右衛門と左衛門は、奈良時代の律令制度で成立した宮廷警備を担う官職です。左衛門府(さえもんふ)が宮廷の左側を、右衛門府(うえもんふ)が右側をそれぞれ担当していました。これらの名称は中国の唐代の官制に影響を受けて日本で整備されたもので、「衛門」は「門を守る衛士」を意味しています。
参考)「左衛門」と「右衛門」の違いとは?歴史的背景を探る
平安時代には宮廷の警備だけでなく、都の治安維持にも関わるようになり、検非違使と連携して京の都の治安を守る重要な役割を果たしました。左衛門府・右衛門府は衛士を統括し、門の警護や犯罪者の取り締まりなどの業務も担当していました。
古代の陰陽思想では左が陽、右が陰とされる考え方があり、左衛門がより格式の高い役職と見られることもありました。そのため武士の間では「左衛門尉(さえもんのじょう)」といった称号が多く用いられる傾向がありました。
左衛門は「さえもん」と読み、右衛門は「うえもん」と読みます。どちらも「えもん」という発音が共通しており、これは「衛門(えもん)」が日本語の音便変化の影響を受けて転じたものです。
地域によって発音に若干の違いが見られ、関西地方では「さえもん」が「さえん」と短縮されることもありました。東北地方では「さえもん」が「しゃえもん」、九州地方では「うえもん」が「えもん」と短縮されることがあったとされ、地域ごとに異なる発音が定着していました。
江戸時代には町人のあだ名や通称として「左衛門」「右衛門」が使われることもあり、芝居や小説の登場人物名としてもしばしば用いられました。これにより庶民の間でも「えもん」という響きが広まり、一般的な名前の一部として定着していきました。
有田焼の世界では「三右衛門(さんえもん)」と呼ばれる三大名家が存在します。これは「今泉今右衛門」「酒井田柿右衛門」「中里太郎右衛門」の総称で、佐賀県の陶磁器文化を代表する窯元です。
参考)https://arterrace.jp/jp/columns/detail?id=1095
今泉今右衛門家は江戸時代に鍋島藩の御用赤絵師を務めていた家系で、色鍋島の伝統を今に伝えています。14代今右衛門まで一子相伝の秘法として赤絵の調合・技術を継承しており、国の重要無形文化財保持団体の認定を受けています。
参考)鍋島様式伝統を支える今右衛門窯|有田焼
酒井田柿右衛門家は1640年代に初代柿右衛門が日本で初めて赤絵付けの技法を完成させたことで知られています。「濁手(にごしで)」と呼ばれる乳白色の素地に鮮やかな色絵を施す柿右衛門様式を確立し、15代にわたって370年以上その技術を継承しています。
参考)【公式】柿右衛門窯
源右衛門窯は1753年に創業を開始し、260年以上にわたって古伊万里様式の伝統技術を継承してきました。全ての製品が手描きで、印刷技術を使わないことにこだわり、手描きでしか表現できない風合いや温もりを大切にしています。
参考)有田焼 源右衛門窯:古伊万里のこころを現代に伝える有田焼窯元…
右衛門や左衛門という名前が陶器窯元に使われた背景には、江戸時代の身分制度と名前の習慣が関係しています。江戸時代には武士の官職や家名として「右衛門」「左衛門」が広く使われるようになり、その格式の高さから商人や職人の間でも屋号や通称として取り入れられました。
有田焼の窯元では代々当主が同じ名前を世襲する習慣があり、柿右衛門という名前は初代が柿の色と風合いを見事に表現したことに由来すると言われています。初代の名は酒井田喜三右衛門でしたが、その功績から柿右衛門の名を与えられ、この世襲制の名前が15代まで受け継がれてきました。
参考)https://www.mlit.go.jp/tagengo-db/common/001558072.pdf
今右衛門や源右衛門といった名前も同様に、代々の当主が技術と共に名前を継承することで、窯元の歴史と伝統を示す象徴となりました。これらの「右衛門」という名称は、単なる名前ではなく、何百年にもわたる技術の継承と格式を示すブランドとして機能しています。
参考)【決定版】有田焼のおすすめ人気ブランド窯元10選!おしゃれで…
有田焼以外にも、右衛門や左衛門という名前を持つ窯元や陶器ブランドが存在します。佐賀県有田町には八右衛門窯という窯元があり、明治12年に創業して142年の歴史を持ち、電子レンジやオーブン対応の調理器兼食器などを製造しています。
参考)https://daikei-arita.com
また、錦右衛門窯や円左エ門窯といった窯元も有田焼の産地に存在しており、それぞれ独自の作品を手がけています。これらの窯元も「右衛門」という伝統的な名称を受け継ぐことで、陶器づくりの歴史と格式を表現しています。
参考)有田焼錦右衛門窯 — 佐賀有田 ギャラリーつじ信
越前焼の世界でも、左近製陶所の藤田重良右衛門氏のように「右衛門」の名を持つ陶工が伝統技術を継承してきました。福井県指定無形文化財に認定された8代目藤田重良右衛門氏は、ねじたてロクロ技法の後継者として鎌倉時代以来の技術を伝えました。
参考)色絵陶器|越前町 織田文化歴史館
江戸時代には商家や職人の屋号として「右衛門屋」「左衛門屋」といった名称が使われ、格式を示す役割を果たしていました。現代でも「佐左衛門」や「左衛門川」など、地域によっては姓や地名の一部として残っているケースがあり、歴史の名残を感じることができます。
左衛門と右衛門の歴史的背景や官職としての役割について詳しく解説されています
有田焼の三右衛門(今右衛門・柿右衛門・太郎右衛門)の歴史と技術について紹介されています
源右衛門窯の公式サイトで古伊万里の伝統技術と手描きへのこだわりが分かります
柿右衛門窯の公式サイトで濁手素地の製法や370年の歴史が詳しく紹介されています