御本立鶴茶碗と野村美術館の深い伝来の歴史

野村美術館が所蔵する御本立鶴茶碗は、徳川家光の「ヘタウマ」な鶴の絵から生まれた名茶碗です。小堀遠州・松平不昧と渡り継がれた来歴や、野村美術館での見どころを詳しく解説します。あなたは本歌と写しの決定的な違いを知っていますか?

御本立鶴茶碗と野村美術館が伝える茶の湯の世界

この茶碗の「ヘタウマ」な鶴の絵を描いたのは、天下人の後継者・徳川三代将軍です。


📌 この記事のポイント
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御本立鶴茶碗とは

17世紀・李朝時代に朝鮮釜山の倭館窯で焼かれた高麗茶碗の最高峰。徳川三代将軍家光が描いた立鶴の絵をもとに、小堀遠州が注文したとの伝承を持つ中興名物です。

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野村美術館での所蔵

京都・南禅寺界隈に位置する野村美術館が所蔵する「本手」は、小堀遠州→松平不昧→三井家→野村得庵へと渡り継がれた特別な来歴を持ちます。

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見学・観覧のポイント

野村美術館は年2回(春季・秋季)のみ開館。入館料は大人800円で、写しとは全く異なる「本歌」だけが持つ風合いと来歴の重みを直接体感できます。


御本立鶴茶碗とは何か——野村美術館所蔵品の基本を知る


「御本立鶴茶碗(ごほんたちづるちゃわん)」という名前を初めて聞いた方は、まず「御本茶碗」という種類から理解するとスムーズです。御本茶碗とは、江戸時代に日本側が手本(御手本=御本)となる下絵や切り形を朝鮮に送り、現地の陶工に注文焼成させた茶碗のことを指します。つまり「御本」という言葉自体が、注文の際に添えられた「お手本」に由来するのです。


御本茶碗の中でも、立鶴の図柄を持つものを「御本立鶴茶碗」と呼びます。野村美術館が所蔵するものは李朝時代17世紀の作とされ、現存する御本立鶴茶碗の中でも「本手(ほんて)」と呼ばれる最上手の一品です。


この茶碗の伝承はとても具体的です。寛永16年(1639年)頃、徳川三代将軍・徳川家光が立鶴の絵を描き、大名茶人の小堀遠州がその図案を「切形(きりかた)」として朝鮮に送り、山の倭館に設けられた御用窯で焼かせたというものです。倭館とは、対馬藩が管轄していた釜山の日本人居住地のことで、そこに御用窯が築かれ、日本人好みの茶碗が生産されていました。


茶碗の外観を詳しく見ると、ところどころにピンク色の斑模様(火色)が現れた萩焼に似た温かみのある肌に、表と裏に鶴の絵が象嵌技法で描かれています。白く輝かせる部分には白化粧土を象嵌し、頭や足など黒い部分には鬼板などの顔料を入れるという丁寧な仕事です。器形はすっきりした大振りの筒茶碗で、高台は三か所に切れ込みを入れた「割高台(わりこうだい)」という特徴的な形状を持ちます。


つまり名品と呼ばれる所以です。


サイズは口径約12.4cm、高さ約9.9cm、高台径約6.2cmで、手に持つとはがきの短辺(14.8cm)より一回り小さな口径だとイメージできます。小振りに思えますが、持つと手にしっくり馴染む大きさで、実際に茶を飲む器として絶妙のバランスです。


野村美術館 所蔵品ギャラリー(御本立鶴茶碗の公式解説ページ)


御本立鶴茶碗の来歴——小堀遠州から野村得庵への数奇な伝来

茶碗の価値は、器の美しさだけでなく「誰が持ち、どう使ったか」という来歴によっても大きく変わります。この点で御本立鶴茶碗の来歴は、日本の茶の湯史に登場する最高峰の名前がずらりと並んでいます。


まず最初の所持者は、「きれいさび」と称される優雅な美意識を茶の湯の世界に確立した小堀遠州(1579〜1647年)です。遠州は大名でありながら茶人・作庭家としても高名で、現在も「遠州流」として茶道の一派が続いています。遠州自身がこの茶碗を正月三が日に用い、大福茶を飲んでいたという記録が残っており、縁起物の鶴の絵にちなんだ正月儀礼として大切にされていたことがわかります。これが後の所有者にも受け継がれ、一種の「茶碗の習わし」として伝わっていきます。


その後、茶碗は三井家を経て吉見喜斎、竹屋忠兵衛へと渡ります。ここで江戸中期の大茶人・松平不昧(1751〜1818年)が登場します。出雲松江藩主であった不昧公は、竹屋忠兵衛にこの茶碗を譲ってほしいと申し出ましたが、竹屋は手放さず、貸し出すだけにとどまりました。不昧公が長期間借り続け、お礼として独特の柾目の桐の「替箱」を添えて返却したというエピソードは有名です。その返却された箱には「宗甫翁(=小堀遠州)」の記が遠州の筆で残っており、今もその箱が伝来しています。


粋な心遣いですね。


不昧公が蒐集した茶道具を記録した松平家の「雲州蔵帳」には、この茶碗について「御本立鶴 伏見屋切八 金十枚 位三百両」と記されています。江戸時代の三百両は現代価値に換算すると諸説ありますが、少なくとも数千万円規模に相当する高額であり、当時から一流の名物茶碗として認識されていたことがわかります。


その後、茶碗はさらに幾人もの数寄者の手を経て、最終的には野村證券・旧大和銀行の創業者であり、「得庵」の号で知られる二代目野村徳七(1878〜1945年)のコレクションとなります。野村得庵は実業家でありながら、茶の湯・能楽に全身全霊で打ち込んだ近代の代表的な数寄者で、彼のコレクションをもとに1984年に野村美術館が開館しました。


家庭画報「"ヘタウマ"な鶴に味わいがある御本立鶴茶碗」陶芸家・田端志音氏による詳細な鑑賞記録


御本立鶴茶碗の鑑賞ポイント——本歌と写しで何が違うのか

陶磁器好きならば「本歌(ほんか)」と「写し(うつし)」の違いは必ず押さえておきたい知識です。本歌とは、ある作品のオリジナルとなる作品のことで、写しはそれを参考に後世の陶工が制作したものを指します。


御本立鶴茶碗の場合、野村美術館が所蔵する「本手」こそが本歌に相当します。本手と類似した茶碗は図柄・器形がほぼ同じものが「十碗ほど」伝わっているとされますが、こうした同時期の倭館窯作品も含めて、現在では日本各地の窯で多くの陶工が写しを制作しています。


本歌と写しを鑑賞で比較する際のポイントは次の点です。



  • 🏺 火色(ひいろ)の現れ方:ピンク色の斑模様が均等ではなく、絶妙なバランスで現れているのが本手の魅力。写しでは均等すぎたり、逆に貧弱になりやすい。

  • 🖌️ 鶴の線の質:ためらいがちで躊躇を感じさせる線が「ヘタウマ」な味わいを生む。熟練の職人が上手に描こうとすると、逆にこの風合いが失われる。

  • 🦶 高台の細部三つ足の割高台の切れ込みの入り方、高台内への釉の掛かり方など、職人の仕事の質が細部に現れる。

  • 📦 箱と仕覆:本歌には松平不昧公の筆になる桐箱が伴い、来歴を証明する箱書きが残る。箱だけで茶碗の格を物語るのです。


茶道具の市場では、現代の陶芸家による御本立鶴茶碗の写しはヤフーオークションで平均8,000円前後から、高橋道八などの著名な窯元作のものだと25,000円前後で取引されています。本歌と写しでは鑑賞の意味が根本から異なります。


写しは写しで十分楽しめます。しかし実物の本歌が持つ「歴史の空気感」は、ガラス越しに拝見するだけでも別次元の体験です。自分の審美眼を養うためにも、野村美術館で本歌をまず目に焼き付けることが、写しを選ぶ際の最良の判断基準になります。


野村美術館での鑑賞ガイド——見逃せない展示と訪問前の注意点

野村美術館は、京都・南禅寺界隈に位置する静かな美術館です。南禅寺水路閣や哲学の道にも近く、京都屈指の風雅な場所にあります。野村得庵のコレクションを中心に茶道具・能面・能装束など約1,900点を所蔵し、重要文化財7件・重要美術品9件を含む質の高さが特徴です。


訪問前に必ず確認しておきたいのが開館時期です。
































項目 内容
🗓️ 開館時期 春季(3月上旬〜6月上旬)・秋季(9月上旬〜12月上旬)のみ
⏰ 開館時間 10:00〜16:30(最終入館は16:00)
🚫 休館日 月曜日(祝日の場合は開館、翌火曜日休館)・夏季・冬季
💴 入館料(大人) 800円(20名以上の団体は600円、大学・高校生300円)
🚇 アクセス 地下鉄東西線「蹴上」駅下車・徒歩約10分、または市バス「南禅寺・永観堂道」下車・徒歩約5分
📍 住所 京都府京都市左京区南禅寺下河原町61


特に重要なのは、野村美術館は年間のうち夏と冬は完全閉館という点です。7月〜8月・1月〜2月頃に訪問しようとしてもガラス扉は閉じています。御本立鶴茶碗を目的に京都を訪れる際は、必ず事前に公式サイトで開館スケジュールを確認してください。


企画展によって展示される作品が入れ替わるため、御本立鶴茶碗が必ずしも展示されているとは限りません。この点も要確認です。茶碗の展示が確実な時期は秋季の茶碗特集展示など、テーマに茶碗が含まれている展覧会の会期を選ぶのが賢明です。


お茶席(別途700円)が設けられている場合もあり、展示鑑賞と茶の湯体験を合わせて楽しめるのも野村美術館ならではの魅力です。実際に亭主と客の間でこういった名碗が用いられた文脈を肌で感じながら鑑賞するのは、他の美術館では得られない体験です。


野村美術館 公式「ご利用案内」(開館時期・入館料の最新情報)


御本立鶴茶碗が伝える「ヘタウマ」の美学——茶の湯の審美眼を深める独自の視点

一般的な陶磁器の評価軸は「精巧さ」「均整の美」にあります。磁器の世界では透けるほど薄い白磁の壁、狂いのない精密な絵付けが最高評価を得るものです。しかし御本立鶴茶碗が持つ魅力の核心は、むしろその逆にあります。これは茶の湯が持つ独特の審美眼を理解するうえで、非常に本質的なことです。


茶碗に描かれた鶴の線は、どう見ても技巧的に優れたものではありません。陶芸家の田端志音氏も、最初にこの茶碗を見たとき「なんてヘタな絵なのだろう」と率直に感じたと告白しています。しかし年齢を重ね、自らも多くの作品を手掛ける中で「ただ巧いだけでは味わいにならない」と気づいたといいます。


これは深い話です。


茶の湯において「不完全さ」は欠点ではなく、むしろ「景色(けしき)」として積極的に評価されます。一点もののゆらぎ、偶然生まれた火色の斑紋、少しよれた線の表情……これらが「侘び・寂び」の世界観と結びつき、鑑賞者の想像力を動かす余白になるのです。


比較として整理すると、磁器(有田・九谷など)は「計算と精密さの美」を追求するのに対し、御本茶碗を代表とする高麗茶碗の世界は「偶然性と不完全さの美」に価値を見出します。御本立鶴茶碗はその両者をつなぐ、絶妙な立ち位置にある作品と言えます。図柄という計算された要素と、窯変による偶然の美が共存しているからです。


さらに、鶴がおめでたい図柄であるため、この茶碗は小堀遠州の時代から正月に大福茶を飲む器として使われてきました。野村得庵の孫にあたる野村明賢理事長が子ども心にも、お正月に次々と訪れるお客様にこの茶碗でお茶を出した記憶があると語っているように、名物茶碗がガラスケースの外で実際に「使われてきた」という事実は重要です。


現代の美術館では当然ながら展示品を触ることは叶いません。しかし御本立鶴茶碗の写しを手に入れ、自分でお茶を点てて飲んでみると、本歌を観るときの視点がまったく変わります。器の重さ、割高台の持ちにくさ、鶴の絵を正面に置いて飲む時の所作……そういった身体的な記憶が、本歌鑑賞の解像度を大幅に上げてくれるのです。


茶の湯の審美眼は、頭で学ぶより手と口で育てるものです。


お茶きちnote「関西の茶碗展2023より(御本立鶴茶碗 野村美術館)」展覧会鑑賞レポート




伝統工芸薩摩焼 玉陶山 脇坂幹山画 金色の鶴模様の茶碗 木箱. C