輝銀鉱(きぎんこう、argentite)は銀と硫黄からなる硫化鉱物で、化学式はAg2Sです。英名の「argentite」はラテン語の「argentum(銀)」に由来し、1845年にW.K.von Haidingerによって命名されました。日本語名の「輝銀鉱」はドイツ語の「silber Glanz」に基づいており、「光沢のある銀」という意味を持っています。
この鉱物は銀の最も重要な鉱石の一つとして認識されており、特に日本の銀鉱山では「銀黒(ぎんぐろ)」と呼ばれる鉱石の主成分を構成しています。古くから採掘・精錬の対象となってきた歴史ある鉱物で、世界中の低温熱水性金銀鉱脈に広く分布しています。
輝銀鉱の最大の特徴は温度による相転移現象です。高温環境(179℃以上)では等軸晶系の結晶構造を保ち安定していますが、179℃以下の常温環境では単斜晶系の針銀鉱(acanthite)へ転移します。この現象は同質異像と呼ばれ、同じ化学組成でありながら異なる結晶構造を持つ鉱物の関係を表しています。
興味深い点として、高温で輝銀鉱として晶出したものは室温でも外観は輝銀鉱のままですが、内部結晶構造のみが針銀鉱へと変化しており、これを「輝銀鉱仮晶」と呼びます。一方、低温で生成された針銀鉱は特有の針状形態を示します。この二つを区別するにはX線回折分析または反射顕微鏡による詳細な観察が必要となります。
輝銀鉱は非常に柔らかい鉱物で、モース硬度は2~2.5と低く、鉛筆やナイフで傷がつきやすい特性があります。色は暗い鉛灰色で、金属光沢を示し、高い見栄えを持つ一方で展性(曲げやすさ)に富んでいます。条痕(鉱物を白い磁器の上に擦った時にできる粉の色)は黒灰色で、この特徴も同定に用いられます。比重は7.24~7.4と比較的高く、重い鉱物に分類されます。
へき開がない点、加熱時にSO2ガスを発生して熔ける点などが識別に役立ちます。特に他の銀系鉱物であるテルル銀鉱やセレン銀鉱と区別する際は、昇華物の有無が重要な判定基準となります。これらの物理的特性は鉱物収集家や研究者にとって重要な同定要素です。
輝銀鉱は主に低温熱水性金銀鉱脈で産出します。この環境では方鉛鉱、黄銅鉱、四面銅鉱、エレクトラム(20%以上の自然銀を含む自然金)などの他の鉱物と伴われて産出することが多いです。日本国内の主要産地としては、新潟県の佐渡鉱山、静岡県の清越鉱山、鹿児島県の串木野鉱山が知られています。
高温熱水性銀・コバルト鉱脈中にはコバルト、ニッケル、ビスマス、ヒ素などを含む鉱物や自然銀と共に産出する例も存在し、カナダのオンタリオ州コバルト地方が著名な産地として挙げられます。古くは石見銀山でも採掘されており、日本の銀採掘の歴史を象徴する鉱物として位置付けられています。
輝銀鉱は銀精錬の視点から最も効率的な鉱石源の一つです。高い銀含有率と比較的単純な精錬プロセスにより、古代から中世、近世にかけて銀産業を支えてきました。特に日本の銀鉱山では銀黒鉱石として重視され、灰吹銀の製造に用いられています。
現代では、希少金属資源の重要性が増す中で、輝銀鉱を含む二次鉱物からの銀回収技術がクローズアップされています。都市鉱山技術の発展により、電子廃棄物や産業副産物から銀を抽出する際の参考モデルとなっています。秋田県の同和鉱業小坂製錬所で開発された黒鉱からの鉛・銀・銅抽出技術は、輝銀鉱を含む複合鉱物からの効率的な金属採取法として、現代のリサイクル産業に応用されています。
参考リンク:輝銀鉱の詳細情報と結晶学的特性について、以下のWikipediaの記事では化学組成、結晶構造、相転移メカニズム、世界の産地情報が詳しく記載されています。