「仁清写し」と箱に書いてあるだけで、実は仁清の絵柄と全く違う茶碗をつかまされた人が続出しています。
茶道具の世界で「仁清写し」という言葉を目にする機会は非常に多いものです。しかし、この言葉の意味を正確に理解している人は、意外と少ないかもしれません。
「写し(うつし)」とは、簡単にいうと「そっくりに真似したもの」という意味です。ただし、これは贋物(ニセモノ)とは根本的に異なります。贋物は作者を偽るために印や箱書きまで真似るものですが、写しは作家が自分の印を押し、あくまで名作を参考にした創作品として世に出します。この区別は茶道の場では常識ですが、知らずに「写し=ニセモノ」と言ってしまうと恥をかくことになりますので、注意が必要です。
では「仁清写し」とは、江戸時代の名工・野々村仁清の作品をそっくりそのまま再現したものかというと、実はそうでない場合が圧倒的に多いのです。茶道具を手がけるある有名な作家は、「仁清風の形の素地に、仁清風の絵付けをして上絵付けしたものを仁清写しとしている」と語っています。つまり題材も構図も、作家自身の創作であるケースがほとんどです。
実際の仁清の作品には、内外全面に絵付けされた「総柄」の豪華な茶碗はほとんど存在しないとも言われています。それが原品のスタイルです。にもかかわらず、市場に出回る「仁清写し」の中には、仁清本人が作ったものには存在しない図柄のものも少なくありません。つまり、仁清写しとは「仁清スタイルの創作品」と理解しておくのが実態に近いといえます。
| 用語 | 意味 | 作者の印 |
|---|---|---|
| 仁清写し | 仁清スタイルを参考にした創作品 | 作者自身の印あり |
| 贋物 | 仁清本人を装った偽作 | 仁清の印を無断で模倣 |
| 仁清本作 | 野々村仁清が制作した本物 | 「仁清」小印を押す |
仁清写しは色絵だけとは限りません。高麗写し、唐物写しなど、仁清自身が多くのスタイルの陶器を制作していたため、信楽風・高取風・瀬戸風など器形の写しも存在します。色絵以外の「仁清写し」もあると知っておけば、茶道具店や骨董市での視野がぐっと広がります。
参考:「写し」の概念や仁清写しの意味について詳しく解説されています。
仁清写し茶碗を深く理解するには、原点となる野々村仁清という人物を知ることが欠かせません。仁清は江戸時代を代表する陶工で、生没年は不詳ですが、1596年頃の生まれと推定されています。今からおよそ350年以上前の人物です。「色絵茶碗を作っていた人」というイメージから、もっと近い時代の陶工だと思っている方も多いですが、それほど現代にも色あせない普遍的な美しさを持つということですね。
本名は清右衛門といい、丹波国野々村(現在の京都府南丹市美山町)の出身です。丹波焼の陶工として出発し、瀬戸でも修業を積んだとされています。正保4年(1647年)頃に、京都・仁和寺の門前に「御室窯(おむろがま)」を開きました。仁和寺の「仁」と清右衛門の「清」を組み合わせて「仁清」と名乗るようになったのです。
仁清の最大の功績は、「安定的に鮮やかな赤色を表現する上絵技術の完成」にあります。それまでの京焼における色絵は、緑や青が主体でした。そこに鮮やかな赤が加わることで、華々しく優美な世界が生まれました。これが「仁清スタイル」の核心です。これが条件です。
仁清には国宝が2点、重要文化財が20点認定されており、日本史上もっとも多くの国宝・重文を生み出した芸術家ともいわれています。代表作の「色絵藤花文茶壺(いろえふじはなもんちゃつぼ)」はMOA美術館所蔵の国宝で、温かみある白釉の地に咲き盛る藤の花が赤・紫・金・銀で描かれた傑作です。
仁清の活動を強力に支えたのが、茶人・金森宗和(かなもり そうわ)です。やわらかく優美な茶風から「姫宗和」と称され、京都の公家や貴族に愛された宗和は、仁清の優れた素質を見出してプロデューサー的な役割を担いました。仁清が制作した重要文化財「色絵金銀菱文重茶碗」は、宗和が二代将軍・秀忠の娘であり後水尾天皇の皇后・徳川和子に贈ったものとして知られています。茶碗ひとつの背後に、江戸初期の大名や皇室の歴史が重なる、それが仁清の世界です。
参考:仁清の作品特徴と京焼の歴史的背景について解説されています。
仁清写し茶碗の魅力のひとつが、豊富な絵柄と色彩です。どの絵柄を選ぶかは、使う季節・茶席の雰囲気・持ち主の好みによって変わります。これは使えそうです。
まず押さえておきたいのは、仁清写し茶碗の代表的な文様です。
- 菱文(ひしもん) :約6000年前の縄文時代から続く幾何学文様で、子孫繁栄・五穀豊穣を祈る吉祥紋。季節を問わず使える通年向きの絵柄です。
- 七宝文(しっぽうもん) :仏典に登場する七つの宝を表す連続文様。円が連なる形が縁起の良さを象徴し、慶事や茶席でも重宝されます。
- 観桜・花図(かんおう・はなず) :春の茶席に向く桜や梅の絵柄。季節感を大切にする茶道では、使える時期が限られますがその分季節の格調が高まります。
- 紅葉・秋草(もみじ・あきくさ) :秋の茶席向き。黄・橙・赤の上絵彩色が仁清写しの色彩美を最も発揮しやすい文様のひとつです。
- 松竹梅・老松(まつたけうめ) :格式ある文様で、慶事や初釜など改まった席に向きます。
茶碗を選ぶ際の基本は、「使う茶席の季節や目的に合った絵柄を選ぶ」ことです。菱文や七宝のような幾何学文様はオールシーズン対応できるため、まず一碗目を探しているなら選びやすい選択肢です。一方、花や紅葉の絵柄は季節限定で使うことで、茶席の風情がより際立ちます。
使いやすさの観点では、茶碗の内側が白素地(上絵なし)のものがおすすめです。内側に色絵を施するとつるつるになり、茶筅を振りにくく、美味しい抹茶を点てにくくなるからです。つまり内側が白素地なら問題ありません。仁清写し茶碗を日常使いやお稽古用として購入する際は、内側の仕上げも必ずチェックしましょう。
また、口径11.5cm程度・高さ8cm程度が「標準的な抹茶茶碗」のサイズ感です。はがき(A6サイズ)の短辺が約10.5cmですから、それより少し大きい円形が基準の目安になります。手の小さい方や女性には、このサイズ感がしっくりきます。
仁清写し茶碗は、価格帯の幅が非常に広い商品です。数千円のお稽古用から、数十万円を超える作家物まで混在しているため、目的に応じた選択が重要になります。
お稽古・日常使い向けでは、清水焼の窯元が手がける宮地英香作・橋本城岳作などの仁清写し茶碗が3,000円〜15,000円程度で流通しています。化粧箱入りで購入できるものも多く、茶道初心者が最初の一碗を選ぶ場面に適しています。軽く持ちやすく、なめらかな手触りのものが多いのも特徴です。
中堅の作家物では、加藤郷山作の仁清写し(老松図など)や利昇窯・城岳造の作品が2万円〜5万円の価格帯に集まります。共箱(共蓋付き桐箱)がついていれば、茶会で使う格調も備わります。Yahoo!オークションでの過去120日の落札データによると、「仁清写し茶碗」の平均落札価格は約15,130円で、幅広い価格帯で取引されていることがわかります。
高級作家物の代表格は、約500年の歴史を持つ陶芸家の称号「永楽善五郎(えいらく ぜんごろう)」作の仁清写し茶碗です。永楽は16代即全(そくぜん)が知られており、「仁清写黒紅葉茶碗」の買取参考価格は5万円前後、「仁清写柳橋絵茶碗(鵬雲斎書付)」は22万円前後の相場となっています。茶道の宗匠(家元)の書付がある品は、それだけで価値が大きく上がるのが茶道具の世界です。
価格帯が判断に迷う場合は、「誰が作ったか(作者名・在銘)」「共箱の有無」「書付の有無」の3点を確認するのがポイントです。骨董市やオークションで仁清写し茶碗を購入する際は、この3点が骨格になります。共箱だけ覚えておけばOKです。
| 価格帯 | 対象 | 主な特徴 |
|---|---|---|
| 3,000〜1万5千円 | お稽古・日常用 | 清水焼窯元の量産型、化粧箱入り |
| 2万〜5万円 | 中堅作家物 | 共箱付き、茶会使用も可能 |
| 5万〜30万円以上 | 有名作家・書付物 | 永楽善五郎など、宗匠書付で価値増 |
仁清写し茶碗の世界には、知っておくべき「闇」があります。実は、仁清の本物として流通する色絵茶碗のうち、精巧なものが10点並べば半分は贋物だとも言われるほど、贋作問題が根深いのです。これは厳しいところですね。
仁清の贋作の歴史は古く、仁清窯が廃絶した約70年後の明和年間(1764〜1772年)には、京都・押小路焼で盛んに作られていたとされます。その後も幕末・明治にかけて、真葛長造・横萩一光・真清水蔵六といった名工たちが仁清の有印模作を制作し続けました。この時代が「もっとも精巧な模作」が作られた時期とされています。大正期に丸亀京極家秘蔵の仁清色絵茶壺が世に出た際にも、すぐに偽作が作られたという記録が残っています。
では、仁清写しの茶碗を購入する際に、何を注意すればいいのでしょうか。まず、「仁清」と印がある茶碗を見た際には、それが「作家のサインとしての印」なのか「仁清風ブランドの印」なのかを確認することです。戦前には稽古茶碗クラスの品にも「仁清」の印が押されているものがあり、これは贋作を意図したというより「ブランド化の名残」として押されていたことが知られています。
仁清写し茶碗を購入する場合、「仁清写し」と明記された現代作家の作品を選ぶのがもっとも安全です。仁清本人の作として紹介される骨董品を購入する際は、十分に信頼できる茶道具専門店や骨董商を通じて、鑑定書や箱書きなどの根拠を確認することを強くお勧めします。実際に美術館で本物の仁清を観察し、「どのような作行きのものがあるか」を自分の目で確かめておくことが、長い目で見た最高の予防策です。
なお、仁清には二代目が存在した記録もあります。初代より腕が劣ったとされていますが、現在に至るまで初代と二代の区別をする研究はほとんど進んでいません。贋物とされている作品の中に二代の作が混在している可能性もあり、仁清に関してはまだまだ研究の余地が大きい分野です。
参考:仁清の贋作問題の歴史と背景について詳しくまとめられています。