化粧土を塗るタイミングを失敗すると作品が崩壊します。
彫三島茶碗は、16世紀末から日本の茶人が朝鮮半島に注文して作らせた高麗茶碗の一種です。天正年間(1573~92)以降、文禄・慶長の頃に制作された注文品で、日本に比較的多く伝世しています。
この茶碗の格式は非常に高く、初風炉の茶事では絵高麗梅鉢の茶碗と共に第一位に位する茶碗とされています。墨蹟にも取り合いますが、特に古筆なら寸松庵色紙や継色紙とも取り合うだけの格式を持っています。
参考)https://www.enshu-kiho.com/?pid=140782145
格式が高い理由は明確です。
名物として松平不昧公や加賀前田家など、名だたる大名家に伝来した作品が多数存在し、『大正名器鑑』には八重垣・外花・荒簸・檜垣・残雪・彫三島の六碗が優品として挙げられています。茶陶史上においても重要な位置を占め、日朝交易や戦国史だけでなく茶陶史上の秘密を握っているとされています。
参考)https://ameblo.jp/guinomikou/entry-12643894775.html
初期の注文品という性質上、彫三島茶碗は高麗茶碗の中でも形物茶碗の観があり、一種の御本手と見られています。江戸時代初期に釜山付近の窯で焼かれたと考えられ、慶尚南道の梁山が候補地とされています。
参考)彫三島茶碗
彫三島茶碗の最大の特徴は、箆で斜めに彫った檜垣文様と花文様の組み合わせです。内外に檜垣風の象嵌紋様があるため、檜垣三島とも呼ばれています。
参考)彫三島茶碗
文様の配置には明確なパターンがあります。外側には通常二段から三段の檜垣文様が彫られ、内面は口辺に二段の檜垣文、見込みのまわりに花模様が配置されます。花文様が内部にあるものを「内花」、外側のものを「外花」と呼んで区別しています。
彫り込まれた文様には白土が象嵌されます。
「三島」という名称の由来は、静岡県の三島大社で発行されていた「三島暦」にあります。三島暦は細かい文字がびっしりと刷られていたため、細かい文様を「三島」と呼ぶようになりました。つまり「彫三島」とは「彫で表現した細かい文様」という意味です。
文様の表現が鮮明な作品ほど価値が高く、赤い素地に内外の檜垣や花形の白が鮮やかに映えて美しいものが珍重されます。胴や見込みの白い刷毛目も景色として評価されています。
彫三島茶碗は象嵌という技法で作られます。半乾きの素地に印花などの印判を当てて彫り模様を入れ、そこに化粧土を塗り込んで文様を出す技法です。
参考)独自の「三島手」技法
制作工程には厳密なタイミング管理が求められます。まず手捻りやろくろで茶碗を成形し、少し乾かします。表面がベタベタしなくなったら、ろくろを回して細いヘラで線刻を引き、印花で花紋を押していきます。印花の淵が深く入りすぎないよう注意が必要です。
化粧土を塗るタイミングが最も難しいポイントです。生地に化粧土を塗り込むタイミングは表面が白くならない程度で、白くなると土が溶けてしまいます。乾燥が進みすぎても失敗するため、作業時間内での完成が困難な場合もあります。
塗り込んだ後の処理も重要です。
白化粧土を印花や線刻に刷り込んだら、しばらくおいてから凸部分の上の白化粧土をヘラで削り取ります。象嵌土と胎土の性質が異なると、耐火度や収縮率の違いから剥がれやひび割れの原因となるため、土を押して密着させ、空気を抜く作業が欠かせません。表面を押す際は必ず裏側に手を添えて作品が変形しないよう注意します。
彫三島の抹茶椀制作工程の詳細動画
彫り、印花を用いた象嵌技術の実際の作業風景を確認できます。
彫三島茶碗には二つのタイプがあり、見込みが深く柔らかく焼成されたものと、見込みが浅く堅く焼成されたものに分けられます。焼成によって青色のもの、赤みのものといろいろありますが、赤出来の作品より若青のよく映えるものが一層珍重されます。
文様の鮮明さが価値評価の重要なポイントです。赤い素地に内外の檜垣や花形の白が鮮やかに映えて美しいもの、文様の表現の鮮明な点で屈指といえる作品が高く評価されます。見込みが素晴らしく、大小の目(キズ)も風情として楽しめる作品が好まれます。
現代作家の作品価格は幅があります。
中村道年の彫三島茶碗は買取参考価格が15,000円とされています。佐久間勝山作(松古窯)の作品は48,180円で販売されています。ただし状態や付属品の有無、作家の知名度によって価格は大きく変動します。
参考)愛知県は東海市にて、中村道年 作『彫三島茶碗』 |骨董品買取…
名物級の古作品になると価値は計り知れず、松平不昧公の書き付けがある作品や、鴻池家から畠山記念館に伝来した作品など、重要文化財級の彫三島茶碗が存在します。箱書きや伝来が明確なものほど価値が高くなります。
彫三島茶碗を自作する際、外側の装飾を調整することで使いやすさが向上します。外まで印花象嵌にすると厚めになってしまうため、外側は刷毛目にする工夫が有効です。これにより茶碗の重量バランスが改善され、実用性が高まります。
乾燥管理の失敗を防ぐには段階的な作業計画が必要です。象嵌などの装飾は時間がかかるため、粘土の半乾燥状態を保つのが難しいという課題があります。作業を複数回に分けると乾燥が進みすぎるリスクがあるため、一度の作業セッションで完成させる計画を立てるべきです。
化粧土の濃度調整も成功の鍵です。
エンゴーベ(化粧土)の濃度に問題があると、象嵌がうまくいきません。白化粧土は素焼きをしてからかけるタイプではなく、生の状態でかける粉引タイプを使用する場合、乾き具合の判断がより難しくなります。仲間の中で一人でも上手くいく人がいれば、その人の作業を観察することで乾燥タイミングの感覚を掴めます。
現代では塩釉作品への応用も見られ、三島手の技法を独自にアレンジして刻印を施した作品に塩薬を投入することで、焼き上がりに美しい印花紋が浮かび上がる技法も開発されています。釉膜が刻印の凹凸部分を覆い、釉調のコントラストと心地よい手触りを生み出します。
丸田窯の独自三島手技法の解説
塩釉作品への三島手アレンジという現代的なアプローチが紹介されています。