蛇の目高台時代の見分け方と歴史

蛇の目高台は中国から日本へと伝わった技法ですが、いつの時代に作られたかで形状が大きく異なります。江戸後期の伊万里焼に多く見られる蛇の目高台ですが、中国では9世紀にピークを迎えすでに消滅していた技法だとご存知でしたか?

蛇の目高台時代

中国で生まれたとされる蛇の目高台ですが、実は見逃しがちな時代判定の鍵が隠されています。


この記事の3つのポイント
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中国での蛇の目高台の歴史

唐代8世紀末に登場し9世紀前半にピークを迎えた後、850~875年頃に輪高台へ変化して消滅した技法

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日本での蛇の目高台の時期

平安京では810~870年頃に緑釉陶器で使用され、伊万里焼では江戸後期(18世紀中期以降)に本格的に普及した

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時代判定のポイント

蕎麦猪口の高台を見れば江戸後期かどうか一目で判別可能。蛇の目高台なら後期、べた底なら中期が基本

蛇の目高台が中国で消えた時代に日本で使われた理由


蛇の目高台は中国の唐代後半、8世紀末頃に越州窯青磁やケイ州窯白磁で登場しました。794年に浙江省で出土した青磁碗が確実な例とされています。


参考)大阪市立東洋陶磁美術館


この技法は平底の中央部分を削り取る改良形で、全ての碗が蛇の目高台だったわけではありません。


主流は平底でした。



量的なピークは9世紀前半です。この時期には越州窯青磁で平底よりも蛇の目高台の方が多くなりました。


しかし850年代以降、蛇の目高台は姿を消します。越州窯では860年以降、蛇の目高台から輪高台に変化したとされています。つまり850年から875年の間に消滅したわけです。


日本では平安京において810年から870年頃の時期に緑釉陶器の蛇の目高台が現れました。これは中国で作られた年代とほぼ一致しており、同時代性の高い模倣だったといえます。


蛇の目高台の時代判定で見落としがちな形状の違い

蛇の目高台には幅広い定義があります。高台の幅が広く、同心円の蛇の目のように見える形状を指します。


参考)陶器の底の出っ張り部分の名称は、なーんだ?


伊万里焼の蕎麦猪口では、江戸中期まで「べた底」と呼ばれる高台全体に釉薬がかけられたものが主流でした。


高さのない高台です。



参考)https://edoichikawa.com/%E3%80%90%E8%95%8E%E9%BA%A6%E7%8C%AA%E5%8F%A3%E8%B2%B7%E5%8F%96%E3%80%91%E3%81%8A%E7%8C%AA%E5%8F%A3%E3%83%BB%E8%95%8E%E9%BA%A6%E7%8C%AA%E5%8F%A3%E3%82%92%E5%A3%B2%E3%82%8B%E9%9A%9B%E3%81%AB%E7%9F%A5/


江戸後期になると「蛇の目高台」が主流になりました。中央の丸く窪んだ部分にのみ釉薬がかかるものです。


高台を見れば後期かどうかが判別できますね。



初期伊万里では「あげ底高台」が特徴的です。小振りな猪口でも底が厚めに作られており、見た目よりずしりと重く感じます。


高台の形状によって輪高台、片薄高台、割高台、四方高台、糸切高台などさまざまな種類があります。輪高台は円形で高台の幅が狭い最も一般的な形です。


江戸後期に蛇の目高台が広まった窯道具の工夫

18世紀中期、筒形の蕎麦猪口が登場しました。この時期に幅広に削り込んだ蛇の目凹形高台が定番化しています。


参考)学芸の小部屋 瑠璃釉 葦文 稜花皿 -戸栗美術館-


蛇の目凹形高台は18世紀半ばから現れました。器の裏の高台内を蛇の目状に釉薬を塗らず、チャツやハマという窯道具をあてて焼いていました。


参考)詳細検索


18世紀後半には戸車も窯道具に使用されるようになります。戸車は厚さ2cm弱の平らなドーナツ形の粘土です。蛇の目凹形高台の器の下にはさんで焼成後、戸車として出荷しました。


これは効率的な生産のための工夫でした。戸車も蛇の目凹形高台の器も江戸後期の遺跡ではよく出土しています。


窯道具の改良により、量産が可能になったということですね。


この技法は江戸期を通じて続きました。



参考)https://www.umakato.jp/column_ceramic/a_vol20.html


蛇の目高台を使った重ね積み技法の特徴

重ね積みは皿や鉢の内側を蛇の目状に釉剥ぎし、上に重ねる器の高台が釉剥ぎした部分に乗るようにして焼成する方法です。肥前の陶磁器では17世紀初頭からこの技法が見られます。


蛇の目剥ぎは砂目積みの技法と同時代に出現しましたが、砂目積みが初期のみなのに対し、蛇の目積みは江戸期を通じて続きました。唐津焼では銅緑釉や鉄釉の皿によく見られます。


器を回転させカンナで削り落として釉剥ぎします。素焼きをしない生の状態なら、釉薬だけでなく素地も削り取られます。蛇の目部分が窪んでいれば生掛けと判断できますね。


重ね積みは本来量産の技法です。見込みに傷がつくため、高級品に用いられることはほとんどありません。


釉薬を剥ぎ取った部分は光沢がなくざらざらしています。この欠点を補うため、重ね積みで焼成した後に上絵付けで加飾する場合がありました。17世紀後半の有田の色絵磁器から19世紀の平佐焼まで幅広く行われています。


蛇の目高台から見る陶芸技法の東アジア交流

高麗青磁の中にも蛇の目高台があります。高麗青磁で最初の形式が蛇の目高台だろうと韓国、日本の学者が共通して言っています。


中国で10世紀後半になくなった蛇の目高台を、それ以後に韓国で作られたと考えるのは不自然です。越州との密接な関係を考えると、遅くとも10世紀中頃には同じものを作っていたと考えるのが妥当でしょう。


参考)大阪市立東洋陶磁美術館


日本の緑釉陶器では京都の洛北、洛西、篠の古窯で9世紀の初めごろから後半ぐらいの間だけ蛇の目高台が出てきます。その後10世紀に入ると全て輪高台に変わりました。


これは非常に同時代性の高い模倣といえます。東アジア全体で技術が伝播していた証拠ですね。


蛇の目高台は単なる装飾ではなく、窯詰めの効率化という実用的な目的がありました。この技術が時代や地域によってどう変化したかを見ることで、陶芸史の流れが理解できます。


高台を見るだけで時代判定ができるようになれば、骨董品の鑑定や陶芸作品の理解が深まります。蕎麦猪口を手にする際は、ひっくり返して高台をチェックする習慣をつけましょう。


参考)骨董初心者の知識ー蛇の目高台 江戸後期の伊万里焼 蕎麦猪口 …


大阪市立東洋陶磁美術館の研究報告:蛇の目高台の詳細な編年と出土事例




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