています。江戸時代から現代まで続く一大窯業生産地として、日本の陶磁器文化に大きな影響を与えてきました。
「せともの」の語源ですね。
美濃焼は「特徴がないのが特徴」と言われています。これは決してマイナスな意味ではなく、特定の様式にとらわれないため、時代に合わせたデザインや表現ができる強みを持っているということです。
現在、国内における美濃焼のシェアは50%以上を占めています。つまり日本で使われている食器の半分以上が美濃焼である可能性があるのです。
美濃焼の代表的な様式には、黄瀬戸、瀬戸黒、志野、織部の四様式があります。伝統的工芸品として指定されている美濃焼は全部で15種類あり、灰釉、天目、染付、赤絵、青磁など多様な様式が存在します。
参考)「美濃焼」とは。丼もタイルも茶道具も。「実はスゴい」焼き物界…
100円ショップでも見かけるほど身近な焼き物で、大量生産を可能にする広い生産エリアが低価格を実現しています。
生活に密着した焼き物です。
実際に購入する際、瀬戸焼と美濃焼を区別することは消費者にとってほぼ不可能です。江戸時代の瀬戸物問屋でも、瀬戸焼と美濃焼を区別して販売することはなかったと考えられています。
現代でも同様の状況は続いており、販売店で「瀬戸焼」または「美濃焼」と表示されていても、それは産地の違いを示しているに過ぎません。見た目や質感、使い心地で判別することは困難です。
購入時に重要なのは、産地の区別よりも、自分の好みに合ったデザインや用途に適した機能性です。食洗機や電子レンジに対応しているかどうか、日常使いに適した丈夫さを持っているかなど、実用面を確認することをおすすめします。
美濃焼の特徴や使い方について詳しく解説されています(食洗機・電子レンジ対応についても記載)
産地より用途を優先しましょう。
主な様式を比較すると、それぞれに独特の美しさがあります。
| 様式 | 色の特徴 | 主な技法 | 産地 |
|---|---|---|---|
| 志野 | 不透明な乳白色 | 釉薬の下に絵付け | 美濃焼 |
| 織部 | 深い緑色(青織部) | 独特な形と豪快なデザイン | 美濃焼 |
| 黄瀬戸 | 温かみのある柔らかい黄色 | 植物の文様が多い |
美濃焼 |
| 瀬戸黒 | 柔らかさを感じさせる漆黒 | 鉄釉を施し急冷 | 美濃焼 |
これらの様式は全て桃山時代に美濃地域で大量に焼かれていたことが、昭和になってから明らかになりました。それまでは瀬戸で焼かれたと考えられていたため、「黄瀬戸」「瀬戸黒」という名称に「瀬戸」の文字が含まれているのです。
桃山時代には、美濃焼が黄瀬戸という作風を主要なものとして製作していました。黄釉がかかった瀬戸焼の意味であり、窯が隣接する美濃焼は、当時京都で広く瀬戸焼と理解されていました。
様式名に歴史が刻まれています。
現代において、瀬戸焼と美濃焼はそれぞれ異なる方向性を持ちながらも、日本の陶磁器文化を支えています。美濃焼は国内シェア50%以上という圧倒的な生産量で、日常生活に欠かせない食器を供給しています。
一方、瀬戸焼は「やきものの町」として伝統を守りながら、瀬戸染付焼などの技術を継承しています。両者とも伝統的工芸品として指定され、職人たちが技術を磨き続けています。
明治時代には海外の万国博覧会で賞を受賞するなど、日本を代表する陶磁器として世界に認められてきました。現在も食洗機や電子レンジに対応した製品を開発するなど、現代生活に適応した進化を続けています。
どちらも日本の食文化を支える重要な産業として、これからも発展していくでしょう。伝統を守りながら新しい価値を生み出す姿勢が、両産地の共通点と言えます。
伝統と革新の両立が鍵です。