酸化クロム(III)の化学式はCr2O3で表され、分子量は151.99の暗緑色無機化合物です。この化合物は六方最密充填構造をとった酸化物イオンがつくる八面体形の間隙のうち2/3をクロムイオンが占めるコランダム構造を持っています。化学式におけるクロムの酸化数は+3であり、クロムの酸化物の中で最も安定した形態として知られています。
参考)https://www.you-iggy.com/ja/chemical-substances/chromium-iii-oxide/
この構造により、酸化クロムは酸や塩基に対して非常に安定で、通常の条件では容易に反応しません。天然には稀な鉱物エスコライトとして産出しますが、工業的にはクロム鉄鉱から製造されることが一般的です。硝酸クロムなどのクロム塩の分解や二クロム酸アンモニウムの加熱分解でも生成可能です。
参考)酸化クロム(III) - Wikipedia
酸化クロムは融点が2300℃と極めて高く、モース硬度は8~8.5という優れた硬度を持つ硬く脆い物質です。この特性からコランダムに類似した性質を示し、耐熱性と耐久性が要求される用途に最適です。ネール温度が307Kの反強磁性であり、加熱すると茶色に変化しますが冷却すると暗緑色に戻るという可逆的な色変化を示します。
参考)https://www.env.go.jp/chemi/report/h22-01/pdf/chpt1/1-2-2-02.pdf
水には溶けにくい性質を持ち、水溶解度は10mg/L未満です。酸やアルカリに対しても不溶ですが、溶融アルカリには溶けて亜クロム酸塩を生成します。吸湿性があり、外観は微粉状の緑色または深緑色を呈します。
参考)https://www.toishi.info/pro/seimaku/cr2o3.html
化学式Cr2O3におけるクロムの酸化数+3は、クロムが取りうる-2から+6までの複数の酸化状態の中で最も安定した状態です。この三価クロムは人間の健康に必須な元素である一方、六価クロム(Cr⁶⁺)は強い毒性と発がん性を持つため、酸化数の違いが極めて重要な意味を持ちます。
参考)クロム元素特性と用途
三価クロムは弱毒性で発がん性もなく比較的安全とされていますが、pHの低い環境下では酸化して六価クロムに変化する可能性があります。クロムは自然界では主としてクロム鉄鉱(FeO・Cr2O3)として産出され、天然中に存在するクロムの原子価はほぼ三価のものに限られ、六価のものは人為起源です。
参考)https://electronics.zacros.co.jp/column/cat/fastening-film/161
酸化クロムは主にクロム鉄鉱(クロマイト、FeCr2O4)を原料として製造されます。一般的な製造プロセスでは、クロム鉱石を粉砕した後、ソーダ灰、石灰、希釈剤を混合し、酸化性雰囲気のキルン中で1000~1200℃でばい焼します。この過程でクロム酸ナトリウム(Na2Cr2O7)を経由し、高温で硫黄により還元することで酸化クロム(III)が製造できます。
参考)酸化クロム
別の製法としては、硝酸クロムなどのクロム塩の分解や二クロム酸アンモニウムの加熱分解によっても生成可能です。アルミニウム還元法では、酸化クロム、アルミニウム、石灰を電気炉に装入し、アルミニウムによって酸化クロムを還元する方法も用いられています。製造された酸化クロムは、研磨剤、顔料、耐火物の原料として幅広く使用されます。
参考)(クロム製品amp;label=1amp;name=研磨用酸…
酸化クロム(III)の化学式Cr2O3は三価クロムの酸化物であり、六価クロム化合物とは化学的性質や毒性が大きく異なります。三価クロム(Cr³⁺)は緑色の固体で弱毒性、発がん性なしという特徴を持ち、主に皮革のなめし、染色、緑色顔料として使用されます。一方、六価クロム(Cr⁶⁺)は黄緑色の固体で強い毒性と発がん性があり、国際がん研究機関(IARC)はグループ1に分類しています。
参考)https://jp.meviy.misumi-ec.com/info/ja/howto/49482/
酸化クロム(III)はRoHS指令で規制されている六価クロムとは異なり、比較的安定した物質ですが、200℃以上の加熱や熱処理等の環境により、ごく一部の三価クロムが六価クロムに変わる可能性があるため注意が必要です。化学式ではCr6とCr3+という酸化状態の違いで表現され、主な用途も六価が表面処理・染色・腐食防止、三価が顔料・なめし・染色と区別されます。
酸化クロム(III)は三価クロムとして比較的安全な化合物とされていますが、取り扱いには十分な注意が必要です。三価クロムは人間の健康に不可欠な元素である一方、酸化状態が+6の六価クロムは毒性があり、特に工業環境では発がん性があるため厳重な管理が求められます。
酸化クロムは水に不溶で、酸やアルカリにも溶けない非常に安定な化合物です。しかし、200℃以上の高温環境や特定のpH条件下では、三価クロムの一部が六価クロムに酸化される可能性があります。そのため、陶磁器の焼成や研磨作業などの高温プロセスでは、適切な換気設備と保護具の使用が推奨されます。日本では労働安全衛生法で特定化学物質として管理されており、製品設計では有害性評価と法令順守が必要です。
酸化クロム(Cr2O3)は陶磁器の釉薬において緑色の発色剤として広く使用されており、黄緑色から濃緑色まで幅広い色調を実現できます。鉄や銅と異なり、クロムは釉にほとんど溶けず、釉中に浮遊した状態で存在するため、透明感のない独特の緑色を呈します。酸化クロムの含有量に応じて安定した発色が得られ、1%程度(外割り)を添加し還元焼成で若草色に、5%では濃い緑色になります。
参考)https://blog.goo.ne.jp/meisogama-ita/e/857953fc82d3628b2d2f9f1d33d0c51c
酸化錫を添加した「クロム赤釉」では、酸化クロムと酸化錫を混合して灼熱するとピンク色になり、酸化焼成で綺麗な濃い赤釉が得られます。添加量はクロムが0.3g、錫が6.0g程度(100g当たりの外割り)が適量です。イギリス人陶芸作家ルーシー・リーの作品に見られる技法として、下絵具のように酸化クロムの特性を活かし、いくつかの釉薬と組み合わせることで、ピンク、ブルー、グリーンなどの独特の色合いを作ることができます。
参考)クロム&銅を使った装飾技法
陶芸用途での酸化クロムの発色は、焼成条件と共存成分によって大きく変化します。還元焼成では緑色系統の発色が主体となり、酸化焼成では錫白釉と組み合わせることで赤やピンク色の発色が可能になります。ただし、マグネシウムが入っている釉では緑にならず、やや暗い茶色になるため、釉薬の成分構成に注意が必要です。
化粧土と釉薬の組み合わせによる発色バリエーションは多彩で、クロム化粧土や銅化粧土に錫白釉(ピンク釉)、ドロマイト釉、アルカリ釉、ホワイトマット釉を組み合わせることで異なる色調が得られます。CaO釉では透明感の無い綺麗な赤釉になり、BaO釉では鮮やかさが減少したやや「どぎつい」赤釉となる傾向があります。還元焼成では酸化錫でやや乳濁した綺麗な萌黄色が得られます。
酸化クロムは陶磁器の着色剤以外にも、その優れた物理的特性を活かした多様な工業用途があります。モース硬度8~8.5という高い硬度を活かし、金属研磨、ラッピング、ホーニングなどの研磨剤として広く使用されています。粉末は研磨やラッピング用途に、粒や練炭は研磨切断や研削作業に最適で、粗粒は金属除去に、より細かいグレードは仕上げ用途に使用されます。
参考)研磨材用酸化クロム: 研削産業に革命を起こす - 知識
融点2300℃と極めて高い耐熱性を持つため、主に耐火物の原料として利用されています。セメント、ゴム、屋根材、陶磁器などの耐熱性や耐久性が求められる用途での緑色顔料としても重要です。化学用途としては、水素化、水素化分解および他の多くの有機変換反応の触媒として、また他のクロム塩の合成にも使用されます。赤外域(0.6~1.2μm)に透過波長域を持ち、光学系では吸収膜、エレクトロクロミック用途等にも使われます。
参考)https://www.city.kawasaki.jp/300/cmsfiles/contents/0000013/13863/1-14_Trivalent_chromium.pdf
ブランド陶器における酸化クロムの使用は、特に20世紀のモダン陶芸において重要な役割を果たしました。イギリス人陶芸作家ルーシー・リーの作品に見られる技法が代表的で、酸化クロムや酸化銅を下絵具のように使用し、いくつかの釉薬との組み合わせでピンク、ブルー、グリーンなどの独特の雰囲気を持つ色合いを創出しました。
高級陶磁器においては、クロムグリーンとして知られる緑色顔料が装飾に用いられ、ガラスや陶磁器の着色剤として確立されています。日本の伝統的な釉薬である天龍寺釉など、黒色系の釉薬を作る際にも酸化クロームは欠かせない原料となっています。ただし、亜鉛との相性が悪く、亜鉛が多い釉薬は変色しやすいため、配合には専門的な知識が必要です。
参考)301 Moved Permanently
現代の陶芸技法では、酸化クロムを化粧土に配合したクロム化粧土を用いる手法が注目されています。この技法では、あらかじめ釉薬に色顔料を入れず、下絵具として酸化クロムの特性を活かすことで、より繊細な表現が可能になります。錫白釉(ピンク釉)、ドロマイト釉、アルカリ釉、ホワイトマット釉などを重ね掛けすることで、発色のバリエーションを広げることができます。
陶芸教室でのサンプル作品では、化粧土と釉薬の組み合わせによる多様な発色パターンが研究されており、ピンクから緑まで幅広い色調の作品が制作されています。この技法の利点は、同じ酸化クロムを使用しながら、釉薬の選択と焼成条件によって全く異なる表情の作品を生み出せることです。添加量の調整により、淡い色調から濃密な発色まで自在にコントロールできるため、作家の個性を表現する重要な手段となっています。
酸化クロム釉薬の配合では、基本的に外割りで1~5%の範囲で添加することが標準的です。還元焼成で若草色を得るには1%程度、濃い緑色を得るには5%程度が目安となります。黒色釉薬を作る際には酸化クロームが欠かせない原料となり、他の着色剤との併用で深みのある色調を実現できます。
参考)https://www.tougeishop.com/products/detail/1406/
クロム赤釉を作る場合は、100g当たりの外割りでクロムが0.3g、錫が6.0g程度を添加し、酸化焼成で綺麗な濃い赤釉が得られます。アルミナと酸化クロムでピンクの顔料を作る方法もあり、高価な酸化錫を使わずにピンク釉を作ることが可能です。ただし、マグネシウムを含む釉薬では緑色にならず茶色になるため注意が必要で、亜鉛が多い釉薬も変色しやすい特性があります。
酸化クロムを使用した釉薬の焼成では、温度と雰囲気の管理が発色に決定的な影響を与えます。還元焼成では若草色から濃緑色の発色が得られ、酸化クロムの含有量に応じて安定した色調が再現できます。一方、酸化焼成では酸化錫との組み合わせで赤やピンク色の発色が可能になり、特にCaO釉では透明感の無い綺麗な赤釉が得られます。
焼成温度については、陶磁器の一般的な焼成温度範囲である1200~1300℃で使用されることが多いですが、酸化クロム自体の融点は2300℃と極めて高いため、通常の陶芸焼成では完全に溶融せず釉中に浮遊した状態となります。この特性が、銅釉の透明感のある緑色とは異なる、独特の不透明な緑色を生み出す要因となっています。還元焼成で酸化錫と組み合わせた場合は、やや乳濁した綺麗な萌黄色が得られます。
酸化クロムは他の金属酸化物と併用することで、単独使用では得られない独特の発色効果を実現できます。最も代表的な組み合わせは酸化錫との併用で、酸化クロムと酸化錫を混合して灼熱するとピンク色の顔料が生成され、ピンク釉やマロン(えび茶)色の発色が可能になります。この技法では、クロムが0.3g、錫が6.0g程度(100g当たりの外割り)が適量とされています。
酸化銅との併用も効果的で、下絵具のように酸化クロムや酸化銅の特性を活かし、複数の釉薬と組み合わせることでブルーやグリーンなどの多彩な色調が得られます。アルミナと酸化クロムの組み合わせでもピンクの顔料を作ることができ、高価な酸化錫を使わない代替手法として利用されています。ただし、亜鉛やマグネシウムを含む釉薬との相性は悪く、期待した緑色にならず変色や茶色化が起こるため、配合には注意が必要です。
酸化クロムを使用した釉薬で最も多いトラブルは、期待した色が出ないという問題です。マグネシウムが入っている釉では緑にならずやや暗い茶色になるため、釉薬の基礎成分を事前に確認することが重要です。亜鉛との相性も悪く、亜鉛が多い釉薬は変色しやすいため、亜鉛を含む釉薬との併用は避けるべきです。
三価クロムが六価クロムに変化する可能性も注意が必要なトラブルです。200℃以上の加熱や熱処理等の環境により、ごく一部の三価クロムが六価クロムに変わる可能性があるため、焼成後の取り扱いにも配慮が必要です。pHの低い環境下でも三価クロムが酸化して六価クロムに変化することがあるため、酸性の洗浄剤の使用は避けるべきです。釉薬の厚さや掛け方のムラも発色に影響を与えるため、均一な施釉を心がけることが安定した発色のポイントとなります。
酸化クロムは適切な保管により長期間品質を維持できますが、いくつかの注意点があります。吸湿性があるため、密閉容器に入れて湿気の少ない場所で保管することが重要です。水には溶けにくく、酸やアルカリにも不溶という安定した性質を持つため、通常の室温保管で問題ありませんが、高温環境は避けるべきです。
研磨用酸化クロムの品質規格としては、Cr2O3が99.3%以上、乾燥減量0.2%以下、強熱減量0.1%以下、SO4が0.3%以下という基準があります。外観は微粉の緑色で、水に不溶という特性を持ちます。陶芸用途では、粉末の細かさや色調の均一性も重要な品質指標となるため、信頼できる供給元から購入し、開封後は早めに使い切ることが推奨されます。保管容器にはラベルを貼り、購入日や開封日を記録しておくと品質管理に役立ちます。
酸化クロム(III)は三価クロムとして比較的安定した化合物ですが、環境への影響を考慮した適切な取り扱いと廃棄が必要です。三価クロムは弱毒性で発がん性はありませんが、特定の条件下で六価クロムに変化する可能性があるため、廃棄物処理には注意が必要です。六価クロムは水溶性が高く環境汚染の原因となるため、クロム化合物を含む廃液や残渣は適切な処理が求められます。
参考)https://www.env.go.jp/content/000108952.pdf
陶芸工房や工業施設からの酸化クロム含有廃棄物は、産業廃棄物として専門業者による処理が義務付けられています。水洗いした廃液も含め、排水基準を遵守する必要があり、クロム及びその化合物の排水基準は環境基準で定められています。使用後の釉薬容器や粉末の残りは、密閉して専門の廃棄物処理業者に引き渡すことが推奨されます。家庭での陶芸活動でも、下水道への直接廃棄は避け、自治体の有害廃棄物回収サービスを利用するべきです。
環境への配慮から、酸化クロムの代替となる発色剤の研究が進められています。三価クロムは比較的安全とされていますが、六価クロムへの変化リスクを完全に排除できないため、クロムフリーの緑色顔料開発が注目されています。酸化銅や酸化コバルトなどの代替金属酸化物による緑色発色も可能ですが、酸化クロム特有の不透明な緑色とは異なる発色特性を持ちます。
新しい発色技術としては、ナノ粒子技術を応用した顔料開発や、複合酸化物による多色発色システムが研究されています。緑色合成法によるクロムナノ粒子の製造も試みられており、従来の化学合成法よりも環境負荷の少ない製造プロセスが提案されています。陶芸分野では、天然鉱物由来の着色剤や植物灰を活用した伝統的な発色技法の再評価も進んでおり、環境に優しい持続可能な陶芸実践への関心が高まっています。
参考)302 Found