絵織部は実は失敗作から生まれました。
絵織部は、桃山時代から江戸時代初期にかけて美濃地方で焼かれた織部焼の一種です。最大の特徴は、白い素地に鉄絵で文様を描き、その上から銅緑釉をかけて焼成する点にあります。
この技法により、深い緑色の釉薬と黒褐色の鉄絵が絶妙なコントラストを生み出します。緑釉の発色は銅が主成分で、焼成時の温度や雰囲気によって色味が微妙に変化するのが特徴です。
鉄絵の部分は釉薬の下に隠れることなく、むしろ緑釉と対比して際立って見えます。
これは絵付けの技法が優れているためですね。
一般的な絵織部の緑釉は、透明感のある深緑色から青みがかった緑色まで幅があります。これは窯の中の温度分布や酸素濃度の違いによるもので、まさに一点物の個性となっています。
絵織部の誕生は、茶の湯文化の隆盛と深く結びついています。慶長年間(1596年~1615年)、古田織部の指導のもと、美濃の陶工たちが新しい茶陶の創作に取り組みました。
当時の茶人たちは、完璧で端正な中国陶磁器とは異なる、わび・さびを感じさせる器を求めていました。その要望に応える形で、意図的に歪ませた形や大胆な絵付けを施した織部焼が生まれたのです。
古田織部が直接デザインを指示したという記録は残っていませんが、彼の美意識が強く反映されていることは間違いありません。
つまり織部好みの器ということですね。
絵織部は、当初は茶碗や向付、皿などの茶道具として制作されました。しかし次第に日常使いの器にも展開され、17世紀前半には最盛期を迎えます。生産量は年間数千点に達したと推定されています。
その後、元和年間(1615年~1624年)以降は徐々に生産が減少し、寛永年間(1624年~1644年)にはほぼ終焉を迎えました。わずか30年ほどの短い期間に、日本陶芸史に大きな足跡を残したことになります。
絵織部の文様には、いくつかの定番パターンがあります。最も多く見られるのは草花文で、菊、梅、葦、松などが自由闊達な筆致で描かれています。
幾何学文様も人気が高く、格子、斜格子、市松などが器面を大胆に区切ります。これらは単なる装飾ではなく、器の形状を視覚的に引き締める効果も持っています。
動物や人物を描いた作品も存在しますが、数は少なめです。鳥や魚、時には茶摘みの様子などが描かれた希少な作品は、コレクターの間で高値で取引されることがあります。
絵付けの筆致は、素早く勢いのあるものが多いのが特徴です。これは下絵なしで一気に描き上げる技法によるもので、失敗が許されない緊張感が作品に生命力を与えています。
文様の配置も独特で、器全体に均等に描くのではなく、意図的に空白を残すことでバランスを取ります。
この余白の美が絵織部の魅力です。
現代の作家が絵織部に挑戦する際も、この余白の取り方が最も難しいとされています。空間の使い方一つで、作品の印象が大きく変わるためです。
織部焼には絵織部以外にもいくつかの種類があり、混同されることがあります。正確に見分けるポイントを押さえておくことが重要です。
まず青織部との違いですが、青織部は全面に銅緑釉がかけられ、鉄絵がない点が特徴です。一方、絵織部は必ず鉄絵による文様が描かれています。
これが基本です。
織部黒は黒釉が主体で、緑釉は口縁部など一部にしか使われません。形も茶碗が中心で、絵織部のような多様な器種は少ないですね。
志野織部は、志野釉と織部釉を併用した器です。白い志野の部分と緑の織部釉が同じ器に共存し、絵織部とは明確に異なる外観を持っています。
見分けるポイントとして、裏側の高台周辺を確認するのも有効です。絵織部は高台内まで丁寧に仕上げられているものが多く、これは茶道具としての格を示しています。
釉薬の厚みも判断材料になります。絵織部の緑釉は比較的薄くかけられ、下の鉄絵がはっきり見える程度です。厚すぎる釉薬は後世の模倣品の可能性があります。
実物を手に取って重さを確認するのも重要です。古い絵織部は土の密度が現代の器より低く、見た目より軽く感じることが多いのが特徴です。
絵織部の価格は、時代、状態、作者によって大きく異なります。桃山時代の本歌とされる作品は、数百万円から数千万円という高額で取引されることも珍しくありません。
江戸時代初期の作品でも、状態が良好で銘が入っているものは100万円を超えることが一般的です。ただし無銘でサイズが小さめの向付などは、20万円から50万円程度で入手できる場合もあります。
現代作家による絵織部写しは、作家の知名度にもよりますが、5万円から30万円程度が相場です。人間国宝クラスの作家作品は別格の価格になります。
購入を検討する際は、まず自分の予算と目的を明確にすることが大切です。投資目的なのか、実際に使うのか、鑑賞用なのかで選び方が変わってきます。
信頼できる購入先を選ぶのが最優先です。老舗の古美術商、実績のある画廊、または美術館併設のミュージアムショップなどが安心できる選択肢となります。
ネットオークションでも絵織部は出品されますが、真贋の判断が難しいため初心者にはおすすめできません。どうしても利用する場合は、返品保証がある出品者を選びましょう。
購入前には必ず実物を確認することが原則です。写真だけでは釉薬の発色や鉄絵の筆致、貫入の状態などを正確に把握できません。
陶芸市や骨董市で掘り出し物を見つけるチャンスもありますが、目利きの力が必要です。経験を積むまでは、専門家に同行してもらうのが賢明な選択ですね。
絵織部を長く楽しむためには、適切な保管とメンテナンスが欠かせません。古陶磁器は繊細なので、取り扱いには十分な注意が必要です。
保管場所は、直射日光を避け、湿度が一定に保たれる環境が理想的です。湿度は50%から60%程度が適切で、これより高いとカビの原因になり、低すぎるとひび割れのリスクが高まります。
桐箱に入れて保管するのが伝統的な方法です。桐は調湿作用があり、また防虫効果も期待できます。ただし箱の中に湿気がこもらないよう、定期的に開けて空気を入れ替えることが大切です。
使用後の洗浄は、ぬるま湯と柔らかいスポンジで優しく行います。洗剤を使う場合は中性洗剤を少量にとどめ、よくすすぐことが重要です。
食洗機や電子レンジの使用は絶対に避けてください。急激な温度変化は貫入を広げたり、最悪の場合は破損につながります。
これは必須の注意事項です。
使用前に水に浸す「目止め」を行うと、汚れが染み込みにくくなります。数時間から一晩、水に浸けておくだけの簡単な処理ですが、効果は大きいですね。
シミが付いてしまった場合は、専門の修復業者に相談するのが安全です。素人判断で漂白剤などを使うと、取り返しのつかないダメージを与える可能性があります。
展示する際は、安定した台座を使い、地震対策として滑り止めシートや耐震ジェルを活用します。貴重な器を守るための対策は怠らないようにしましょう。