洗い茶巾の点前で使う茶碗は、薄茶専用のため濃茶には絶対に使えません。
「洗い茶巾」という名前を耳にしても、その起源まで知っている方は意外と少ないものです。この点前には、今から400年以上前にさかのぼる深い逸話が残されています。
千利休の高弟として知られる「利休七哲」の一人に、瀬田掃部(せた かもん)という武将がいました。彼は大きな平高麗茶碗を大切にしていました。ある夏の日、利休から「その茶碗を使って、酷暑にふさわしい涼しい点前を考えてほしい」と依頼されたのがきっかけです。
掃部はその茶碗に水を張り、茶碗を琵琶湖に見立てました。そして長く大きな茶杓を自ら削り、琵琶湖に架かる名橋「瀬田の唐橋」と自分の名「瀬田」を掛けて、銘を「勢多(せた)」と名付けて利休をもてなしたのです。利休はこの趣向に大いに感嘆したと伝えられています。意外ですね。
この話は「南方録」という茶道の古典にも記されており、信頼性の高い由来として知られています。ただし、現代の裏千家における「洗い茶巾」の点前として体系化・確立したのは、13代家元の円能斎(えんのうさい)です。利休時代の「さらし茶巾」という原形が、時代を経て洗練されたのだということですね。
つまり洗い茶巾は、「涼を客にどう届けるか」という、もてなしの知恵と美意識が凝縮された点前です。単なる手順を覚えるだけでなく、この背景を知ることで点前の所作に深みが増します。
裏千家家元サイトでは、葉蓋・洗い茶巾の点前についての家元自身の解説が読めます。
洗い茶巾は、通常の薄茶の平点前と基本的な構成は同じです。ただし、3つの点で大きく異なります。それが条件です。
① 茶碗の仕込み方が違う
通常の点前では茶碗を乾いた状態で仕込みますが、洗い茶巾では平茶碗に水を6〜7分目(おおよそ深さの6割)まで注ぎ、茶巾を入れた状態で水屋から運び出します。茶巾のたたみ方は、茶巾を広げて対角線に三角形に折り、さらにそれを二つ折りにします。たたんだ茶巾の端を茶碗の右側へ少し出しておき、その上に茶筅・茶杓を仕組むのが正しい準備の形です。
② 茶碗は水を捨てるまで必ず両手扱い
水が入っているため、茶碗は建水に水を捨てるまで終始両手で扱います。運び点前では通常、棗と茶碗を一緒に持って入室しますが、洗い茶巾の場合は茶碗を両手で運ばなければならないため、棗と一緒には持てません。これは多くの初学者が最初につまずくポイントです。棚点前の場合は通常通りで問題ありません。
③ 点前の中で茶巾を絞ってたたむ
居前に落ち着いた後、右端に出ている茶巾を右手でゆっくり持ち上げます。このとき、茶巾からポタポタと水が滴り落ちる瞬間こそが、この点前の最大の見せ場です。一瞬止まって水音を聞かせてから、左手で受けるようにして半分に折りたたみます。次に茶碗の上で軽く絞り、建水の上に移して、しっかりと絞ります。その後、茶巾を広げていつも通りの形に畳み直し、釜の蓋に置きます。茶碗の水は建水に捨てて、以降は通常の薄茶点前と同じ流れになります。
水音で涼を届けるためには、建水の素材も重要です。建水は瀬戸(陶器)よりも唐金(からかね=金属製)の方が水音がよく響き、涼感の演出が高まるとされています。これは知っておくと得する知識です。
洗い茶巾の点前では、水に濡れた茶巾を点前の途中でたたみます。これが通常の茶巾と違うところで、難しさを感じる方も多いです。
まず、水屋での仕込み段階の「たたみ方」を正確に身につけることが先決です。乾いた茶巾を広げ、対角線に結んだ二つの角を持って三角形に折り、さらにそれを半分に折り合わせます。端がきれいに揃っているかを確認してから、茶碗の右に端を少し出した状態で入れます。これが基本です。
点前中の絞りとたたみには、いくつか注意点があります。まず、茶巾を持ち上げる際は焦らず、ゆっくり一瞬止めることが大切です。水が滴るその間を十分に見せることで、客が「水音の涼」を存分に味わえます。建水の上でしっかり絞ることで、次の茶碗拭きが美しくできます。固く絞り切れていないと、茶碗を清める際にしっかり拭けずに点前が乱れてしまいます。
茶巾を広げて畳み直す動作は、「最初に持ち上げた両端を両親指で取って広げ、左下に垂れている角を左親指で持ち上げてから畳む」という順番が正しいやり方です。水に濡れていると布が張りつきやすいので、普段から乾いた状態でのたたみ方の練習を繰り返しておくことが、点前本番で美しい所作につながります。
これは使えそうです。普段のお稽古のときも、「茶巾の端をきれいに揃えて畳む」という丁寧な習慣が、洗い茶巾の点前本番での美しさを左右すると言っても過言ではありません。
洗い茶巾の点前には必ず平茶碗(ひらちゃわん)を使います。平茶碗は、通常の茶碗より浅くて口が広い形状で、夏茶碗とも呼ばれます。使う時期は、風炉の季節である5月〜10月ですが、洗い茶巾の点前は特に酷暑の時期(7〜8月)に行うものです。
平茶碗のなかでも特に、裏千家の洗い茶巾に好まれるのが「馬盥(ばだらい)型」です。馬を洗う大きな盥(たらい)に似た形で、縁が少し外に立ち上がっているのが特徴です。水を張った状態で運ぶ洗い茶巾では、縁が立ち上がっているとこぼれにくく、また茶を点てる際にも扱いやすいというメリットがあります。
一方で完全に平らな「平型(ひらがた)」の茶碗は、水をたっぷり張ると運搬時にこぼしやすく、茶を点てる際にも茶を外に飛ばしてしまいやすい欠点があります。ある程度茶道の経験が積み重なってから使うものと考えておくのが無難です。
絵柄の選び方も大切です。夏の涼感を演出するには、青海波(せいがいは)・青楓・団扇・朝顔・あじさいといった夏の風物を描いた茶碗が一般的です。また、茶道には「少し先の季節を先取りする」という考え方もあり、8月の真夏にあえて秋草・撫子・トンボを描いた茶碗を用いることで、客に秋の涼しさを感じさせる演出もあります。
陶器の素材としては、信楽・備前・黄瀬戸・萩といった産地のものが夏の茶碗に多く用いられます。ただし、黄瀬戸は釉薬の成分で表面がザラつき、茶巾でしっかり茶碗内部を拭けないことがあるため、洗い茶巾には不向きとする声も茶人の間にあります。選ぶ際は手触りも確認するとよいでしょう。
平茶碗の選び方について、陶芸家の視点から詳しく解説したページがあります。
洗い茶巾の点前は、「夏の暑さの中でいかに客を涼しくするか」という命題に対する、裏千家が生み出した一つの美的回答です。この点前が他の点前と根本的に異なるのは、客の五感に直接働きかける「演出」が、所作そのものに組み込まれている点にあります。
視覚では、水を満たした茶碗の面が光を反射し、水中に揺れる茶巾の姿が涼やかな印象を与えます。聴覚では、茶巾を高めに持ち上げたときの水滴の音、そして建水に水を流し入れる音がせせらぎのような清涼感を届けます。この「水音」を最大限に引き出すために、建水は陶器の瀬戸ではなく唐金(からかね)がよいとされているのは、前のセクションで触れた通りです。
さらに触覚の観点では、客が手に取る茶碗はすでに水で冷やされているため、夏の盛りに熱い茶碗を受け取る不快感がなく、ひんやりとした茶碗の温度自体がおもてなしになります。これは知っておくと得する情報です。
現代のように空調が発達していない時代、人々は季節の感覚をごまかさず、むしろ正面から向き合いながら、それでも美しいと感じられるものを茶の湯の中に作り上げてきました。洗い茶巾はその典型です。点前が「芸術」として機能する瞬間と言えます。
お稽古でこの点前を行う際は、手順を正確にこなすことと同時に、「茶巾を持ち上げる速さ」「水が滴る間」「建水に水を捨てる角度と高さ」といった細部に意識を向けると、同じ点前でもその表現が大きく変わってきます。これが基本です。一連の所作を「音の設計」として意識して稽古することで、点前の完成度は一段と深まるでしょう。
また、洗い茶巾は家元・裏千家のQ&Aで「涼を味わう点前」として言及されており、もてなす茶室の環境も重要な要素です。涼を感じさせるために、茶室を清潔に保ち、水を打った庭や青々とした葉、窓から入る風なども点前と一体の演出として位置づけられています。
裏千家淡交会青年部北海道ブロックによる洗い茶巾の詳細解説はこちら。
茶道裏千家淡交会青年部北海道ブロック「No.79 洗い茶巾」