鉛中毒の最も特徴的な症状の一つが人格の変化です。成人が職場で鉛に曝露された場合、通常は数週間以上かけて人格の変化、頭痛、腹痛、神経の損傷などの症状が発生します。鉛は神経伝達物質の機能を妨げ、脳の損傷を起こし、中枢神経系に深刻なダメージを与えるため、成人では物忘れ、頭痛、不眠、情緒不安、うつ症状になりやすくなることが知られています。
参考)鉛中毒 - 25. 外傷と中毒 - MSDマニュアル家庭版
子ども時代に鉛に曝露された場合の影響はさらに深刻で、長期的な研究によると、鉛の濃度が高いほど内向性や思考障害に分類される精神疾患特性の傾向が見出されました。また、38歳まで追跡調査した結果、子ども時代の鉛濃度が高い人ほど、適応に障害となる性格傾向(感じの良さや誠実性が低く、神経症的傾向が強い)が認められました。特に高レベルの鉛にさらされると、個人は幻覚を起こす可能性もあります。
参考)https://www.napolilaw.com/ja/article/5-%E5%85%86%E5%80%99-%E3%81%82%E3%81%AA%E3%81%9F%E3%81%AF%E4%B8%AD%E6%AF%92%E3%82%92%E8%B5%B7%E3%81%93%E3%81%97%E3%80%81%E6%B3%95%E7%9A%84%E6%8E%AA%E7%BD%AE%E3%82%92%E5%8F%96%E3%82%8B%E5%BF%85/
鉛中毒の精神症状は年齢によって異なり、幼児では易刺激性や注意力の低下が見られ、発達障害、学習力低下、キレやすい、注意欠陥多動性障害(ADHD)、自閉症スペクトラムのリスクと関連することが指摘されています。さらに、鉛は血液脳関門という脳を守るためのバリアの構造を破壊しうる強さがあり、慢性の鉛暴露が続くとリーキーブレインになりやすくなります。
参考)鉛中毒の話
鉛の神経系に対する影響は個体の年齢によって大きな差があり、幼小児に生じる急性脳症と成人における慢性ニューロパチーでは、同じ鉛による中毒といいながら臨床像も病理像も大変異なっています。鉛は神経毒として脳に残り、昼間も夜間も脳内で炎症の元になるため睡眠の質が低下し、脳に霧がかかったようなブレインフォグという症状を自覚することもあります。
参考)神経系における鉛中毒 (神経研究の進歩 22巻4号)
末梢神経系への影響として、ヒトにおける末梢神経の伝達速度の低下は血中鉛濃度30μg/dLで起こり、感覚運動機能に40μg/dLで障害が発生し、自律神経機能は約35μg/dLで影響を受けます。鉛中毒による末梢神経障害(橈骨神経麻痺)では、特徴的に感覚障害が生じないことが知られています。
参考)https://www.jstage.jst.go.jp/article/ohpfrev/37/1/37_1/_pdf/-char/ja
小児の場合、急性鉛中毒により1~5日かけて脳浮腫が発生し、持続する激しい嘔吐、失調性歩行、痙攣発作、意識変容を引き起こし、最終的に難治性の痙攣発作および昏睡に至ることがあります。胎児期の脳は急速に成長する状態にあるため、比較的軽微な環境有害物質の曝露によりその後の認知機能に障害が生じる可能性があり、母親を経由した長期の胎児の鉛曝露によって精神発達遅滞のような正常に戻すことができない障害を誘発する可能性があります。
参考)鉛中毒 - 22. 外傷と中毒 - MSDマニュアル プロフ…
鉛中毒は症状と鉛の量を測定する血液検査の結果に基づいて診断されます。米国疾病管理予防センター(CDC)は、成人において血中鉛濃度が1.21 µmol/L(25 µg/dL)未満を標準値、つまり有害な影響が現れない濃度としています。日本の鉛関連検査では、血中鉛が20μg/dL以下が分布1、20超40以下が分布2、40超が分布3と分類されています。
参考)日本薬学会 環境・衛生部会ホームページ
1980年代の研究により、血中鉛濃度10μg/dL以上が知性や他の神経発達への有害影響に関連することが判明し、進行中の研究により、72か月未満の乳幼児には10μg/dL未満でも有害事象が起こりうることが明らかになりつつあります。重要なことは、低レベルの鉛でもADHDのリスクを高めることがわかったことで、子どもにおける神経発達障害の危険因子として鉛曝露を考慮する必要があります。
参考)https://www.mhlw.go.jp/shingi/2006/06/dl/s0613-7l.pdf
認知機能への影響については、動物実験で血中鉛濃度11~15μg/dLにおいて認識作用の欠損が報告されており、長期的な鉛曝露が認知症リスクと関連している可能性も示唆されています。特に、一時的な血中鉛濃度よりも骨に蓄積される長期的な鉛曝露が認知症リスクと関連していることが30年追跡調査で明らかになっています。
参考)CareNet Academia
鉛は環境中に広く存在し、食品、空気、水、塵埃/土壌が幼児および小児にとって主要な暴露経路となります。非喫煙者の一般集団においては、主要な暴露経路は食物および水からですが、大気中の鉛はタバコ、職業、自動車道路への近接、鉛製錬所、娯楽活動などに依存して暴露に大きく寄与します。
参考)https://www.nihs.go.jp/hse/ehc/sum2/ehc165/ehc165.html
鉱物愛好家にとって特に注意が必要なのは、方鉛鉱(PbS)が鉛の最も主要な鉱石であることです。方鉛鉱は鉛源として重要で、精錬が簡単な形でまとまって析出するため産業的に利用されていますが、取り扱いには注意が必要です。地殻中には鉛はそれほど多くありませんが、鉱物標本として方鉛鉱を保管する際は、適切な保管方法と手洗いの徹底が重要です。
参考)https://jyamaguchi-lab.com/newweb/ja/blog/kobutsu
職業性曝露としては、鉛精錬工程、鉛合金の加工工場、ハンダ付け作業などが挙げられ、汚染水は廃鉱からの漏出(鉱毒・鉱害)、廃棄された鉛蓄電池からの溶出などが原因となります。日本では1916年に工場法を改正して中毒予防措置を義務化し、1967年には鉛中毒予防規則を制定して規制を強化してきました。
参考)エラー
MSDマニュアル家庭版 - 鉛中毒の症状や診断方法について詳細に解説
鉛中毒の治療は、まず鉛への曝露を停止することが最優先です。重症の場合はキレート療法が行われ、体内に蓄積した鉛を排泄する治療が実施されます。キレート剤は鉛と結合して尿中への排泄を促進しますが、早期診断と早期治療が予後を大きく左右します。
参考)https://pmc.ncbi.nlm.nih.gov/articles/PMC11876891/
予防対策として、日本では鉛中毒予防規則により、鉛業務を行う事業場では作業場ごとに鉛作業主任者を選任し、日常の作業における衛生管理の徹底を図ることが義務付けられています。作業環境の気中鉛濃度の測定、適切な換気設備の設置、保護具の着用、定期的な健康診断の実施などが重要な予防措置となります。
参考)エラー
家庭での予防としては、古い住宅の鉛含有塗料に注意し、水道管からの鉛溶出を防ぐため朝一番の水は使用を避けることが推奨されます。また、鉱物標本を扱う愛好家は、標本に触れた後は必ず手を洗い、食事前には特に念入りに洗浄することが重要です。子どもの場合は鉛曝露が脳の回復不可能な害を引き起こす強力な神経毒であるため、特に5歳未満の子どもへの曝露を最小限に抑える配慮が必要です。
参考)鉛汚染 子ども3人にひとりが中毒に ユニセフとピュアアースに…
鉛中毒には人格変化以外にも特徴的な身体症状が複数存在します。鉛蒼白と呼ばれる症状では、顔色が青白くなる現象が現れます。これは鉛が血管に作用し、毛細血管が収縮するためで、鉛中毒患者に特有の外見的特徴となります。
もう一つの特徴的症状として鉛縁があり、歯肉に暗青緑色の線が現れます。この現象は鉛が血中に入り、唾液腺や歯肉に沈着するために起こり、臨床診断の重要な手がかりとなります。口の中に金属的な味を感じることも典型的な症状の一つです。
参考)https://www.jstage.jst.go.jp/article/jmr1988/19/2/19_2_29/_pdf
消化器系の症状としては、激しいけいれん性の腹痛、食欲減退、嘔吐、便秘が挙げられます。運動機能面では、歩行協調障害、脱力感、足や脚のしびれや感覚消失などの神経障害が現れます。ペットの場合でも同様に、食欲不振、嘔吐、腹痛、けいれん発作、運動障害、攻撃性や性格の変化などが観察されます。
参考)鉛中毒|ペット保険のFPC
慢性的な鉛暴露が続くと慢性疲労症候群を引き起こすことがあり、これは鉛が細胞内のミトコンドリア機能を障害し、エネルギー代謝を妨げるためです。長期間にわたる鉛の曝露が続くと、持続的な倦怠感や疲労感が生活の質を大きく低下させる要因となります。また、鉛中毒は高血圧、貧血、腎臓の損傷を引き起こすことが知られており、腎臓の損傷はしばしば無症状のうちに進行するため注意が必要です。
森澤メンタルクリニック - 鉛への71/">森澤メンタルクリニック - 鉛への暴露と精神疾患の関連性に関する研究報告