分光法は、物質に光を照射して透過光や反射光、発光を測定することで、その物質の性質を調べる分析手法です。光源から発した光を分光器で単色光に分け、試料との相互作用を検出器で捉えることで、物質固有のスペクトルパターンを得ることができます。分光法には測定する物理量や使用する電磁波の波長によって多様な種類が存在し、それぞれ異なる情報を提供します。
参考)https://www.tech-try.com/bunkou/words/index.html
分光測定装置は主に光源・分光器・検出器の3つの要素で構成されており、光源には重水素放電管やキセノンランプ、レーザー光源などが用いられます。分光器はプリズムや回折格子を使って光を波長ごとに分離し、検出器には半導体検出器や光電子増倍管が利用されます。
参考)分光法 - Wikipedia
鉱物分析においては、電子状態は可視・紫外光で、振動状態は赤外光で、回転状態はマイクロ波で観測することができ、それぞれの波長域で異なる情報が得られます。分光法の最大の利点は非破壊・非接触で測定できる点にあり、微小な試料や希少な鉱物標本の分析に適しています。
参考)https://www.jstage.jst.go.jp/article/jssep/47/0/47_575/_pdf/-char/ja
吸収分光法は最も広く行われている分光法の一つで、試料に光を照射して透過光の強度を測定し、吸収の程度を光子のエネルギーの関数として表します。まず試料を通さない光源のスペクトルを測定して対照用のスペクトルを取得し、次に試料を配置して再度測定することで、2つのスペクトルの差から試料の吸収スペクトルを得ます。
参考)吸光分光法 - Wikipedia
紫外可視吸収分光法は190~2500nmの波長範囲で測定を行い、溶液の濃度測定や物質の特徴把握に広く利用されています。この手法は分子の電子状態の変化を観測でき、定量分析では一般に103倍以上高感度な分析が可能です。鉱物分析では、宝石の分光観察により吸収された波長から見た目では同じでも種類の異なる宝石を見分けることができます。
参考)分光蛍光光度計の原理と応用
赤外吸収分光法は2500~25000nm(2.5μm~25μm)の赤外領域を測定し、分子の振動状態に関する情報を提供します。フーリエ変換赤外分光光度計(FT-IR)は高い分解能で広く普及しており、鉱物の組成や結晶構造、含水状態の分析に有効です。顕微赤外分光法では鉱物薄片上の微小部分の水を分析でき、方解石に含まれるマグネシウム量の定量から岩石の形成温度を推定することも可能です。
参考)ラマン分光の原理 - HORIBA
X線吸収分光法は短波長のX線を用いることで、物質の内部構造や特定の元素の状態を調べることができます。この手法は医薬品開発、材料科学、環境科学、天文学など様々な分野で活躍しています。
発光分光法は、光照射、電気、化学反応などの方法で試料から光を放出させ、その光の強さを光子のエネルギーの関数として表す手法です。分子を扱う場合には蛍光と燐光に区別され、励起スペクトルと蛍光スペクトルの両方を測定することで物質の詳細な情報が得られます。
蛍光分光法では、基底状態の分子が励起光を吸収して励起状態へ遷移し、振動準位の低い位置に無ふく射遷移した後に基底状態に戻る際に発せられる光を測定します。この手法は吸光光度法に比べて一般に103倍以上高感度で、励起波長を固定して蛍光波長を走査することで蛍光スペクトルを取得します。
参考)紫外可視分光光度計の原理と応用
生化学分野では測定対象物と特異的に結合する蛍光プローブを用いた定量分析が行われており、カルシウムイオンはFura-2などの蛍光プローブで測定できます。食品分野では、試料に含まれる有機物が発する蛍光パターンから得られる膨大なデータを多変量解析し、試料の種別や産地の判別、混合割合の算出、危害物質の検知などに応用されています。
ICP発光分光分析法は、アルゴンプラズマの高温(5000~7000K)を利用して元素を効率よく励起し、多元素同時分析や逐次分析が可能です。原子吸光分光法と比較して検量線の直線範囲が広く、化学干渉やイオン化干渉が少なく高マトリックス試料の分析が可能で、大半の元素に対して検出下限は10ppb以下と高感度です。鉱石の品位確認や岩石名の決定に用いられ、主要元素や微量元素の定量分析に広く利用されています。
参考)https://geohiruzen.co.jp/?p=213
ラマン分光法は、物質に光を照射した際に入射光と異なる波長で散乱されるラマン散乱光を用いて物質の評価を行う分光法です。ラマン散乱光は分子の様々な情報を含んでおり、入射光より波長が長いストークス散乱光と入射光より波長が短いアンチストークス散乱光に分けられます。一般的には強度の大きいストークス散乱光を解析に用いて、回折格子で分光することでラマンスペクトルを得ます。
鉱物分析において、ラマン分光法は非破壊的で鉱物の構成要素を特定できる強力な手段です。色味が似ているが母体結晶の異なる鉱物同士を比較すると、ラマン散乱信号に明確な違いが現れます。ラマンスペクトルの解析により、ピーク位置から物質の同定ができ、半値幅から結晶性・非結晶性の評価と結晶化の程度分析が可能です。
顕微ラマン分光法は空間分解能が高いため、従来のいかなる分析方法でも不可能であった鉱物結晶内部の包有物の測定が可能となります。一見しただけでは判別が困難な包有鉱物も、ラマン分光により鉱物の着色には左右されず化学組成や結晶構造の鑑定が可能です。2007年に日本で初めて発見されたダイヤモンドの同定もこの顕微ラマン分光法で行われました。
参考)宝石鑑別に応用される分析技術とその発展 ③顕微ラマン分光法
ラマン分光の課題として、ラマンスペクトルが弱い点や蛍光バックグラウンドが強くラマンバンドが隠れてしまう点がありますが、高効率な光学設計と超高感度検出器の採用、マルチレーザーシステムによる励起波長の切り替えで対応できます。可視光から近赤外線レーザー(785nmなど)に切り替えることで蛍光を抑え、はっきりしたラマンスペクトルが生成しやすくなります。
参考)ラマン分光の限界の克服
蛍光X線分析(XRF分析)は、試料全体を平均した時の元素の含有量を知ることができる分析手法です。岩石10g~100g程度を粉砕・粉末化した後、加熱して溶かすことで分析用検体(ガラスビード)を作製し、この検体を分析装置にかけて各元素毎に検出される特性X線の強度から元素の含有量を決定します。
この手法は岩石名を正確に決める際の情報として用いられるほか、鉱石の品位を確認する際にも利用されます。通常測定される主要元素はSiO2、TiO2、Al2O3、Fe2O3、MnO、MgO、CaO、Na2O、K2O、P2O5で、微量元素はBa、Ce、Cr、Ga、Nb、Ni、Pb、Rb、Sr、Th、V、Y、Zrなどです。
宝石の鑑別においても、ハンドヘルド蛍光X線分析計は数秒で本物と偽物を識別できます。例えば、本物のダイヤモンドは純粋な炭素であるためXRF検査結果には何も表示されませんが、キュービックジルコニア(ZrO2の結晶形)ではジルコニウムが検出されるため、明確に区別できます。真珠やターコイズなどの模造宝石も、迅速なXRF検査により本物と偽物の違いが明らかになります。
参考)https://ims.evidentscientific.com/ja/insights/shining-like-a-diamond-or-rhinestone-identifying-precious-gems-with-xrf-analyzers
XRF分析は解析範囲内の元素を使用して分析を行うため、ジルコニウム、銅、カルシウム、アルミニウムなどの元素が含まれる試料の評価に適しています。ただし、炭素のような軽元素は測定範囲外となるため、直接検出することはできません。
分光法の選択には、分析目的、試料の状態、求められる情報の種類を考慮する必要があります。試料の色を分析する場合は360nm~740nmの可視スペクトルをカバーする分光器が必要で、試料のスペクトルに鋭いピークがある場合は十分な分解能の分光器を選択します。
参考)分光器の正しい選び方 - 購入ガイド DirectIndus…
分光分析には主にスペクトル分析と質量分析の2種類があり、スペクトル分析では物質が放射または吸収する光のスペクトル(UV-Vis、IR、X線など)を調べます。気体・固体・液体を問わず分析できる点が利点ですが、分光器によっては測定できない物質もあるため注意が必要です。
参考)分光器とは? 原理や活用事例、選び方をわかりやすく解説 - …
最新の応用例として、超高速赤外分光法が開発されており、1000点のスペクトル点数をもつ赤外分光スペクトルを毎秒1000万回測定可能です。波長変換技術を活用することで、従来の高速赤外分光法に比べてスペクトル点数を30倍以上向上させ、スペクトル分解能も400倍程度向上しました。この技術は高速現象の追跡や多数の分子振動スペクトルの短時間解析など、幅広い分野での応用が期待されています。
参考)光の波長変換を活用した超高速赤外分光法を開発 - 東京大学 …
また、ツインビーム光源による新たな非線形ラマン分光法も開発されており、ナノ秒パルスで生成した高輝度ツインビーム光源のみを用いてスペクトルフォーカシング非線形ラマン分光が実現されています。この技術により装置の大幅な小型化・低コスト化が可能となり、簡便な操作で広い帯域の分光測定ができるようになりました。
参考)https://www.jst.go.jp/pr/announce/20250607/pdf/20250607.pdf
熱赤外ハイパースペクトル技術は、鉱物の相含有量をリアルタイムで推定する手段として注目されており、従来の化学的検出方法と比べて時間を要さず鉱物相の含有量を検出できます。この技術は鉱物処理プロセスの中間生成物や最終生成物の迅速な検出に有効で、実用化が進んでいます。
参考)https://pmc.ncbi.nlm.nih.gov/articles/PMC10096478/
紫外・可視分光光度計の基礎知識と応用例(日立ハイテク)
分光光度計の基本原理から測定方法、定量分析の実践的な手順について詳しく解説されています。
分光蛍光光度計の原理と応用(日本分析機器工業会)
蛍光分光法の測定原理、装置構成、生化学分野や食品分野での最新応用事例が紹介されています。
ラマン分光法を用いた鉱物の本質理解(J-STAGE)
顕微ラマン分光法による鉱物分析の実際と、結晶構造の鑑定における有効性について研究事例が掲載されています。