ナノ粒子は粒径が100ナノメートル(nm)以下の極めて微小な粒子で、その小ささゆえに従来の粗大粒子とは異なる危険性を持ちます。粒子径が小さくなることで質量に対する表面積が大きくなり、他の物質と触れる面積が広がるため反応性が著しく高まります。
参考)ナノ粒子が与える生体への影響とは - ナノ粒子ワールド
チタニア粒子(酸化チタンのナノ粒子)などが生体に入ると、免疫機能が反応して炎症が起きることが確認されています。特に注目すべきは、粒子径が小さくなればなるほど、より少ない量で炎症反応が起こり、炎症が発生する部位も拡大するという研究結果です。わずかな量であっても生体に影響を及ぼす可能性があり、粒径が小さいことで体の内部へと侵入しやすくなるため、重大な健康問題に発展する危険性が示唆されています。
バルク粒子(通常サイズの粒子)では生体への影響があまりなかった物質でも、ナノ粒子化すると生体への影響が強くなる場合があることが明らかになってきました。この現象は、ナノ粒子特有の表面特性と反応性の高さに起因しています。
参考)https://pmc.ncbi.nlm.nih.gov/articles/PMC4452829/
呼吸器はナノ粒子の主要な侵入経路であり、最も深刻な健康リスクにさらされる臓器系です。ナノ粒子は粒径が小さいため、気道の粘液層で捕捉されることなく肺の深部にまで到達します。肺胞における空気-血液バリアは0.1~0.2マイクロメートルという人体で最も透過性の高いバリアであり、十分に小さいナノ粒子はこのバリアを通過して血液中に侵入することが可能です。
参考)https://pmc.ncbi.nlm.nih.gov/articles/PMC6245551/
動物実験では、ナノ粒子が従来の粒子よりも強い肺の炎症や肺間質への移行を示すことが報告されています。吸入毒性が小さいと考えられていた二酸化チタンのような粒子でも、ナノサイズになると粒子の表面の用量に応じて肺の炎症、組織の損傷、繊維化を引き起こします。
参考)https://www.env.go.jp/content/900410679.pdf
ナノ粒子の曝露および健康影響評価における現状と課題(日本エアロゾル学会誌)
こちらの資料では、呼吸器を介したナノ粒子の取り込みメカニズムと気道での沈着部位について詳しく解説されています。
カーボンナノチューブについては特に懸念が高く、生物難分解性の繊維状粒子であり、マウスやラットにおいて強い肺の線維化が起きることが確認されています。マウスへの気管内注入実験では、肺気腫、マクロファージ湿潤、肺胞隔壁破壊、上皮細胞アポトーシスなどの深刻な影響が観察されました。
ナノ粒子は呼吸器だけでなく、皮膚や消化管からも吸収される危険性があります。サブミクロン粒子が人の皮膚の角質層を透過することが認められており、ナノ粒子の皮膚接触によって人の免疫系も影響を受ける可能性が示唆されています。
参考)https://www.nies.go.jp/kanko/kankyogi/46/46.pdf
非常に小さな二酸化チタン粒子(5~20nm)は皮膚に浸透し免疫系とも相互作用しうることが研究で示されています。0.5~1.0ミクロンの粒子が皮膚の動きを伴って角質層を通過し表皮にまで、時に真皮にまで達することも確認されました。皮膚に対する毒性には生細胞の消失を含む深刻な影響が含まれます。
参考)翻訳論文 ナノ粒子:健康リスクについて分かっていること分かっ…
さらに懸念されるのは、吸入したナノ粒子が脳に到達し神経毒性を引き起こす可能性です。長期的な超微粒子曝露と神経毒性効果の因果関係を示す事例データが存在し、吸入されたナノ粒子が神経変性を引き起こす可能性についての研究が進められています。ナノ粒子は門戸(侵入口)から細胞バリアを越えて移動する傾向があり、これが脳への到達を可能にしています。
参考)https://pmc.ncbi.nlm.nih.gov/articles/PMC3804071/
環境省:ナノ材料の有害性情報について(PDF)
環境省の資料では、皮膚、呼吸器系、中枢神経系に対するナノ粒子の具体的な毒性メカニズムが詳しく説明されています。
ナノ粒子は自然発生源と人為的発生源の両方から大気中に放出されています。自動車のアイドリング時や加速・減速時に多量のナノ粒子が発生しており、それによる生体への影響が危惧されています。日本では中国からの越境汚染に加え、ディーゼル車の排ガス中のナノ粒子も大気汚染の原因となっています。
参考)https://www.frontiersin.org/articles/10.3389/frsc.2021.690444/pdf
PM2.5(粒径2.5マイクロメートル以下の微小粒子)はその粒径の小ささゆえに肺の深部に容易に到達することから健康影響が明らかになっていますが、さらに微細な粒径0.05マイクロメートル以下のナノ粒子は一層深刻な影響をもたらす可能性があります。
参考)日本薬学会 環境・衛生部会ホームページ
国立環境研究所の研究では、アレルゲン投与によって引き起こされるアレルギー性気道炎症が、ナノ粒子との併用投与によって増悪されることが実験動物を用いた検討で明らかにされました。大気汚染関連の疾患として、呼吸器の有害症状、喘息発作、脳卒中、心筋梗塞の頻度とナノ粒子曝露との間に正の相関があることが疫学調査で報告されています。
参考)https://kokumin-kaigi.org/wp-content/uploads/2022/06/Newsletter088-13-15.pdf
ナノ粒子は大気中に長時間浮遊し、長距離を移動することができるため、発生源から離れた地域でも曝露リスクが存在します。室内外の環境において様々なナノ粒子が存在し、能動的・受動的喫煙、家庭内曝露、職業的曝露などを通じて呼吸器および心血管疾患の原因となっています。
代表的なナノ材料の中でも、酸化チタン、銀ナノ粒子、カーボンナノチューブは特に健康影響に関する議論が活発です。
酸化チタンは日焼け止め化粧品として広く使われており、建材などにも多く用いられています。吸入毒性が小さいと思われていた二酸化チタンでも、ナノサイズの粒子では肺の炎症、組織の損傷、繊維化を引き起こすことが確認されています。産業技術総合研究所のリスク評価プロジェクトでは、二酸化チタン(TiO2)のナノ粒子が代表的な評価対象物質の一つとされました。
参考)ナノ粒子の安全な取扱い、危険性評価に関する研究調査等
銀ナノ粒子は銀イオンの強い殺菌効果を利用して、デオドラントスプレーをはじめとする日常用品に多用されています。銀は貴金属ですが、ナノサイズになると粒子表面での反応性が増し、重金属としての影響が出るのではないかと危惧されています。労働安全衛生総合研究所では、銀ナノ粒子の有害性の有無および生体影響を類推するための基礎的検討が実施されました。
カーボンナノチューブは生物難分解性の繊維状粒子であり、最も深刻な健康リスクが懸念される材料の一つです。マウスやラットにおいて強い肺の線維化が起きることが報告されており、米国環境保護庁(EPA)は2008年にカーボンナノチューブを有害物質規制法の「新規」化学物質と指定し、メーカーに対して正式届出を義務づけました。
参考)日本と米国におけるナノリスク規制とその背景 href="https://www.shiminkagaku.org/_vol_45_no_32009_us_epa2008_1_nmspnanoscale_materials/" target="_blank">https://www.shiminkagaku.org/_vol_45_no_32009_us_epa2008_1_nmspnanoscale_materials/amp;#8211; …
ナノ粒子の安全な取扱い、危険性評価に関する研究調査等
産業技術総合研究所と労働安全衛生総合研究所による各種ナノ材料のリスク評価と安全対策に関する包括的な情報が掲載されています。
ナノ粒子の安全性については未だ研究・評価途中であり、法的な整備が完全には整っていない状況です。しかし予備的な科学的評価により、ナノ材料に関わる活動が人の健康に有害な影響を及ぼす可能性があるという合理的な懸念が存在するため、予防原則を適用する必要があります。
参考)https://pmc.ncbi.nlm.nih.gov/articles/PMC3018364/
作業環境における曝露防止対策として、以下の措置が推奨されています:
参考)https://www.nbci.jp/faq/handling_01.html
厳格な予防措置の導入が、ナノ粒子曝露による職業病の発現を予防するために残された唯一の手段とされています。ナノ粒子の物理化学的特性および毒性作用には不確実性があることから、予防的アプローチと予防原則に基づいて、曝露を抑制し曝露する可能性のある個人の健康を保護するために、あらゆる必要な対策を直ちに講じることが正当化されます。
参考)https://www.jniosh.johas.go.jp/publication/doc/houkoku/nano/files/irrst/IRSST_R599_ja.pdf
空中に再浮遊する可能性のある降下粉じんが機器や作業場に蓄積しないようにする必要があり、火災や爆発のリスクを排除するように設計された条件下で製造・取扱いすべきです。
経済産業省:ナノマテリアル製造事業者等における安全対策のあり方研究会(PDF)
経済産業省の研究会では、現時点での科学的知見を基にしたナノマテリアルの留意点整理と、事業者による自主的な安全性調査やサプライチェーンにおける情報共有を含めた広範な安全対策が検討されています。
ナノ粒子は危険性が指摘される一方で、医薬品への応用開発も進められており、ドラッグデリバリーシステム(DDS)に対する革新的な技術として大きな期待が寄せられています。治療効果の向上や副作用の低減、患者のQOL(生活の質)の大幅な向上が期待される分野です。
がん細胞が正常細胞よりも多くの葉酸を必要とすることに着目し、ナノメートル程度のポリマー(重合体)に抗がん剤および葉酸を付着・封入させることで、正常細胞への影響を最小限に抑えつつがん細胞へ直接抗がん剤を導入するシステムの研究が進んでいます。また、喘息治療薬にナノ粒子を応用することで、肺の深部に薬剤を到達させる技術も開発されています。
しかし、ナノテクノロジーの発達により生活の利便性が向上する一方で、その安全性にも留意しなければなりません。現時点ではナノ粒子の毒性に関する研究結果が不足しているため、安全性を評価する統一的な見解が得られていません。産・官・学が一体となってナノ粒子の安全性評価システムを構築することが強く望まれています。
国内では、労働安全衛生法の粉じん障害防止規則やじん肺法といった既存の粉体規制は存在しますが、ナノ材料としての特別な規制はまだ存在しません。一方、米国では2008年にカーボンナノチューブを有害物質規制法の「新規」化学物質と指定し、2009年にはナノ粒子類に「重要新規使用規則」を適用して、商業目的で製造・輸入・加工する場合には少なくとも90日前にEPAへの届出を義務づける規制を施行しました。
厚生労働科学研究:ナノマテリアルの遺伝毒性及び発がん性に関する研究
商業用品等に用いられている種々のナノマテリアルの遺伝毒性や発がん性についての詳細な研究結果が報告されています。