赤鉄鉱の化学式はFe₂O₃で、酸化鉄(III)として分類されます。この鉱物は三方晶系に属し、鉄の酸化数は+3です。赤鉄鉱は鉄鉱石の主要成分として世界中で広く産出されており、特にオーストラリアやブラジル、カナダのスペリオル湖周辺で良質なものが採取されます。
参考)赤鉄鉱と磁鉄鉱の違いは?入試に出る酸化鉄をまとめてみた
一方、磁鉄鉱の化学式はFe₃O₄(四酸化三鉄)で表されます。この鉱物は等軸晶系に属し、スピネル構造という複雑な結晶構造を持っています。磁鉄鉱の正体は実際にはFeO+Fe₂O₃と考えることができ、Fe²⁺とFe³⁺の両方のイオンを含んでいます。
磁鉄鉱は赤鉄鉱よりもやや還元が進んだ状態と言えます。鉄の酸化数を計算すると、磁鉄鉱では3x=8となり、x=8/3(約2.67)という分数の値になりますが、これはFe²⁺とFe³⁺が混在しているためです。
赤鉄鉱Fe₂O₃に含まれる鉄はすべてFe³⁺(3価の鉄イオン)です。この鉱物は酸化第二鉄、ヘマタイトとも呼ばれ、かなり酸化が進んだ状態の鉄鉱石です。赤鉄鉱は砕いた状態では赤みを帯びており、磁石にはほとんど引き寄せられません。
参考)鉄鉱石 - Wikipedia
赤鉄鉱の結晶は金属光沢のある黒色をしていますが、粉末にすると赤茶色に変化します。この赤色の粉末は「弁柄(ベンガラ)」として古くから日本で顔料に利用されてきました。赤鉄鉱の条痕色(鉱物を陶器に擦りつけたときの色)は赤色で、これが名前の由来にもなっています。
参考)酸化鉄のナノ粒子化の方法や機能性をわかりやすく紹介
製鉄原料として見た場合、赤鉄鉱は磁鉄鉱より少し隙間の多いランダム構造をとるため、還元反応では赤鉄鉱の方がより酸素を取り除きやすいという特徴があります。
参考)302 Found
磁鉄鉱Fe₃O₄は、酸化鉄(II,III)または四酸化三鉄と呼ばれます。この化学式は、FeO(酸化第一鉄)とFe₂O₃(酸化第二鉄)を合わせたものと理解できます。つまり、磁鉄鉱には鉄の2価イオンFe²⁺と3価イオンFe³⁺の両方が含まれています。
磁鉄鉱の結晶構造はスピネル型(逆スピネル構造)と呼ばれる複雑な構造です。スピネル構造では、鉄原子が酸素によって四面体型と八面体型の2種類の配位を受けており、鉄と酸素の原子が最も密に配列しています。この緻密な構造により、磁鉄鉱は高い密度と特有の磁性を示します。
参考)マグネタイト(Fe3O4, 磁鉄鉱):最古の磁石の結晶構造と…
磁鉄鉱は黒色をしており、鉄の黒サビと同じ成分です。粉末にしても黒いままで、赤鉄鉱のように赤色にはなりません。磁鉄鉱の条痕色は黒色で、この点でも赤鉄鉱と明確に区別できます。
参考)https://www.city.kurashiki.okayama.jp/_res/projects/default_project/_page_/001/009/020/16.pdf
赤鉄鉱と磁鉄鉱の間には、磁赤鉄鉱(マグヘマイト)と呼ばれる特殊な鉱物も存在します。磁赤鉄鉱の化学組成はγ-Fe₂O₃で、赤鉄鉱と同じFe₂O₃の化学式を持ちますが、結晶構造が異なる同質異像の関係にあります。
参考)https://mineral.imagestyle.biz/sanka/sekitekou.html
磁赤鉄鉱は赤鉄鉱が三方晶系であるのに対して等軸晶系に属し、原子配列は磁鉄鉱に似ています。見かけは磁鉄鉱に似た黒っぽい色をしていますが、磁鉄鉱より強い磁力を持ち、古代から天然磁石として知られてきました。磁赤鉄鉱は磁鉄鉱の地表風化による産物として生成されることが多く、塊状磁鉄鉱中に含有される場合は特に「ロードストーン」(天然磁石)と呼ばれます。
参考)https://www.tdk.com/ja/tech-mag/ninja/067
鉄鉱石から鉄を取り出す製錬では、赤鉄鉱Fe₂O₃が段階的に還元されていきます。還元の過程は次のように進行します:Fe₂O₃→Fe₃O₄(一部FeO)→FeO→Feという順序で、徐々に酸化数が減少していきます。
参考)「鉄の製錬」完全解説(原料と生成物、製錬の過程(反応式)、石…
溶鉱炉の中では、約1300℃の熱風の中で以下の還元反応が起きます。一つは一酸化炭素による間接還元で、Fe₂O₃ + 3CO → 2Fe + 3CO₂という反応です。もう一つは炭素(コークス)による直接還元で、Fe₂O₃ + 3C → 2Fe + 3COという反応です。実際の溶鉱炉では60~70%が間接還元によって進行します。
参考)鉄の工業的製法(手順・反応式・銑鉄・スラグ・鋼など)
磁鉄鉱Fe₃O₄は、赤鉄鉱がやや還元された中間段階の産物として位置づけられます。したがって、磁鉄鉱を原料とする場合は、Fe₃O₄→FeO→Feという比較的短い還元過程を経て鉄が得られます。
赤鉄鉱と磁鉄鉱の最も大きな違いは磁性です。磁鉄鉱は強い磁性を持ち、磁石に強く引き寄せられますが、赤鉄鉱は磁石にほとんど反応しません。磁鉄鉱の名前は、この強い磁気的性質に由来しています。
参考)磁鉄鉱 - Wikipedia
色の違いも明確です。赤鉄鉱は砕くと赤みを帯び、粉末にすると赤茶色になりますが、磁鉄鉱は黒色で、粉末にしても黒いままです。両者の条痕色(鉱物を陶器に擦りつけたときの色)は、赤鉄鉱が赤色、磁鉄鉱が黒色と全く異なります。
密度についても違いがあります。磁鉄鉱の結晶構造は鉄と酸素の原子が最も密に配列したスピネル構造であり、高い密度を示します。一方、赤鉄鉱は磁鉄鉱より少し隙間の多いランダム構造をとっています。
硬度の面では、磁鉄鉱は比較的硬度が高く、研磨面を得るには時間がかかります。赤鉄鉱も硬い鉱物で、粉末は研磨剤として古くから利用されてきました。
参考)https://www2.city.kurashiki.okayama.jp/musnat/geology/mineral-rock-sirabekata/mineral44/epx-mineral/henkouhanshakenbikyou-koumoku/oreminerals/magnetite.htm
製鉄に適した鉄鉱石は、重量で60%以上のFeを含み、リン(P)は0.20%未満、シリカ(SiO₂)は3~7%、アルミニウム(Al)は5%未満、微量の硫黄(S)とチタン(Ti)で構成されることが理想的です。特定の微量元素が少量含まれているだけで、溶鉱炉内の鉄の性能に大きな影響を及ぼすことがあります。
参考)https://ims.evidentscientific.com/ja/applications/fe-ore-mineralization-heavy-light-element-analysis
鉄鉱石の各成分の含有率は、乾量基準(105℃で恒量となるまで乾燥した試料の質量を基準)によって求められます。現代の分析技術では、X線ディフラクトメーターやX線吸収分光法などを用いて、鉄鉱石中の鉄含有量や微量元素を正確に測定できます。
参考)X線ディフラクトメーターによる磁硫鉄鉱の化学組成-結晶構造-…
赤鉄鉱には、鏡鉄鉱のように比較的結晶粒径の大きいものや、磁鉄鉱の酸化生成物や褐鉄鉱から変化した微細結晶の集合からなる塊状鉱石、土状鉱石など様々な形態があります。天然の赤鉄鉱鉱石中には磁鉄鉱やマグヘマイトが含まれていることが多く、微粉砕と低磁場磁選で後者の大部分を除去できます。
参考)https://www.jstage.jst.go.jp/article/shigentosozai1953/98/1133/98_1133_575/_pdf/-char/ja
赤鉄鉱は地球上で非常にありふれた鉱物で、世界中に広く分布しています。特に上質な赤鉄鉱は、オーストラリア、ブラジル、イングランド、メキシコ、およびアメリカ合衆国とカナダのスペリオル湖周辺で大量に採取されます。
参考)【社会・地理】「鉄鉱石」についてマスターしよう|家庭教師Ca…
オーストラリアとブラジルは世界最大の鉄鉱石産出国として知られており、日本を含む多くの国々に鉄鉱石を輸出しています。これらの地域では、山を階段状に削っていく露天掘り方式で採掘が行われ、巨大なショベルカーやダンプトラックが使用されています。
日本国内では、岩手県北上市の和賀仙人鉱山が美しい赤鉄鉱の結晶を多く産出したことで有名です。赤鉄鉱は「楯状地」と呼ばれる古い地質構造の地域に多く分布しており、これらの地域では地球の奥深くからマグマや水に溶けた鉄が移動し、冷えたり酸化されたりして岩石として固まることで形成されます。
参考)赤鉄鉱 - Wikipedia
磁鉄鉱は赤鉄鉱と並んで重要な鉄鉱石の一つです。磁鉄鉱の粒状鉱物は砂鉄として知られており、日本では古くから製鉄原料として利用されてきました。海岸や砂場に磁石を持っていくと、黒い砂鉄(磁鉄鉱の粒子)が引きつけられる様子が観察できます。
参考)https://museum.bunmori.tokushima.jp/bb/chigaku/minerals/26.html
磁鉄鉱は火成岩の微量成分や温泉沈殿物、海底堆積物中にも存在します。マグマから生成される岩漿性磁鉄鉱は、地殻中に広く分布しており、地球表面の生態系を通じて循環する鉄の主要な供給源となっています。
参考)磁赤鉄鉱(じせきてっこう)とは? 意味や使い方 - コトバン…
天然の磁鉄鉱には様々な微量元素が含まれており、その組成によって触媒性能や磁気特性が異なることが研究で明らかになっています。特にチタンを含む砂鉄(チタノマグネタイト)は、磁気特性が異なり、無線電力伝送などの用途への応用が研究されています。
参考)https://pmc.ncbi.nlm.nih.gov/articles/PMC4426601/
赤鉄鉱と磁鉄鉱は、どちらも製鉄の主要な原料として利用されています。現代の高炉メーカーでは、主に赤鉄鉱が使用されています。その理由は、赤鉄鉱が磁鉄鉱などに比べて還元しやすい性質を持つためです。
参考)https://www.nipponsteel.com/company/publications/quarterly-nssmc/pdf/2017_18_10_13.pdf
赤鉄鉱は磁鉄鉱より隙間の多いランダム構造をとるため、酸化鉄を鉄にする還元反応では赤鉄鉱の方がより酸素を取り除きやすくなっています。溶鉱炉内では、赤鉄鉱Fe₂O₃が一酸化炭素や炭素によって段階的に還元され、最終的に鉄が得られます。
一方、磁鉄鉱Fe₃O₄は、赤鉄鉱がやや還元された状態の鉱物であるため、製錬過程での還元ステップが少なくなります。褐鉄鉱(Fe₂O₃・nH₂O)も鉄鉱石として利用されますが、水分を含むため処理に工夫が必要です。
磁鉄鉱Fe₃O₄は、その強い磁性を活かして様々な磁性材料に利用されています。代表的な用途として、フェライト磁石の原料があります。フェライト磁石は、酸化鉄を主原料とし、バリウムやストロンチウムを加えて焼き固めたもので、強い磁力を持ちます。
磁鉄鉱を含む酸化鉄は、磁気テープや磁気ディスクなどの磁気記録媒体にも使用されてきました。磁赤鉄鉱(マグヘマイト)は、高いネール温度(約950K)を持つフェリ磁性を示し、その低コストと化学的安定性により、1940年代から電子記録媒体の磁性顔料として広く利用されています。
参考)磁赤鉄鉱 (Maghemite) - Rock Identi…
酸化鉄ナノ粒子は「超常磁性」と呼ばれる特性を持ち、医療分野でMRIの造影剤や薬物伝達システム(ドラッグデリバリーシステム)のキャリアとして活用されています。また、交流磁界で発熱する特性を活かして、温熱治療法としてがん治療への利用も期待されています。
赤鉄鉱Fe₂O₃は、粉末にすると赤茶色になることから、古くから「弁柄(ベンガラ)」という顔料として利用されてきました。この酸化鉄(III)を原料とした朱色の顔料は、日本の伝統的な建築物や工芸品に広く使われています。化学的に安定していることから、釉薬や化粧品、食品の色素としても利用されています。
酸化鉄の粒子は細かく、研磨剤として古くから利用されており、砥石や金属・ガラスの研磨に使用されます。赤茶色の砥石には酸化鉄(III)が使われています。
工業材料としては、酸化鉄はフェライト用原料、ブレーキ用材料、トランス、コイル、電波吸収体、電子写真用キャリアなど多岐にわたる用途があります。特に電波吸収シートやソフトフェライト粉、電子写真用キャリアのコア材などに、粒径0.1~50μmの酸化鉄粒子が使用されています。
酸化鉄ナノ粒子は、リチウムイオン電池のアノード材料や、電子ノイズから回路を保護するEMI(電磁波妨害)材料としても活躍しており、エレクトロニクス分野での利用が拡大しています。触媒としても酸化鉄は重要で、天然の磁鉄鉱は過酸化水素を分解してヒドロキシルラジカルを生成し、有機汚染物質を分解する触媒性能を持つことが報告されています。