鎬を「しのぎ」と読めても、陶芸での意味を誤解すると作品が台無しになります。
鎬(しのぎ)とは、日本刀の側面における刃と峰の間に形成される山形の稜線部分のことです。この構造は切れ味の鋭さと強度を両立させるために刀匠が工夫を重ねて生み出したもので、刀剣における重要な構造要素となっています。
参考)「鎬」は何と読む?難読漢字クイズ|美しい日本語 (201)
日本刀は刃を薄くすることで切れ味を高める必要がありますが、同時に折れにくい頑丈さも求められました。この相反する要求を解決するために考案されたのが鎬という構造です。刃から峰に向かって緩やかに厚みを増していく設計により、薄い刃先と強靭な刀身を実現しています。
鎬という言葉は漢字一文字で「しのぎ」と読みますが、「凌ぎ」と誤って表記されることがあります。これは物事を耐えて切り抜ける「凌ぐ」という意味と混同されやすいためです。正しくは刀の部位を指す「鎬」が本来の表記になります。
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表鎬(おもてしのぎ)と裏鎬(うらしのぎ)という区別も存在し、刀を構えた時に左側が表、右側が裏とされます。
つまり刀の構造そのものが語源です。
陶芸での鎬技法は、成形した器の表面にカンナや削り道具を使って縦方向の稜線を連続的に削り出す装飾技法を指します。刀の鎬のように規則的な山形の稜線が器の表面に現れることから、この名称で呼ばれるようになりました。
削り出された稜線に釉薬をかけると、凹凸部分で釉薬の溜まり方が変わります。凹部には釉薬が厚く溜まり濃い色に、凸部は薄くなり淡い色になるため、自然なグラデーションが生まれます。この効果により、シンプルな単色釉でも奥行きのある表情が作れるのが鎬技法の魅力です。
光の当たり方によって稜線の陰影が刻々と変化し、同じ器でも見る角度や時間帯で異なる表情を楽しめます。特に朝夕の斜光では稜線が際立ち、器に躍動感が生まれます。
これは平滑な器面では得られない効果です。
鎬技法を施した器は手に持った時の触感も特徴的で、指先に伝わる稜線の感触が使用時の心地よさを生み出します。視覚的な美しさだけでなく、触覚的な魅力も兼ね備えた技法ということですね。
削りの深さや間隔、リズムによって作家の個性が表現されるため、同じ鎬技法でも作り手によって全く異なる印象の作品が生まれます。
「鎬を削る」という慣用句は、互いに激しく争う様子や熱戦を繰り広げることを意味します。この表現は刀同士がぶつかり合い、鎬部分が削れ落ちるほどの激しい戦いが語源となっています。
実際に刀の鎬部分は刃よりも硬く、通常の戦闘では傷がつく程度で削れることはほとんどありません。それほどまでに激しい衝突があったことを強調する表現として、この慣用句が生まれたわけです。
現代では刀を使った戦いは行われませんが、スポーツの試合、企業間の競争、選挙戦など、様々な激しい争いの場面でこの表現が使われています。例えば「鎬を削る選挙戦」「ライバルと鎬を削り合う」といった用法です。
中学校の国語教科書にも掲載されている重要な慣用句です。日本の武士文化に根ざした表現として、今も広く使われ続けています。
鎬技法は湯呑、茶碗、皿、花器など幅広い器種に応用されています。特に円筒形の湯呑や花器では、縦方向の稜線が器全体に規則的なリズムを生み出し、シンプルながら洗練された印象を与えます。
茶碗では鎬の稜線が手に馴染む効果があり、茶道具としても好まれます。抹茶の緑色と鎬による釉薬の濃淡が相まって、静謐な美しさを表現できるためです。削りのリズムが作り手の呼吸を感じさせ、使い手との対話を生み出します。
皿やボウルでは、内側から外側に向かって放射状に鎬を入れる技法も見られます。この場合、盛り付けた料理の視覚的な引き立て役となり、食卓を豊かに演出します。白磁に鎬を施した作品は特に人気が高く、モダンなインテリアにも調和します。
現代陶芸では伝統的な縦方向の鎬だけでなく、斜めや螺旋状の鎬、粗密をつけた変化のある鎬など、自由な発想で技法が発展しています。作家の創意工夫により、鎬技法の可能性は広がり続けています。
初心者が鎬技法に挑戦する場合、まず半乾きの生地(レザーハード状態)で削る感覚を掴むことが重要です。削りすぎると器が薄くなりすぎて破損リスクが高まるため、適度な力加減を身につける練習が必要になります。
陶芸における鎬という用語は、日本刀の構造から借用されながらも、独自の技法体系として確立しています。刀の鎬が機能的な必然性から生まれたのに対し、陶芸の鎬は純粋に装飾的・美的効果を目的とする点が大きく異なります。
削りによる装飾技法は世界各地の陶芸に存在しますが、日本で「鎬」という名称で体系化されたことで、技法に対する認識や評価が深まりました。名称があることで技法の伝承がしやすくなり、作家間での技術交流も活発になっています。
これが日本の陶芸文化の特徴です。
鎬技法は朝鮮半島の粉青沙器(ふんせいさき)の影響を受けているとも言われ、日本独自の発展を遂げた装飾技法として位置づけられます。シンプルさの中に深い美意識を見出す日本的な美学が、鎬技法の洗練に寄与しました。
現代では電動ろくろやカンナの進化により、より精密で多様な鎬表現が可能になっています。伝統技法を尊重しながらも、新しい道具や材料を取り入れることで、鎬技法は常に進化し続けているのです。
鎬を施した器は日常使いから茶道具まで幅広く親しまれており、日本の陶芸文化において確固たる地位を築いています。この技法を理解することは、日本陶芸の美意識を理解することにつながります。