玉子手茶碗は使い込むほど色が濃くなります。
玉子手茶碗は、楽焼という低温焼成の技法で作られた茶碗です。その名前の由来は、卵の殻のような淡い黄色や象牙色の釉薬にあります。
楽焼は約800~1200度という比較的低い温度で焼かれるため、土の質感が残りやすく、手に持った時の温かみが特徴です。一般的な磁器が1300度前後で焼かれるのと比べると、約500度も低い温度です。これは家庭用オーブンの最高温度(約250度)の3~5倍程度の熱量ですね。
この低温焼成により、土の粒子が完全に溶け合わないため、多孔質な構造になります。
つまり、通気性があるということです。
茶道では「一楽二萩三唐津」という格付けがあり、楽焼が最上位に位置づけられています。玉子手はその楽焼の中でも、特に柔らかな印象を与える釉薬として人気があります。
千利休の時代から続く楽焼の伝統技法の一つで、現代でも楽家を中心に多くの陶芸家が制作しています。
玉子手の独特な色合いは、釉薬に含まれる鉄分の量と焼成温度のバランスで決まります。淡い黄色から象牙色、時には薄いピンクがかった色まで、微妙な変化があります。
釉薬の主成分は長石や藁灰で、そこに微量の鉄分が加わることで卵の殻のような温かみのある色が生まれます。
鉄分の含有量はわずか1~3%程度です。
これはコーヒーに入れるミルクの量程度の微量な調整ですね。
表面には細かな貫入(かんにゅう)と呼ばれるひび割れ模様が入るのが一般的です。これは焼成後の冷却過程で、土と釉薬の収縮率の違いから自然に生まれる模様で、欠陥ではありません。
貫入は使い込むほどに茶渋が入り込み、味わい深い表情に変化していきます。
この経年変化を「景色が育つ」と表現します。
質感は滑らかでありながら、わずかにざらつきがあり、手に吸い付くような感触です。これが楽焼特有の「手取り」の良さと言われるものです。
磁器のようなガラス質の冷たさはなく、土の温もりを直接感じられます。冬場にお茶を飲む際、この温かみのある質感が特に心地よく感じられます。
茶道で玉子手茶碗が重視される最大の理由は、抹茶の緑色が美しく映える点です。淡い色合いの茶碗に鮮やかな緑の抹茶が注がれると、視覚的なコントラストが生まれます。
茶道では「見立て」という概念があり、季節や場面に応じて道具を選びます。玉子手は春や秋の穏やかな季節に特に好まれます。
また、保温性の高さも重要な要素です。楽焼の多孔質な構造は熱を内部に保ちやすく、抹茶の適温を長く維持できます。実験データによると、磁器の茶碗と比べて約2~3分長く温度を保つことができます。
手に持った時の温かみも、茶道の精神性と合致しています。茶道では道具との一体感を大切にしますが、楽焼の柔らかな手触りは、まさにその理想を体現しているのです。
さらに、一つ一つが手作りで同じものが存在しないという唯一無二性も、茶道の「一期一会」の精神と響き合います。
千利休が楽焼を茶道具の最上位に位置づけた背景には、派手さを排した「侘び寂び」の美学がありました。玉子手の控えめで温かな色合いは、まさにこの美学を体現しています。
玉子手茶碗の価格は、作家の知名度や作品の出来栄えによって大きく異なります。初心者向けの茶碗なら1万円台から購入できますが、有名作家の作品になると数十万円から数百万円に達します。
楽家の当代(現在の15代目・楽吉左衞門)の作品は、100万円を超えることも珍しくありません。過去には2000万円以上で取引された例もあります。
中堅作家の茶碗は3万円~15万円程度が相場です。この価格帯なら、日常的に使える品質と、十分な作家性を兼ね備えた茶碗が見つかります。
骨董市や陶器市では、もう少し手頃な価格で玉子手茶碗に出会えることもあります。
ただし、真贋を見極める目が必要です。
価格を左右する要素は以下の通りです。
初めて購入する場合は、信頼できる専門店や画廊で相談することをおすすめします。専門家のアドバイスを受けながら選べば、予算内で納得のいく茶碗に出会えるでしょう。
玉子手茶碗の製作は、土作りから始まります。楽焼用の土は、粘土に砂やシャモット(焼いた土を砕いたもの)を混ぜて作ります。配合比率は作家によって異なりますが、一般的に粘土70%、砂やシャモット30%程度です。
成形は手びねりやロクロで行われます。楽焼の伝統的な手法では、ロクロを使わず手だけで形を作る「手づくね」が用いられることもあります。
形が整ったら、十分に乾燥させます。この乾燥工程を急ぐと、焼成時にひび割れの原因になります。通常1~2週間かけてゆっくりと乾燥させるのが基本です。
素焼きは700~800度で行います。素焼き後、釉薬を施しますが、玉子手の場合は長石釉に少量の鉄分を加えた釉薬を使います。釉薬の厚さや塗り方で、最終的な色合いが大きく変わるため、ここが作家の腕の見せ所です。
本焼きは800~1200度の低温で行われます。電気窯やガス窯を使う場合もありますが、伝統的な楽焼では炭を使った楽窯で焼きます。
窯から取り出すタイミングも重要で、赤く焼けた状態で窯から出し、急冷することで独特の質感が生まれます。この「引き出し」という技法が楽焼の特徴です。
玉子手茶碗を初めて使う前には、目止めという処理を行います。米のとぎ汁や小麦粉を溶いた水で煮ることで、土の細かな穴を塞ぎ、汚れや茶渋の侵入を防ぎます。
目止めの手順は以下の通りです。
使用後は、ぬるま湯で優しく洗います。
洗剤は使わない方が良いでしょう。
楽焼は多孔質なため、洗剤の成分が染み込む可能性があります。
柔らかいスポンジで軽くこすり、茶渋を落とします。ただし、貫入に入った茶渋は無理に落とす必要はありません。
これが「景色」として茶碗の個性になります。
洗った後は、布巾で水分を拭き取り、風通しの良い場所で完全に乾燥させます。湿気が残ったまま収納すると、カビの原因になります。
保管する際は、箱に入れて直射日光を避けた場所に置きます。
急激な温度変化も避けるべきです。
エアコンの風が直接当たる場所や、窓際は避けましょう。
定期的に箱から出して空気に触れさせることも大切です。月に1~2回程度、風通しの良い日に箱から出して、陰干しするだけで構いません。
長く使わない期間がある場合は、和紙で包んでから箱に入れると、より良い状態を保てます。
玉子手茶碗を購入する際、まず確認すべきは釉薬の発色です。均一すぎる色よりも、微妙な濃淡やムラがある方が、手作りの証であり価値が高いとされます。
ただし、釉薬が剥がれていたり、焼きムラが極端に大きい場合は避けた方が良いでしょう。品質管理が行き届いていない可能性があります。
形のバランスも重要です。正面から見た時、左右対称であることを確認します。底を見て、高台(茶碗の底の輪)が安定しているかもチェックポイントです。
実際に手に持って、重さとサイズ感を確かめることをおすすめします。茶道で使う場合、片手で持てる重さ(200~300g程度)が理想的です。
これはりんご1個分程度の重さですね。
口縁(飲み口)の仕上がりも見逃せません。唇に当たる部分が滑らかで、角張っていないことを確認しましょう。
貫入の入り方は個体差がありますが、あまりに大きなひびが入っている場合は、使用中に割れるリスクがあります。
髪の毛ほどの細かな貫入が理想的です。
箱書きがある場合は、内容を確認します。作家名、作品名、制作年などが記されており、真贋の証明になります。
購入前に、返品や交換の条件を確認しておくことも重要です。信頼できる店舗なら、明確な規定があるはずです。
初めて購入する場合、いきなり高額な作品に手を出すより、3万円~10万円程度の作品から始めるのが無難でしょう。使い勝手を確かめてから、徐々にコレクションを広げていけます。