三価クロムは、クロムが3つの電子を失った状態の化合物で、化学式としてはCr³⁺と表記されます。代表的な三価クロム化合物には、酸化クロム(III)(Cr₂O₃)があり、これは暗緑色の結晶として知られています。この化合物は六方最密充填構造をとったコランダム型の構造を持ち、非常に安定した性質を示します。
参考)https://electronics.zacros.co.jp/column/cat/fastening-film/161
三価クロムは自然界にも存在し、岩石や土壌に含まれ、植物に取り込まれることで食物連鎖に入ります。人体においても、三価クロムは糖や脂肪の代謝に関与する微量元素として知られており、栄養補助的な役割を果たしています。化学的には置換活性が高く、八面体型六配位の錯体を形成しやすい特徴があります。
参考)https://www.mdpi.com/2076-3417/11/2/638/pdf
酸化クロム(III)は、融点が2435℃と非常に高く、比重は5.21で水に不溶です。この物質はきわめて安定しており、酸やアルカリにも溶けにくい性質を持っているため、耐熱合金の表面に生成して緻密な保護皮膜となります。また、顔料として黒板や絵具に使用されるほか、有機反応の触媒としても利用されています。
参考)酸化クロム - Wikipedia
六価クロムは、クロムが6つの電子を失った状態の化合物で、化学式としてはCrO₄²⁻(クロム酸イオン)やCr₂O₇²⁻(二クロム酸イオン)として表されます。代表的な六価クロム化合物には、三酸化クロム(CrO₃)やクロム酸(H₂CrO₄)、クロム酸塩(Na₂CrO₄、K₂CrO₄)などがあります。これらの化合物は黄緑色の固体として存在し、非常に強い酸化力を持つことが特徴です。
参考)クロム酸 - Wikipedia
六価クロムは主に人工的に作られる物質で、自然界にはほとんど存在しません。不安定な物質であるため、通常は酸化して安定した形である三価クロムになろうとします。この酸化作用が、六価クロムの強力な酸化力の源となっており、金属の腐食防止や表面処理、染色などの工業用途で広く使用されてきました。
参考)クロムの毒性(三価・六価)を解説|金属加工総合メディア Mi…
化学的には、pH1以下の強酸性条件、またはpH7以上の塩基性条件でクロム酸構造が優位となり、中性付近では二クロム酸との間に平衡が存在します。六価クロムは硫酸・リン酸アニオン輸送系を介して細胞内に侵入し、細胞内で還元されて低価数のクロム中間体(五価クロム、四価クロム、三価クロム)を生成します。この還元過程で生じる中間体が、DNAの損傷やDNA-タンパク質架橋を引き起こし、発がん性の原因となります。
参考)https://pmc.ncbi.nlm.nih.gov/articles/PMC5565385/
三価クロムと六価クロムは、同じクロムという元素でありながら、毒性において決定的な違いがあります。三価クロムは毒性が比較的低く、発がん性もないため安全性が高いとされています。一方、六価クロムは非常に強い毒性を持ち、国際がん研究機関(IARC)により「ヒトに対して発がん性がある」と分類されています。
参考)六価クロムと三価クロムとは?毒性の有無やめっきとクロメート処…
具体的な健康被害として、六価クロムは吸入した場合に肺に障害を起こし、飲み込んだ場合に胃腸障害を引き起こします。長期的なばく露によって皮膚のかぶれ、アレルギー性皮膚炎、呼吸器系疾患(喘息など)、鼻中隔穿孔、さらには肺がん、胃がん、大腸がんなどの発がん性、男性不妊などの深刻な健康影響が報告されています。
参考)六価クロムめっきの毒性とは?人体や環境への影響や三価クロムと…
一方、三価クロムは化学薬品であるため完全に安全というわけではありませんが、皮膚に付着した場合でもすぐに洗い流せば潰瘍を生じることはなく、発がん性物質リストにも含まれていません。通常の食事から摂取される三価クロムは吸収率も低いため、過剰症が問題となることはあまりありません。ただし、pHの低い環境下では三価クロムが酸化して六価クロムに変化する可能性があるため、注意が必要です。
参考)クロム - 「 健康食品 」の安全性・有効性情報
環境への影響も大きく異なり、六価クロムは一度流出すると自然分解されにくく、水質汚染、土壌汚染、大気汚染などの長期的な影響を及ぼします。このような毒性の違いから、近年では六価クロムから三価クロムへの移行が進められています。
参考)https://www.tandfonline.com/doi/pdf/10.1080/21655979.2022.2037273?needAccess=true
陶器や磁器の釉薬において、クロムは重要な着色材として使用されています。主に使用されるのは酸化クロム(Cr₂O₃)で、これは三価クロム化合物に分類されます。酸化クロムは基礎釉の成分によって発色が変化し、緑色やピンク色から肌色まで幅広い色彩を生み出します。
参考)https://blog.goo.ne.jp/meisogama-ita/e/08b559177e46759c7178b6cf03b40f98
窯業や陶磁器製造において、酸化クロムは耐熱性や耐久性を向上させる目的でも使用されています。特に緑色の釉薬を作る際には、酸化クロムを0.5〜5%の範囲で添加することで、鮮やかな緑色の蛍光色を得ることができます。ただし、焼成温度によって発色が変化しやすく、1130℃で鮮やかな発色を示すものの、温度が高くなるとくすんだ色になる傾向があります。
参考)https://www.itic.pref.ibaraki.jp/publication/doc/research/h24/vol41_10.pdf
重要な点として、陶磁器の釉薬に使用されるクロムは酸化クロム(III)であり、三価クロムのため、土壌汚染物質である六価クロムは基本的に使用されません。ただし、鉛、カドミウム、ふっ素、ホウ素、セレンなどの有害物質が釉薬に含まれる可能性があるため、食器の安全性に関する試験として、食品衛生法に定める鉛・カドミウムの溶出試験が実施されています。
陶芸において、クロムには無害な三価、有害な四価、六価の3種類があることが知られていますが、釉薬として使用される酸化クロムは三価であるため、比較的安全とされています。しかし、重クロム酸ソーダ(ナトリウム)などのクロム酸系顔料材料は六価クロムを含むため、取り扱いには注意が必要です。
食器の安全性を化学的に評価する上で、最も重要なのは有害物質の溶出量です。陶磁器食器の場合、食品衛生法に基づく鉛・カドミウムの溶出試験が一般的な試験方法として採用されており、酢酸濃度4%溶液を使用して溶出量を測定します。この試験により、酸性食品を盛りつけた際の有害物質の溶出リスクを評価できます。
クロムに関しては、三価クロムを使用していたつもりが六価クロムが検出されるという事態が起こり得ることに注意が必要です。これは、pHの低い環境下で三価クロムが酸化して六価クロムに変化する可能性があるためです。特に酢の物などの酸性食物を盛りつける食器では、この変化のリスクを考慮する必要があります。
参考)クロムについて ~3価クロムと6価クロムの違いについて知ろう…
ガラス製の食器についても注意が必要で、着色や加工をしやすくするためにセレン、ホウ素、六価クロムなどが含まれることがあります。陶器においても、強度を増したり生産効率を上げるために鉛などの有害物質が使用されることがあるため、格安のショップで購入した鮮やかな色付きの食器や絵皿には注意が必要です。安価な製品は高温焼成していない可能性があり、有害物質の溶出リスクが高くなります。
参考)https://ameblo.jp/hi-kumamon/entry-12680637731.html
食器の安全性を確保するためには、信頼できるメーカーの製品を選び、特に酸性食品を盛りつける際には、釉薬の成分や製造工程に注意を払うことが重要です。2025年時点では、ステンレス鋼、ガラス、磁器、鋳鉄、シリコンなどの安全性の高い素材が推奨されており、それぞれが安全性、耐久性、使いやすさのバランスによって評価されています。最終的には、製品の認証マークや試験結果を確認し、適切な使用方法を守ることが、食卓の安全を守る鍵となります。
参考)https://figshare.com/articles/journal_contribution/Risk_assessment_of_eighteen_elements_leaching_from_ceramic_tableware_in_China/22708020/1/files/40328046.pdf