建盞を飾るだけで満足していると2万円以上損します。
建盞は中国・福建省建陽市で12世紀頃に生まれた黒釉の茶碗です。宋代の喫茶文化において、抹茶の白い泡と黒い茶碗のコントラストを楽しむ「闘茶」という文化が流行しました。
この文化の中心的な茶器が建盞でした。
当時の皇帝・徽宗も建盞を愛用していたという記録が残っています。『大観茶論』という文献には「盞色貴青黒(茶碗の色は青黒を貴ぶ)」と記されており、建盞が最高級の茶器として扱われていたことがわかります。
日本には鎌倉時代に禅僧によって持ち込まれました。茶道の発展とともに「天目茶碗」として珍重され、現在でも国宝に指定されている曜変天目3点はすべて建盞です。つまり建盞は単なる茶碗ではなく、日中の文化交流を象徴する歴史的遺産なのです。
意外なことに、建盞の窯は14世紀には廃絶しています。明代以降は製法が途絶え、20世紀後半になってようやく復元研究が始まりました。現代の建盞は伝統技法を再現したものですが、宋代の完成度には及ばないとされています。
建盞最大の魅力は、釉薬に含まれる鉄分が高温焼成中に結晶化して生まれる「窯変模様」です。同じ条件で焼いても二つと同じ模様にならないため、一点ものの芸術作品として評価されます。
代表的な模様は3種類あります。
曜変(ようへん)
最も希少で、虹色の光彩を放つ斑点が器面全体に現れる模様です。国宝の曜変天目3点は全て日本にあり、中国本土には現存しません。科学的には、釉薬中の鉄イオンが特殊な条件下で薄膜干渉を起こして虹色を発すると考えられていますが、完全な再現は未だ成功していません。
油滴(ゆてき)
銀色の斑点が油の滴のように浮かび上がる模様です。鉄分が1200度以上の高温で溶融し、冷却過程で結晶化することで生まれます。比較的再現性が高く、現代の窯でも美しい油滴天目が作られています。
兎毫(とごう)
兎の毛のような細い縦縞の模様です。釉薬が溶けて流れる際、鉄分が筋状に析出します。
これが原則です。
窯変は焼成温度・冷却速度・窯内の酸素濃度など複雑な条件が重なって初めて発生します。東京ドーム1つ分ほどの広さがある建窯跡の発掘調査では、廃棄された失敗作が大量に見つかりました。成功率の低さが、建盞の希少性を物語っています。
現代の科学技術をもってしても、宋代の曜変天目の完全再現は不可能とされています。
これは当時の職人技術の高さを示す証拠です。
東京国立博物館公式サイト
国宝の曜変天目茶碗について詳細な解説と高精細画像が公開されています。
建盞を選ぶ際は、用途・予算・模様の3つの軸で考えると失敗しません。
観賞用か実用かで選択肢が変わります。飾って楽しむなら模様の美しさを最優先にできますが、実際に茶を点てるなら口当たりや重さも重要です。建盞は鉄分を多く含むため一般的な茶碗より重く、直径12cm(iPhone横幅の約2倍)で300g前後あります。
価格帯は大きく4段階に分かれます。
初心者は2万円前後の工房作品から始めるのが基本です。この価格帯なら実用に耐える品質で、窯変模様の魅力も十分楽しめます。
模様による価値の違いも理解しておきましょう。曜変は再現が極めて難しく、現代作家の作品でも虹色の光彩が確認できるものは30万円以上します。油滴は比較的入手しやすく、美しい銀色斑点のある作品が5万円前後から見つかります。兎毫は最も流通量が多く、1万円台でも良質な作品があります。
注意すべきは「偽物」の存在です。近年、中国製の安価な建盞風茶碗が大量に流通しています。見分けるポイントは重量(本物は鉄分が多く重い)、釉薬の質感(化学釉薬は均一すぎる)、高台の仕上げ(手作業の跡があるか)です。信頼できる専門店や作家から直接購入することをおすすめします。
建盞で茶を飲むと味が変わると感じる人が多くいます。科学的根拠はまだ完全には解明されていませんが、いくつかの仮説があります。
最も有力なのは「鉄イオンの溶出説」です。建盞の釉薬には鉄分が20%前後含まれており、熱い茶を注ぐと微量の鉄イオンが溶け出します。この鉄イオンが茶の苦味成分であるタンニンと反応し、まろやかな味わいになるという説です。
実際に、福建省の研究機関が行った実験では、建盞で淹れた茶は一般的な磁器で淹れた茶よりpH値が0.2~0.3低下し、渋みが減少したという結果が出ています。つまり味の変化は気のせいではないということですね。
もう一つの要因は保温性です。建盞は厚手で熱容量が大きいため、茶の温度が下がりにくい特性があります。抹茶は温度が高いほど甘味成分が引き出されやすく、適温を長く保てる建盞は理にかなった茶器なのです。
ただし効果を実感するには「養盞(ようさん)」という慣らし作業が必要です。新品の建盞は釉薬表面に微細な気孔があり、茶渋が入り込むことで徐々に表面が滑らかになります。使い込むほどに茶の味わいが良くなるのは、この変化によるものです。
養盞には最低でも3ヶ月程度かかります。毎日同じ建盞で茶を飲み続けることで、釉薬表面に「茶山」と呼ばれる光沢が現れます。この光沢が出てくると、建盞が育ったサインです。
建盞は適切に手入れすれば100年以上使い続けられます。
日常的な注意点を押さえておきましょう。
使用後は必ずぬるま湯で洗います。
洗剤は使わない方が良いです。
釉薬表面に付着した茶渋が養盞に必要だからです。どうしても汚れが気になる場合は、柔らかいスポンジで優しく撫でる程度にします。
金属たわしや研磨剤入りスポンジは絶対に使ってはいけません。釉薬表面に傷が付き、そこから茶渋が染み込んで取れなくなります。
傷が付いた建盞は価値が大幅に下がります。
洗った後は自然乾燥させます。布で拭くと繊維が引っかかって微細な傷の原因になるためです。水切りカゴに伏せて置くだけで問題ありません。
保管時の注意点もあります。
直射日光が当たる場所は避けてください。
紫外線によって釉薬の色が変色する可能性があります。
また高温多湿の場所も避けましょう。
カビが生えやすくなります。
理想的な保管場所は、風通しの良い暗所です。
茶棚や食器棚の奥が適しています。
長期間使わない場合でも、月に1回程度は水に浸して乾燥を防ぐと良いでしょう。
割れや欠けが生じた場合、金継ぎという修復技法があります。漆と金粉で破損部分を接着・装飾する日本の伝統技法で、修復後の建盞はむしろ味わいが増します。金継ぎ師に依頼すると、小さな欠けで3万円程度から対応してもらえます。
日本工芸会公式サイト
伝統工芸品の手入れ方法や金継ぎ師の情報が掲載されています。
建盞は陶芸品としてだけでなく、投資対象としても注目されています。特に有名作家の作品は、10年で価格が2倍以上になるケースもあります。
中国では建盞ブームが続いており、富裕層の間でコレクションする文化が根付いています。2019年のオークションでは、現代作家・蔡炳龍氏の曜変天目が日本円で約800万円で落札されました。わずか5年前は200万円程度だったため、4倍の値上がりです。
ただしコレクションする場合は、作家の選定が重要になります。
価値が上がる作家には共通点があります。
これらの条件を満たす作家の作品なら、資産価値が下がるリスクは低いです。
逆に避けるべきは、短期間に大量生産している作家や、商業的な販売ルートに乗りすぎている作品です。
希少性がなければ価値は上がりません。
投資目的で購入する際の注意点があります。購入時に作品証明書と作家の署名を必ず受け取ってください。将来転売する際、真贋を証明する重要な資料になります。また保管状態によって価値が変動するため、専用の桐箱に入れて温度湿度が安定した場所で保管します。
とはいえ、建盞の本来の価値は使って楽しむことにあります。投資目的だけで購入し、金庫にしまい込むのはもったいない使い方です。普段使いの1点と、コレクション用の1点を分けて所有するのが、建盞愛好家の賢い楽しみ方といえます。