絞り茶巾は「特殊点前」という名前がついているが、実は平点前よりも基本所作の習熟度が如実に出るお点前です。
絞り茶巾とは、裏千家の炉の時期の中でも特に厳寒にあたる1月〜2月ごろに行う薄茶点前です。通常、茶巾は水屋でしっかりたたんでから茶碗に仕組んで持ち出しますが、この点前では半絞りの状態の茶巾を茶碗の中に立てかけたまま持ち出し、点前の途中でたたみ直すという独特の手順を踏みます。
なぜこのような手順を取るのかというと、目的はただひとつ、「お客様に少しでも温かいお茶を差し上げるため」です。冬の最も寒い時期に、温かい湯を茶碗に入れて十分に温めてから持ち出し、点前の途中でも茶巾をたたみ直す間にさらに湯を碗の中で保持するという工程を経ることで、温度が下がりにくい状態を保つことができます。千利休が遺した言葉、「夏はいかにも涼しいように、冬はいかにも暖かいように」という精神が、この点前の所作のひとつひとつに宿っています。
夏に涼を演出する「洗い茶巾」(平茶碗に水を張った状態で持ち出す点前)と対をなすお点前として位置づけられており、季節の極と極を丁寧に表現するのが裏千家の茶道のスタイルです。「冬と夏でまったく異なる道具と所作を使う」という点は、茶道に少し慣れてきた方にとっても興味深い発見になるでしょう。
使用する茶碗は必ず「筒茶碗(つつちゃわん)」です。縦に長い筒形の形状により、お茶の表面積が小さくなるため熱が逃げにくく、温かさを保ちやすいという実用的な理由があります。筒茶碗は真冬(主に12月〜2月)だけに使う季節の道具であり、一年に数か月しか出番がありませんが、だからこそお茶席に登場したときの存在感と季節感は格別です。
つまり絞り茶巾は「冬の款待」そのものです。
参考:裏千家家元による「筒茶碗と絞り茶巾の扱いについて」の一問一答
裏千家ホームページ 家元と一問一答(筒茶碗・絞り茶巾の扱い)
絞り茶巾のお点前に必要な道具を確認しておきましょう。
| 道具 | 備考 |
|------|------|
| 釜 | 炉用 |
| 炉縁 | 冬の炉に合わせる |
| 水指 | 棚の下の板に乗せる |
| 筒茶碗 | 縦長・口径が小さいもの |
| 茶杓 | 清めて使用 |
| 茶筅 | 筒の口径に合わせて傾けて使う |
| 茶巾 | 絞り茶巾の形に仕込む |
| 柄杓(炉用) | 風炉用とは異なる |
| 蓋置(竹以外) | 棚点前のため竹以外を使用 |
| 建水 | 柄杓・蓋置を仕組む |
| 棗(薄器) | 薄茶を入れて棚の上に荘る |
ここで重要なのが「蓋置は竹以外を使う」という点です。これは棚を使う点前では水指を棚の地板に置くため、蓋置は陶器や金物などを使うのが原則だからです。「棚を使えば竹以外の蓋置」と覚えておけばほぼ間違えません。一方、水指を畳に直接置く「運びの点前」では竹の蓋置を使います。蓋置の選び方が実は「水指を運ぶかどうか」にかかっているという点は、意外と忘れがちなルールです。竹以外が条件です。
水屋仕事の手順は次のとおりです。まず棚を畳の中央(16目)に置き、下の板の上に水指を水9分目ほど入れて置きます。次に棗(薄茶入り)を棚の上に荘ります。そして茶碗には事前に湯を入れてしっかり温めておき、持ち出す直前に湯を捨てて茶碗を拭いたうえで、絞り茶巾を左側に立てかける形で仕組みます。茶筅と茶杓もそこに一緒に仕込みます。
茶巾を水屋でいかに丁寧に準備するか、それが点前全体の仕上がりを左右します。お客様の目に触れない水屋仕事にこそ、もてなしの心が宿っているということですね。
点前で使う棚は、今回は丸卓(まるじょく)などの地板付き小棚が一般的に用いられます。棚の種類が変われば蓋置の判断も変わることがありますので、使用する棚を確認してから準備するのが大切です。
参考:蓋置の選び方に関する詳しい解説
茶の湯いろはブログ:竹の蓋置を使う点前か?竹以外の蓋置か?のルール【裏千家茶道】
絞り茶巾のたたみ方は、通常のたたみ方とは順序が異なります。まず濡れた茶巾を斜め半分に折り、さらに半分、また半分に折って「三角錐」の頂点が残るような形にしてから絞ります。絞り終わったら、この状態のまま筒茶碗の中に左側に傾けて立てかけるように仕組みます。耳(角)が2つ出るように仕込むのがポイントです。
点前に入ってからの大きな流れは平点前と同じです。全部で30工程近くに及びますが、筒茶碗の扱いに特有の手順が加わります。特に重要なのが次の2つです。
🔑 茶巾をたたみ直すタイミング
茶碗に湯を入れ、茶筅を打って一度湯を茶碗の中に留めます。そのあいだに絞り茶巾を取り出し、三角に折れた頂点の耳部分を斜交いに広げ、長方形に戻してからたたみ直して釜の蓋の上に置きます。この一連の所作の間、茶碗の中には湯が入ったまま保温されています。たたみ終えてから茶筅通し→清め→お茶を点てるという流れです。
🔑 筒茶碗を傾ける茶筅通し
筒茶碗は口径が小さいため(一般的な茶碗の半分程度のサイズ感)、茶碗をわずかに傾けながら茶筅通しを行います。茶碗の内部が狭いので、茶筅を無理に立てたまま動かそうとすると穂先が傷む恐れがあります。傾ける角度は柔らかく、自然な動きの中で行うことが大切です。
茶碗を拭く手順は「いの字・りの字」と表現されます。底を「い」の字に拭いてから口の縁を「り」の字に拭くというのが基本の流れですが、筒茶碗の場合はその持ち方も特殊になります。親指と人差し指・中指で茶巾の折り目部分を挟み、茶碗の深さに合わせながら底を清める動作が必要です。
こうした細かい所作のひとつひとつが「基本所作の修練に最適な点前」と言われる理由です。絞り茶巾だけが条件です。通常の平点前では目立ちにくい所作の甘さが、筒茶碗という特殊な道具を使うことで鮮明に浮かび上がってくるのです。
参考:絞り茶巾・点前の全手順解説(はてなブログ)
お茶談義ブログ:絞り茶巾/筒茶碗を使った薄茶点前(裏千家茶道)
普段、茶巾は水屋でたたんでから茶碗に仕込むのが基本です。客の目に触れるのは、茶碗を清める一連の動作の中だけです。しかし絞り茶巾の点前では、点前座でお客様の目の前で茶巾をたたみ直すという特別な所作があります。これは他のどのお点前にもない、この点前だけの大きな特徴です。
茶巾をたたむという動作は、茶人にとって「基本のき」でありながら、長年積み重ねてきた稽古の内面があらわれる場でもあると言われています。茶巾がほつれていないか、汚れていないか、向きは逆ではないか、水が滴りすぎていないか。さらに、無駄のない動きでたためているか、たたんだ形がふっくら美しいかどうか(これを「福だめる(ふくだめる)」と表現します)。そのすべてをお客様の前で行うわけです。緊張しないはずがありません。
茶巾の素材は麻布が基本で、特に「奈良晒(ならさらし)」が良いとされています。寸法は曲尺で長さ1尺(約30.3cm)、幅5寸(約15.2cm)。手のひら1枚分より少し大きいサイズ感です。この小さな布一枚が、お点前の場では亭主の心の状態を映し出す鏡のような役割を果たしています。
茶巾は利休の言葉にも登場します。「茶巾、茶筅は新しきがよし」という教えがあり、いつも清潔でよい状態に保つことが茶人の嗜みとされています。消耗品として定期的に新しいものに取り替えることが推奨されており、けっして何年も使い続けるものではありません。意外ですね。
このように考えると、絞り茶巾は「一枚の麻布を通じて、自分自身の稽古の深さを問われる点前」と言えます。人前でたたむ所作だからこそ、より丁寧に。これが条件です。稽古を積むほどにその意味が身に染みてくる点前です。
参考:茶巾の扱いと内面の意味(note)
note(茶禅涼):たかが茶巾、されど茶巾
陶器に興味がある方にとって、筒茶碗は冬に一年で最も輝く陶器のひとつです。毎年1〜2月の限られた時期にしか使わないからこそ、その年の窯元の作や産地の違いを意識しながら選ぶ楽しみがあります。
茶道の世界では茶碗の格付けとして「一楽・二萩・三唐津」という言葉が古くから伝わります。これは楽焼(京都)、萩焼(山口県萩市)、唐津焼(佐賀県唐津市)の順に茶人に好まれてきたという意味です。筒茶碗においても、この三産地は代表的な選択肢になります。
🏺 萩焼の筒茶碗
山口県萩市で作られる萩焼は、柔らかな土と独特の釉薬が特徴で、使い込むにつれて表面の細かいヒビ(貫入)から茶の色が染み込んでいく「七化け」と呼ばれる変化が楽しめます。保温性が比較的高く、冬の点前に向いている素材感です。柔らかい質感が手のひらに馴染み、抱えるように持つ筒茶碗の扱いにしっくりきます。
🏺 信楽焼の筒茶碗
滋賀県甲賀市信楽町で作られる信楽焼は、土の素朴な風合いと自然な景色(ひびや火色)が特徴です。釉薬の流れ方が一点一点異なるため、世界にひとつだけの表情を持っています。冬の侘びた雰囲気に合う素朴さがあり、炉の時期のもてなしにぴったりの雰囲気を醸します。
🏺 備前焼の筒茶碗
岡山県備前市で作られる備前焼は、釉薬を一切使わずに高温で焼き上げる無釉焼締が特徴です。ゴツリとした土感と緋色・胡麻などの自然景色が個性的で、熱を蓄えやすい陶質が冬に向いています。力強い造形が多く、茶道愛好家の中でも個性派に好まれます。
筒茶碗を選ぶ際のポイントは「口径の小ささ」「縦の深さ」「手で包みやすい太さ」の3点です。実際に手に持ってみて、茶筅が入る口径(大体5〜6cm程度、はがきの短辺の約3分の1ほど)かどうかを確認するとよいでしょう。また、厚みがしっかりある陶器の方が保温性が高く、絞り茶巾の点前の精神にかなった選択といえます。
陶器好きの方であれば、筒茶碗を年に一度冬に出し入れする楽しみは、まさに季節の暦を道具で感じる豊かな体験です。窯元によっては一点一点銘が入った作行き(作家ものの筒茶碗)も多く、コレクションとしても奥が深い世界です。これは使えそうです。
参考:茶道における茶碗の種類と格付け
永寿堂:茶道における抹茶茶碗の種類と買い取りの際のポイント