シンプルな器ほど、飾りを足したほうが美しくなる——これは間違いです。
「引き算の美学」とは、デザインの要素を極限まで取り除くことによって、初めて生まれる「余白の豊潤」を大切にする思想です。マツダがこの言葉を本格的にデザインフィロソフィーとして打ち出したのは、2017年に発表したコンセプトカー「VISION COUPE」から。その後、2019年登場の「MAZDA3」において量産車として完全に体現されました。
つまり10年以上、この哲学を磨き続けているということですね。
マツダのデザインコンセプト「魂動(こどう)—Soul of Motion」は2010年に前田育男氏(現エグゼクティブフェロー)が発表したもので、「クルマに命を吹き込む」ことをテーマとしています。しかし「魂動」の第1世代が力強い動きの表現に集中していたのに対し、第2世代以降で前田氏が取り入れたのが「引き算の美学」という深化の軸でした。前田氏はJBPressのインタビューで「便利さのためにどこかで"捨てる勇気"を持たないと、本当に魅力的なクルマはつくれなくなる」と語っています。
削ぎ落とすことが難しい。これが原則です。
陶器の世界でも、同じ感覚はよく知られています。素地を磨き上げ、余分な装飾をなくし、釉薬の表情だけで勝負する焼き物ほど、作り手の力量が問われます。信楽焼や伊賀焼のシンプルな壺が発する静かな存在感は、まさに「足さないことで生まれる美」の典型例です。マツダの哲学は、そうした日本工芸の文脈と地続きになっています。
CX-30のチーフデザイナーを務めた柳澤亮氏は「ノイズを捨てていくと、最後に残った純粋なもの、それが創りたい美しいものだ」と述べています。陶芸家が土をひねりながら「この線は要らない」と指先で整えていく作業と、本質的に同じ問いかけをしているのです。これは使えそうです。
| 概念 | マツダデザイン | 日本陶器の美意識 |
|---|---|---|
| 核心思想 | 余白の豊潤(削ぎ落とすことで生まれる豊かさ) | 侘び寂び(不完全の中に宿る美) |
| 表現手法 | ラインを排除し面の光の移ろいで生命感を出す | 装飾を減らし釉薬や土味で存在感を出す |
| 精神的源流 | 禅・龍安寺の石庭・東山文化 | 千利休の侘び茶・禅的美意識 |
| 目指す境地 | 余白に見る人の想像力が宿る | 余白に使い手の感性が宿る |
マツダの公式ページ(デザインフィロソフィー)では「引き算の美学、すなわち引くこと、省略することによって生まれる『余白の豊潤』を大切にし、要素を削ぎ落としたシンプルなフォルム、そして研ぎ澄まされた繊細な光の表現でクルマに命を吹き込む」と説明されています。
マツダ公式|デザインフィロソフィー(引き算の美学・魂動デザインの解説)
https://www.mazda.co.jp/beadriver/design/technique/
2020年4月、「ワールド・カー・デザイン・オブ・ザ・イヤー」という賞をMAZDA3が受賞しました。この賞は世界25カ国以上、86名の自動車ジャーナリストの投票によって選ばれる権威ある賞で、MAZDA3にとっては「引き算の美学」が世界に正式に認められた瞬間でした。
マツダ車がこの賞を受賞するのは2016年のロードスター以来、4年ぶり2度目の快挙です。
MAZDA3のボディには、従来のクルマに多用されていた「キャラクターライン」と呼ばれる彫刻的な折り目がほぼ存在しません。一般的なクルマは、サイドパネルに明確なプレスラインを入れることで、デザインの"主張"を作ります。しかしMAZDA3はそれを徹底的に排除し、代わりに微妙な曲面の抑揚だけで光と影の移ろいを表現しました。
ラインではなく、面で語る。これが核心です。
この手法は、陶器の造形に深く通じています。備前焼や志野焼の名品に共通するのは、表面の装飾より「土の形そのもの」が光を受けて見せる表情の豊かさです。一見シンプルに見えるのに、光の当たり方によって全く違う表情を見せる——MAZDA3のボディがまさにそれを実現しています。Motor-Fanの試乗記では「ラインを入れずなめらかな面の抑揚だけで、これほど巧く動きを表現したことには驚くばかり」と評されています。
陶器愛好家には、この造形の凄みが一般的なドライバーよりもずっとリアルに伝わるはずです。なぜなら「面の表情で語る」という技法を、日常的に器の中で愛でているからです。意外ですね。
また、MAZDA3のハッチバックとセダンは「まったく異なる2つの個性」を同一ネームプレートのもとに持っています。ハッチバックはエモーショナルな動きを、セダンはエレガンスを、それぞれ余白の使い方を変えることで実現しています。同じ土、同じ釉薬でも、形の選択によって全く異なる印象を生み出す陶芸の世界と同じ発想です。
マツダ公式プレスリリース|MAZDA3のワールド・カー・デザイン・オブ・ザ・イヤー2020受賞
https://newsroom.mazda.com/ja/publicity/release/2020/202004/200409a.html
マツダのデザイナーたちが繰り返し参照するのが、京都・龍安寺の枯山水の石庭です。低い壁に囲まれた四角い庭には砂利が敷き詰められ、15個の石が配置されています。しかし、どの角度から眺めても必ず1つ以上の石が視界から隠れるよう設計されており、「完全には見えない」という不完全さが見る者に想像の余地を与えています。
見えないことで、見える。これが「間」の哲学です。
マツダのデザイン本部でカラー&インテリアデザインを担当する玉谷聡氏は、マツダ公式メディアの中で「龍安寺における『光』は、時間、季節の移ろいを表すもの。マツダデザインにおいても『光』は、エクステリア造形やインテリア空間を美しく魅せるためだけのものではなく、エクステリアに映りこみ、またはインテリアに差し込むことによって、その時々の時間や季節の移ろいまでも美しく表現するものなのです」と語っています。
この発言は陶器愛好家にとって非常に重要な示唆を含んでいます。
茶碗を手に取るとき、光の当たり方によって釉薬の景色が変わります。朝の光で見る備前の窯変と、夕方の斜光で見るそれとでは、まるで別の器のように感じることがある。それは器が「その瞬間の光を演じる」という、時間と空間の中で完成する美の形です。マツダはこれを車のボディで実現しようとしているわけです。
西洋のデザイン哲学は「空間を埋める」方向に向かいますが、禅の世界では正反対です。「間(ま)」とは、モノとモノの間に存在する空虚の中にこそ意味を見出す感性で、千利休が侘び茶で体現したものでもあります。利休は黄金の茶室が流行した時代に、あえて二畳の茶室「待庵」で究極の侘びを表現しました。足すのではなく引く——その勇気が、茶の湯の革命を起こしたのです。
マツダエレガンスには禅や茶道を生んだ東山文化の系譜があり、「艶」と「凛」という日本的な美しさを追求することで、海外ユーザーからも「これは日本の美しさだ」「マツダはデザインのマスターピース」と賞賛される車が誕生しています。
日本の美意識「間と余白」についての工芸専門メディア解説
https://www.kogeistandard.com/jp/insight/serial/editor-in-chief-column-kogei/ma-yohaku/
マツダが2012年に完成させた独自の塗装技術「匠塗(TAKUMINURI)」は、引き算の美学とは一見矛盾するように思えます。塗料を「重ねて足す」技術だからです。しかし、その本質を理解すると、陶器の釉薬と驚くほど同じ発想であることがわかります。
重ねることで、引き算の美を完成させる。結論はそこです。
匠塗の代表カラー「ソウルレッドクリスタルメタリック」は、発色を担う「発色層」と光の反射を担う「反射層」の2層を特別に重ねた構造を持っています。その上から透明感のあるクリア層が覆い、熟練した職人が手塗りしたような精緻な質感を量産ラインで実現しています。この多層構造によって、光の当たり方や見る角度によって微妙に色と艶が変化し、静止した車体に「生命感」が宿ります。
陶器の釉薬を思い浮かべてください。志野釉は、長石を主体とした白い釉薬が焼成中に気泡を持ち、光を多層的に反射することで独特の柔らかい白さと奥行きを生み出します。伊羅保釉(いらぼゆう)は複数の成分が重なり合うことで、見る角度によって茶・緑・黒が揺れる複雑な色調を見せます。どちらも「層」の組み合わせで生命感ある表情を生み出しているという点で、匠塗と同じ原理です。
これは意外な共通点ですね。
現在の匠塗ラインナップには、ソウルレッドクリスタルメタリック、マシーングレープレミアムメタリック、プラチナクォーツメタリック、そして2022年に登場した最高峰「アーティザンレッドプレミアムメタリック」が存在します。「アーティザン」とは「熟練した職人」を意味し、そのデザインイメージは「最高峰の職人技で生み出される熟成されたワインのような赤」とされています。
| 匠塗カラー | 特徴 | 似た陶器の表情 |
|---|---|---|
| ソウルレッドクリスタル | 深みと艶・生命力ある鮮やかさ | 辰砂釉(しんしゃゆう)の深紅 |
| マシーングレープレミアム | 鋭い陰影・金属感のある深みのグレー | 天目釉の鉄黒・油滴天目の輝き |
| プラチナクォーツ | 繊細な白・上品な光の移ろい | 志野釉の柔らかい白・長石釉の乳白 |
| アーティザンレッド | 熟成感ある朱・職人技の深み | 柿釉(かきゆう)の熟れた朱 |
マツダ公式|匠塗TAKUMINURI 技術解説ページ
https://www.mazda.co.jp/beadriver/design/takuminuri/
陶器に長く親しんでいる人が感じる共通の体験があります。それは「最初はシンプルすぎると感じた器が、使い込むほどに手放せなくなる」という現象です。派手な絵付けや装飾の強い器は、最初の印象は鮮烈でも、毎日の食卓で見続けるうちに疲れてきます。一方、素朴な土感と控えめな釉薬だけの器は、半年、1年と使うほどに「これでいい」という確信が深まる。
これは「引き算が生み出す飽きない美しさ」の典型例です。
マツダのデザイン哲学はこれと完全に一致しています。CX-30チーフデザイナーの柳澤亮氏は「インスタントなものは創りたいという思いがない。使っていくうちに慣れ親しんでいくようなもの、それが愛着につながる」と語っています。事実、マツダユーザーの間では一度マツダ車を購入すると次もマツダを選ぶ傾向が強く、これは「マツダ地獄」という言葉で知られるほど愛着度の高い現象として語り継がれています。
飽きない美しさが、それを生み出しているということですね。
ミニマリズムを実践するライフスタイル研究者の沼畑直樹氏は、CX-30との関係をこう表現しています。「部屋のほうから寄り添ってくる、という感覚。車でも同じだった。もてなされ、繋がることができる」と。これは、茶室の美意識そのものです。千利休が求めたのは、客を圧倒する装飾ではなく、客が自らの感性で茶室の美を完成させる「余白による対話」でした。MAZDA3やCX-30のデザインもまた、見る人・乗る人の感性が最後のピースをはめることで完成する開かれた美しさを持っています。
陶器の世界では、この「見る人が完成させる器」という概念を「景色(けしき)」と呼ぶことがあります。焼成によって偶発的に生まれた窯変や火色が、持ち主の感性と出会って初めて「景色のある器」として完成する——マツダが車で目指しているのはその境地と言えます。
また、VISION COUPEは2018年にパリで開催された「第33回Festival Automobile International(国際自動車フェスティバル)」において「最も美しいコンセプトカー(Most Beautiful Concept Car of the Year)」に選出されました。選考委員には著名な建築家やファッションデザイナーが含まれており、引き算の美学は自動車の枠を超えたアート・デザインの文脈でも評価されているのです。
さらに最新の動向として、2025年11月の東京モーターショー(JMS2025)でマツダが発表した「VISION X-COUPE」は、「引き算の美学を極限まで突き詰めた一台」と公式に位置づけられています。マツダは今後もこの哲学を深化させ続けることを明言しており、陶器愛好家の美意識と共鳴するブランドとして独自の地位を確立し続けています。
💡 知っておくと得する豆知識:マツダのデザインを深く理解したいなら、前田育男氏がデザインと日本の美意識について語った著書『デザインが日本を変える』(光文社新書)が参考になります。陶器鑑賞の視点でマツダ車を見ると、全く新しい「乗り物の見方」が広がります。
ミニマリストとマツダデザインの関係を考察した独立メディアの記事(CX-30デザイナー・柳澤亮氏インタビュー掲載)
https://minimalism.jp/archives/4183