リン化物とは:構造と性質から半導体利用まで

鉱石愛好家必見のリン化物について、化学的構造や金属との結合様式、同素体の種類、半導体デバイスへの応用、工業的な製造法と取扱上の注意点まで徹底解説します。あなたはリン化物の多様な世界をどこまで知っていますか?

リン化物の基礎知識

リン化物の概要
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化学的定義

リン元素と他の元素が結合した化合物群で、金属や半金属と多様な化合物を形成

結合様式

イオン結合、共有結合、金属結合など、相手元素により様々な結合性を示す

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半導体特性

III-V族化合物として電子デバイスに応用され、高性能半導体材料として注目

リン化物の化学的構造と結合様式

 

リン化物とは、リン元素(P)と他の元素が化合した化合物の総称です。多くのリン化物は共有結合性よりもイオン結合または属結合性が大きく、特に第4周期の金属リン化物は強磁性体として知られています。水や希酸と反応しにくいものが多い一方で、溶解するとホスフィン(リン化水素:PH₃)を生じる特性があります。

 

参考)リン化物(リンカブツ)とは? 意味や使い方 - コトバンク

リン化物の結合様式は相手元素により大きく異なります。周期表13族元素(ホウ素からインジウム)のリン化物では、組成MPの立方晶系でせん亜鉛鉱型構造の結晶が得られ、いずれも半導体特性を示します。これらはIII-V半導体と呼ばれ、電子デバイスの製造に欠かせない材料です。

 

参考)インジウムリン

金属のリン化物は暗褐色の塊状固体または粉末として存在し、不燃性である点が特徴的です。加熱または水、弱酸によって可燃性のリン化水素を生成するため、取り扱いには注意が必要です。リン化カルシウム(Ca₃P₂)は比重2.51、融点1600℃で、水や弱酸と作用して分解しリン化水素を発生します。

 

参考)金属のりん化物

リン化物の主要な種類と性質

リン化物には多様な種類が存在し、それぞれ独特の性質を持っています。代表的な金属リン化物としては、リン化ホウ素(BP)、リン化銅(Cu₃P)、リン化鉄(Fe₂P)、リン化二マンガン(Mn₂P)、リン化三ニッケル(Ni₃P)などがあります。これらは化学薬品メーカーから工業用途向けに製造・販売されています。

 

参考)リン化物

特に注目すべきは半導体材料としてのリン化物です。リン化インジウム(InP)は、インジウム(In)とリン(P)からなるIII-V族化合物半導体で、1.35eVのバンドギャップを持ち、高い電子移動度(約5400cm²/V・s)を有します。この特性により、発光・受光デバイスや高速デバイス用材料として広く使用されています。

 

参考)https://patents.google.com/patent/WO2022137728A1/ja

リン化インジウムは閃亜鉛鉱型の結晶構造を持ち、融点は1062℃です。高電界下での電子移動度はシリコンやガリウムヒ素といった他の半導体材料より高く、光通信や赤外線センサーに用いられる高性能素材として評価されています。

 

参考)インジウム燐(InP)の加工

リン化亜鉛(Zn₃P₂)は劇物に指定されており、加熱や酸により分解し、また水との接触により徐々に分解して有毒で引火性のヒューム(リン酸化物、亜鉛酸化物、ホスフィン)を生じます。強酸化剤と激しく反応し火災の危険をもたらすため、厳重な管理が求められます。

 

参考)http://www.showa-chem.com/MSDS/26052350.pdf

リン化物の半導体デバイスへの応用

リン化物は現代の半導体技術において重要な役割を果たしています。化合物半導体ウェーハとして、リン化インジウム(InP)はシリコンを超える可能性を秘めた次世代素材として注目されています。光通信や赤外線センサーに用いられる高性能素材として、その特性が活かされています。

 

参考)化合物半導体ウェーハ|シリコンを超える可能性を秘めた次世代素…

ヒ化ガリウム(GaAs)、リン化インジウム(InP)、窒化ガリウム(GaN)などの化合物半導体は、単結晶の単元素半導体に比べて特殊な電気的・光学的特性を示します。リン化インジウムウェハは高速電子部品や光電子部品の製造に広く使用され、高い電子移動度が最大の利点です。

 

参考)リン化インジウムウェーハ市場規模、シェア、トレンドレポート(…

リン化物半導体デバイスの製造には、結晶欠陥の少ない高品質な単結晶が求められます。所望の導電型や導電率を提供できること、光デバイスにおいては目的とする赤外光に対して透明であることが重要な条件となります。

 

参考)リン化インジウム - Wikipedia

アルミニウムガリウムインジウムリン化物(AlGaInP)は、アルミニウム、ガリウム、インジウム、リンを組み合わせた化合物半導体材料で、光エレクトロニクスで優れた性能を発揮します。高効率LED、レーザーダイオード、太陽電池などに主に使用され、光出力、効率、寿命の向上が進んでいます。

 

参考)https://www.marketresearchintellect.com/ja/blog/the-future-of-semiconductors-how-aluminum-gallium-indium-phosphide-is-shaping-next-gen-electronics/

無電解ニッケルめっきの還元剤として次亜リン酸ナトリウムが使用されるなど、リン化合物は表面改質の分野でも高い還元力が活かされています。自動車、電材、医療分野等の表面処理技術として重要な役割を担っています。

 

参考)用途事例|特殊リン化合物・化学工業薬品 大道製薬グループ

リン化物の製造方法と工業生産

リン化物の工業生産は、主にリン鉱石を原料として行われます。リン鉱石は化学肥料の原料として最も多く使用されますが、工業用リン化合物の製造にも欠かせない資源です。日本ではかつて有機質リン鉱石を産出していましたが、現在はリン鉱石やリンそのものを全て輸入に頼っています。

 

参考)https://mric.jogmec.go.jp/wp-content/uploads/2023/03/material_flow2021_P.pdf

リン酸の製造には乾式法と湿式法の2種類があります。乾式法では、リン鉱石とケイ石・コークスを混合し、電気炉において1400~1500℃の高温で加熱し、溶融還元された黄リン(P₄)のガスを冷却捕集します。その後、黄リンを酸素と反応させてP₂O₅とし、さらに水と反応させてリン酸を得る方法です。乾式法では高純度なリン酸が得られますが、大量のエネルギーを要するという課題があります。

 

参考)https://patents.google.com/patent/JP2019019029A/ja

湿式法はリン鉱石と硫酸を反応槽に入れ、加熱反応させることによりリン酸を溶出させ石膏と分離して直接リン酸を製造する方法です。湿式法では金属成分が多く含まれるとリン酸の生成及び濃縮が難しくなるという制約があります。

世界のリン鉱石生産は特定地域に集中しており、2023年には中国が105,000千トンで第1位となっています。リン鉱石の年間採掘量は2億トンを超えていますが、ほとんど産出国内で消化され、輸出に回されるのは約15%程度です。米国のようにリン鉱石での輸出は行わず、全てリン化合物の形で輸出する国もあります。

 

参考)世界のリン鉱石生産量 国別ランキング・推移 - GLOBAL…

黄リンから各種のリン化合物が製造され、その代表としてリン酸エステルがあり、難燃剤や殺虫剤として使用されています。リン化合物は無電解Ni-P還元剤として、自動車、電材、医療分野等の表面改質に応用されています。

 

参考)https://www.sbj.or.jp/wp-content/uploads/file/sbj/9008/9008_tokushu_4.pdf

リン化物の取り扱いと安全管理の実践

リン化物の取り扱いには細心の注意が必要です。金属のリン化物は危険物第3類に分類され、加熱または水、弱酸によって可燃性のリン化水素(PH₃)を生成します。リン化水素は燃焼すると有毒なリン酸化物を生成するため、適切な保管と取り扱いが求められます。

リン化亜鉛は国連番号1714として国際的に規制されており、クラス4.3(水と接触して可燃性ガスを発生する物質)に分類されています。高熱、日光、湿気を避ける必要があり、強酸化剤と激しく反応して火災の危険をもたらすため、これらとの接触を避けなければなりません。

リン化物を含む廃棄物は、専門の処理業者に処理を委託する必要があります。保管時には密閉容器を使用し、冷暗所に保管することが推奨されます。作業時には適切な保護具(手袋、保護眼鏡、防護服)を着用し、換気の良い場所で取り扱うことが重要です。

リン化物は水との接触により徐々に分解してホスフィンを発生するため、湿気のある環境での保管は避けるべきです。万が一、リン化物と接触した場合は、直ちに大量の水で洗い流し、必要に応じて医療機関を受診することが重要です。

工業用途でリン化物を使用する場合、作業環境の適切な管理と定期的な安全教育が不可欠です。特に半導体製造工程では、高純度のリン化物を扱うため、クリーンルーム環境と厳格な品質管理体制が求められます。リン化物の特性を正しく理解し、安全な取り扱い手順を遵守することで、その優れた工業的特性を最大限に活用することができます。

 

リン化物製品の取り扱いについて詳しい情報が記載されている専門メーカーのサイト(興人堂化学工業株式会社)
リンの工業的利用とマテリアルフローに関する詳細な情報(JOルフローに関する詳細な情報(JOGMECレポート)

 

 


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