粉青沙器は日本で「三島」と呼ばれることが多い焼き物です。
粉青沙器は14世紀半ばの高麗時代末期に誕生し、15世紀の李氏朝鮮時代前期に最盛期を迎えました。正式名称は「粉粧灰青沙器」で、1930年代に美術史家の高裕燮が命名したものを略称したものです。
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高麗青磁の技術が衰退する中、各地へ散った陶工たちによって自然発生的に生まれた陶磁器といえるでしょう。
転換期の産物です。
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16世紀前半には白磁の台頭により徐々に消滅していきました。その後の朝鮮王朝では李朝白磁が主流となります。粉青沙器が作られた期間は約200年ほどですが、その独特の美は今も多くの人を魅了しています。
茶道文化が盛んだった日本では、この時期の粉青沙器が茶器として高く評価されました。現代でも美術館や個人コレクターによって大切に保管されています。
参考)https://www.fujingaho.jp/culture/craft-tableware/a45453067/mishima-20231008/
粉青沙器の基本的な製法は、鉄分の多い灰色または灰黒色の土を素地とし、その上にきめ細かい白化粧土を施し、透明釉をかけて焼成するものです。
この白化粧土の使用が最大の特徴といえます。
素地は青磁と同種の土を使用しています。鉄分が多いため、そのままでは灰黒色になります。
白化粧土を施す前に、象嵌、印花文、掻落し、鉄絵といった様々な技法で模様を表現します。技法によって印象が大きく変わるのが面白いところです。
焼成温度や釉薬の調合も重要な要素で、柔らかな感じの仕上がりを出すために木灰を用いることが多いです。ゼーゲルSK8程度の温度でゆるい還元焼成を行います。
参考)http://kazenokama.o.oo7.jp/gihou.html
象嵌技法は、鉄分が多い素地で成形した器に箆や櫛で紋様を入れ、くぼみを白土で埋め込む手法です。
高麗青磁の象嵌技法の名残といえます。
埋め込み作業は生素地でも素焼き後でも可能で、器の形状や紋様の形態により選択します。
技術的な自由度が高いです。
印花文様は、器面にスタンプを使って同じ形の模様を敷き詰め、そこに象嵌と同様に違う色の土を嵌める技法です。日本では「三島」と呼ばれて人気を博しました。
代表的な文様には菊花文や蓮弁文があり、全体に3種類の菊花文が印花で象嵌された扁壺などが有名です。規則的に並んだ文様が独特のリズムを生み出します。
粉青沙器の印花技法のものは、日本では「三島」または「三島手」と呼ばれています。静岡県の三島大社が発行していた「三島暦」の仮名文字を装飾模様に見立てたという説が有力です。
日本の茶人たちは15〜16世紀に朝鮮南部で焼成された三島を特に好みました。高麗時代の青磁技法の名残である枯れた文様が、茶道の侘び寂びと相性が良かったのです。
日本各地の窯業地でも三島の象嵌技法は好まれ、唐津や瀬戸などで製作されました。粉青沙器でない陶磁器としても三島手が作られています。
現代でも三島手の技法は日本の陶芸家によって継承されており、伝統的な美意識を受け継いでいます。ただし古い粉青沙器と比べると、現代作家の作品は「重い」「首が細い」といった機能性の文句を言われることもあります。
参考になる粉青沙器の詳しい解説はこちら
粉青沙器(ふんせいさき)とは|李氏朝鮮時代前半を代表する陶磁…
粉青沙器と李朝白磁は同じ李氏朝鮮時代の陶磁器ですが、製作技法と外観が大きく異なります。
見分けるポイントを押さえましょう。
粉青沙器は鉄分の多い灰色の素地に白化粧土を施したもので、やや灰白色を帯びた独特の色合いが特徴です。一方、李朝白磁は鉄分をほとんど含まない純白の粘土を使用し、純白や乳白色の美しい仕上がりになります。
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白磁は釉薬の透明感と滑らかさが際立ち、薄く柔らかな釉薬の層が均一にかかっています。貫入がない、もしくは目立たないものがほとんどです。
粉青沙器は15〜16世紀頃に隆盛し衰退した後、白磁に注力されて完成されていきました。時代的な流れが白磁へと移行したということです。器の色味と釉薬の質感を見れば、両者の違いは明確に判断できます。
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