雨漏手は完成品として作られたものではありません。
雨漏手(あまもりで)は、安土桃山時代から江戸時代初期にかけて美濃地方で焼かれた茶陶の一種です。志野焼や織部焼の窯で、釉薬が予期せぬ形で流れ落ちた結果生まれた偶然の産物でした。
当初は窯変による失敗作とされていました。しかし、茶人たちがその独特な景色に侘び寂びの美を見出し、次第に珍重されるようになったのです。
つまり欠点が魅力に変わった例ですね。
名称の由来は、釉薬が垂れ流れる様子が雨漏りの跡に似ていることから付けられました。白い志野釉が壁を伝う雨水のように不規則に流れ落ち、その下地の鉄釉や素地が露出する様子が独特の表情を作り出します。この自然な偶然性こそが、計算された美しさとは異なる魅力を持っているのです。
16世紀後半の茶の湯文化の隆盛期に、千利休をはじめとする茶人たちが不完全さの中に美を見出す「侘び茶」の精神を確立しました。雨漏手はまさにこの美意識にぴったり合致したわけです。
雨漏手の最大の特徴は、白い志野釉が垂れ流れることで生まれる独特の景色にあります。通常の志野焼では釉薬を均一に施しますが、雨漏手では意図的または偶発的に釉薬が厚く掛かり、焼成中に重力で流れ落ちるのです。
この技法では、まず器の表面に鉄分を含んだ下地を施します。その上から白い志野釉を厚めに掛けると、1200度を超える高温焼成で釉薬が溶けて流れ始めます。流れ落ちた部分では下地の鉄釉が顔を出し、茶褐色や黒褐色の地肌が見えるというわけです。
釉薬の流れ方は完全にコントロールできません。窯の中の温度分布、器の傾き、釉薬の厚みなどの微妙な条件で、一つ一つ異なる表情が生まれます。
二つと同じものがないということですね。
この不規則な流れが作る模様には、いくつかのパターンがあります。
現代の陶芸家の中には、この偶然性を計算に入れて作陶する人もいます。ただし、あくまで自然な流れを尊重する姿勢が重要とされています。
雨漏手の茶碗は、茶道具の中でも特に高い評価を受けています。その理由は、侘び寂びの精神を体現した姿と、一期一会の希少性にあるのです。
代表的な雨漏手の茶碗には、重要文化財に指定されている作品も存在します。たとえば「志野茶碗 銘 雨漏」は、桃山時代の作とされ、東京国立博物館に所蔵されています。この茶碗の市場価値は数千万円規模と推定されるほどです。
茶道具としての雨漏手の魅力は、使用時の実感にもあります。手に取ったときの質感、口当たりの柔らかさ、釉薬の流れが作る景色の変化など、五感で楽しめる要素が豊富なのです。茶を点てる際に、釉薬の流れに沿って茶筅を動かすと、より一層その魅力を感じられます。
現代の茶会でも、雨漏手の茶碗が用いられることがあります。ただし真作は非常に高価で入手困難なため、桃山時代の様式を再現した現代作家の作品が使われることが多いです。現代作でも数十万円から数百万円の価格帯になります。
コレクターの間では、雨漏手の見込み(茶碗の内側底部)の景色が特に重視されます。ここに独特の釉薬の流れや色の変化が現れていると、評価が高まるのです。
雨漏手の真贋を見分けることは、専門家でも容易ではありません。しかし、いくつかの観察ポイントを知っておくと、本物に近いかどうかの判断材料になります。
まず釉薬の流れ方を観察してください。桃山時代の本物の雨漏手は、人工的に作ったような規則性がなく、完全に自然な流れ方をしています。現代の模倣品では、意図的に釉薬を垂らした痕跡が残っていることがあるのです。流れが不自然に均等だと疑ってみるべきですね。
次に素地の質を確認します。桃山時代の美濃焼は、独特の土の粗さと鉄分を含んだ赤褐色の地肌を持っています。この土は現在では採取できない地域の土を使用しているため、完全に再現することは困難です。
素地を見れば年代の手がかりになります。
釉薬の発色も重要な判断材料です。古い雨漏手の白色は、純白ではなくわずかに黄みがかったり灰色がかったりしています。これは長年の経年変化と、当時の釉薬の成分によるものです。真っ白すぎる釉薬は現代作の可能性が高いということですね。
もし本格的な鑑定を希望する場合は、日本陶磁協会の鑑定部門や、専門の古美術商に相談することをおすすめします。科学的な年代測定も可能ですが、費用は10万円以上かかることが一般的です。
現代の陶芸家たちは、桃山時代の雨漏手の美学を受け継ぎながら、新しい表現を模索しています。伝統的な技法を守りつつ、現代の感性を加える試みが続けられているのです。
岐阜県土岐市や多治見市などの美濃焼の産地では、雨漏手の技法を研究する陶芸家が活動しています。彼らは古い窯跡の調査や、文献研究を通じて、当時の技法を再現する努力を重ねています。ただし完全な再現は技術的に難しいのが現実です。
現代作家の雨漏手作品には、いくつかのアプローチがあります。
有名な現代陶芸家では、人間国宝の鈴木藏氏が志野焼の第一人者として知られています。氏の作品には雨漏手的な要素を持つものもあり、現代における志野焼の可能性を示しています。作品価格は茶碗で100万円を超えることも珍しくありません。
若手陶芸家の中にも、雨漏手にインスピレーションを受けた作品を制作する人が増えています。SNSやウェブギャラリーを通じて、比較的手頃な価格(数万円から)で現代版雨漏手作品を入手することも可能になってきました。陶芸に興味がある方なら、現代作家の作品から始めるのも良い選択肢ですね。
東京国立博物館
重要文化財の雨漏手茶碗をはじめ、桃山時代の茶陶コレクションを収蔵しており、特別展示で実物を鑑賞できる機会があります。
日本陶磁協会
陶磁器の鑑定や研究を行う専門機関で、雨漏手を含む古陶磁の真贋鑑定サービスを提供しています。