「丼鉢薫寿」の赤絵を食洗機に入れると、7,150円の絵柄が剥げて二度と戻りません。
「丼鉢 薫 寿(どんぶりばち かをる ことぶき)」は、1997年創業の日本のものづくりブランド「東屋(あづまや)」が手がける丼鉢シリーズのひとつです。製造は長崎県波佐見町に構える「光春窯(こうしゅんがま)」が担い、日本の暮らしに静かに寄り添う器として多くのファンを持っています。
東屋は「この国の暮らしの歴史の中で生み出され、永く愛用されてきた道具をいつも静かにそこに置く」というコンセプトを掲げており、伝統的な技法と現代の使い勝手を巧みに融合させた食器を数多く発表しています。銅之薬缶や布袋鍋など、ほかのラインナップも含め、暮らしの道具としての完成度が高いことで知られます。
「薫」という名は、この器のデザイナー・渡邊かをる氏に由来します。渡邊氏はすでに故人となられており、新しいデザインが生まれることはありません。だからこそ、現在流通しているシリーズは陶器ファンの間で「手に入るうちに手にしておきたい」と語られることがあります。これは数ある食器の中でもかなり珍しい背景です。
丼鉢薫シリーズには「薫 No.2」と「薫 寿 No.2」の2種類があります。両者の形状はほぼ同じですが、「寿」には縁起の良い「壽(寿の旧字体)」の絵柄が上絵付けされている点が大きな違いで、価格も薫 No.2が税込5,500円に対し、薫 寿 No.2は税込7,150円と異なります。
丼鉢薫の寸法は直径約145mm×高さ約90mm、重量は約377g、容量は満水で820mlです。直径145mmとはおよそ文庫本の短辺(縦約148mm)と同程度の口径で、「小ぶりに見える」という第一印象を多くのユーザーが共有しています。しかし実際には見込みが深く広いため、ラーメン1杯分の麺と汁が十分に収まる容量があります。
これが重要なポイントです。見た目以上に容量があるということですね。
外側に向かってわずかに反った口縁が手のひらにしっかりとフィットし、やや寸胴気味のボディが食卓に置いた際の安定感を生み出しています。高台部分に指がかかる設計になっているため、片手でも持ちやすく、汁物を口へ運ぶ際の傾け動作がスムーズです。麺類・どんぶりごはん・煮物など多様な料理に対応できる万能さも、長年にわたって愛用者が絶えない理由のひとつといえます。
また、熱伝導率が比較的低い磁器の特性から、アツアツの汁物を注いでも外側がすぐには熱くなりにくく、持ちやすい状態が保たれます。深さのある形状は表面積が小さくなるため、麺の温度が冷めにくいという利点もあります。麺好きにとっては見逃せないメリットといえます。
さらに、丼鉢薫はもともと1点ずつロクロで手挽きされた「初代」の時代がありましたが、製造上の事情から型を使った生産方式へと移行し「No.2」として再スタートを切りました。型成形になったことで個体差が小さくなり、形が揃い、価格も下がりました。手挽き時代の初代を持っていた方の中には「No.2のほうが使いやすい」と評価する声もあります。これは意外ですね。
参考:丼鉢薫の製品詳細・スコープの解説ページ(光春窯・渡邊かをるさんのデザイン背景なども掲載)
東屋 丼鉢 薫 No.2|使いやすく万能な丼 - scope(スコープ)
「薫 寿」という名に込められた意味を知っている人は、実はそれほど多くありません。一見シンプルな染付の丼鉢に「お正月っぽいデザイン」という印象を持つ方も多いですが、その背景には深い吉祥の意味が重なっています。
「寿」の絵柄の正体は、古物にあった吉祥紋を印判で上絵付けしたものです。描かれているのは「壽(寿の旧字体)」の文字を青銅器風に脚と把手をデザイン化したもので、かつ蝙蝠(こうもり)の形を模したデザインが組み込まれています。縁起が二重に重なっているということですね。
蝙蝠が縁起物として扱われる理由は中国文化に由来します。中国語で「福」と「蝠(蝙蝠の蝠)」の発音が同じであることから、蝙蝠は古来より幸福のシンボルとして吉祥柄に多用されてきました。そこへ「長寿・めでたさ」を象徴する壽文字が重なり、この紋が生まれています。
さらに「薫 寿 No.2」では壽の紋が2つ並んで配置されており、縁起の二重重ねとなっています。もともとは冬限定・不定期販売のアイテムとして生まれたもので、年末年始の贈り物や正月の食卓に合わせて作られましたが、その縁起の良さと使い勝手から通年販売へと変わった経緯があります。
陶器好きのあいだでは、この絵柄が単なる「かわいい模様」ではなく、歴史的な吉祥紋の正確な引用であるという点が評価されています。印判を使った上絵付けのため、1点1点わずかな濃淡・かすれ・傾きがあり、これも職人の手仕事のあかしです。
丼鉢薫寿 No.2を購入した際に最初に確認してほしいことがあります。それは「食洗機に絶対に入れてはいけない」という点です。
「波佐見焼は食洗機OKなものが多い」という認識は正しいのですが、これは下絵付け(染付)の場合に限った話です。染付とは釉薬の下に絵付けされる技法で、1,300℃の高温で焼かれたガラス質の釉薬に覆われているため、食洗機の温水や水流にも耐えられます。
しかし、「薫 寿 No.2」の壽紋は「赤絵(上絵付け)」という技法で施されています。上絵付けとは、本焼き後の釉薬の上にさらに絵の具で描く方法で、約800℃の低温で焼き付けられます。この絵柄部分は釉薬のガラスコーティングがない状態のため、触るとわずかにザラっとした感触があります。
食洗機の高温洗浄・強水流にさらされると、この上絵付けの部分が剥がれたり、色がくすんだりするリスクがあります。7,150円を出して購入した器の絵柄が数回の食洗機使用でみるみる褪せていく、というのは悲しい結末です。
正しいケアは以下のとおりです。
- 🧽 洗い方:中性洗剤とやわらかいスポンジで手洗いする
- 💧 浸けおき禁止:他の食器の汚れを吸収したり欠けの原因になったりするため避ける
- 🌡️ 急激な温度変化を避ける:熱いうちに冷水につけない、冷蔵庫から出てすぐ電子レンジに入れない
- 🗄️ 保管:器同士が直接ぶつからないよう、布やペーパーで間仕切りをして重ねる
電子レンジについては、「薫 寿 No.2」でも短時間の使用(温め直し程度)は可能です。ただし、長時間の加熱は上絵付けの劣化を早める可能性があるため、温め直し程度に留めておくのが賢明です。
なお、「薫 No.2」(壽紋なしのシリーズ)は下絵付けのみのため、食洗機も電子レンジもどちらも対応しています。同じ見た目の丼鉢でも、扱い方が異なる点は購入前に必ず確認しておきたいところです。
参考:波佐見焼の電子レンジ・食洗機対応と取り扱いについての詳細解説
波佐見焼は電子レンジや食洗機は使える?使い始めに目止めは必要? - wa-shokki.jp
陶器や磁器の世界では「器を育てる」という考え方があります。長く使い続けることで風合いが変わり、自分だけの器になっていく、という感覚です。丼鉢薫寿にも、この「育てる」要素があることはあまり語られていません。
購入時点では、輪線(りんせん)と呼ばれる手引きの青線にわずかな濃淡やかすれがあり、壽紋の赤絵にも1点1点のゆらぎがあります。使い始めはその差異が気になる方もいますが、使い込むにつれて釉薬がなじみ、全体のトーンが落ち着いてきます。磁器でありながら「手仕事の器」としての温かみが感じられるようになるのが、数ヶ月使った後の醍醐味です。
また、「波佐見焼は有田焼として長年流通していた」という歴史的背景を知ると、この器の見方が変わります。2000年の産地表記厳密化以前、波佐見焼の多くは「有田焼」として全国に出回っていました。波佐見町と有田町は隣接しており、歴史的に製法・原料・出荷ルートが共通していたためです。つまり、これまで「有田焼のどんぶり」として使ってきた器の中に、実は波佐見焼のものが多数含まれていたということです。波佐見焼という名前が全国的に認知されたのは比較的最近のことで、2010年代以降のブランド展開がきっかけです。
さらにもうひとつ、陶器好きなら覚えておきたい視点があります。「骨董の世界では丼のことを鉢と呼ぶ」という事実です。骨董の分類では「丼」という呼称はほとんど使われず、深鉢・飯鉢・茶碗といった呼び方が一般的です。東屋はこの命名について「鉢ともいえるが、現代の使い方を考えれば丼の方がしっくりくる」として「丼鉢」という名称を意図的に選んでいます。器の「名前」ひとつに込められた思考の深さもまた、東屋というブランドが好きな人を惹きつける理由のひとつです。
波佐見焼の歴史を知ることで、器を使う体験がより豊かになります。丼鉢薫寿はただの食器ではなく、日本の陶磁器の歴史が凝縮された一点でもあります。
参考:波佐見焼の歴史・産地ブランドの変遷と窯元情報の詳細
波佐見焼とは・有田焼との違い・歴史から窯元まで - wa-shokki.jp
丼鉢薫寿 No.2の定価は税込7,150円です。丼鉢としてはやや高めの価格帯に感じる方もいますが、天草陶石という国産の上質な原料、長崎・波佐見の職人による手仕事、1997年創業のデザインブランドとの協業、そして故人となったデザイナー・渡邊かをる氏の残したデザインという希少な背景を考えると、その価格には十分な根拠があります。
現在はスコープ(scope)、がらんどう(楽天市場)、Amazonなど複数の通販プラットフォームで取り扱いがあります。ただし、製造上の事情から「入荷未定」や「在庫なし」となっている時期も多く、見かけた際には即決が安心です。
購入時に確認しておきたいポイントをまとめます。
- 🔍 「薫 No.2」と「薫 寿 No.2」を間違えない:見た目は似ているが壽紋の有無・価格・食洗機対応の可否が異なる
- 📦 個体差がある:輪線のかすれや壽紋の濃淡は不良品ではなく手仕事の個性として良品扱いされている
- 🎁 贈り物としても人気:縁起の良い壽紋があることから、引越し祝いや結婚祝いなどの贈答品として選ばれることも多い
- ♻️ メルカリなどの二次流通でも人気:2個セットが1万円以上で取引されるケースもある
食器の選択に迷っている方には、まず「薫 No.2」(5,500円・食洗機OK)から試してみて、使い心地に納得したうえで「薫 寿 No.2」を加える、という選び方をおすすめします。形状・容量・使い勝手は同じなので、日常使いには「薫」、縁起のよい特別な日や贈り物には「薫 寿」という使い分けも理にかなっています。
東屋の食器ラインナップ全体を確認したい方は、東屋公式の取り扱い情報や各ショップのページをチェックしてみましょう。