自宅に南蛮渡来の陶器があっても、正しく鑑定せずにいると数万円の損をすることがあります。
「じゃがたら」という言葉を聞いたとき、多くの人はじゃがいもを連想するかもしれません。しかし、この語はもともとインドネシアの現首都ジャカルタを指す地名「ジャガタラ(Jacatra)」に由来します。ジャカルタはオランダ語でJacatra、あるいはDjakartaと表記され、日本には「じゃがたら」として伝わりました。
じゃがいも自体も「じゃがたら芋」が略されたものです。日本には南蛮船(ポルトガル・スペインの貿易船)によってインドネシア、フィリピン、ベトナムなどの東南アジア各地の物品が持ち込まれ、これら一帯の物産に「じゃがたら〇〇」と名前をつける慣習がありました。
つまり「南蛮渡来」とは、16〜17世紀の南蛮貿易を通じて東南アジアやポルトガル・スペインから日本に伝わったものを総称した言葉です。陶器・食品・布・菓子など幅広い品物が「南蛮渡来」として日本に入ってきました。その中でも陶磁器は、茶の湯文化の隆盛と重なって特別な地位を占めるようになります。
着物の縞織物として「ジャガタラ縞」という言葉があるほど、じゃがたら=ジャカルタからの渡来品は日本文化のさまざまな場面に痕跡を残しています。実は陶器だけではなく、布・食文化・菓子まで多岐にわたるのが南蛮渡来品の特徴です。これが基本です。
また、江戸時代初期の人物「じゃがたらお春(1625年頃〜1697年)」も「じゃがたら」という語に深く関わった歴史的人物です。イタリア人と日本人の混血女性として長崎に生まれたお春は、寛永16年(1639年)の鎖国令によりジャカルタ(バタヴィア)へ追放されました。この出来事は、南蛮渡来の文化と日本がいかに深く交わっていたかを物語っています。
参考リンク:じゃがたらお春の生涯と「ジャガタラ文」の詳細について
南蛮渡来の陶器が茶道の世界で特に重視されるようになったのは、安土桃山時代のことです。茶道具の「茶入(ちゃいれ)」は、産地によって「唐物(からもの)」「和物(わもの)」「島物(しまもの)」の3種類に大別されます。
唐物とは中国の宋代〜元代に作られた茶入で、最高位に位置します。和物とは日本国内で作られたものを指します。そして島物とは、東南アジアをはじめとする「南の島々」から渡来した茶入のことです。島物は産地によってさらに細かく分類されます。
- 安南(あなん):ベトナム(当時の安南国)産のもの
- 呂宋(るそん):フィリピン産のもの
- 南蛮:その他の東南アジア諸地域(タイ・ジャワ島周辺など)産のもの
安土桃山時代、茶人たちはこれらの島物をひじょうに珍重しました。もともとは香料を入れるための容器として東南アジアで作られたものを、日本の商人が茶入として転用したのです。これは意外ですね。フィリピン産の「呂宋壺(るそんつぼ)」は大名や茶人に高値で売買されたことが記録に残っており、一つの壺が城一つに匹敵すると評されることもありました。
島物の多くは「焼締(やきしめ)」と呼ばれる施釉なしで焼いたもので、素朴で力強い土肌が特徴です。釉薬を使わずに高温で焼くため、表面に自然の景色(窯変)が生まれます。唐津南蛮として知られる焼き物も、「南蛮(東南アジア)渡来のものに焼締が多かったため」(工芸用語集・Kogei Standard)という由来から名づけられており、南蛮渡来の陶器が日本の陶芸にまで影響を与えたことがわかります。
茶入として流通した島物の中でも、特に焼締陶器は茶人が「見立て」によって価値を見出す対象でした。つまり南蛮渡来です。
参考リンク:唐津南蛮の定義と南蛮渡来の陶器が日本の陶芸に与えた影響
陶器に興味がある方にとって、南蛮渡来の焼き物をどう見分けるかは重要な知識です。見分けるポイントは大きく3つあります。
① 土の質感と焼締の表情を見る
南蛮渡来の陶器の多くは焼締です。釉薬をかけていないため、土そのものの色・質感・肌理がそのまま出ています。タイ・ベトナム・フィリピン産のものは、土の色が赤褐色〜灰褐色が多く、表面は粗めの砂粒が感じられます。高温で焼かれているため、指で弾くと乾いた鈍い音がします。
② 形と用途から考える
島物として茶道に取り込まれた南蛮陶器は、壺形・瓶形のものが多いです。もともと香料やオイルを入れる実用品だったため、口が比較的小さく、胴が丸く膨らんでいる形状が多い傾向にあります。四耳壺(よつみつぼ:肩に4つの耳がついたもの)は東南アジア産の典型的なスタイルで、考古発掘でも多く確認されています。大分市内の大友氏跡遺跡からはベトナム産焼締陶器やタイ産四耳壺の出土が記録されており、九州地方が南蛮渡来品の主要な流入ルートだったことがわかっています。
③ 時代を示す特徴を確認する
安土桃山〜江戸初期(16世紀後半〜17世紀前半)に渡来したものは、朱印船貿易の時期と重なります。この時期の南蛮陶器には、制作地(タイ・ベトナム・フィリピン)の窯ごとの特徴が色濃く現れます。
| 産地 | 呼称 | 特徴 |
|------|------|------|
| ベトナム | 安南 | 青みがかった白磁・染付が多い |
| フィリピン | 呂宋 | 濃い灰褐色の焼締壺が多い |
| タイ・ジャワ周辺 | 南蛮 | 赤褐色の焼締・四耳壺が典型 |
自宅や骨董店で南蛮渡来と思われる陶器を見つけたら、まず「焼締かどうか」「形が壺型か」「土色は赤褐色か灰褐色か」の3点を確認するのが基本です。これだけで産地の絞り込みが大きく前進します。ただし正確な鑑定には専門知識が必要です。購入時の偽物・見立て違いのリスクを避けるためにも、骨董買取・鑑定の専門店に一度相談することをおすすめします。
参考リンク:茶入の種類(唐物・和物・島物)の詳細と買取ポイント
茶入とは?種類や形、買取のポイントをご紹介(骨董品買取専門店 永寿堂)
南蛮渡来の陶器は単なる「輸入品」にとどまらず、日本の陶芸そのものを変えた存在でもあります。これは大事なポイントです。
最もわかりやすい例が「唐津南蛮」と呼ばれる焼き物のジャンルです。唐津焼は本来、釉薬を使う焼き物の伝統を持ちます。しかし近代、陶芸家・中里隆氏が南蛮渡来の焼締陶器を参考に唐津の土を使って焼締を試みた結果、唐津南蛮というカテゴリが生まれました。南蛮渡来の焼締スタイルが日本の陶芸家を刺激したわけです。
沖縄の壺屋焼でも同様の影響が見られます。壺屋焼は「荒焼(アラヤチ)」と「上焼(ジョウヤチ)」に分かれますが、荒焼は南蛮焼の系統を引き継ぐものとされており、東南アジアの焼締技術が沖縄の陶芸に深く根付いています。
さらに天草地方(熊本県)にも、南蛮渡来の影響が見られます。天草はもともと南蛮船の寄港地であり、「南蛮渡来の天草陶石」として知られる陶石が採掘されます。天草陶石は現在でも日本産陶石の約8割を占め、有田焼をはじめとする多くの磁器の原料として使われています。
このような事実を踏まえると、南蛮渡来の陶器は日本の陶芸技術にとって単なる「参考品」ではなく、技術革新のきっかけだったことがわかります。陶器が好きな方なら、身近な焼き物の中にも南蛮渡来の影響が息づいていることを知っていると、鑑賞の深みが増すでしょう。これは使えそうです。
南蛮渡来品の影響を受けた代表的な焼き物ジャンルを整理すると次のようになります。
- 唐津南蛮:南蛮の焼締スタイルをオマージュして生まれた近代唐津焼の一系統
- 壺屋焼(荒焼):沖縄・南方系の技術が融合した焼締陶器
- 天草系磁器:南蛮貿易期に発見された天草陶石を原料とする磁器群
参考リンク:南蛮貿易で渡来した食文化・物産品の詳細情報
南蛮渡来の陶器は骨董市場でどのような価値を持つのでしょうか?
Yahoo!オークションの過去120日分のデータによれば、「南蛮(東南アジア)」カテゴリの陶芸品の平均落札価格は約19,698円(約45件)です。また「呂宋」ジャンルになると平均48,296円(約35件)と跳ね上がります。フィリピン産とされる呂宋壺は特に茶道具としての格式が高く、良品・古品になるほど価格が上昇します。一方で、無銘・時代不明のものは数千円〜1万円程度にとどまることも多いです。
骨董市場で南蛮渡来の陶器を購入する際に注意したい点は以下の通りです。
- 産地の偽称:「南蛮」「呂宋」と称されているが実際は後世の国産品という例が存在します。土の質感・焼き色・重さを実際に手で確認することが重要です。
- 共箱(きょうばこ)の有無:茶入などの茶道具は、作家や伝来の記録が入った木箱(共箱)が揃っていると価値が大きく上がります。共箱なしでは査定価格が3〜5割下がることもあります。
- 状態の確認:欠け・ヒビ・金継ぎ跡があると価値が変動します。ただし金継ぎ(金で修復する技法)は場合によっては「歴史の証拠」として評価されることもあります。
南蛮渡来陶器に興味を持って入手を検討するなら、まず信頼できる骨董鑑定士に相談するのが最善です。購入前に1件の専門店で査定意見を聞くだけで、数万円規模の判断ミスを防ぐことができます。
古い南蛮渡来の茶入は、名物とよばれる有名茶入でなくても、古い時代のものであれば数万円の買取金額になることがあります。匂いや外見、材質などでなんとなく古く感じる場合は、専門家へ持ち込むのが原則です。保存状態が良く、付属の共箱や仕覆(しふく:茶入を入れる袋)がそろっているとさらに評価が高まります。
参考リンク:南蛮(東南アジア)陶芸カテゴリのオークション落札相場
「南蛮(東南アジア)」陶芸の落札相場(Yahoo!オークション)