畠山記念館で陶磁器を鑑賞しても、入館料1,500円を払って何も知らずに出てくると確実に損をしています。
東京都港区白金台に静かにたたずむ荏原 畠山美術館(旧称:畠山記念館)。この美術館の土地の来歴は、江戸時代まで遡ります。もともとこの一帯は、1669年(寛文9年)に江戸幕府から薩摩藩主・島津家に下付された土地でした。明治維新後は同じく薩摩出身の政治家、寺島宗則(外務卿)の邸宅となり、明治13年(1880年)には明治天皇による天覧能が催された由緒ある場所です。
その後、1937年(昭和12年)に荏原製作所の創業者・畠山一清(号:即翁、1881〜1971)が寺島宗則伯爵邸の跡地、約3,000坪(東京ドームのグラウンド約2個分に相当)を購入しました。畠山はここに奈良・般若寺の遺構や加賀前田家重臣・横山家の能舞台などを移築し、「般若苑」という壮大な私邸を造営しています。
この「般若苑」という名を聞けば、文学好きには馴染み深い響きがあるでしょう。実は邸内の一部が戦後に料亭として開業し、三島由紀夫の小説『宴のあと』の舞台モデルになったことで知られるようになりました。白金台という閑静な住宅街に、これだけの歴史が凝縮されているわけです。つまり「ただの美術館の隣の土地」ではありません。
畠山一清は実業家でありながら「最後の近代数寄者」と称された茶人でもありました。彼は1960年(昭和35年)に畠山記念財団を設立し、1964年(昭和39年)に般若苑の一角に美術館を開設。コレクションを「與衆愛玩(よしゅうあいがん)」、すなわち皆で一緒に愛で楽しむという姿勢で一般公開しました。宣伝は一切せず、開館記念のポスターすら作らなかったというエピソードは、いかに彼が茶人の矜持を重んじていたかを物語っています。
荏原 畠山美術館「当館について」:創立者・畠山一清の理念とコレクションの概要が分かります
美術館の隣地、すなわち料亭「般若苑」が閉業した後の跡地(約7,000平方メートル)に、2013年ごろから巨大な施設が建設され始めました。地上4階・地下2階の白亜の建物で、地域住民やメディアの間で注目を集めた施設です。
この建物こそ「テラス白金(TERRACE shirokane)」と呼ばれる施設です。ソフトバンクグループ代表・孫正義氏が建てた迎賓館あるいは別邸だとする説が、周辺住民の間で根強くささやかれています。建設当時の報道では「土地代だけで55億円、建設費を含めれば総工費80億円超」とも言われ、ニュースポストセブンなどのメディアが「孫正義氏が極秘視察」と報じています。ただし、孫氏本人やソフトバンクが公式に認めているわけではなく、あくまで噂の範疇である点は注意が必要です。
意外ですね。陶磁器や茶道具を見に行く静かな美術館のすぐ隣が、日本屈指のIT起業家が所有するとされる80億円超の豪邸というのは、なかなか想像しがたい取り合わせです。
実は、この土地のつながりはさらに深いものがあります。般若苑の元の土地は、前述の通り畠山一清が購入した元・薩摩藩邸の一部です。畠山は約3,000坪を購入した後、その一部(般若苑エリア)を料亭の経営者に売却。その後さらに転売が繰り返され、最終的に現在の「テラス白金」の敷地となりました。つまり、美術館と隣接する豪邸は、もともと同じ一枚の土地だったのです。これが歴史の連続性です。
Wikipedia「般若苑」:料亭般若苑の歴史と三島由紀夫『宴のあと』との関係が詳しく解説されています
陶磁器好きが畠山記念館(現・荏原 畠山美術館)を訪れるべき最大の理由は、茶道具を中心とした陶磁器コレクションの質と量です。収蔵品は国宝6件・重要文化財33件を含む約1,300件に及び、日本・中国・朝鮮の陶磁器が網羅的に揃っています。
なかでも陶磁器ファンが注目すべき重要文化財には以下のような名器があります。
これが基本です。陶磁器を愛でるとき、単に「きれい」「古い」で終わらず、器の来歴や銘(めい)の意味を知ることで鑑賞の深みは格段に変わります。
とくに注目したいのが「楽焼赤茶碗 雪峰」です。本阿弥光悦(1558〜1637)は日本の工芸史において最初に陶芸を「芸術の域」まで高めたとされる人物で、失敗作に金継ぎを施して傑作に昇華させたこの碗は、「不完全の中に美を見出す」という茶の湯哲学そのものを体現しています。損な見方をしないためにも、事前に各作品の銘と由来を公式サイトや図録で確認してから訪れることをおすすめします。
荏原 畠山美術館「コレクション」:国宝・重要文化財を含む主要所蔵品のリストと解説が確認できます
陶磁器や茶道具に詳しい人ほど、畠山コレクションの中で「雲州蔵帳」という言葉を耳にしたことがあるはずです。これは江戸時代後期の大名茶人・松平不昧(まつだいら ふまい、松江藩七代藩主・松平治郷)が作成した茶道具の目録で、今日の茶道具鑑定における最高権威の一つとされています。
畠山一清はこの松平不昧を深く尊敬し、雲州蔵帳に記載された名器を生涯をかけて収集し続けました。その結果、一清は「雲州蔵帳」記載の茶道具を計28点(没後に2点が加わり合計30点)も手元に集めることに成功しています。これは個人コレクターとしては異例の数字です。
30点という数字をもう少し具体的にイメージしてほしいのですが、雲州蔵帳には数百点の茶道具が記録されており、その中から30点を「個人で」手元に揃えるというのは、オークションで言えば世界の名画を一人で30枚集めるようなもので、財力と審美眼の両方が問われる偉業です。
陶磁器のコレクションを楽しむうえで大切なことですね。松平不昧と畠山即翁という二人の茶人の美意識がつながる名品群を、一か所でまとめて見られる美術館は日本広しといえどそう多くありません。展覧会の会期ごとに展示作品は入れ替わるため、目的の茶碗が出ている時期を公式サイトで確認してから訪問するのが賢明です。
美術展ナビ「即翁と、二万坪松平不昧 夢の茶苑」:雲州蔵帳ゆかりの名品と即翁の収集過程について詳しく解説されています
2019年3月から約4年半にわたる大規模改修を経て、2024年10月5日に「荏原 畠山美術館」として生まれ変わった現在の姿は、以前の畠山記念館を知る人にとっても大きな変化があります。
最大の変化は「新館」の増築です。これまでの本館だけでは展示スペースが限られ、9メートルにも及ぶ重要文化財「金銀泥四季草花下絵古今集和歌巻」(本阿弥光悦書・俵屋宗達下絵)は3期に分けて部分展示するしかありませんでした。新館の完成によって初めて全長を通して一覧できるようになっています。これは使えそうです。
また、陶磁器や漆芸など、スペースの関係からこれまで公開の機会が少なかった作品群も積極的に出展されるようになりました。岡部昌幸館長が「摩周湖のような透明度」と称する最新ガラスケースを採用しており、陶磁器の肌質や釉薬の繊細なニュアンスが以前よりも格段にクリアに見えるようになっています。
さらに新館の地下1階には「ホワイトキューブ」の展示室が設けられ、西洋画や現代アート・インスタレーションも展示できる多目的スペースとなりました。茶の湯の古美術と現代アートが同じ空間に共存するという、新しい畠山美術館の方向性が見えてきます。
入館料はオンラインチケット購入で一般1,300円(当日窓口は1,500円)。中学生以下は無料です。完全キャッシュレス・事前オンライン購入が推奨されており、当日券は割高になる点に注意が必要です。アクセスは都営浅草線「高輪台」駅から徒歩5分、または東京メトロ南北線・都営三田線「白金台」駅から徒歩10分です。
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 🏛️ 正式名称 | 荏原 畠山美術館(旧称:畠山記念館) |
| 📍 住所 | 東京都港区白金台2-20-12 |
| 🚉 最寄駅 | 高輪台駅(徒歩5分)/白金台駅(徒歩10分) |
| 🕐 開館時間 | 春夏 10:00〜17:00 / 秋冬 10:00〜16:30 |
| 💴 入館料 | 一般1,500円(オンライン1,300円)、中学生以下無料 |
| 📅 休館日 | 毎週月曜日・展示替え期間・年末年始 |
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