オーストリア帝国の領土は18世紀初頭に最大規模に達しました。この時期、ハプスブルク家はオスマン帝国との一連の戦争に勝利し、1699年のカルロヴィッツ条約でハンガリーの大部分、トランシルヴァニア、スロヴェニア、クロアティアを獲得しました。さらに1718年のパッサロヴィッツ条約では、ハンガリーの残部、ワラキア、北セルビアまでも手中に収めました。
参考）オーストリア／オーストリア＝ハンガリー帝国
スペイン継承戦争（1701-1714年）の結果、オーストリアは南ネーデルラント（後のベルギー王国）、ミラノ、ナポリ王国、シチリア（後にサルデーニャと交換）など、ヨーロッパ各地に広がる領土を獲得しました。この時期の領土拡大は、オイゲン公という優れた軍人の活躍によるところが大きく、彼の指揮下でオーストリア軍は各地で勝利を重ねました。
この18世紀初頭が、オーストリア君主国の 最大領土範囲 を記録した時代とされています。中欧のドナウ地域全域から、北イタリア、低地地方、バルカン半島北部まで、その支配領域は広大でした。
参考）http://opera-historica.com/doi/10.32725/oph.2017.005.pdf
ハプスブルク家は「戦争は他家に任せよ。汝、幸いなるオーストリアよ、結婚せよ」という格言で知られるように、積極的な婚姻政策を展開しました。この戦略により、ハプスブルク家の領土はネーデルラント、スペイン、南イタリア、ハンガリー、ボヘミアに及び、さらに新大陸やフィリピンなどの海外領土も支配するに至りました。
16世紀前半のカール5世（スペイン王としてはカルロス1世）の時代が、ハプスブルク家の最盛期でした。彼は父方からブルゴーニュ家の血を引き、ネーデルラント地方を継承し、母方からスペイン王位とその新大陸植民地を継承しました。さらに祖父マクシミリアン1世からオーストリアをはじめとするハプスブルク家領土を継承し、神聖ローマ皇帝にも即位しました。
参考）カール5世 (神聖ローマ皇帝) - Wikipedia
この時期のハプスブルク家の領土は、現在のスペイン、オーストリア、ドイツ、チェコ、イタリア南部、ベルギー、オランダ、さらには中南米諸国まで含まれ、「日の沈まぬ帝国」と呼ばれました。地球のどこかで常に太陽が昇っている状態であったため、この名称が付けられたのです。
参考）カール5世は何した人？─スペイン国王を兼ねた神聖ローマ皇帝
1526年は、ハプスブルク帝国の歴史において極めて重要な転機となりました。この年、モハーチの戦いでハンガリー王国がオスマン帝国に敗北し、ハンガリー王ラヨシュ2世が戦死しました。その結果、フェルディナント1世がボヘミア王位とハンガリー王位を継承し、いわゆる「ハプスブルク帝国」が成立した年とされています。
参考）なぜ、これほど拡がった？【地図でたどるハプスブルク帝国の65…
この継承により、現在のハンガリー、チェコ、スロバキア、クロアチアなどが一挙に支配域に加わりました。ただし、ハンガリーはオスマン帝国の脅威にさらされ続け、150年以上にわたって、ブダを含む平原部はオスマン帝国直轄領、オスマン帝国保護下のトランシルヴァニア公国、ハプスブルク家が統治するハンガリー王国の3つに分割されました。
参考）https://eritokyo.jp/independent/takatori/czechslovakiahungary2018/01.htm
ボヘミア王冠領には、ベーメン（ボヘミア）、メーレン（モラヴィア）、シュレージエン（シレジア）が含まれていました。これらの地域を併せると、おおよそ現在のチェコ共和国に該当します。ハプスブルク家にとってハンガリーはオスマン帝国と対峙する最前線であったため、ハンガリー貴族の協力が必要であり、中央集権化が難しい状況でした。
参考）ハプスブルク帝国 - Wikipedia
オーストリア帝国の領土拡大の詳細な年表と解説（Y-History）
オーストリア帝国の領土形成過程について、オスマン帝国との戦争やスペイン継承戦争の詳細な経緯が記載されています。
オーストリアが中東欧に領土を拡大できた背景には、オスマン帝国との長期にわたる対立がありました。1529年の第1次ウィーン包囲では、スレイマン大帝率いるオスマン軍がオーストリアの首都ウィーンを攻めましたが、補給の限界や冬の寒さで撤退を余儀なくされました。この戦いにより、ハプスブルク帝国はキリスト教世界の守護者としての役割を担うこととなりました。
参考）＜地政学＞最強の多民族国家？オーストリア＝ハンガリー二重帝国…
17世紀末の1683年、メフメト4世の命で再びウィーンが包囲されましたが、今度はオーストリア・ポーランド連合軍に完敗し、ここからオスマン帝国は西での退潮期に入ることになります。この第2次ウィーン包囲の敗北により、「オスマンの進撃はここまで」とヨーロッパが確信するようになりました。
参考）オスマン帝国とオーストリアの関係─永遠のライバルで宿敵
17世紀末を境に、オスマンとオーストリアの力関係は逆転していきました。1699年のカルロヴィッツ条約でオスマン帝国は、ハンガリーなどの広大な領土をオーストリアに正式に割譲し、バルカンの主導権を大きく失いました。これにより帝国の「ヨーロッパ側の顔」が大きく崩れ、オーストリアの領土拡大が決定的となりました。
オーストリア帝国は多民族国家として独特の発展を遂げました。ウィーンはドナウ川を通してルーマニアにまでつながる欧州の交通の要所であり、西欧の果てであると同時に東欧の入口という境界地帯の都市でした。この地理的特性から、ドイツ人、ハンガリー人（マジャール人）、チェコ人、スロベニア人、クロアチア人など、多様な民族を統治する複合国家として成立しました。
参考）オーストリア＝ハンガリー帝国
この多民族帝国の首都ウィーンは、異様なまでに存在感が強い大都市として発展しました。ヨーロッパのロンドンやパリと並ぶ水準の文化的中心地となり、宮廷文化が花開きました。この時期、ハプスブルク家の宮廷では、マイセンに対抗する形で優れた陶磁器製造が奨励され、ウィーン窯をはじめとする ブランド陶器 の生産が盛んになりました。
ハプスブルク家の宮廷文化は、バロック様式の壮麗な建築や美術品収集とともに、ヨーロッパ最高級の陶磁器製造にも力を注ぎました。オーストリア帝国の広大な領土と貿易ネットワークは、東洋の陶磁器技術を吸収し、独自の様式を発展させる基盤となりました。ウィーンの宮廷では、皇帝や貴族のために特注された豪華な陶磁器セットが制作され、これらは現在でも美術館や骨董市場で高い評価を受けています。
ハプスブルク帝国の領土変遷を地図で詳しく解説（ハプスブルク百科）
各時代のハプスブルク家の領土変遷を視覚的に理解できる地図と詳細な解説が掲載されています。
オーストリア帝国は1866年の普墺戦争（プロイセン＝オーストリア戦争）でプロイセンに敗北し、ドイツ民族の指導国の座を失いました。この敗北により帝国内の諸民族、特にハンガリーのマジャール人の独立運動が強まったため、翌1867年にアウスグライヒ（妥協政策）を実施し、ハンガリーの形式的な独立を認めました。
参考）オーストリア・ハンガリー帝国 「なぜ世にも珍しい二重帝国とな…
この体制では、ハンガリー王国の王位はオーストリア皇帝フランツ・ヨーゼフ1世が兼ね、その下で二国がそれぞれ別な政府と国会を持つという「二重帝国」となりました。これがオーストリア＝ハンガリー帝国です。ハンガリー王国は形式的には独立しましたが、外交・軍事・財政ではハプスブルク家のオーストリア皇帝に実権を握られており、実質的には「ハプスブルク帝国」でした。
二重帝国の領域には、現在のチェコ、スロバキア、スロベニア、クロアチア、南チロル地方、トリエステが含まれていました。帝国内人口の20パーセントを占めるマジャール人（ハンガリー人）との友好関係を軸に、多民族との平等な関係に基づく連邦国家を目指しましたが、民族問題は解決されませんでした。
この二重帝国体制は第一次世界大戦まで続きましたが、大戦での敗北により1918年に崩壊しました。敗戦後のオーストリアは、領土が戦前の4分の1の小国となり、軍備制限と多額の賠償義務を負うことになりました。かつて中欧からバルカン半島、北イタリアまで広がっていた広大な帝国は、現在の小さなオーストリア共和国へと縮小したのです。
参考）オーストリア：かつてのハプスブルク帝国の面影 href="https://murao-jp.com/wj/europe/austria/" target="_blank">https://murao-jp.com/wj/europe/austria/amp;#8211;…
オーストリアの詳細な歴史年表（ヨーロッパ史入門）
9世紀の東方辺境伯時代から20世紀までのオーストリアの歴史が年表形式で詳しく解説されています。
オーストリア帝国の最大領土は、ハプスブルク家の巧みな婚姻政策と軍事的成功によって実現されました。特に18世紀初頭には、オスマン帝国からの領土獲得とスペイン継承戦争の成果により、中欧からイタリア、低地地方、バルカン半島まで広がる広大な版図を築き上げました。この帝国は多民族国家として独特の文化を発展させ、ウィーンを中心とした宮廷文化では優れた陶磁器製造も花開きました。しかし19世紀の普墺戦争での敗北を契機に、二重帝国へと体制を変更し、最終的には第一次世界大戦での敗北により解体され、現在の小国オーストリアへと縮小しました。この壮大な歴史は、ヨーロッパの政治地図を大きく塗り替えた重要な変遷として、今日でも研究され続けています。
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