銅板転写食器だと思って買ったのに、実は釉薬の"上"に絵が乗っているだけで、洗うたびに柄が剥げていく食器だったとしたら?
銅板転写(どうばんてんしゃ)とは、銅製の版に鉄筆で絵柄を彫り込み、そこに顔料を詰めて薄い和紙に転写し、その紙ごと陶器に貼り付けて絵柄を焼き付ける技法です。版画の原理を陶磁器に応用したもので、英語では「Transfer Printing(トランスファープリント)」とも呼ばれます。
この技法が誕生したのは18世紀のイギリスでした。それ以前の陶磁器の絵付けはすべて職人の手描きによるもので、絵付きの食器は王侯貴族しか手が届かない贅沢品でした。1780年代にスポード(Spode)社が銅板転写を実用化したことで、ブルー&ホワイトの絵付け食器は一般家庭にも普及します。これは陶磁器界における産業革命とも言えるほどの大変革でした。
つまり「銅板転写=大量生産のための技法」という歴史的背景があります。
しかしそれは同時に、職人の手仕事が消えていく歴史の始まりでもありました。銅板の彫刻自体は人間の手で行うため、1枚1枚の銅板から生まれる転写紙には色の濃淡や線の太さにわずかな個体差があります。また、丸みのある器の表面に平面の転写紙を貼り付ける作業には高い熟練が必要です。曲面に貼ろうとすると転写紙にしわが寄り、絵柄が歪んでしまうからです。
日本では、岐阜県瑞浪市にある「里泉焼(りせんやき)」が江戸時代後期の1864年頃にこの技法を初めて試みたとされています。その後、美濃の窯元が改良を重ね、明治22年(1889年)に特許を取得して完成させました。現在も美濃焼の深山(miyama)などが、この銅版転写下絵付け技法を高精度で継承しています。
以下のリンクでは、多治見市美濃焼ミュージアムが銅版転写皿の解説と歴史をまとめています。
銅版転写皿の歴史と製法(多治見市美濃焼ミュージアム公式)。
https://www.tajimi-bunka.or.jp/minoyaki_museum/archives/digital/digital-2110
銅板転写という技法は20世紀以降、世界中で急速に姿を消しました。機械プリントや上絵転写シールが普及し、手間と時間のかかる銅板転写は多くのメーカーが廃止していったのです。現在、この伝統的な銅板転写で陶磁器を作り続けているメーカーは、世界でたった1社——イギリスのバーレイ(Burleigh)だけです。
バーレイの正式名称はBurgess & Leigh(バージェス&リー)。1851年創業、イギリスのストーク・オン・トレント(Stoke-on-Trent)にある工場「ミドルポートポタリー」で170年以上にわたって製造を続けています。この工場は2011年にイギリスの重要文化財建築物に指定されました。老朽化によって一時は倒産の危機に陥りましたが、チャールズ国王(当時:チャールズ皇太子)の慈善財団が支援し、工場の修繕と雇用の維持が実現しました。
バーレイの銅板彫刻職人は、現在わずか2人しかいません。
1つの銅板が完成するまでに6週間以上かかります。これはA4サイズ(約21×29.7cm)ほどのロール状銅板に、肉眼では把握しきれないほど繊細な線を1本1本刻んでいく作業です。完成した銅板にインクを塗り、薄い転写紙に柄を印字。その転写紙を1枚ずつ手作業で器に貼り付けます。「ビクトリア朝時代の職人がタイムスリップして来てもすぐに働ける」と言われるほど、製法は170年前から変わっていません。
バーレイの食器には銅板転写ならではのインクの滲みやムラが出ることがあります。これは欠点ではなく、手仕事の証です。同じ柄でも1点1点色の濃さや模様の位置が微妙に異なります。それが個体差として魅力になっています。
| 項目 | バーレイの特徴 |
|---|---|
| 創業 | 1851年(イギリス) |
| 工場 | ミドルポートポタリー(重要文化財) |
| 銅板彫刻職人 | 現在わずか2人 |
| 銅板1枚の製作期間 | 6週間以上 |
| 代表柄 | ブルーキャリコ、アジアティックフェザンツ等 |
バーレイの公式サイトでは製法と歴史の詳細が確認できます。
https://www.burleigh.jp/about
陶磁器の絵付け方法は大きく2種類に分かれます。「下絵付け」と「上絵付け」です。銅板転写食器を選ぶうえで、この違いは非常に重要です。見た目だけでは判断しにくい部分ですが、耐久性に大きな差があります。
下絵付けは素焼きの状態で絵柄を施し、その上から釉薬をかけて高温(1200〜1340℃)で本焼きする方法です。絵柄が釉薬の層の「下」にあるため、摩擦や洗浄によって絵が剥げることがほぼありません。銅板転写においては、この下絵付けの技法で行うものが食器として最も耐久性に優れています。
下絵付けなら問題ありません。
一方、上絵付けは本焼き済みの器の表面に絵を描き、低温(700〜850℃)で焼き付ける方法です。絵柄が釉薬の「上」に乗っているため、長期間の日常使いや食洗機の水圧・アルカリ性洗剤によって、少しずつ絵柄が剥がれていくリスクがあります。多彩な色を自由に表現できるメリットがある反面、耐久性は下絵付けに劣ります。
銅板転写食器には、この下絵付けと上絵付けの両方の種類があります。一般消費者が商品説明を読むだけでは判断しにくいため、以下の点を確認することが重要です。
美濃焼の深山(miyama)が開発した「釉薬銅板転写下絵付け技法」は、この下絵付けをベースに現代技術で進化させたもの。1340℃での還元焼成を経るため、日常使いにも十分な耐久性を持ちながら、銅板転写特有の温かみある仕上がりを実現しています。これは使えそうです。
食器の絵付け技法(下絵・上絵の違い)について詳しく解説しているページ。
https://marushin-pottery.jp/2022/10/12/728/
陶器に興味を持ち始めると、アンティークの銅板転写食器に魅力を感じる方も多いでしょう。しかしここに、ほとんどの人が知らない重大なリスクがあります。それは「鉛の溶出」問題です。
1987年以前に製造された食器には、釉薬や絵付け顔料に鉛(なまり)が含まれている可能性があります。これはイギリスで鉛の使用が規制された年です。日本でも2009年の食品衛生法改定によって、人体に影響が出るほどの鉛が入った国内生産食器は法律上存在しないことになっています。ただし、これはあくまで国内生産の食器の話です。
痛いところですね。
アンティーク食器やヴィンテージ食器は、この規制以前に製造されたものが多く流通しています。酸性の飲食物(レモン果汁、酢、ワインなど)を入れると鉛が溶け出しやすくなります。長期間摂取し続けると、神経障害や腎機能障害などを引き起こす鉛中毒のリスクが生じます。特に幼い子どものいる家庭では注意が必要です。
中国産の食器についても注意が必要です。国内の報道では「中国製の土鍋から調理中に鉛やカドミウムが漏れ出す事件が国内で多発している」という報告があります。釉薬に鉛が含まれており、加熱によって溶け出すケースです。
万が一アンティーク食器を日常使いに使いたい場合は、市販の「鉛テストキット」で表面を検査することができます。ホームセンターや通販で入手可能で、1キットに4〜6回分のテストが含まれています。飾り用として使うのが最も安全な選択肢です。
食器の鉛問題を詳しく解説した参考記事。
https://www.jtopia.co.jp/blogs/blog/lead-in-dishes-dangers-and-tips
銅板転写といえばイギリスのバーレイが有名ですが、日本でも1400年以上の歴史を持つ美濃焼が、この技法を独自に発展させてきたことはあまり知られていません。岐阜県瑞浪市の里泉焼が1864年頃に銅板転写を試みて以来、美濃の窯元はこの技法を日本の陶芸文化に根付かせてきました。
基本が原則です。
美濃焼の銅板転写の特徴は、「美濃和紙」を使う点にあります。和紙の絶妙な伸縮性を活かして、徳利やカップの曲面に転写紙を「回し貼り」することが可能です。平らな紙を丸い器に貼ると当然しわが寄りますが、和紙の場合は絵柄のない部分にしわを集め、絵柄の部分にはしわが入らないよう調整できます。この技術は高い熟練度を要するもので、一般的な絵付けスタッフが習得するまでに長い訓練が必要です。
なかでも注目すべきは、深山(miyama)が開発した「釉薬銅板転写下絵付け技法」という独自技法です。通常の銅板転写では素焼きの器に転写紙を貼って釉薬をかけますが、この技法では釉薬自体を転写紙に含ませて器に貼り付けるという点が革新的です。1340℃という高温の還元焼成を経ることで、絵柄部分が緑色の光沢を持って発色し、その周囲の白い部分は素材のマット感が残る独特の質感が生まれます。
現代では北欧風デザインと美濃焼の銅板転写技法を組み合わせた食器も登場しています。フィンランド語で「花」を意味する「KUKKA(クッカ)」シリーズなど、伝統技法に現代的なデザイン感覚を掛け合わせた製品が若い世代にも支持されています。
| 比較項目 | バーレイ(英国) | 美濃焼(日本) |
|---|---|---|
| 歴史 | 1851年創業 | 1864年頃〜 |
| 転写紙 | 薄い半紙(ティッシュペーパー) | 美濃和紙 |
| 主な特徴 | ブルー&ホワイト、自然モチーフ | 和洋折衷、釉薬転写など独自発展 |
| 耐久性 | 釉薬かけ後の本焼き仕上げ | 下絵付け・1340℃焼成で高耐久 |
| 代表製品 | ブルーキャリコ、アジアティックフェザンツ | sasasaシリーズ、KUKKAシリーズ等 |
美濃焼の銅板転写の職人技を詳しく解説した記事(三窯ミノウエバナシ)。
https://mino-sankama.com/2021/03/01/sankama_okonaeba2e/
美濃焼は日本の和食器全国生産の約50〜60%を占めており、銅板転写食器においても産地としての規模と技術水準は世界トップクラスです。バーレイを愛でながら、並行して日本の美濃焼の銅板転写作品を手元に置いてみると、東西の職人技の共通点と相違点がより鮮明に見えてきます。意外ですね。

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