酸化銀(I)は化学式Ag₂Oで表される銀化合物で、その外観は黒色から褐色の細かい粉末として知られています。硝酸銀の濃厚水溶液に水酸化ナトリウムの希薄水溶液を加えると、暗褐色の粉末として得られるのが一般的です。この反応では銀イオンAg⁺と水酸化物イオンOH⁻が結びついて水酸化銀AgOHが一旦生成されますが、これは極めて不安定で、すぐに分解して酸化銀Ag₂Oと水になります。
参考)酸化銀(I) - Wikipedia
試験管で硝酸銀水溶液に少量の水酸化ナトリウム水溶液やアンモニア水を加えると、褐色沈殿として酸化銀が生じます。この褐色沈殿は感光性があり、光に当たると徐々に黒色へと変化していきます。市販されている酸化銀製品の多くは、この光分解や経年変化により黒色に近い黒褐色の外観を呈しています。
参考)【高校化学】「銀イオンの反応①」
化学反応式では「2Ag⁺ + 2OH⁻ → Ag₂O + H₂O」と表され、この反応のpK値は2.875とされています。興味深いのは、水酸化銀という化合物は室温では極めて不安定で実際に単離することはほぼ不可能であり、反応後すぐに酸化銀へと変化してしまう点です。
酸化銀の色は生成条件や保存状態によって褐色から黒色まで幅広く変化します。新鮮に調製された酸化銀は比較的明るい褐色を示しますが、時間の経過とともに、あるいは光への暴露によって徐々に黒色に近づいていきます。これは酸化銀が感光性を持ち、光によって部分的に分解して金属銀の微粒子が生成されるためです。
参考)酸化銀の色について黒or褐色? - 以前,酸化銀の色について…
市販の試薬としての酸化銀は「黒褐色の粗粉末」または「黒褐色の結晶」として記載されており、比重は7.220(25/4℃)です。分解温度は約300℃とされ、この温度以上に加熱すると酸素を放出しながら金属銀へと分解します。実際には160℃から分解が始まり、250~300℃で急激に分解が進行します。
参考)酸化銀(さんかぎん)とは? 意味や使い方 - コトバンク
酸化銀には酸化銀(I) Ag₂Oと酸化銀(II) AgOの二種類が存在し、後者は完全な黒色を呈します。一般に「酸化銀」と呼ばれるのは酸化銀(I)のことで、これが褐色から黒褐色の範囲で色を示します。酸化銀(II)は過酸化アンモニウムなど強い酸化剤を用いて合成される特殊な化合物で、100℃以上で銀と酸素に分解する強力な酸化剤です。
参考)20667-12-3・酸化銀・Silver Oxide・19…
酸化銀は熱や光に対して極めて不安定な物質です。加熱すると160℃付近から分解が認められ、300℃以上では「2Ag₂O → 4Ag + O₂」という反応式に従って、銀と酸素に完全に分解します。この熱分解反応は中学校の理科実験でも頻繁に取り上げられ、黒褐色の酸化銀粉末を加熱すると光沢のある銀色の金属粒子が残り、発生した酸素は水上置換法で捕集できます。
参考)酸化銀の熱分解のまとめとよく出る問題
酸化銀の分解温度が比較的低い理由は、銀のイオン化傾向が小さいことに関係しています。金属のイオン化傾向が小さいほど、その酸化物は熱的に不安定で低温で分解します。例えば銅の酸化物である酸化銅は酸化銀よりもはるかに高い温度でないと分解しませんが、これは銅の方がイオン化傾向が大きく、酸素との結合がより強固だからです。
参考)http://kinki.chemistry.or.jp/pre/a-105.html
光による分解も酸化銀の重要な性質です。太陽光にさらすと、酸化銀は徐々に銀と酸素に分解していきます。この感光性のため、酸化銀は遮光性の容器に保管する必要があります。また、湿った状態では二酸化炭素を吸収する性質も持っています。
酸化銀は塩基性酸化物であり、酸と反応してハロゲン化銀などを生成します。硝酸に容易に溶解する一方、水にはほとんど溶けません。アンモニア水に溶かすと、水溶性のジアンミン銀(I)イオン [Ag(NH₃)₂]⁺ を形成します。この反応は銀鏡反応の原理として有機化学の実験でも利用されています。
参考)化成品:酸化銀
酸化銀の最も重要な用途の一つが酸化銀電池です。ボタン型の酸化銀電池は腕時計、電卓、補聴器などの小型電子機器に広く使用されています。この電池では銀の電極(正極)と亜鉛の電極(負極)がアルカリ性電解液に浸されており、放電時に亜鉛が酸化され、酸化銀が還元されることで電気エネルギーが生成されます。
参考)酸化銀|貴金属化成品総合メーカーの東洋化学工業株式会社
酸化銀電池の主な利点は、電圧が安定していること、比較的長寿命であること、そして液体が漏れにくいことです。エネルギー密度が高く、電池内の化学反応の効率が高いため、小型でありながら長期間使用できます。ただし、銀という貴金属を使用するため製造コストが高いこと、電流が低いこと、大型のものには適さないことが短所として挙げられます。
参考)酸化銀電池とは?発電の仕組み、長所や短所をわかりやすく解説し…
酸化銀は電気伝導性がないため、導電性材料として使用する際には熱分解により金属銀に変換する必要があります。酸化銀を単独で加熱したときの分解温度は通常300℃以上ですが、酸化銀微粒子の粒子径が1μm以下の場合、還元剤を用いなくても180℃程度の加熱で導電性被膜を形成できます。微細な電子回路の製造時には、粉末化が容易な酸化銀を用いて基板上にパターンを形成し、加熱することで導電性の銀に変換する手法が開発されています。
参考)https://patents.google.com/patent/JP2004139754A/ja
酸化銀ペーストは銀粉よりも加工性に優れており、印刷技術と組み合わせて導電性パターンを形成できます。一次粒子径が10~150nmの酸化銀組成物は、低温での還元が可能で、生成しつつある銀粒子同士の融着により効果的に導電性を発現します。
参考)https://patents.google.com/patent/JP5817335B2/ja
有機化学において酸化銀は温和な酸化剤として広く利用されています。アルデヒドをカルボン酸へ酸化する反応などに用いられ、多くの場合、硝酸銀とアルカリ水酸化物によってその場で調製されます。酸化銀は有機合成における脱ハロゲン剤としても機能し、触媒としての用途も多岐にわたります。
触媒としての酸化銀の特性を理解するには、銀のナノ粒子化が重要です。銀はバルクでは酸化触媒として知られていますが、ナノ粒子化して金属酸化物表面に担持されると表面エネルギーが増加し、水素活性化などの新しい触媒機能が発現します。酸化銀を多孔性アルミニウム担体に担持した触媒は、低級オレフィン類の酸化によるエポキシドの生成反応に利用されています。
参考)https://www.jstage.jst.go.jp/article/jpi1958/4/3/4_3_190/_pdf/-char/en
試薬としての酸化銀は、着色ガラス(黄色)の製造やガラスの研磨にも使用されます。また、飲料水の殺菌用途にも応用されており、銀イオンの抗菌作用を利用した水処理技術に組み込まれています。医療分野でも酸化銀の抗菌特性が注目されており、各種の医療機器や臨床設備への応用が研究されています。
酸化銀はアンモニア水と反応して錯イオンを形成する性質があり、この反応は分析化学における銀イオンの検出や分離に利用されます。硝酸に溶けやすく水にほとんど溶けない性質を利用して、精製や分離操作が可能です。さらに、酸化銀は他の金属、水素ガス、一酸化炭素、ヒドラジン、有機還元剤によって容易に還元される性質があり、これらの還元剤の検出や定量分析にも応用できます。
参考)銀鏡反応|海城中高化学部
ウィキペディアの酸化銀の項目には、合成方法から物理的性質、利用法まで基礎的な情報が網羅的にまとめられています
コトバンクの酸化銀の解説では、化学的性質や分解温度など詳細なデータが確認できます
酸化銀電池の仕組みと応用については、こちらのサイトでわかりやすく図解されています