窖窯は地中の湿気で温度が上がらず廃れた形式です。
窖窯(あながま)は、丘陵の急斜面をトンネル状にくり抜いて作られた焼き物の窯です。斜面の傾斜を利用することで、燃焼ガスの対流を自然に発生させ、窯内を高温に保つ工夫がされています。
窯体の構造には2つのタイプがあります。完全にトンネル状に掘り込んだ「地下式」と、地上から窯体を掘り込んで後から天井を架ける「半地下式」です。
どちらも同じ原理で機能します。
参考)https://www.digital-museum.hiroshima-u.ac.jp/~maizou/jiten/anagamab.html
窖窯は、燃料を燃やす燃焼室、焼き物を並べる焼成室、煙道、焚口、作業を行う前庭部などが一連の構造として造られています。これらの部分が連続することで、効率的な焼成が可能になるわけですね。
内部温度は800℃~1000℃に達し、空気の流入を調節することで酸化焼成(赤く焼きあがる)や還元焼成(灰色に焼きあがる)の状態を作り出すことができます。
焼成時間は1日から数週間まで様々です。
通常1つの長い燃焼室からなり、一方の面に小さな色見穴を開け、一端が火室、もう一端が煙道になっています。
シンプルな構造が特徴です。
日本で初めて窯が登場したのは古墳時代、約1600年前のことです。須恵器を焼くための窖窯が朝鮮半島から伝えられたのが始まりでした。
これは当時の最先端技術です。
参考)穴窯(窖窯)
それまでの土器は手びねり(ロクロを使わない)で成形した土を野焼きしていました。しかし須恵器は「ロクロ」を使って成形したものを窯で焼く画期的なやきものだったのです。
生産効率が大きく向上しました。
窖窯は須恵器生産を中心として、古墳時代から古代にかけて広く用いられました。その後、埴輪や瓦などを焼く窯としても普及していきます。
日本六古窯のひとつである備前焼では、中世より窖窯によって壺、甕、擂鉢、硯などの焼き物づくりが始められました。
近世では茶器も多く作られています。
室町時代末期(15世紀末)に朝鮮から登り窯が入ってくるまで、窖窯が日本の陶器生産の主流形式でした。約1000年以上にわたって使われ続けたことになります。
窖窯と登り窯は、どちらも斜面を利用する点では共通していますが、構造に大きな違いがあります。窖窯は単室構造なのに対し、登り窯(連房式登窯)は炉内を各間に仕切った多室構造です。
登り窯は各製品を焼成時に一定の高温に保てるよう工夫されており、陶磁器等を大量に焼成できます。
生産性が高いのが特徴です。
窖窯には「平窯」と傾斜した形式があり、床面が水平なものを平窯、傾斜しているものを登窯と呼び分けることもあります。ただし一般的に「登り窯」といえば連房式を指します。
中国では斜面を利用して陶磁器を焼成した単室の窯を「龍窯(ドラゴン窯)」と呼びます。
これは窖窯に近い形式です。
地域によって呼び方が異なるということですね。
窖窯は地中の穴を窯にする方式でしたが、焼成中に地中の水分を吸収して窯の温度上昇が阻まれるため廃れ、窯は地上に作られるようになりました。
これが登り窯への移行の大きな理由です。
窖窯での焼成は、超個性的な焼き上がりになることで知られています。窯の構造上、炎の当たり方や温度分布が不均一になりやすく、作品ごとに異なる表情が生まれるためです。
この不均一さは欠点ではなく、現代の陶芸家にとっては魅力となっています。同じ作品でも焼成のたびに違う景色が現れるのです。
予測できない美しさが生まれます。
取扱いの難しさも窖窯の特徴です。温度管理や空気の流入調節には高度な技術と経験が必要で、窯焚き動作は経験的な感性で判断されます。
文字だけで伝えるには限界があるのです。
参考)作陶について
陶産地では昔から「一窯、二土、三細工」または「一土、二窯、三細工」という戒めの言葉が残されています。焼成こそがもっとも重要な工程だという教えです。ロクロの上達や陶磁器への深い理解を得るには、窯を通して、焼成を通して考える必要があります。
参考)ふくおか陶芸窯  【  窯のことを知る …
窖窯での焼成では、炎の流れを読み、薪の投入量やタイミングを調整しながら、数日から数週間かけて作品を完成させます。
この長い時間が作品に深みを与えるのです。
窖窯で最初に焼かれたのは須恵器です。古墳時代に朝鮮半島から伝わった技術により、日本で初めて高温焼成された陶器として登場しました。
灰色の硬質な焼き上がりが特徴です。
埴輪や瓦も窖窯で焼かれる代表的な製品でした。古墳時代から古代にかけて、これらの大型製品を安定して焼成できる窖窯は重要な役割を果たしました。
備前焼は中世より窖窯によって壺、甕、擂鉢、硯などが作られ、近世では茶器も多く焼かれました。釉薬を使用せず焼締めのみで製造されるため、土の質感と炎の跡が直接表れます。江戸時代前期以前のものは「古備前」と呼ばれ珍重されています。
愛知の猿投窯では須恵器に始まり、中世に大発展した窯業の基礎が窖窯によって築かれました。ろくろを用いて成形し、丘陵の斜面に築いた窖窯で焼成する技術が確立されたのです。
参考)猿投窯の須恵器に始まって中世に大発展した愛知の窯業 (2ペー…
現代でも、窖窯の独特な焼成効果を求める陶芸家が伝統的な手法で作品を作り続けています。焼締めの美しさを追求するなら窖窯が最適です。
日本のやきものの窯について詳しく知りたい方は、日本セラミックス協会の資料が参考になります
穴窯の構造と特徴についてより詳細な情報は、東路窯の解説ページで確認できます