あの"ヘタウマ"な鶴の絵は、将軍自らが下絵を描き、200年以上も正月のお茶に使われ続けた国宝級の茶碗です。
寛永16年(1639年)、一枚の鶴の絵が日本から海を渡って朝鮮半島へと届きました。その絵を描いたのは他でもない、江戸幕府3代将軍・徳川家光です。「御本立鶴茶碗」の誕生を語るうえで、この事実は欠かせません。
家光自身が筆をとって鶴を描いたというと、さぞ名人の絵なのだろうと思うかもしれません。ところが実際の鶴の絵を見ると、線はたどたどしく、どこかためらいがちな筆使いで描かれています。いわゆる"ヘタウマ"な絵なのです。ところが、その素朴さこそが茶碗の意匠として絶妙に機能し、数百年にわたって多くの茶人を魅了してきました。
茶碗の形そのものをデザインしたのは、大名にして希代の茶人・小堀遠州(1579〜1647年)です。遠州は「きれいさび」と称される優美な美意識を持ち、茶の湯を芸術の域に高めた人物として知られます。遠州は、家光の鶴の絵図面と茶碗の切り型(器の形を示すひな型)を、対馬藩宗家を通して朝鮮半島・釜山の倭館へ送りました。つまり、将軍と一流の茶人が組んで進めた"特注プロジェクト"だったわけです。
📌 「御本茶碗」という名称自体、「御手本(お手本)を送って作らせた」という意味に由来します。
釜山には、対馬藩が管轄する日本人居住地「倭館」があり、その内に御用窯が設けられていました。この窯では日本からの注文に応じた陶器を次々と焼き上げており、寛永16年(1639年)からおよそ109年間にわたって稼働し続けました。御本立鶴茶碗は、まさにその黎明期に生み出された傑作です。
製作の目的はあるお祝いのためだったと伝えられています。それは、細川三斎の喜寿(77歳の長寿祝い)を正月の大福茶でもてなすためでした。実際、野村美術館が所蔵する茶碗の内箱蓋裏の貼り紙には、遠州がこの茶碗を好み、寛永16年の正月三が日にわたって将軍家の大福茶に使用されたことが明記されています。そのことからも、この茶碗が最初から"特別な正月の器"として誕生したことがわかります。
これは重要なポイントです。「鶴の絵がおめでたいから正月に使う」という習慣が後になって生まれたのではなく、正月のお茶のために作られた茶碗だということです。
野村美術館公式サイト:御本立鶴茶碗の所蔵品ギャラリー(野村美術館による公式解説文・伝来記録)
世の中には「御本立鶴茶碗」と呼ばれるものが複数現存しています。しかし、すべてが同格というわけではありません。その中でも最上手のものは「本手(ほんて)」と呼ばれ、他の多くの写しや類品とは別格に扱われます。
野村美術館が所蔵する茶碗は、まさにその「本手」に位置づけられる一品です。野村美術館の公式解説によれば、「数多く伝わる立鶴茶碗のなかで最も艶やかなできばえであり、大振りではあってもすっきりした感じに仕上がっている」と記されています。本手とその他の作品は、同じく鶴を描いた茶碗でも格付けが異なるということです。
器の外観を見ると、釉薬は枇杷色を基調とし、随所にピンク色の斑模様(いわゆる「鹿の子斑」)が現れています。この鹿の子斑は御本茶碗の最大の特徴で、素地が焼成中にわずかに還元炎にさらされることで生じる自然な窯変です。狙って出そうとしても難しく、茶碗の肌に散らばる斑点の出方そのものが美の評価軸になります。
鶴の描き方も精緻で、白い部分は白土の象嵌、くちばし・足・羽の黒い部分には鉄釉を施しています。鶴は茶碗の表と裏に一羽ずつ、計二羽が配されています。一羽は花開く前のわずかな雰囲気を持ち、もう一羽は羽を少し広げているように見えるなど、細部の表情の違いも観察の楽しみです。
ただ、現存する「本手」に近いものは数点に過ぎず、その本歌となる作例はごくわずかとしか確認されていません。野村美術館の所蔵品を見ることは、茶の湯の歴史そのものに触れることといっても過言ではないのです。
| 項目 | 本手(野村美術館蔵)の寸法 |
|------|---------------------------|
| 口径 | 約12.4cm |
| 高さ | 約9.9cm |
| 高台径 | 約6.2cm |
参考として、写し品の一例では幅11.9〜12.1cm、高さ9.4〜9.8cmとほぼ同等の寸法で作られており、切り型または仕様書が残っていたと推定されるほど忠実に再現されています。本手の格の高さを示す証左でもあります。
婦人画報:陶芸家・田端志音さんによる御本立鶴茶碗の詳細な写し絵と観察記録(ヘタウマな鶴の美学を読み解く専門家の視点)
御本立鶴茶碗には、見逃してしまいがちなのに実はもっとも個性的な部分があります。それが高台(こうだい)、つまり茶碗の底面です。
この茶碗の高台は三か所に切れ込みが入った「三つ割高台」という形状をとっています。それだけでも十分に特徴的ですが、さらに注目すべきは、その三つの足の長さがすべて異なる点です。均等ではなく、意図的にアンバランスな長さに仕上げられています。加えて、中央部分には「兜巾(ときん)」と呼ばれるやや盛り上がりが認められます。
なぜ、このような形状になっているのでしょうか。実は、切り込みの深さや配置こそが「本手か否か」を見分ける重要な基準の一つとされています。高台脇の形状も美しく、高台の内側まで釉薬が及んでいる点も本手の品格を示すポイントです。
また、日本の茶陶に多く見られる低い輪高台とは全く異なるこの形状は、朝鮮陶磁の粉青沙器(ふんせいさき)の技術的文脈から生まれたものです。三つ足の高台は、焼成時に均等な温度分布を保つ実用的な機能も担っているとされています。実物を目の前にしたとき、ガラスケース越しにでも高台の方向から覗き込んでみると、この茶碗の造形的なおもしろさが一気に広がります。
つまり、高台を見れば「わかった人」です。
さらに独自視点で付け加えると、この「三つ割高台」は後世の写しを大量に生んだ最大の原因とも言えます。切り型さえあれば高台の外形は再現できますが、三足の長さの微妙な差異や鹿の子斑の出方は制御できず、そこに本手と写しとの埋めがたい差が生まれます。茶碗の「見るべき点」を知っていると、美術館での15分が格段に充実するはずです。
茶の湯辞典:御本立鶴茶碗の高台の形状・大福茶との関係・写しの特徴についての専門解説
一つの茶碗が400年近い時間をかけて、複数の歴史的人物の手を渡り歩いてきた事実は、それだけで物語になります。御本立鶴茶碗の伝来経路は、日本の茶の湯史を圧縮して見るようなドラマです。
小堀遠州自身が愛用した後、茶碗はいくつかの手を経て江戸中期の大名茶人・松平不昧(1751〜1818年)のもとへと向かいます。出雲松江藩の藩主であった不昧公は、800点以上ともいわれる茶道具を収集した稀代の数寄者(すきもの)です。
不昧公は、この茶碗を竹屋忠兵衛という人物が所持していた際、どうしても手に入れたいと譲渡を希望しました。ところが竹屋は手放さず、貸し出すにとどまりました。不昧公は長期にわたって借用したお礼として、自らが銘を記した替箱(代わりの箱)を添えて返却しました。その柾目の美しい桐箱が現在も伝来しています。茶碗へのこれほどの執着と、返却時の粋な心遣いが同居している点が、不昧公らしいエピソードとも言えます。
不昧公が蒐集した茶道具の台帳である「雲州蔵帳」には、この茶碗について明確な評価が記されています。
「御本立鶴 伏見屋切八 金十枚 位三百両」
「位三百両」とは、当時の価値として三百両相当と見積もったことを意味します。江戸時代中期の一両はおよそ現代の3〜5万円相当と試算されることが多く、三百両は単純換算で1,000万円前後になります。ただし茶道具の世界では実際の市場価格と格付けは別物であり、「位三百両」という表現自体が茶道具の名品に与えられる最高レベルの評価指標のひとつです。これが中興名物として確定的な地位を得た大きな根拠になっています。
その後、茶碗は野村徳七(号・得庵、1878〜1945年)のコレクションに加わりました。野村証券・旧大和銀行の創業者であり、一代で野村財閥を築いた得庵は、同時に茶の湯に全身全霊で打ち込んだ数寄者でもありました。得庵は毎年正月、家族や来客にこの茶碗でお茶をふるまったと伝わり、現在の野村美術館理事長も子ども時代にその記憶があることを語っています。
遠州 → 松平不昧 → 野村得庵と受け継がれた経緯が、この一碗に凝縮されているということですね。
実際に野村美術館へ足を運んで御本立鶴茶碗を見るためには、知っておくべき実用的な情報があります。見逃しがちなポイントを整理します。
野村美術館の基本情報
野村美術館は京都市左京区、南禅寺の境内のすぐそばに位置します。住所は〒606-8434 京都府京都市左京区南禅寺下河原町61です。アクセスは、地下鉄東西線「蹴上」駅から徒歩約10分、または市バス「南禅寺・永観堂道」バス停から徒歩約5分が目安です。
| 項目 | 内容 |
|------|------|
| 開館時間 | 10:00〜16:30(入館は16:00まで) |
| 入館料 | 一般1,000円・高校・大学生300円・中学生以下無料 |
| 休館日 | 月曜日(祝日の場合は翌火曜)、夏季・冬季休館 |
| 開館期間 | 春季:3月上旬〜6月上旬 / 秋季:9月上旬〜12月上旬 |
重要なのは、この美術館は年中無休ではなく、春と秋の年2回しか開館しない点です。夏と冬は完全休館となるため、「いつでも行ける」と思っていると見逃します。行く前に必ず公式サイトで展示スケジュールを確認する必要があります。
📌 御本立鶴茶碗は常設展示ではなく、展示替えがあります。必ずしも訪問時に展示されているとは限りません。公式サイトか電話(075-751-0374)で展示内容を確認してから訪問するのがベストです。
実物鑑賞のための観察チェックリスト
🔍 鑑賞の際はこの5点に注目すると、見え方が大きく変わります。
- 鹿の子斑(かのこふ):釉薬の中にほんのり浮かぶピンクのまだら模様。均等でなく、偶然に散らばる様子そのものが美の核心
- 鶴の絵(象嵌技法):白化粧土を彫りに嵌め込んだ白い体と、鉄釉で仕上げた黒い足・くちばし。線のたどたどしさが"味"
- 三つ割高台:三か所の切れ込みの長さが微妙にバラバラ。中心部の兜巾の盛り上がりも確認できると◎
- 釉薬の枇杷色:全体を包む温かみのあるオレンジ寄りの黄土色。萩焼に似た肌触りを想像すると近い
- 器の大きさ感:口径12.4cm、高さ9.9cmは大ぶりな部類。手に収まるサイズながら、どっしりとした存在感がある
最後にもう一点。野村美術館ではお茶席(別途700円程度)を楽しむこともできる日があります。茶碗の展示を鑑賞した後でお茶を一服いただくと、茶道具を単なる観賞物としてではなく、実際に使う器として感じ直すことができます。これは使えそうです。展示鑑賞とあわせてぜひ計画に組み込んでみてください。
野村美術館公式サイト:最新の展覧会スケジュール・開館情報・お茶席案内(訪問前の確認に必須)